ザ・グレート・展開予測ショー

醜女 前編


投稿者名:赤蛇
投稿日時:(05/ 3/21)

時は宝永の頃―――――


元禄の地震や富士山の噴火など、関八州を襲っていた天変地異もようやくに収まりを見せつつあった。
地脈に根を張り、災害を引き起こす妖怪・死津喪比女を鎮めたとあって、幕府や諸藩の間にも安堵の表情が見られるようになった。
その傷跡はまだ随所に生々しく残ってはいるが、人々はそれでもなお逞しく、復興に向けた動きを始めていた。

だが、家々や田畑は取り戻すことは出来ても、失った人を取り戻すことは出来ない。
皆がどれほど前を向いて歩いたとしても、傷ついた心を癒すことは難しく、折につけ微かな痛みを伴うのであった。
そして、その痛みに囚われ続ける者もまた、少なからずいたのである。



「うおおーーーっ!!」

館の庭先に置かれた四尺ほどの真新しい石灯籠を両手で抱え、猛々しい雄たけびを挙げて力を込める人影があった。
この地特有の硬い石で彫られた灯籠は、およそ人の力ではびくともしないように思えたが、次第にみしりみしりと軋む音を立て始め、ついには大きな音を立てて崩れ去った。

  ふしゅるるるーーー

その者は喘鳴にも似た荒い呼吸音を吐きつつ、仄暗い中を仁王立ちになったまま虚空に視線を向けている。
筋骨隆々たる体躯を持つ偉丈夫、いや女偉丈夫こそ、この地を収める藩主の娘・女華姫その人であった。

「ああ、姫様おかわいそうに」

「あんなにすっかりおやつれになられて・・・」

庭に面した廊下の隅でじっと見守っていた腰元たちが、心配そうにため息混じりの声を漏らす。
その呟きを耳にした道士は思わず、どこが、と言いそうになったが、辛うじて飲み込むことが出来たのは厳しい修練の賜物であった。

「姫様はまだあの時のことを・・・」

腰元の一人が神妙な面持ちで言った。
あの時、死津喪比女を鎮めるために人身御供となって死んだ娘のことを知らぬ者はいない。
皆のためとは言え、まだ十五の若さにて自らその命を散らさねばならなかった娘のことを思うと、痛惜の念に胸が痛む。
ましてやこの者たちはただの腰元ではなく、幼少の頃より女華姫直属のくノ一として使えてきた者たちである。
身分違いなれど、女華姫にとって無二の友であったおキヌを失った悲しみはどれほどのものであろうか、その心中は察して余りあるものであった。

悲しみとも怒りともつかぬ気を纏い、やおら二つ目の灯籠に手を掛ける女華姫の後ろ姿を、道士は何も言わずに見つめていた。



数日後。

幕府よりの使者と今後の対応についての協議を終えた道士は、二の丸を抜けて館へと通ずる廊下を歩きながら頭を悩ませていた。
表向きは死津喪比女は倒されたことになっているが、それは必ずしも正確ではない。
草木の妖怪である死津喪比女は、地脈を絶たれたからといってすぐに滅びるわけではない。
枯れる間際に「花」が言い捨てたように、地中深く眠る本体は数百年、少なく見積もっても三百年は生き延びると見られていた。
後の世に禍根を残さぬよう、何らかの手立てを講ずる必要があった。

幾度か重ねられた協議の結果、やはりこの地に神社を建立し、やがて山の神になって地脈を堰き止め続けるおキヌを祀るのがよい、との結論に達した。
そのために道士はこの地に留まり、不測の事態に備えて自分の影を記録させておくこととなった。

しかし、それにはひとつ問題があった。
自分の知識は影に残しておくことは出来ても、その能力を受け継ぐことの出来る者が今のところ誰もいない、ということだった。
道士が妻を娶り、その子孫に代々伝授するとしても、霊能力は多分に両親の資質に左右されるため、誰でもよいというわけではないのである。
また、山の神を祀るという性格上、妻となるべき者は土地の者が相応しいとされることも難問の一つだった。
江戸から遠く離れたこの地において、霊能力もしくは生命力に溢れた者が見つけ出せるかどうか、その可能性はとても高いとは思えなかった。

そんなことをずっと考えていたため、渡り廊下を勢い良く駆けて来る者にとっさに気付かず、寸でのところでぶつかりそうになる。

「おおっと! 危ないじゃないか」

「も、申し訳ございません!」

駆けて来た娘は非礼をわびてすぐに立ち去ろうとしたが、相手が道士と気付いて大きな声をあげた。
たしか、女華姫の傍に仕える腰元の一人だった。

「あ! 道士さま! す、すぐに来てくださりませ!」

「ど、どうしたんだね、一体」

「大変なんです! 姫様が!」

そう言いながら腰元は道士の袖を引きずるようにして今来た廊下を駆け戻っていく。
この娘もくノ一の一人なのであろうか、若い娘とは思えぬほどの力だった。

せかされるままに走っていくと、やがて奥の部屋から喧騒が聞こえてくる。
悪い予感がしたように、騒ぎの元は女華姫の様子だった。

「ひ、姫様、おやめくださりませ!」

「どうかお平らになさってください!」

「ええい! 離せ、離せというに!」

「いいえ、離しませぬ!」

「離さぬか!」

広い部屋の中で立ち回る女華姫を、何人かの腰元たちが羽交い絞めにするようにしてもみ合っている。
女華姫は居並ぶ家臣でも敵わぬほどの体躯を駆使して振り解こうと暴れるが、さすがにくノ一というべきか、腰元たちはその動きをしっかりと押さえている。
なるほど、柔よく剛を制すとはこういうことか、ふと場違いな感想が頭に浮かんだ。

だが、女華姫の手に握られた物、それも想像通りのものが見受けられたとたん、そんな呑気なことは考えていられなくなった。

「やめなさいっ!!」

さほど大きくもないが充分に気を込められた一喝を受け、女華姫も腰元たちも皆、固まったように動きを止めた。
そして畳の上をすたすたと歩き、女華姫が手にしていた小刀のような物、その実は厚拵えの兜割りともいうべき刀を取り上げた。
手にずしりと重いその刀を鞘に収め、道士はふう、と息を吐いた。



「一体どうしたというのかね。まあ、大体の事情は察しておるが・・・」

道士が目を向けると、皆一様にしゅん、として気落ちしてしまった。
あの女華姫でさえ、身体が一回りも二回りも小さくなったように縮こまっている。
とてもこの様子では満足の行く答えが聞けそうにはなかった。

このままでは埒が開かないというものだが、事の顛末は聞かずともわかるというものだった。
大方、自分の身代わりに親友であったおキヌを死なせたことを苛み、悩んだあげくとっさにこの刀を掴んで、といったところであろう。

女華姫は外見に似合わず心根の優しい、良き姫である。
それを証拠に家中はおろか、城下でも姫のことを悪し様に言う者など一人もいなかった。
さすがに御面相については笑ってごまかすしかなかったが、それでも皆がどこか誇らしげに語っているのが見て取れた。
此度の件においても、父である領主を前にして命の平等を訴え、自らくノ一を率いて最後までおキヌを支援し続けたのである。
太平の世になって久しい今において、真に稀有な貴人と言えよう。

だが、高貴なる者の努めとして、失った者を嘆き悲しむだけということは許されるものではない。
たしかにおキヌのことは残念であったが、今なお生きて助けを必要としている者は数知れず、我らがやるべきことは山のようにある。
このようなときに全てを投げ出して逃げるような真似など、はたしておキヌが喜ぶはずもない。
そうして諭して聞かせた後には、ようやくに気持ちも落ち着いてきたようであった。

「ならば、もう二度と自害しようなどとは思わず―――――」

そう言いかけた自分の言葉を聞いて、皆が一斉に、えっ、というような顔をあげたときには、道士は思わず息を呑んだ。

「ど、どういう意味でござりますか?」

真顔でそう問い掛ける女華姫を見て、道士はよもや、という気持ちに襲われた。
先程までの滔々とした威厳のある話し振りもどこへやら、しどろもどろになってうろたえていた。

「え、あ、いや、苛んだ挙句に、こ、この刀でとっさに自害しようとしたのをそなたたちが止めたのでは・・・」

それを聞いて、腰元の一人がそろそろと手をあげて言った。
心なしか、声が笑っているようにも聞こえた。

「じ、実は姫様が出家すると申されまして―――」

「しゅ、出家!」

「それで普段お使いになられている髪剃りで髪を落とされようとしていましたので・・・」

「か、髪剃り!? これが!?」

道士は自分の声が裏返っていることにも気付かず、手の中にある刀の重みにあらためて驚いた。
およそ一貫目はありそうな部厚い刃渡りは、幾多の合戦場で荒武者どもを倒してきたとしても不思議ではない業物だった。
よもやこれが城の奥で、ましてや髪剃りとして使われていようとは予想だにしなかった。

その頃には女華姫をはじめ、皆も笑いを隠そうともせず、あまりの毛恥ずかしさに意識も遠のくようであった。
また、死津喪比女の件より溜まっていた疲れに加え、あまりに拍子抜けした安堵感のためか、急速に目の前が霞み、全身の力が抜けていくのを感じた。
異変に気付いた姫たちの声をどこか遠くに聞きながら、そのまま意識を手放して畳へと伏して倒れこんだ。

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