ザ・グレート・展開予測ショー

師弟―前編―


投稿者名:臥蘭堂
投稿日時:(05/ 3/26)

 犬塚シロにとり、横島忠夫という人物が何なのかと言うと――当人にも、実はよく解ってはいなかった。
 尊敬に値するべき人物だとは、思っていたし、事実尊敬していた。人の身でありながら、人狼族にも劣らぬ程の霊波刀を使いこなし、その回復力も、人狼族すら凌駕しかねないものがある。
 無論、そうした物理的な面だけではない。女性に対してはいささか度が過ぎるきらいはあるが――もっとも、これはシロの目から見てであり、他の者からすれば「いささか」どころの話ではない――基本的に横島忠夫は博愛の人であり、それでいて、悪、不善、不仁、不義に対する強い怒りをも備えている。更に言うならば、信じられぬ程の高みに至って尚、師や先人を立て、己を下に置く事をいささかも厭わぬ慎ましさすら備えている。
 そのような人物を敬わずして、一体誰を敬えば良いのかと、シロは思っていた。

 横島を知る他者からすれば「それは何処の誰の話だ」と当の横島でさえ問いたくなるような人物像ではあるが、シロにとっての横島は、そうした人物なのだ。一度共同して事件にあたって以来、周囲からは相方扱いされるようになった妖狐などは「まあ悪いヤツじゃないのは確かだけど……そこまで言う?」などと怪訝な顔で聞いて来たが、シロからすれば、その程度の認識しか抱けない事の方が余程に理解し難かった。

 かように、シロの中で横島忠夫と言う人物の像は出来上がっていたのだが、しかし、その人が自分にとって何にあたるのか、それが、シロにも今ひとつはっきりとはしていなかった。確かに、先生と呼び、弟子を自認してはいる。霊波刀についての手ほどきも受けた。しかし、それだけでは師弟とするには弱すぎるのではないかとは、シロ自身も感じていた。
 真実横島の弟子であると言うのならば、横島の戦い方、その技法から、果てはその秘奥にあたるであろう文殊についても――それがたとえ不可能事であろうとも――教えを乞うべきではないのか。
 しかるに。除霊の場でのシロの戦い方は、あくまでも人狼族の特質に多くを負うものであった。脚力、嗅覚、聴覚等の、人狼だからこそ優れている部分を駆使し、事にあたってばかりいる。それは横島や横島の師にあたる美神にそう諭されたからでもあるし、そも横島自身が師である美神とは異なる技法によって立っているのだから、シロが横島とは異なる技法、戦術によっていたとしても、それは致し方ない筈であった。
 実際、GSにおいての師弟関係とは、霊能と言うものが個人の特質によって大きく異なる為に、主に人脈面、知識面に偏りがちではあるのだ。美神令子の師は唐巣神父だが、カソリックの儀礼と己が霊能を合わせた唐巣の手法は、洗礼すら受けていない令子では扱えなかったように。

 とは言え、シロにとって師弟とはより密接なものである。手法、技法、歩法から呼吸に至るまでを授受され、思想や思考法までをも受け継ぐ間柄こそが、師と門弟である筈なのだ。だのに、今の自分の立場ときたら。

 だから、犬塚シロにとり、横島忠夫という人物が何なのか――ひいては、横島忠夫にとって犬塚シロが何にあたるのか、それらが、ここ最近犬塚シロを悩ませる原因となっていた。

「ええ、やっぱり美神さんの読み通りでしたよ。聞き取りした結果からすると、間違いなく動物霊の霊団っすよ」
 今日のように横島と二人で除霊に出た時などは、それが気になって仕方がなくなる。
『じゃあ、シロをつけたのは正解だったわね』
「ええ、実際、助かってますよ」
 横島が、事務所の令子と電話で連絡している時などは、特に。
『けど、気をつけるのよ? 霊団はかたまりでもしたら、下手な魔族なんかより手ごわいんだから』
「それは解ってますよ。こないだも痛い目みましたし」
『なるたけ、分かれている内の確固対処、これが鉄則だからね。忘れるんじゃないわよ』
「うっす。肝に銘じます」
 受話器の向こうから漏れ聞こえる令子の声が、単なる心配や、上司としての注意以外の何かを含んでいる事が明らかな時などは、何故だか、無性に苛ついてしまう程だった。自分の人狼としての資質が、嫌に思えてしまうくらいに。
『返事だけは威勢良いのよねえ……良い、この間みたいに怪我して帰ってくるんじゃないわよ』
「まあ、シロだけでも無傷で帰しますって」
『あのねえ……もう』
 仕方ない、とばかりに漏らされる溜息まじりの声までも、シロの耳は捉えてしまう。それが、たまらなくうとましかった。うとましく思う自分は、更にうとましかった。
「そんじゃ、これから霊団の絡んでそうな所回ってみますんで、夜にまた連絡入れます」
 電話を切った横島の視線が自分に向くより先に、シロは頭を振って考えを入れ替えた。
「お待たせ。そんじゃ、ぼちぼち行くか?」
「はい、先生」

−−−−−

 東京も西端、ほぼ山梨県との境にあたる地域ともなると、基本的になだらかな丘陵と平地である都心部に比べて、相当に山がちとなる。元は山岳信仰の修行場ともされた山もあるが、現代では、気楽に訪れる事の出来るハイキングコースとして人気があった。
 そこに、最近棲みついた悪質な霊団を払って欲しいというのが、今回の依頼だった。
 曰く、ハイカーの多くが突如心身喪失や錯乱状態――いわゆる「キツネ憑き」状態だ――に陥る。曰く、近隣の民家でポルターガイスト現象が多発する。あるいは、夜行性である筈の小型肉食獣等が、日中集団でハイカーに襲い掛かる等と言うものまでもがあった。
 美神は依頼の内容と現地の地域性などから、即座に動物霊によるものではないかと見当をつけ、横島とシロを派遣する事にした。本来ならば、こうしたケースの時には、タマモも加えた方がより確実ではあったのだが、自分とキヌが担当する別件に、どうしてもタマモが必要であった為に、横島の随員をシロのみにしたのだ。
 地方自治体が主体となっての依頼だけあって、報酬は不景気と言う事を差し引いても低かったが、最近、美神はこの手の依頼を受ける事が多くなっていた。

 無論、それは大口の依頼がめっきり減ってしまったと言う事もあるのだが――事実、彼女の金銭に対する執着は今尚もって健在である――シロやキヌからすると、どうも美神は、横島に分担させる為に、つまり、横島に歩合分を稼がせる為に、この手の依頼を請け負っているように思えてならなかった。
 横島のGS免許取得直後には、横暴としか言い様のないマージンを取ったりしていたのが、最近では「それはマージンとしては多すぎないか?」という程度に収まっていたのが、彼女等の疑念を強めていた。どちらにせよ、多い事には違いないのだが、そこは、まあ美神のやる事でもある。
 実際、マージンの低下を告げられた時横島は「美神さん、気を確かに! おキヌちゃん医者を呼んでくれー!」だの「はっ! これはつまり、遠まわしな俺への愛の告白?!」などと錯乱し――普段通りとも言えるが――美神のツッコミによって、自分が医者の世話になったぐらいだった。

 ともあれ、横島とシロが二人きりで奥多摩の山奥まで来ている理由の背景は、そうしたものだった。そして、シロが殊更に横島と己の関係について思い悩んでいる原因も、また。

 僅かずつではあるが、美神の横島に対する態度が変わりつつある中。僅かずつではあるが、横島の立場が変わりつつある中。一体、自分とこの人の間柄は、どれほどの変化を得たのだろうか。

「……って、おい、シロ。シロ!」
「へ? あ、はっはい先生!」
「何だ、腹でも減ったか? ぼさーっとして」
「いえ、そういう訳ではござりませんが……」
「ったく。じゃあ、多分聞いてなかったろうから、もっかい言うぞ。さっき下の町で聞いたんだがな、この山の中に古い稲荷神社があったそうだ」
「稲荷、でござるか」
 さほどの関わりはないと解っていても、喧嘩友達とも言える妖狐が思い出された。そう言えば、最近彼女もとみにこの人への辺りが柔らかくなって来たような――
「とは言っても、本物の稲荷神社かは解らんらしいがな。実際祭られているのが何なのかは、はっきりせんそうだ」
「は? そんないい加減な話が……」
「あるそうだ。まあ、俺も美神さんからの受け売りでしか知らねーけどな」

 明治維新後、日本国内で一気に稲荷神社の数が増えた事があった。神社本庁主導で全国にある神社の統廃合を行おうとした事があったのだが、その際、由来の判然としない怪しげな神社は取り潰される事になったのだ。
 国家神道に相応しからぬ淫祀邪教の排除を狙った動きであったのだが、村々の鎮守などは、由来はおろか祭神ですらはっきりしていない事も多く、別段怪しい訳でもないのに提示された条件を満たせずに廃されそうになった神社が多くあったと言う。
 そして、それを嫌った当の神社の氏子達が、とりあえず「稲荷神社である」と申告したのが、稲荷神社急増の原因だったそうだ。五穀豊穣に功徳のある稲荷神であれば、農村部の近くで祭っていても、不思議はないからだ。

「何とまた、了見の狭い話でござるな」
「まー俺もそう思うけどな。実際、小竜姫様だのヒャクメだのを見てるとなー。神様なんて割りと何でもアリ見たいにしか思えんし」
 素直に感想を述べるシロに、横島も同意した。
「でだ。霊障が起こり始めたのが、大体一ヶ月ぐらい前。丁度その頃に、問題の神社のある山に、産業廃棄物の不法投棄をやらかそうとしたバカが入り込んでるらしい」
「とすると、もしや霊団の核となっているのは」
「ああ、俺も美神さんも、同じ事を考えてる。最悪のケースとしてだがな」
 言いながら、横島はシロの頭に右手を載せた。
「まーそうなったら流石に俺とお前だけじゃ難しいかも知れんから、多分出直しだろうけど、動物霊ぐらいだったら、何とかなんだろうよ。頼りにしてっからな」
 笑いながら、頭を撫でられた瞬間、映像がシロの脳裏をよぎった。

 まだ幼かった頃。思うように霊波刀の修行がならず、悔し涙を流す自分の頭を、撫でる父の姿。
 男児のように振る舞ってみても、所詮女として生まれた身では、父のようにはなれぬのかと、喧嘩に負けて泣く自分の頭を撫でてくれた、父の姿。

 ああ、何故今こんな事を思い出すのだろうか。何故今、よりによって、何故今、先生に撫でて貰っている時に、こんな事を思い出してしまうのだろうか。
 父に頭を撫でて貰うのは、決して嫌いではなかった。否、大好きだった。そんな時、父はたいがい無言だったが、シロには「今は、好きなだけ泣くと良い」と言う父の言葉が、聞こえるような気がしたものだった。

 大好きな父に頭を撫でられる事が、シロは大好きだった。だのに、横島に頭を撫でられて、それを思い出す事が、何故こんなにも苦しいのか。それが、シロには解らなかった。

−−−−−

「うわっちゃー……ひでーな、こりゃ」
 嘆息とともに、横島は呟いた。地図を頼りに問題の神社まで来て見れば、予想通り、神社の境内付近は産業廃棄物の詰まったドラム缶が所狭しと置かれていた。ドラム缶は赤錆びて、一部腐食も始まっているらしかった。
 社は扉が外され、内部にまでドラム缶や、その他のゴミが放り込まれていた。
「何つー事しやがるかな……こりゃあ祟りもするわ」
「せんせえ……拙者、少々気分が」
 辺りには、ドラム缶の中身――どうやら、出所は何らかの化学工場であったらしい――が放つ微かな臭気がただよっていた。横島からすれば、まあ臭うかな程度であったが、シロの鋭敏な鼻には、相当につらかった。

「そうだな。シロ、お前は少し離れてろ。ホレ、これでもつけとけ」
 横島は、荷物の中からマスクを取り出してシロに渡した。
「しかし、先生のお側を離れる訳には」
「アホ。そんなヘロヘロな状態じゃどうにもならんだろうが。この境内から離れてりゃ、多少はマシだろうから、ほれ」

 背中を押され、シロは境内を離れて山の斜面にしゃがみこみ、溜息を漏らした。

 何と情けの無い事か。これでは、到底先生のお役になど――

 横島に聞かれでもしたら、それこそ叱られそうな事を、つい考えてしまう。それ程に、今のシロは精神的に弱り果てていた。更に、その嗅覚にはきつすぎる化学物質のの臭いなどを嗅いでしまった事が、相乗効果として更にシロをうちのめしていた。


 周囲の山々から、山肌を這うように、木々の間を縫うように、雑霊達が身近に迫りつつあるのにも、気付けないほどに。

−−−−−

「しっかしまあ、何だってわざわざこんな山奥にまで捨てにくるもんかな。余計にコストかかってんじゃねーのかぁ?」
 辺りはおろか、社の中まで置かれたドラム缶の山に、横島は溜息を漏らした。無論、こうした廃棄物は、安全基準を満たすように処理しようとすると、かかるコストが高く付き、だからこそ手軽に捨てに来ているのだとは、横島も理解はしていたが。
「ふんっ――とにっ――こっちの身にも――なれってんだよ――なぁっ!! だぁーっ! 重てぇーっ!」
 社の中を調査しようにも、一々中のドラム缶をどけなければならないとなれば、愚痴の一つもこぼしたくなろうと言うものだった。
「かと言ってなあ……この状態じゃあ、多分ここに祭られていたのが霊団の核になってるんだろーし」
 そうであるならば、この社を調べて、最低限、その正体ぐらいは見当をつけておきたかった。相手がどういった存在であるかによって、対処の方法も異なってくるからだった。
「けど……何だろうなあ、御神体を置いておく台みたいなもんが、普通あるんだと思うんだが……」

 何も、なかった。ドラム缶やゴミをどけてみれば、社の中はがらんとしており、中に何かを収めていた様子はうかがえなかった。それに。

 何だろうなあ。やけに頑丈な造りしてんだよなあ、この社。窓がないのは、まあそういうもんなんだろうけど――あれ?

 ふと、壁の上部、天井近くに何かが貼り付けられているのに気付いた。到底手が届きそうにない高さに、何か細長い紙が貼られてる。それはまるで。

「御札? ……って、げぇっ?!」
 そのまま、天井にまで視線を上げれば、天井のそこかしこに、同じような紙がべたべたと貼られていた。
「何だよ、これ――って」
 思わず、その異様さに後ずさり、扉の近くに来て、足元の異状に気付いた。
「穴?」
 扉のすぐ内側にあたる位置に、等間隔に、直径3センチ程の穴が並んでいた。まさかと思い、天井の方を見上げれば、やはり、同じような穴が並んでいた。
「――――っ」

 まさか、まさかこれって。そういう事なのか? そんな、じゃあここは、神社って言うよりも、いや、そうと決まった訳じゃ。

 一人でに、社から離れるように後ずさる足に、固い感触があたった。見下ろせばそれは、錆び付き、ところどころ腐食した鉄の棒だった。ドラム缶以外に放り込まれていたゴミの中に埋もれていたそれに、さっきはさして気を止めなかったが、しかし。
 今となっては、その意味が、はっきりと感じ取れた。社の中の御札。扉の内側の、あの穴、そして、この鉄棒。これでは、まるで。

「檻、じゃねえか」

 ごくりと、唾を飲み込もうとしたその耳に、明らかに野犬のものとは異なる、遠吠えが聞こえた。

――続く――

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