ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(6)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(00/ 5/30)

撹拌したバケツの水に何色もの染料をぶち込んだ様な、そんなサイケデリックな背景が延々と続く世界。
うっとりとした表情の全裸の女性たちの輪の中心に、再び横島は立って居た。実に目に見える程の速さで、その輪の直径が狭まってきているのが分かる。
「……どうせこの手の悪役ってんのは主人公が変身したりパワァアップしたり必殺技を使っている間はボーッとその辺で突っ立っるだけで何にもしないんだから、そんなに慌てなくても大丈夫なんだけど……。」
いざ迫ってくる全裸美女軍団を目の当たりにしたものの、状況の余りの馬鹿馬鹿しさと自分自身が主役であると云う意識が、横島に奇妙な心の余裕を与えていた。
しかし、女性達の潤んだ瞳から発せられた蠱惑的な光のシャワァを全身に受ける横島が、夢の世界なんだから何をしてもOK、と云う誠に基本的なアイデアに気付くのにはさほど時間は掛からなかった。つまり、開き直った者勝ちである。
「でもまあ、どうしても待ちきれないってんなら……皆ーーんな纏めて面倒看たる、いや、看て貰っちゃる!」
電光石火の早業でトランクス一枚になった横島がそう口走ると、疾風迅雷の勢いで真正面の美女の壁めがけて突撃を敢行した。差し当たり、一番手近な二組の乳房に両手を伸ばしてみる。

『むにっ』『むにゅにゅっ』
「んん?……んぶっぐえっっ!!」

横島が、思いの他リアルな二つの感蝕の個体差に思いを巡らそうとしたのと、左頬と右の顎に続け様に衝撃を覚えたのは、コンマ数秒の差であった。
完全に顎の上がった横島が涙の滲むその目をゆっくり開くとそこには、月明かりの中で右腕を振り被った格好のまま羞じらいに頬を染めて薄目を開くキヌと、返す刀で肘撃ちを食らわそうと構えたまま怒りに震えて眼を剥く美神の姿が在った。その迫力を前にして思わず力んでしまった右手に対する返礼は、すぐに為された。


「……ねえピート、未だなの?」
「……はい、もう少しだけ、待って下さい。……」
美神の不機嫌な声に対し、横島の背後からはピートの慎重な声が聞こえてきた。
ついさっきまで応接間に居た筈の五人は、今はどう云う訳か見た事の無い程に巨大な樹木の枝に引っ掛かっている、らしい。
しかも先程とは打って変わって夜中である。幸い満月の光が枝の隙間から降り注いでいるお陰で
面子を確認する事が出来た。
しかし、薬品のみに依る時空跳躍が災いして、全員体力にも霊力にも相当に負担があったらしく、まともに動ける者は誰一人として居ない。
とりあえずは樹木を通じて大地の生体エネルギーを吸収する事が出来るピートの回復を待つ事にした。その間に現在の状況を整理する為、恐らくこの状況を生み出した元凶であろう横島から一通りの事情を訊き出した後に、美神は口を開いた。
「なんかここの処、話の纏めばっかりやってる様な気がするんだけど……まあ、いいか。つまり横島くんはあの紅茶の中に入っていたのが『時空消滅内服液』だと勘違いした。」
「だって、あの時はケーキだったけど、効き目がおんなじ感じだったんスよ! あんな目に遭うのはもうコリゴリっスよ!」
「その点は同情に値するわ。それでもう藁にも縋る思いで、二十四時間以内で一番インパクトのあった事件を思い出そうとした。……それがまあ、よりにもよって夢の中でのセクハラ行為、とはねえ。」
「もぅ、横島さんの、えっち……。」
美神の話を受けて、キヌは先刻の横島の掌の温もりを思い出していた。頬が熱くなってきたので、照れ隠しに軽く俯いてみた。しかし青い月明かりの下で観るそんなキヌの上目遣いの様子は、傍目には横島を無言で責めている様に見える。
「わわわ、おキヌちゃんまで……うおおーーっ、仕方無いんやぁーーっ! 不健全な淫夢は健全な青少年に宿るんやーーっ! ……なあピート、お前なら分かってくれるよなぁ?」
「……すみません。このまんがでは、僕はそういうキャラクタではない様なので……。」
青少年の実態を熱っぽく語る横島に対し、ピート八重歯を見せて少しはにかんだ様に答えた。
「……ピート、お前、また全国の男どもを敵に回したぞ。」
「その分女性ファンが味方になるわよ。」
ことも無げに美神が横槍を入れる。対して横島には、妬ましい視線をピートに送る事しか出来無かった。
「ま、それはそうと……で、あんたは『時空超越内服液』の副作用で錯乱した頭で、なんとか文珠が使える事を思い出した。……でもねぇ、まさか、その文珠を使って、私達を道『連』れにしようとはね……本当に素晴しい機転よねぇ、よ・こ・し・ま・くーーーん?」
満面の笑みで美神はそう言うと、左腕を伸ばして横島の肩の上に置く。
「そ、それは……夢の内容が内容だったし、夢の中の美神さんもおキヌちゃんも、たとえ一緒に迷う事になっても許してくれそうだったし……」
美神の手が横島の後襟を掴んで、驚くべき膂力で横島を美神の側へと引き寄せた。般若の如く、などと言うと般若の方から遠慮してきそうな畏怖すべき面相が今、横島の目の前にある。
「あああーーーっ、堪忍やーーっ、仕方が無かったんやぁーーーっ!!」
「仕方が無く無い! よくもこんな訳の分からない処に私を跳ばしてくれたわね!!言っておくけどね、私はあんたと心中する気なんて、たとえ生まれ変わったって……」
妙に歯切れの悪い処で、美神は言葉を詰まらせた。他の皆の好奇の視線を感じると、憤怒の面を拭い去りバツが悪そうに目を宙に泳がせる。そして紅潮した自分の顔面を、乱れた息遣いを、早鐘の様な心臓の鼓動を横島に悟られない様に、美神は思いの外接近していた横島のベソかき面を強引に突き放した。

ビッ……ビリリリリッ。……
「あれ?」

何やら繊維が引き裂かれる音がしたと思うと、横島は自分の足元が枝葉の中に沈んでゆくのに気付いた。

ビリリリリリリリ…………
「うわわわ……!!」
「な、何よ、これ?」
「横島さん、美神さん!?」
「あ、あぁ、危ない!!」
「……ん、何じゃ何じゃ、どわっ!」

沈降の速度が次第に増加してゆく横島の襟を掴んでいるために一緒になって引っ張られていく格好の美神を見て思わず両手を差し伸べたキヌの願いも空しく横島の背後に居ながらもその沈降を止める事が出来無いピート達とは関係なく樹上での一時の睡眠を亨受しようとしていたカオスの足を美神が引っ張り……まあ早い話、五人は絡まりもつれ合いながら巨木の枝葉の中を重力方向に加速運動していた。

ぱき、……しゃらしゃら……ぺき、ぱき、……しゃらしゃら……

どん!!!!!

約13秒間の低重力落下を体験すると、一行は石畳の上に到着した。
ピートが辛うじて受け身をとる傍らで、不様に尻餅をついた横島の上に美神とキヌが続けて降って来る。さらにカオスが美神に掴まれた足首を支点にして勢い良く顔面から着地した。普通なら致命傷となりうる落ち方だが、流石カオスは不死身である。鼻血塗れの顔面を袂のハンカチで拭いながら、ゆっくりと面を上げた。
「いつつつ……だぁーーーーっっ!! 死ぬ程痛いこんな時は、素直に死ねぬ自分のこの不死身の身体が恨めしいわいっ!! 」
「……そのお声は……もしや、カオス様?」
「ん?」
唐突に、耳馴れないメゾソプラノが、前方からから聴こえてきた。
一同が声の出所を確かめるとそこには、ブルー系の肩が大きく開いた夜会ドレスに身を包んだ、高貴な女性の姿があった。
ブロンドの前髪はきっちりと真ん中で分けられ、後は腰までのポニィテイルを琥珀色の髪止めですっきりと纏めてある。強い意思を感じさせる眉、知性の滲んだ目元、ひきしまった鼻筋、勝気そうな口元……それらのパーツの一つ一つが月明かりの中で浮かび上がっている。とりわけ印象的なのは、赤みがちな光を宿した、深いオーシャンブルーの瞳だ。
しかし、この場に居合わせた者たちは、彼女の顔には見覚えがあった。
蒼白なキヌの傍らで美神が呻く様に声を漏らす。
「あ、あ、あんた、まさか、テ、テ、……」
「テレサか!?」
カオスが美神に先んじて、訊ねた。
「やっぱり……カオス様……カオス様ーーーっっ!!」
「!! うごっ、ふがっ!!」
膝立ちのカオスの顔面は、返事代わりのふくよかな女性の感蝕で埋め尽くされてしまった。激しい呼吸困難に陥りながらも、カオスは我が身の不死身をさっき程は嘆いていなかった。

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