ザ・グレート・展開予測ショー

マリアと犬の夜。 終夜


投稿者名:龍鬼
投稿日時:(05/ 3/27)

優しい光があるなら。
優しい闇もまたあるはずで。

それを決めるのは、心でしかない。
人であっても、人形であっても。






――マリアと犬の夜。 終夜――






「……まだやってるのか?お前は。」

聞き慣れた声。
別段嫌いという訳ではないものの、居心地の悪い声でもあった。

「……別に構わないだろう。今は勤務時間外だしな」
「それはご苦労様。惚れでもしたか?『ソレ』用のアンドロイドならそこらに溢れてるだろうが」
「…………。」

作業をする手は、止まらない。

「あぁ、それとな。そいつ、正式に廃棄処分が決定した」
「何だと……?」
「殆ど使い物にならない上に、今やアンドロイドごときに美術的価値も皆無。ま、当然だな」

手を止めて、『それ』を見やる。
じんわりと広がる、掌の震えを自覚していた。

睨みつけでもしていたのだろうか。
ぴん、と張った弦を緩めるように、少しおどけた声。

「慌てるなよ。廃棄処分と言っても、金もかかる。引き取り手が居る訳でもない。
 つまり、どうしようと構わないって事だ。勤務時間外の『趣味』にまで口を出す気は無いよ」

いつもと同じように、意地の悪い笑み。
違うことと言えば、軽い胸糞の悪さと感謝の念を覚えたこと。

「……一応、礼は言っておこう」
「寒気がするね。精々新妻に『浮気』がバレないようにしとけよ」

「……余計な、お世話だ」



そう吐き捨てて、背中を向ける。
胸のつかえがそうさせたのだろうか。
ふと、声が漏れた。



「……なぁ。」
「ん?まだ何かあるのか?」

帰りかけた足が、止まる。

「俺達と、こいつと……。何の違いがあるんだろうな。神様が創ったか人が作ったか。
 たかが、それだけだ。それだけの違いだよ」

「……哲学的趣味は生憎持っていないな。それに、俺にとってはどうでも良い事だ」
「悪いな。おかしな事を訊いた」

「ま、構わんよ。俺からの祝儀だと思ってとっておいてくれ」




家路を踏みしむ足音が、夜に溶けた。

「さて……やってみるとするか。」

無数のプラグを繋いだ先には、ここ数日で見慣れたボディ。
細かな調整は全て終えた。
一気に電力を送り込めば、理論的には―――

「……頼むぞ。」

スイッチに、指がかかった。

















『……お姉ちゃん、起きてってば。ほら、この寝ぼすけ。』







声が、聴こえた。











――おい、聞こえるか?

視界が、徐々に広がる。
そこに居たのは、一人の青年だった。

「俺の言ってる事が解るか?解るんなら返事をしてくれ」

「……マリアは・どこですか?」
「……は?」

怪訝そうな顔。
すぐにそれが、呆れへと変わる。

「どこも何も、お前のコードネームがマリアだろう?あぁもう、何処がいけなかったんだ……」

頭を抱えて、呟く。
毒づいたと言った方が良いかもしれない。

「ノー・プロブレム。正常動作中・です」

淀みのない音声が、逆に間が抜けているようでもある。
気にするのは止めて、本題に移る事にした。

「……まぁ、いい。実は、お前に頼みたい事があってな」

「イエス、何でしょう?」

照れくさそうに、頭を掻いて。
でも、それを見せたくないらしく。
ぽつりぽつりと、言葉がそよいだ。

「……来月、娘が産まれるんだ。手短に言おう。お前の名前を貰いたい」
「……マリアの許可は・必ずしも・必要ではありませんが?」



「なんとなく、そんな気分になった。それだけだよ。只の莫迦の気紛れだと思って貰って良い」

言うなり、床に寝そべって思い切り身体を伸ばす。
余程疲れていたらしい。

「……条件が・あります」
「条件?」

むくり、と起き上がる。
青年にとっては、予想していなかった答えだった。







「娘さんに・会わせて・下さい。」


その一瞬に精一杯の戸惑いを詰め込んだ後、青年は、少し笑った。


「……面白い奴だなぁ、お前は。構わないよ。だが、どうしてそんな条件を?」

「約束・ですから。」


その答えに、また笑った。
それを人形が不思議そうに眺める。



東の空から、金色の光が零れてきていた。

――全ての生命に、祝福を授けるかのように。

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