ザ・グレート・展開予測ショー

マリアと犬の夜。 第四夜


投稿者名:龍鬼
投稿日時:(05/ 3/22)

小さな部屋。
二人だけの世界。
声が、ぽつり。

「……お姉ちゃん?」
「イエス、何でしょう?」

「……ありがとうね。」
「……? マリアは・何もしていません。」

「いいの。ありがとうったらありがとう」

背中合わせに座った二人。
部屋の中をくるくる回る風が、どこまでも穏やかだった。





――マリアと犬の夜。 第四夜――





「えっと……こう?」
「イエス。」

二人っきりの折り紙。
いつしか日課になっていた。

「……難しいよぉ。」
「イエス、難しい・です」

床に置かれた折り紙を、一心に見つめて。
そんな少女の黒い髪の毛だけが見えた。

またすぐに飽きてしまうのではないか―――
少ない経験からみてもその可能性は、高い。
そんな事を考えていると、少女の頭がひょっこり起き上がる。

「でも……楽しいや。」

良かった。
そう、言いたかったのかもしれない。


いつもと同じ時間だった。
歩みを止めるほどの居心地の良さも、全てを忘れさせるような穏やかさも。
ただ一つを除いては。








「……ごめんね、お姉ちゃん」


――泣いていた。
いつの間にか、声も漏らさずに。
ただ、涙だけが夜に落ちる。


「……ソーリー。このような状況への・対応が・プログラムに……」


「あ、ごめん。何もしなくていいんだよ、ほらっ」

少女は慌てて、目をごしごしと拭いた。
頬を流れる涙の音。
まるでたった今、その感覚を知ったかのようで。

儚げではあった。
しかし、確かな強さも秘めていた。

「でも、出来たら……一つだけ、わがまま言ってもいい?」

マリアは答えない。
じっと、じっと見つめるだけ。

少女は安心したように、続きをそっと音にする。

「……笑っていて、ほしいの。」

強く絡んだ二つの視線は、強さと脆さを孕んでいるように見えた。

「……マリアには・その機能が『違うの。』

強く頭を振ると、黒髪がさらさらと踊った。
二人の間に、小さな風が舞う。

精一杯の沈黙の、後に。

「笑顔なんて見かけだけじゃない。その、なんていうかもっと……ああっ、上手く言えないっ」

立ち上がって、床をだんだんと踏み鳴らす。
感情を床に埋めるように。
そしてお終いに、ばたん、と背中から寝転んだ。




――音が、消える。




「……やっぱりお姉ちゃんは、帰らなきゃいけないんだよ。」

沈黙を破ったのは、やはり少女。
声が、掠れていた。

「私、もうすぐ行かなくちゃいけないの。お姉ちゃんとここでずっと、ずぅっと一緒にいたいけど、
 それはしちゃいけないことだから……。」

いつの間にか、顔は向き合っていて。
何故だろう。
疑問点だらけの少女の言葉に対して、訊き返せなかった。
人形である自分にとって、それはエラーに他ならないのに。

「閉じ込めている事があるなら、鍵を開けて。
 心が砂に埋もれちゃってるなら、大きく息を吹きかけて。それは、すごく勇気がいることだけど」

その言葉が、合図だったのだろうか。
目の前の光景が、変わった。

懐かしさ以上の物を、いっぱいに含んだ声と共に。










『――お前は、死ぬ機能を欲するか?』



「…………!」



 ドクター・カオス……?


沈んでいたメモリーが、逆流を始める。
もといた場所に、帰ってくるように。
まるで、そこに居たいかのように。



『……心拍数、低下。危険度、更に上昇』

心拍を表す規則正しい電子音。
それにも構わず、医療マシンがそう告げる。
抑揚の無い作り物の声。
所詮、他人事だと言わんばかりに。

『……理解・不能です。情報の・追加を。ドクター・カオス』

目の前の瞳は、深く閉じられていた。

『……ドクター。起きて・ください。食事が・出来ました』





『……ドクター・カオス。』


その仕草は、いつもと何ら変わらなかった。
その声も、言葉も哀しいくらいにいつもと同じで。

映像が、乱れた。
金属の塊が、床に崩れる音と共に。

ただ、確かな記憶。
最後に響いた音は、『それだけ』だった。










「……思い出した?」


映ったのは、下から自分の顔を覗き込む少女の顔だった。



「……ここってさ。大事だった事をみんな忘れちゃえる部屋なんだ。でもさ。
 お姉ちゃんはまだ忘れちゃダメだと思うんだ。」

少女は言葉のひとつひとつを、ゆっくり時間をかけて紡いでいく。
それは、言葉に思いを込める作業であるかのようにも思えた。

「忘れちゃったら、きっと楽だよ。でも、悲しいよ。だから、忘れちゃいけないんだよ。」

「……アンドロイドでも・でしょうか?」

「きっと、そうだよ。だってさ、神様が創ったか、人が作ったか。
 違いなんて、それだけだから。まだ、お姉ちゃんは帰れるんだから」

混じりっ気の無い声だった。
どこまでも、澄んでいた。

「……ドクターが・マリアの家でした」

少しだけ、少女が考え込んだ。
自分の中にある言葉をいっぱいに使って、答えようとしていた。

「帰る場所が無くなったなら、新しく見つけなきゃいけないんだよ。
 どんなに辛くても、哀しくても。そうして、みんな生きていくんだと思うな」



返事が返ってくる事は無かった。
ただ、二人だけがちゃんと解っていた。



「さて、と。」

しゃがみ込んでいた少女が、すっくと立った。

「私、もう行かなきゃ」

何処へ、とは訊かない。
理由は探しても見つかりそうになかった。





天窓から、柔らかな光が射した。
夜へと続く階段が。
そして、その向こうへの入り口が。

「じゃあ、行くね。本当にありがとう。あぁ、それとね……。」

歩き出そうとして、何かを忘れて。
くるり、と振り返った拍子。

「私の名前も、『マリア』って言うんだ。」

笑顔が、とても綺麗に見えた。

「また、会いましょ。絶対だよ♪」

ほんの少しづつ、少女の身体が光の粒に変わっていく。
『お別れ』まで、それほど時間は無さそうだった。

「命令・ですか?」

答えなんて、解りきっているのに。

「ちがーう。命令なんてちっちゃなものじゃなくて、『約束』だよ」

そう言って、頭をぶつ真似をしてみせる。

「……また。」




「また・会いましょう、ミス・マリア!!」

光が、溢れた。
最後に焼きついたのは、手を振る少女の微笑み――――






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