ザ・グレート・展開予測ショー

美神SOS!(9)


投稿者名:竹
投稿日時:(05/ 3/23)

「横島さんっ!」
 唐巣神父の教会。
 各々、立ち塞がった復活怪人達を倒したおキヌちゃん・シロ・タマモ・ピート・タイガーの五人(神父は、空腹で気絶中)は、サクヤに襲われた横島を追って、壁に空いた穴から裏庭に出た。
 しかし……
「せ、先生はおられないでござるよ!?」
「エミさんも居ませんノー!」
 そこには、誰も居なかった。
「そ、そんな! それじゃあ、横島さんはもう……!?」
 おキヌちゃんが、両手を口元に揃えて絶句する。
「お、落ち着いて下さい! まだ、そうと決まった訳では……」
「そうですジャ。場所を移したと言う可能性も……」
 シロやタマモもおキヌちゃんと似たような反応だったので、まだ幾分か冷静だったピートとタイガーが、彼女達を必死で宥めた。
「そ、そうですね……」
 不測の事態には、横島と同じくらい弱いおキヌちゃん。特に、今回は一緒に騒いでくれる横島が居ないので、自分を落ち着かせるにも手間が掛かった。普通は大人数の方が、混乱が伝染して不味い事になりそうなものだが、横島とおキヌちゃんの場合、二人して騒ぐ事で焦燥を分散しているらしい。
「大丈夫、お、落ち着いて。私が……、私がやらなくちゃ……!」
 そうだ。
 美神が攫われ、横島も窮地に陥っている、この状況。この状況を打破しなければいけないのは、誰よりも自分だ。
 二人に最も近く、最も親しく、最も世話になっている自分だ。
 最も二人を想っている……、自分だ。
「もう……、私だけ置いてけぼりは嫌だもの……!」
 美神や横島が危機に陥っている時、何ら有効な手を打てず、手を拱いて状況が好転する──二人が好転させるのを待つしかない。
 そんな自分に、とっくに嫌気は差している。無様で無力な自分に、とうに愛想が尽きているのだ。
 護られているばかりでは、いけない。
 何より、自分が納得できない。
 恩は、返さなければ。
 信頼を得るには、その努力をしなければ。
 愛情には……、愛情で報いなければ。
「──シロちゃん、タマモちゃん。横島さんが、どこに行ったか分かる?」
 確固たる決意を込めて、おキヌちゃんはシロとタマモを振り返った。
「は、はい! 先生の臭いは、教会の外へ出て行っているでござる」
「……何か知らないけど、大分薄いんだけどね」
 既に辺りの霊波を調べていた二人は、おキヌちゃんにそう告げる。真剣な面持ちのおキヌちゃんに、シロタマも更に緊張した。
「じゃあ二人とも、それを辿って、私を横島さんのところへ連れて行って!」
「りょ、了解でござる」
「分かったわ、行きましょう」
「うん、それでは、ここお願いしますね、ピートさん、タイガーさん」
「え、ええ……」
「分かったですケン」
 らしくなくリーダーシップを執るおキヌちゃんに、ピートやタイガーも圧倒されて、言葉通りに従った。
 おキヌちゃんが他人を鼓舞する事なんて、滅多に無い。普段は、美神や横島のサポート(宥め役)に徹しているし、主体性を発揮するにしても、大体を一人でこなしてしまい、統率力を発揮する事などまずない。
 これは、矢張り彼女が人に命令を出すような性格でない、と言う事が大きいのだろう。何らかの指示を出すにしても、普段の彼女は“保護者”の域を出ない。
 それが──こうまで断定的に、まるっきり命令のように──ピートやタイガーにまで指示を飛ばしたのだから、二人としては従うしかない。
 余程の事だ。──いや、そんな事は彼らにも十二分に分かっていたし、彼にとってもそれはそうであったのだが……、彼女にとっては、更に“余程の事”だったのだ。誰よりも、何よりも“余程の事”なのだ。


「では、行くでござる、おキヌ殿!」
「ええ、行きましょう!」
 自分が行って、どうなるか。自分が行ったところで、どうにかなるものなのか。
 分からない、皆目分からないけれど、何も出来ないと決まった訳じゃない……決めつけちゃいけない。
 ならば、行く。行くしかない。
「横島さんを助けに──!」




「──で……、さて……」
「……」
 おキヌちゃんとシロタマが出て行った教会に、残されたピートとタイガー。
「僕達は、どうすればいいんでしょう……」
「……エミしゃん……」
 呆然と佇む二人の目の前には、霊波砲やらミサイルやらで殆ど廃墟と化した教会と、腹を空かせて倒れた唐巣神父。そして、股間を押さえて蹲るアセドアルデヒドの姿が在った……。






ブロロロロ……!

 豪快な排気音を立て、横島をタンデムシートに乗せたエミのオートバイは、六道邸に滑り込んだ。
 日本オカルト業界の重鎮、財閥も兼ねる六道家、その本家邸宅である。
 庭にオートバイ乗り捨てたエミと横島は、大声で呼ばわりながら屋敷へ走っていった。
「冥子ッ! 冥子〜〜〜っ! 居ないの!? 居るなら、出てくるワケ!」
「……やっぱ、何だかんだ言って仲いいんですね?」
「良くないわよッ! けど、仕方無いでしょ、この場合」
「そ、そうっすね! 美神さんの命が懸かってるんですものね」
「……ま、まあ……ね」
 美神を心配していると、はっきり言うのが照れ臭いのか、横島の言に顔を真っ赤にするエミ。
 彼女とこの家の跡取り娘である六道冥子とは、あまり仲が良くない──と、エミは思っている。
 それは、GS資格試験の時に二次試験の準決勝戦で彼女に敗れた(しかもエミ戦で霊力を使い果たした冥子は、決勝戦で殆ど何もしないまま美神令子に敗れた)事も勿論あるし、裏社会から這い上がり、努力に忍耐を重ね、屈辱を耐え辛酸を嘗めて今の地位と生活を手に入れたエミにとっては、何の努力もせずに才能と家柄だけで自分と同じ道を歩んで行けている冥子は、妬み嫉み憎しみの対象でさえあると言う事もある。
 要するに、エミは冥子が嫌いなのだ。尤も、冥子としては、エミは数少ない友人として登録されているのだが。
 無論、エミとて境遇の差に全ての責任を被せるほど子供ではないし、性格的にどう見ても適性ではないと言うのに、家柄とそれによる才能ゆえに殆ど強制的にゴーストスイーパーの道を選ばされた冥子を、不幸と認めないほど狭量な人間でもないが。
 しかし、それでも──余りに相性が悪過ぎる。生業や職場は同じでも、住む世界が違い過ぎるのだ。エミに冥子を好きになれとは、無理な相談だろう。
 境遇ゆえに、才能を売らなければならなかった自分。境遇ゆえに、他の道を閉ざされてしまった冥子。同情しないではないが。
 とは言え。今は、それどころではない。
「俺だったら、西条の助けなんざ極力借りたくないですけどねー……」
「そう言う“嫌い”じゃあ……、いや、そうなのかしらね。──でも、別に顔も見たくない程って訳でもないし……、てか、どうしたって顔は合わせるし」
「大人ですねー」
「そう? おたくがガキなだけなワケ」
 そうは言っても、本当のところ、言うほど冥子の事を嫌っている訳もいないんだろうな、と思う横島。
 勿論、嫌いなのは嫌いなのだろうが、本当に嫌いなら構ったりはしないだろう。無視も排除も出来ない辺り、エミも相当なお人好しだ。……うちの所長と同じく。
「いや、美神さんだって偶に優しいしね、偶に……。うん、ちょっと捻くれてるだけで、ほんとはいい人なんだって」
「? 何をぶつぶつ言ってるワケ」
「や、別に──」
 そんな事を話しながら歩いていると、その内にお目当ての冥子を発見できた。
「冥子!」
「あ〜〜、エミちゃんに横島くん〜〜。遊びに来てくれたの〜〜? 冥子、嬉しい〜〜」
 お気に入りのドレスを身に纏った冥子は、侍女のフミを連れて、お庭をお散歩の最中だった。間延びした声が、青空に朗々と響き渡る。
「ったく、相も変わらず良いご身分なワケ……。じゃなくて」
「何〜〜?」
「ええと……、何から説明したらいいやら……」
 このお気楽娘に助力を仰ぐには、今までの事情を説明しなければならないが、そうそう時間を掛けてもいられない。話を纏めきれずに口籠もったエミに代わり、横島が冥子に相対した。
「こんちゃっす、相変わらずお美しい!……じゃなくて、美神さんが、魔族に攫われちゃったんです」
「ええ〜〜、令子ちゃんが〜〜!?」
「そうなんです、だから、冥子さんの力を貸して下さい!」
「分かったわ〜〜。令子ちゃんの為なら、冥子なんでもする〜〜。何をすればいいのかしら、横島くん〜〜」
 数少ない親友(冥子的には)の危機となれば、冥子とて協力を惜しんだりはしない。いつもは恐ろしくて仕事でも近寄れない魔族が相手でも、助力は厭わない。
 情けない根性無しだが、基本的に素直で優しい女性なのだ。
「え、ええっと、それは……」
「令子を拉致した魔族の仲間が、今度は横島を狙ってここに追って来るワケ。だから、冥子には──」
 そして、エミが、冥子に自分の策を説明しようとしたその時。


「見つけました!」


 サクヤの甲高い声が、その場に響いた。
「サクヤちゃん!」
「ち、もう追ってきたワケ!?」
 声のした上空を見上げると、憤怒と歓喜の色を顔に浮かべたサクヤが、横島達を見下ろしていた。
 メドーサを倒したのか、出し抜いたのか──。何にせよ、追い付かれてしまったらしい。
「もう、油断しませんよ!」

ゴッ!

 サクヤが腕に魔力を込めて振るうと、その衝撃が風の刃となって横島を襲った。
「うわっ!?」
「まだまだ!」

ゴッ!

 間髪を入れずの、第二撃。
 かわせない! そう思って、思わず目を覆った横島だったが……
「……?」
 斬撃は、いつまで経っても彼の身を襲わなかった。
 恐る恐る目を開けてみると、自分とサクヤの間に何とメイドのフミが立ち塞がっていたのだ。
「ふ、フミさん……!? ちょ、何やって……大丈夫っすか!」
「ええ、平気ですよ。横島様こそ、お怪我はございませんか?」
「いや……、俺は何ともない……ですけど……」
 信じられない光景に、横島は目を見開く。
 横島を庇うように(と言うか、庇ったのだろう)サクヤの攻撃を受け止めたフミは、しかし、平然とそこに立っていたのだ。
「な……!?」
 サクヤも、思わず絶句する。
 フミからは、並みの人間よりも寧ろ少ない程度の霊波しか感じない。と言うか、微弱すぎる(?)彼女の霊気は、強力な魔力を持つサクヤには感知できない。だと言うのに……、なぜ自分の攻撃を受けて平然としていられるのか。
 ましてや、サクヤの風圧の刃は、魔力を使って生み出しているものだが、その結果としては純粋な物理攻撃である。生身の人間がその身に受けて、ただで済むものではない筈なのだ。
「ふ、フミさんこそ、大丈夫なんですか!?」
 青ざめた顔で安否を尋ねる横島に、フミは微笑って言った。
「無論です。茂呂家の科学力を、侮らないで下さいまし。この程度の衝撃で駄目になる程、私のボディは柔に出来てはおりませんよ」
「へ……?」
 フミの言葉の表す意味を、横島は即座に理解する事が出来なかった。
 呆ける横島(と、エミとサクヤ)に解説を入れたのは、フミの雇い主の娘であるところの冥子だった。
「フミさんは、お母様のお知り合いだった茂呂さんと言う方が作られた、アンドロイドなのよ〜〜。亡くなられた茂呂さんに変わって、彼のお孫さんの養育費を賄う為に、うちで使用人さんとして働いてるの〜〜」
「はああ!?」
 そのセリフに、横島とエミとサクヤが声を揃えて疑問を発する。
「あ、アンドロイド……」
「そうよ〜〜」
「……あの、人工霊魂の成功例はマリアと人工幽霊一号の二つだけだったんじゃ」
「フミさんは、完全に100パーセント機械で出来てるロボットだから〜〜。彼女は、コスモ・プロセッサで復活したりはしないのよ〜〜」
「えー……?」
「それに、フミさんはテレサちゃんより後に作られたのよ〜〜。幽霊になってからも開発を続けた、茂呂さんの最高傑作なの〜〜」
「き、詭弁だ……。冥子さん、テレサの存在すら知らないくせに……」
 ま、その辺は、美神辺りが話のネタに教えたって事で。真友くん家は、孤島の生活に馴染めずに夫婦仲に亀裂が入り、結局すぐに東京に戻ってきてしまったのですよ。
「何かむりやり臭ぇけど……、ま、まあ良いか。取り敢えず、今はそれどころじゃないし……」
「はい。……冥子お嬢様、私が時間稼ぎをしている間に!」
「うん〜〜。分かったわ、フミさん〜〜。それで、私は何をすればいいの、エミちゃん〜〜」
「あ……ああ、ええとね……」
 人類の夢である完全自立型ロボットを図らずも目の前にして、多少混乱した一同だったが、取り敢えず気を取り直して、再びサクヤに対峙する。
「ば……、馬鹿にするのも、いい加減にして下さい!」
 一夫、次々と起こる予想外の展開に、もはや怒り心頭、メーターの針が振り切れたサクヤは、喊声と共に、横島に直接殴り掛かった。
 彼女の得意とする風圧の刃、空気を圧縮して相手にぶつけると言う攻撃方法は、実はかなり効率の悪い能力である。何の条件も揃っていない空間で圧縮空気を造り出すなどと言う芸当だ、消費する魔力の割に仕事率が頗る悪いのだ。
 ならば──風魔としての意地は傷付けられるが──その分の魔力を拳に込めて殴った方が、よっぽど賢い。
 ……まあ、一概にそれが絶対に正しいとも言えないのだが、どの道、冷静な判断を失っている今のサクヤには、空気の流れを操るなどと言う高度な魔力の使い方は不可能だ。制御しきれずに、自爆してしまうのが落ちである。
 戦闘経験こそ不足しているが、サクヤは決して頭の悪い少女ではない。今の自分の精神状態では、難しい魔力操作は不可能と判断した。それらを踏まえた上での、鉄拳攻撃なのだ。
 が──苦肉の策が無論そうそう上手くいく筈もなく……、そして、彼女の予想はまたも覆されたのである。

バシィ!

「えっ……!?」
 横島に向けて放たれたサクヤの拳は、目標に届く前に乾いた音を立てた。またもや割り込んできたフミが、再び彼女の攻撃を止めたのだった。
「──! また……っ!」
「ふふ……」
 魔力、霊力、神通力。これらは、あくまで霊体に対してダメージを与えるものだ。発せられた濃度が濃ければ、物理的な破壊力を持ったりもするが、基本的には魂を持たないものには無害である。
 勿論、サクヤが拳に込めた魔力は、物理的な破壊力を持つに充分な濃度を有していたが、鋭い風の刃を受け止めきったフミのボディが相手では、果たしてどうか。完全に、霊能技術に拠らずして開発されたフミである。
 そして、纏われた魔力を考えなければ、少女の非力な拳。合金に打ち付けたところで、どうにかなるものか──。
 ならなかった。
「くぅっ……!?」
 拳を止められ、サクヤが思わずその場に立ち竦んだ隙を突いて、フミは彼女を羽交い締めにした。
 サクヤも抵抗しようとするが、彼女の腕力では到底振り払えるものではない。魔力を射出して抜け出そうとするも、フミはなかなかしぶとかった。
「に……、逃がしませんよ……っ!」
 サクヤのぶつける魔力は、フミの装甲に確実にダメージを与えていたが、フミは漏電しつつも頑なにその腕を外そうとはしない。それは、プログラミングされた動作なのか、それとも──
 必死の形相で絡み合う二人の女性を目の前に、沸き上がる劣情を押さえてぼんやりとそんな事を考えていた横島。
 ここまでいくと、八房でスパスパ切断されていたマリアよりも硬い気がするが、それは気の所為だ。妖刀であり名刀である八房を、最もチカラを引き出せる人狼のポチが振るっていたあの時とは、状況が違う。しょっちゅう壊れているような気もするが、何だかんだと言って宇宙空間から大気圏にダイブして無事だったのだ。カオスは、貧乏のくせに……。
 そこまで考えて、漸く気付く。今は、んなこと考えてる場合じゃねぇな、と。
 呑気と言うか何というか、相も変わらず緊張感の無い奴である。大物と言えば聞こえは良いのだろうが、現実逃避である事に代わりは無い。
 だが彼の偉いところは、それを現実逃避だと自分できちんと認識しているところで、故にいざとなれば行動は早い。
「よし……!」

バシュウ!

 掌の中に、文珠を顕現させる。
 横島の、最大の切り札。残弾数を考えると極力消費したくないが、我と彼とのパワーバランスを考慮すれば、そんな事を言っていられる立場にはない。
「ごめん、サクヤちゃん!」
「ふごっ……!?」
 文珠に文字を刻み、羽交い締めにされているサクヤの口に押し込んだ。
 文珠を飲み込む──体内にて発動させた場合、その効力は強まり、また効き目も長持ちする。
 エミの見立てを推測するに、彼女はサクヤの『絶対防御』は身体の表面にだけ効力を及ぼしていると考えていたようだ。まあ、まず常識的な判断だろう。内部からの攻撃まで完全に無効化するとなると、魔神からの能力の付与などでは済まない話になってくる。普通に考えて、有り得ない話だ。
 その読みが正しいとすれば、文珠を飲み込ませると言うのは、非常に正しい対処法の筈である。無論、体内に放り込まれた文珠(横島の霊力)はサクヤの魔力でねじ伏せられてしまうかも知れないが、彼女は現在、冷静さを失っている。また、横島とサクヤの力の差は、歴然とはしているが全く敵わない程でもない。
 起こす現象が簡単なものであればある程、文珠に込められた霊力は無駄なく使用できる訳だから、今のサクヤであればどうにかする事も出来るだろう。怒りと焦燥に身を任せきった彼女なら、魔体に無理矢理干渉し、付けいる隙もあろうと言うものだ。それが直接的な攻撃でないのなれば、尚更だ。
 そして文珠に刻まれた文字は、最も単純かつ効果的な──

『眠』




 催眠術がオカルトの範疇に入るのかは兎も角……、文珠は見事に発動し、サクヤは深い眠りに落ちていった。
「すやすや……」
 あどけない寝顔は、とても先程まで暴れていた凶悪な魔族とは思えない。まあ、難易しても……
「な、何とかなったぜ、ちくしょーーーーー!」
「冥子お嬢様のお手を煩わせるまでも無かったですね」
 兎にも角にも、台風少女は止められた。安堵に気が抜け、へなへなとその場に座り込む横島。サクヤの魔力を浴び続けたフミは、既にショート寸前、自慢の装甲に何本もの罅が入り、今にも爆発しそうである。


「て、あれ。もう終わっちゃったワケ?」
「うわ〜〜、横島くんとフミさん、強いのね〜〜」
 こうして、サクヤは冥子の参戦を待つまでもなく、横島達に捕らえられ、彼らの手に落ちたのだった。
 ──因みに、翌日から数週間、修理の為にフミはメイド業を欠勤したと言う。






「まあ、待て。交渉をするなら、その前に相手の力を図ってからにせねば。彼を知り己を知れば、百戦危うからずじゃ」
「ほう? んで、ドグラ様。あのグラサン男のマイト数は如何ほどだい。どんな技を使うんだ」
「……ベスパ」
「?」
「所詮、儂は演算処理の為の兵器に過ぎん」
「っの、役立たず!」
 魔界第二軍駐屯地近くの空き地。魔界軍士官のワルキューレとベスパ、そして軍の備品であるドグラは、見知らぬ男に襲撃され、対峙していた。
「……」
 安物のサングラスを掛けた大柄な男は、凄まじい魔力の持ち主だった。少なくとも、ワルキューレやベスパと比べて、相当な大きさの魔力である。それは、大雑把な性格ゆえか横島と同じく“感”の鈍いベスパにも分かる程だった。
「にしても……妙だな」
「? 何がですか」
「いや──」
 ネイターと名乗ったグラサン男を見て呟いたセリフを、ベスパに聞き返されて口籠もるドグラ。あのチ○コ口でどうやって口籠もるのかと言えば、彼の口はそれこそ粘土のように曲がるのだ。ドグラのモデルは土偶だろうので、セクハラ上司などと言われてはいるが、本当は“彼女”なのではないかと言う話もあるが。
 まあ、それは兎も角。
「お前も感じたか、ドグラ」
 その遣り取りを聞いていたワルキューレが、横目でドグラを見て言う。彼女は、ネイターの殺意を全身に浴びて、既に臨戦態勢に入っている。ネイター曰く、ワルキューレは兄の仇らしい。
「ああ……、奴の魔力は何だか不自然だ。小さい器に、溢れる程の魔力を無理矢理に詰め込んでいるような──」
「ドーピングでもしているのか?」
 魔族ならば粘土のように切ったり貼ったりも可能──とは言え、ベスパのように魔神か何かに造られたと言うのでなければ、そうそう無茶な事は出来ない。無制限にパワーアップ出来ると言うなら、みんなそうしている。アシュタロスの眷属であるベスパ達でさえ、強力な魔力を得る為には、寿命と言う対価を必要としたのである。
「……この力は──」
「え?」
 不意に、ネイターが口を開いた。
「この力は、悪魔ワルキューレ、お前をこの手で斃す為に得たもの。我らがボスに身を売り、名を売る事によって授かった、我が復讐の力……」
 ワルキューレを睨み付けたまま、蕩々と語り出す。


「『日出大力』──ボスより下賜された、お前を滅す為の力だ」


 要するにが、霊力の底上げである。サクヤに与えられた『絶対防御』に比べると随分と単純なものだが、その分効果的ではある。
 何せ神族や魔族と言うのは、生まれ落ちたその時点で、その後の人生のかなりの部分が決まってしまう。“下級魔族”“主神クラス”“鬼は竜には敵わない”──これらの言葉が、全てを表していると言えよう。
 彼らにとって神通力や魔力と言う才能は絶対的なヒエラルキーであり、そして、その格差の殆どは種族と交配によって決定してしまう。人間界よりも更に、チャンスが平等でない世界なのである。どんなに社会が乱れようとも、神界魔界では太閤秀吉は現れない。現れる余地が無い。
 そして、ネイターの元々の実力では、ワルキューレには敵うべくもない。それは、彼の兄がワルキューレに瞬殺された事でも分かる。彼と兄とは、同種同腹。つまり、能力や魔力については五十歩百歩なのだ。
 更には絶望的な事に、戦闘技術においてもネイターはワルキューレには及ばなかった。無論の事、優秀な軍人であるワルキューレをどうにか出来る程の暗殺術を身に付けている訳でもない。それ以前に、軍の基地の中にいるワルキューレに、どうやって近付けばいいのか。彼女の周りには、常に多くの同僚や部下が居る──。
 それら悪条件の数々を、全て覆す解はただ一つ。誰か強力な魔神と取引をして、分不相応なチカラを得るしかない。
 そして、彼は手に入れた。全てのウィークポイントをねじ伏せる、強大な魔力を。ワルキューレを斃せるに足る魔力を。
 ネイターにそれを授けた魔神は、彼を《タジカラオ》と呼んだ。天の岩戸を開き、天照大御神を外界へ引き出した大力の神。ネイターの得た魔力は、正にそう形容するに相応しかった。


 そう、全ては兄の仇を取る為に──。

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