ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(5)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(00/ 5/30)

「しっかりして下さい、横島さん! 横島さん!」
「横島さん、どうか返事して下さい!! 横島さん、横島さんったらぁ!!」
崩れ落ちそうになる横島の肩をすんでの処で支える事が出来たピートとキヌが、声を嗄らして懸命に横島に呼び掛けている。当の横島は両目を見開いたままだらしなく口を開き気味にして小声で何やら呟いている。
「おキヌちゃん!! 救急箱から『霊薬中和剤』を持って来て!」
「……あっ、は、はいっ!」
美神の一喝で俄かに冷静さを取り戻したキヌは、おぼつかない足取りでキッチンへと向かう。その後ろ姿も見送らずに横島を見積める美神は、視線をそのままにカオスに問いただす。
「ねえカオス、一体どうなっちゃうのよ、横島くんは?」
微かに声が震えていた。
「うむ、どうやら儂の『時空超越内服液』がその効果を現してきたようじゃな。」
「そんな事、誰が見たって分かるわよ!!」
「まあ落ち着け美神令子。あれが効いとると云う事はだな…あの薬を正しく使うには事前に行き先となる時空間との結び付き即ち『縁』が、現在の時空間との相対的な位置関係を示すヴェクトルを決定する上で大切じゃが、それに加えて頭の中にその行き先に対する具体的なイメヂを思い浮かべる事が大事なんじゃ。それに依って現在の時空間から飛び出す為に必要な初速度を獲得するのでな。」
恐しい程に冷静なカオスの説明に、美神も徐々に落ち着きを取り戻した。
「じゃあ、横島くんは……」
「何も知らずに薬入りの茶を飲んでしまった小憎は。副作用のショックの所為でパニクっておろう。その様な思考状態で出来上がった全く出鱈目なイメヂでは、別時空との位置関係も時空エネルギィも設定が滅茶苦茶じゃ……」
「薬、見付かりました!」
カオスが美神から視線を逸らしたのと、瓶を抱えたキヌが部屋に駆け込んだのは、ほぼ同時だった。一瞬の躊躇を見せたものの、再び美神の瞳に視線を戻してカオスは結論を述べた。
「……まあ、何処かの時空間にでも辿り着けたのならばもっけの幸いじゃが、さも無くば…永遠に、時空間の狭間を彷う事になる……。」
一瞬、部屋の中の空気が凍り付いた。

「……んあっっ!!」
それは、突然ピートを襲った。後ろから背中を支えていた横島の輪郭が霞んだと思いきや、彼の身体の中心部で何かが光り出した。生来暗さによりも明るさに弱いピートは反射的に眼をつぶりそうになるのを懸命にこらえようとするが、その光の激しい瞬きにはあらがえない。光に対する潜在的な恐怖感が自分の中に増大しているのか、心拍数が異常なスピードで上昇しているのが分かる。
少なからぬ眩暈と吐き気を覚えて片膝を折ると、全身を包み込む奇妙な圧迫感とひきかえに彼の肉体の五感が薄らいていく。
自分が何かを大声で叫んだ様な気がしたが、頭骸で響く自分の声どころが喉を伝わる発声の感覚すら、感じ取れなくなっていた。しかし、横島を抱き支えるその腕はだけは彼を凌辱する不可視の力に対して最後の抵抗を試みていた。

『独りでなんか死なせないわ!! ……』

瞼の裏側に焼き付いた光の残像が俄かに人の型を取った途端に、そんな声が聞こえた様な気がした。


「……異常事態が発生しました。1028時、当館応接間にて、複数の霊波の消失を確認しました。消失した霊波の固有パターン及びに同時に消失が確認された熱源並びに質量等から消失したと思われるのは、当事務所所長兼経理・美神令子オーナー、同研修員兼事務・氷室キヌ、同アルバイト助手兼……雑用・横島忠夫、客人・ドクターカオス、同・ピエトロ・ド・ブラドー、以上五名と思われます。只今、非常用緊急回線に接続して『I.C.P.O.超常犯罪課(通称オカルトGメン)日本支部』西条輝彦支部局長に直接出動を要請しています。館内に未だ残っている方は『オカルトGメン』による正式な捜査があるまで現在の場所で待機していて下さい。なお現場保存の為、『オカルトGメン』が到着するまでは外部への退出及び他の部屋との入退室は著しく制限されますが、どうか御了承下さい。繰り返しお伝えします。……」

人影が忽然と消え去り先程までの喧噪が嘘であったかの様に静まりかえっている応接室には、ただ人工幽霊一号に依る警戒アナウンスだけが響きわたっていた。
「……充電・完了……。」
一人ポツリと取り残されたマリアはどこか所在無さげな面持ちで、未だ微かに湯気を上げ続ける三脚の空のティーカップを見積めている。そのまま自分の両手を後頭部のコネクタ部分に伸ばしてアダプタのコウドを抜き取ろうとした時に、軽く静電気の爆ぜる音がした。


「……あん、先生、もぉそれだけは、あっ、勘弁で、ござる、んっ、よぉん……」
「……お父さんとお母さん、仲直りできて、本当に、良かったね、真友くん……」
同じ時空間の同じ建物の屋根裏部屋、通称「ねぐら」にある二脚のセミダブルベッドの上では、二匹の獣娘達が傍目には幸せそうに朝の惰眠を貪っている。

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