ザ・グレート・展開予測ショー

師弟―中編―


投稿者名:臥蘭堂
投稿日時:(05/ 3/30)

「シローっ!!」
 遠吠えを耳にした横島は、反射的に境内を飛び出し、シロの方へと駆け出した。果たしてそこでは。
「せ、先生!」
 霊波刀を出したシロの周囲を取り巻くように、雑霊の群れが渦を巻いていた。まるで、シロを取り込もうするかのように。
 横島は、咄嗟にサイキックソーサーを出し、シロに向かって叫んだ。「伏せろ、シロ!」同時に、サイキックソーサーを雑霊達の上空、一メートル辺りの空間目掛けて投擲した。横島の指示を受け、シロはその場に頭を抱えるようにしてかがみ込んだ。すると。
「弾けろっ!」
 横島の合図で、サイキックソーサーが爆発し、雑霊達の頭上から霊力の奔流が襲い掛かった。霊団として一塊となれば恐ろしい雑霊も、一体ごとでは、希薄で脆弱な存在でしかない。まして、霊団の核となる存在のいない状態では、サイキックソーサーの炸裂には到底抗しきれず、大半が雲散霧消していった。
 その隙を逃さず、横島はシロに駆け寄り、霊波刀を振りかざしながら、その腕をとった。
「ここじゃ分が悪い、一度離れるぞ!」
「はっはい!」
 二人は、斜面を駆け降りて山道に出ると、片や純粋な人狼の、片や「逃げ足だけなら三界一」の、各々実力を遺憾なく発揮して、一気に隣の山まで駆け抜けていった。

 サイキックソーサーの爆発から逃れた雑霊達は、鮮やかな逃走劇に、ただ呆然と二人を見送っていたが、二人が逃げ去ったのとは別の方角から響く遠吠えに、そちらへ向けて去っていった。

−−−−−

「だぁーーーっ! もう走れん!」
「先生、水を」
 倒れ込んだ横島に、シロは荷物からペットボトルを取り出して、横島に手渡した。横島は、一口水を飲み干して、シロに「ほれ、お前も一息入れろ」と返した。

 二人は、山道をたどって最前の社があった峰を眼下に望める位置にある、別の神社まで来ていた。あの社とは違い、由来もはっきりとしたそこは、近隣の住人からも今尚信仰を集める、生きた霊場でもあった。ここであれば、雑霊如きではおいそれとは近づけない筈だった。

「スマンかった。俺の判断ミスだ。別行動なんざするもんじゃねーな」
「いえ、拙者こそ、あれしきの事で……」
 身を起こし、右手で拝むようにして言う横島に、シロは却って申し訳なさを感じた。己の不甲斐なさが、この人の負担になってしまったのだと。
「ともあれ、お互い怪我はねーようだってのは、確かだな。にしてもなー、こりゃ一旦美神さんに連絡入れたい所なんだが」

 横島は、社で見たものについて、かいつまんで説明した。聞き終わった後、シロはその顔を青ざめさせていた。

「先程の遠吠えでござるが、アレは、狼のものでござる」
「やっぱりか……とすっと、ニホンオオカミの霊って所なのかな、アレは」
「しかし、そうとしても、今一つ納得はできませぬ。本来、狼は畑を荒らす害獣の天敵、里人から敬意は払われても、閉じ込めたりと言うのは、あまり考えられぬのでござるが」
「まあ、それぐらいは俺でも知ってるが」

 実際、イノシシやニホンザルに対する捕食者である狼は、農民達にとって害獣を抑えてくれるありがたい存在という一面があったのは確かだった。だからこそ、彼等には「オオカミ」という、神に通じる音の名前が与えられていたのだと言う説もある程だ。恐れられていたのも、一面確かではあったが。

「閉じ込めなきゃならない理由ってもんが、あったんだろうな。俺には見当もつかんが。まあ、ともかくだ」
 横島は、立ち上がってジーンズの埃を払うと、シロに手を差し出した。
「多分、さっきので連中俺達に目を付けた筈だ。早い所ここを離れないと、色々まずい事になりそうだな」
「ならば、すぐにも」
「まあ、しゃあないか。一応連絡入れとくとしても、応援待ってる暇までは、なさそうだしな」
 横島は、シロのの手を引いて社務所の方へ向かった。手を握られたままな事に、シロは思わず赤面してしまった。
「あ、あの先生、手を」
「ん? あ、わりぃわりぃ。さっきの件があるんで、ついな。けど、離れんなよ?」

 握られていた手が離れるのが、寂しくもあり、また、横島の態度が、あまりに自然体である事が、かすかな痛みとして感じられた。

 おキヌ殿の手を取ったなら、先生はどのように振る舞われるのだろうか。冥子殿なら? 小鳩殿であれば? あるいは、愛子殿ならば? 解らぬ。けれど恐らく、今この時とは、まるで違った反応を示されるに違いない。それは――構わぬ筈だ。それで良い筈だ。拙者は先生の弟子。先生は拙者の師。先生の周囲の女性と拙者とでは、扱いなど違って当然至極。なれど。

 何故、それがこんなにも痛いのか。そもそも、何故自分と彼女らを比較してしまうのか。それらは、今のシロには自覚出来ぬ事だった。

−−−−−

 社務所の電話を借り、事務所に連絡を入れた後、横島とシロは、移動を開始した。令子達は、すでに別件の方に出た後らしく、人工幽霊一号に伝言を頼まざるを得なかった。
 二人は、道々破魔札や結界札を木の幹や路傍の石等に仕掛けつつ、やがて、別の峰の頂上近くへと来た。

「さて、この辺までくりゃあ、大体良いかな」
「先生、連中も、こちらに近づいているようです」
「よっしゃ。上手い事誘導出来たか」言いながら、横島は機能強化した新型の霊視ゴーグルで周囲を見回した。令子の投資によって開発されたそれは、従来型にはなかった遠距離広範囲での霊体分布確認機能を持っていた。
「おーおー、ぞろぞろ集まってきとるわ」
 霊体分布の確認モードでは、サーモグラフィのような状態で霊体の確認が行える。今、横島の視界には、あの社があった方向が、真っ赤になって見えていた。
 雑霊達は、横島達の仕掛けた札を避けるように幾つかの支流に分かれながら、確実に横島達の方へ向けて移動してきつつあった。横島は、幾つかに別れた霊体の流れの中から、核がいるであろう、最も色の濃い箇所を探した。

「で、えーと……アレ、か。上手い具合に雑霊と離れてくれたな」
「上手くいったようでござるな」
「おう。まあ、どれも安物の御札ばっかりだが、こういう場合なら使い勝手もあるな。よっしゃ、んじゃ本丸目指して行くか」
「はい、先生」

 二人は、横島の見つけ出した核の居場所目掛けて駆け出した。途中、小さな雑霊の群れに出くわすが、二人の振るう霊波刀の前では、分断されて数の少ない群れでは、大した脅威ではなかった。

「よっしゃ、このまま一気に行くぞ!」
「はい!」

 やがて、核がいるだろう地点の近くまで近づいたその時。

「Grhrrhooohhhhuuuwwaaaahhhhhhhh!!」
「なっ!」
「くぅっ!」

 雷鳴にも近い、吼え声が辺りに響き渡った。空気を震わせ、木々を揺らすそれは、辺りの山々一帯に霊波として広がって行き、やがて。
「先生、御札が!」
「やべぇ!!」
 近場に貼ってあった札がはじけるように剥がれ落ちるのを見て、横島に焦りが生じた。焦りは隙となりそして、相手は、決してその隙を逃してくれるような存在ではなかった。

「うぉっ?!」
「先生!」
 木々の奥から、白く霧にも似た霊体が奔流となって横島達を目掛けて飛んで来た。その霊圧は物理的な圧力さえ備え、横合いからその霊圧をまともに受ける形となった横島は、吹き飛ばされてしまった。
 霊体はそのままシロの周囲で渦を巻き、やがて――それは、体高が二メートルにもなろうかと言う、狼の姿へと変じた。その体のあちこちには、雑霊のものと思われる顔がおぼろげに浮かんでいた。狼は、シロを前脚で押し倒しその顔に鼻面を寄せてきた。

 シロは、懸命に前脚から逃れようとするが、吹き付ける霊圧は凄まじく、巨狼の姿はびくともしなかった。
 やがて、くはあっ、とその口が開かれた。並んだ牙はいずれも鋭く、霊体のそれであっても、恐らくこれに噛まれれば、ひとたまりもないだろう。これまでかと思われたその時。シロは、信じがたいものを耳にした。

「Sh……Sy……ジ……シィ……ノォ」
「こやつ、まさか?!」
「ざけんなコノぉ!!」

 突如、横合いから怒鳴り声が響くと同時に、巨狼の体が、突如のけぞった。

「シロから離れやがれ! エロ狼が!」それは、「栄光の手」をツタのように巨狼にからみつかせた、横島の声だった。「栄光の手」纏った右腕の前腕部を左手で掴んでおり、指の間からは文珠が発動している時に特有の光が漏れ出ていた。

「シロ! こっち来い!」気を取り直したシロが、身を低くしたまま隣へ駆け寄ったのを横目に確認した横島は、左肘を振ってGジャンのポケットを指し示した。
「こっちのポケットに、いざって時の為の転移用の文珠が入ってる。俺が合図したら、一旦さっきの山頂まで飛ぶぞ」
「ここで仕留めるのではござらんのか?」
 言われた通り文珠を取り出したシロが聞くのに、横島は、脂汗を流しながら応えた。
「『力』の文珠でどうにか押さえこんでるが……長持ちしそうにねえ。大体、結界が崩れた以上、じきに雑霊達もここにやってくる。あんなの一発でどうこう出来る手は、今は浮かばねえ」

 横島の言う通り、からみついた「栄光の手」は、振りほどこうと暴れる巨狼の動きを、ぎりぎりの所で押さえているのがやっとと言う有り様だった。横島はこの状態を維持するだけで精一杯、更に、周囲から雑霊達が集まりつつある気配は、シロにも感じられた。

「解りもうした。ならば、今は」
「じゃあ行くぞ、一、ニの、三!」

 合図と共に「栄光の手」が消えるのと、文珠が発動して二人の姿が消え去るのは、ほとんど同時だった。
 巨狼は、突如消えた二人を探して辺りをうろうろと動き回っていたが、ふと天を仰ぎ、姿を現し始めた満月に向かって、遠吠えをあげた。

―続く―

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa