ザ・グレート・展開予測ショー

横島忠夫奮闘記 71〜熱い友情とその寿命〜


投稿者名:ぽんた
投稿日時:(05/ 3/19)

横島は竜一が吹き飛んで行くのを他人事のように見ていた。実際に他人事だったが。
2〜3メートルは飛ばされただろうか、大の字になって引っくり返っている。
だが当る瞬間に体表に霊気を集中させていたし、咄嗟に後に飛んで衝撃を逃がしていたので
動けないという事はないだろう。察する所、死んだフリをしているという処か。
だが後1〜2発喰らえば本当に動けなくなりそうだ。先程言っていた2〜3発なら命に
別状は無いだろうという素子の見立ては正しかった訳だ。と言うか弟の行動不能限界への
ダメージをここまで正確に予測出来る姉というのも何かいやだった。

「竜一…また死んだフリですか? その状態でかわせますか?」

素子はいつもの事だ、といった様子で竜一を見ていたが容赦無く二撃目を送り出す。
竜一はそれまでの擬態をかなぐり捨て、跳ね起きてかわし横島を盾にするように位置取った。

「ちょ、ちょっと竜一さん?」

(頼む! ダメージが抜けるまで時間を稼いでくれ、君そういうの得意そうだろ?)
(何故それを? …ってまあ良いですけど)

竜一の懇願に応じ出来るだけ楽に時間を稼ごうとする横島、となると選択肢は口車しかない。

「あの〜素子さんに前から聞きたかった事があるんですけど教えてもらえません?」

特に考えがあった訳ではないが、相手の返事が否でも諾でも構わなかった。
否なら粘って時間を稼ぐだけだし、諾なら話を引き延ばすだけだ。

「何ですか? 私に答えられる事なら…」

思ったよりあっさりと素子はこちらの思惑に乗ってくれた。
せっかくなので本気で気になっていた事を尋ねる事にする。

「素子さんって剣術家なのにやたらと関節技とか巧いのってどうしてです?」
「ご存知ないのですか? 元々剣術は柔術等と密接な関係にあるんですよ」

あの関節技のキレは横島自身もその身で味わっているし対鬼門戦でも実に滑らかに出していた。
きっちりと修練を積んでいなければああは出来ないと思っていたのだが正規に学んでいたらしい。

「ちょうど此処は道場ですし貴方の体術を見せてくれませんか? お相手は不肖私が務めさせて頂きます」

剣での稽古相手を引き受けるとは言ったが何故か体術での相手をする破目になってしまった。
疲れる事は避けたかったので竜一がいた方に目をやると、何時の間にやら中央に立ち審判役になっている。
この変わり身の早さ、調子の良さ、保身の巧みさ等に妙に既視感を感じてしまう。
何処で見たのだろうかと考えるが何の事はない、かつての自分に良く似ているのだ。

となればこの後の展開も予測出来る。横島が飽くまで拒否すれば言葉巧みにお世辞等を
交えながら素子と一緒になって対戦を実現させようとするだろう。そして終わった後は
流石だ、とか信じていた、とか言いながら遺恨を残さないように振舞うだろう。
自分なら絶対にそうする、断言出来る。つまりは回避不能という事だ。

「…解りました、ルールは“殺さない事”だけで良いですか?」
「え? も、もちろんです…」

一瞬素子が怯んだような表情になる。そんな決め事内での勝負になるとは予想していなかったのだろう。
横島も自分と周囲の環境が尋常じゃない事に今更ながら気付かされたが取り消す訳にもいかない。
受けに専念する事にして立会いを始める事にした。

「良いですか? くれぐれも酷い怪我などさせないように、正々堂々と、始め!」

かつて横島がGS試験においてピートに対して言ったような前置きの後での開始の合図。
素子が一瞬で間合いを詰め中段前蹴りから蹴り足を踏み込んでの上段突きを出して来る。
基本中の基本のコンビネーションではある、但し空手の。蹴りをガードし突きを回り込んで
回避し相手の死角に入り込んだ後で当然の如く疑問が沸き起こる。

「って何故に打撃技?」
「柔術においては掴みにいく為に打撃から入る事もあります、基本の繋ぎですよ?」

素子が何事も無いように言ってくるが到底納得出来る答ではない。

「いや、充分主力になる技のような気が…」
「気のせいです」

はっきりキッパリと否定して再び攻め掛かってくる。右のローから左のハイへと続く
対角線攻撃、掴みに来る意思など全く感じさせない程体重の乗った足技である。
ローを脛受けで、ハイを腕でガードするともう一度右のローを飛ばして来る。
同じ展開か、と思い踏み込んで勢いを殺そうとした瞬間に右足の軌道が変化し側頭部を
蹴り足が狙って来た。咄嗟に腕を上げてガードしたがお構い無しに体重を掛けて来る。
踏ん張ろうとした瞬間に素子の軸足が床を離れ横島の顔を目掛けて近付いて来た。
ダッキングでヒットポイントをずらしたが、頭の後ろの位置で素子の両足が交差し
そのまま上半身を振り子のように使い反動で横島を道場の端まで投げ飛ばす。
咄嗟に床に掌を叩きつけ、トンボを切って着地するが、最早疑問はピークに達している。

「あの〜何処が柔術?」
「えっ? い、いや、あの、その…こ、これぞ赤坂流柔術奥義、裏観羅奈です」

あからさまに妖しい技名を言い放つ素子、そのこめかみを一筋の汗が伝い落ちている。
竜一があらぬ方向を向いてこちらと視線を合わせようとしない事を含めても怪しさ大爆発である。

「ふ〜ん奥義“うらかんらな”ね〜、ってウラカンラナってプロレス技やないかっ!」
「ちっ! 知ってましたか…」

誤魔化せなかった事で悔しそうに舌打ちしているが、こんな大技を実戦で使いこなすなど
どう考えても尋常ではない。竜一を見ると、何処か哀愁の漂う表情で話し掛けて来る。

「姉さんはプロレス“も”好きなんだよ横島君」
「いや、“好き”でやってるレベルじゃないような…」

そこからは聞くも涙、語るも涙の話が続いて行く。
第一子という事もあり、幼少より厳しく赤坂流剣術を叩き込まれた素子。
来る日も来る日も徹底的に剣術修行に強制的に打ち込まされる日々において素子が見つけた
気分転換が徒手格闘技の習得である。柔術は父から、他に空手やサンボ等を独学で修め
趣味がプロレス観戦になった。一昔も二昔も前の魅せるプロレスだけではなく、ガチの
要素の強い近年のも好みでTVやリングサイドで豪快な技を見れば自分もやってみたくなる
のが人情というもの。それには当然相手が必要でその役目は必然的にすぐ下の弟に回って来る。

兄貴にプロレス技の実験台にさせられた弟など幾らでもいるだろう。だが姉に実験台にされた弟は、
しかも優に実戦で使いこなせるレベルの技の、滅多にいないだろう。

「そう、一番キツかったのは、この板張りの道場で垂直落下式のブレーンバスターを
 喰らった時かなぁ、あの時は救急車で運ばれたっけ…」

何処か遠くを見詰めながら追憶に浸る竜一を見て素子が慌てて口を挿む。

「一回だけでしょう? あの後からはちゃんと布団の上でパワーボムを掛けたり、砂場で
 アバランシュホールドを決めたり、海で投げ捨てジャーマンをしたりと安全には気を使ったわよ?」

何と言うか、何処から突っ込めば良いのやら解らないような事を大真面目に言っている
素子を見ながら横島の脳裏に以前の職場での出来事がフラッシュバックした。
あの頃は美神のサンドバッグ代わりに日常茶飯事に殴られていた。その甲斐あって美神の拳技は
スピード・キレ・破壊力からコンビネーションに至るまで、そこらの4回戦ボクサーなど
寄せ付けないようなレベルまで磨き上げられていた。だからどうした、と言われたらそれまでだが。

「それにあの時は私も反省してお前が運ばれた病院の院長先生に正直に話して相談に乗ってもらったのよ。
 そしたら『安全面にさえ気を使えば何の問題も無い、というか是非続けなさい』って仰るから…」
「そうだよね…あの時に違う病院に運ばれてれば…」

顔を赤らめながらも真摯に語る素子の言葉を聞いて、益々竜一が遠くへ行ってしまった
ような顔つきになっている。気のせいか目元に光る物があるようだ。

「あの〜参考までに何処の病院だったんですか? そこには絶対行かないようにしますんで」
「白井総合病院です」

横島の至極真っ当な質問に対して返って来た答は既に手遅れなものだった。そこなら既に
何度となく入院している。現代医学を勝手に代表した挙句に病の原因にドロップキックで
立ち向かうような院長だったはずだ。“あの”院長に相談したのなら、そんな答が返って
来るのもむべなるかな。竜一にとっての不幸な巡り合わせには言葉も無い。

「あ〜竜一さんの気持ちは解るっちゅうか解らんっちゅうか、何て言えば良いのやら…」
「ふっ、理不尽な姉を持った弟の気持ちはね、“理不尽な姉を持った弟”にしか解らないんだよ!」

ヒネリも何も無いが実に尤もな内容の熱弁を振るう竜一に対し横島もそれ以上は語る言葉を持たない。
一人っ子として育てられ、“姉”から苛められた経験など無い横島に“弟”の悲哀は解らない。
姉の如く慕う師匠はいるが優しく包容力のある女性というイメージしか無いので尚更だ。
ちなみについ最近の実戦稽古で右腕の肘から先を斬り飛ばされた事はキレイに忘れている。

「だが君の眼からは何か相通じる物を感じる、何処かで似たような経験があるのかい?」

竜一が横島の眼を直視しながらそう声を掛けて来る。そこから先は言葉はいらない。

ガシッ!

男達は固い握手を交わしていた。

「「友よ!」」

こうして虐待被害者の会、一号と二号の間に熱い友情が構築された。
その様子を見ながら素子が近付いて来る。その顔に浮かべているのは実に優しげな微笑み。

「横島さんのような達人が竜一を友と呼んでくれるとは、姉として嬉しい限りです」

それはとても穏やかな声、弟に起きた事を我が事のように喜ぶ優しい姉の姿。

のように見える。







だが竜一の顔色は既に死人のそれであり、さながら出来の悪い蝋人形のよう。
横島の体内でもアラートシグナルが鳴り響いている、コンディションレッドだ。

「ところで竜一」
「ナンデショウカ、オネエサマ」

優しく、慈悲深く、深い愛情に満ち満ちた声での姉の問い掛けに対し、
流暢という形容詞の対極にあるような声が答えている。

「“理不尽な姉”とは誰の事です?」
「……………」

考えるまでもなく一人しかいないのだが馬鹿正直に答えるような“勇者”はここにはいない。
竜一はサウナで痩せ我慢しているオッサンのようにダラダラと脂汗を流している。

(ガマの脂ってこんな感じかな〜?)

横島はそこはかと無く現実の世界から旅立とうとしていた。

「それで、ねえ竜一?」
「ナンデショウカ、“ヤサシイ”モトコオネエサマ」

慈愛の微笑みを浮かべている素子に対し、竜一の様子は妙神山最難関コースの修行を2〜3回
終えた後のような状態だった。竜一の背後から今の素子を写真に撮れば、そのタイトルは
“菩薩”だろうか“聖母”だろうか、それとも“天使”かもしれない。それ程今の素子の
表情には一片の曇りも無い、透明感溢れる程温かみのある笑顔だ。写真に温度は写らない。

反対に素子の背後から撮影した場合のタイトルは何だろう。“獅子の前の子兎”だろうか
“アナコンダの前の蛙”だろうか、それとも“美神の前の寄付金集め”だろうか。
そんな事を考えている横島は良い具合に壊れかけていた。

「飛びつきDDTとフランケンシュタイナーではどちらが良い? 
 ああ、いけない師範代たる私とした事が…気魂刃の連射連撃にしましょうね?」

その心温まる申し出と共に、何時の間に手にしていたのか、凄烈な美しさを放つのは
天下の名刀和泉守兼定。充分過ぎる程の霊気をその刀身に纏わせている。

「いやいやいやいや、気魂刃ならやはり横島君じゃないと。そういう話でしたヨネ?」
「いやいやいやいや、ここはやはり華麗なプロレス技を竜一さんに。人間“慣れ”が一番」

身の危険を感じ一瞬で再起動を果たした二人が目の前の死神に人身御供を差し出そうとする。
男達の友情はとても熱かった、だが決して固くはなかった。例えるなら煮え滾る湯豆腐。
“熱さ”は申し分無いが“堅固さ”など望むべくも無い。

「ふっふっふっ、最早問答無用。   三連っ!」

地獄の底から響いて来るような声の後に一呼吸での三連撃。対鬼門戦から較べても
長足の進歩を遂げている。流石に100年に一人の天才と“自分で”言うのは伊達ではない。
瞬速の連撃を総てサイキックソーサーで防ぎきるとそのまま刀身目掛けて投げつけ相手の
手から弾き飛ばす。だが素子は手から離れた刀に何の執着も見せずに間合いを詰めて来る。

「さあ横島選手、大〜きくロープに振ったぁ〜」

背後に隠れて横島を盾にしていた竜一の腕を取り、自分の実況中継付きで素子の前に差し出した。

ゴスッ!

流れるような滑らかさで飛びつきDDTが炸裂した。そのまま竜一を立たせて一気呵成に
畳み込んでいる。その竜一の悲鳴を背中で聞きながら横島は全速力で道場を後にした。
小竜姫のパネルが見守っている事も手伝い、きっと安らかに逝けるだろう。

(竜一さん、貴方の尊い犠牲は無駄にしません。いずれ銅像をつくって除幕式は素子さんの手で)

横島は心の中で黙祷を捧げながら一路自宅への道を急いだ。

これから一時間ちょっとの後、外出から帰った赤坂家当主夫妻とその末娘は、良い汗をかいた
と言わんばかりの爽やかな笑顔で牛乳を一気飲みしている長女と、
ボロ雑巾のように変わり果てた姿になった長男“らしい”物体と対面する事になる。











「いっけねえ、組み稽古の打ち合わせすんの忘れてた」

横島がその事について思い至ったのは自宅に帰り着き、ドアの前に立った時である。
あれからわき目も振らずに一目散に帰って来た為まだ充分に早い時間である。
これなら夕食には余裕を持って間に合っただろう。まだ出来てなければ手伝っても良い。

「ただいま〜ってあれ? 弓さん?」

部屋の中に入ると何故か弓かおりが座っていた。当然その隣には三白眼の男もいるのだが
この際とばかりにスルーした。より美しい物の方に目が行くのは人として正しい行為だろう。
単なる鑑賞としても。

「何気に無視してんのは良いとして、帰る時には起こしていけよこの薄情モンが!」

横島の態度を気にした様子も無くおいてきぼりにされた事で文句を言っているが、ちゃっかり
一人になったのを良い事に弓を誘って連れて来ているのだからブツブツ言われる筋合いは無い。
大方横島が帰って来るまでは対エウリュアレー戦の模様でも熱く語っていたのだろう。
主に自分の活躍中心に。

「いえ、あの、私も手伝おうと思ったのですがこれ以上は台所が狭くなると言われまして…」

女の身で自分だけ座っているのが心苦しいのか弓が聞かれもしない事を答えて来るが
確かにあの台所に五人はきつい。主賓の一人たる雪之丞の彼女なのだから気に病む必要も無いのだが。

「まあ、気にする事は無いよ。ここで大人しく待っていようよ」
「そうそうおキヌ達に任しとけ、だいたいお前料理得意じゃねえだろ?」
「それは、まあ一通り身につけていますが、氷室さん程では…」

横島の言葉の尻馬に雪之丞が乗るが弓もそれほどムキになったりはしない。

「でっ、でも出来ないという訳ではないんですのよ? 少なくとも一文字さんよりかは…」

それでもやはり女としてのプライドなのかある程度の実力はあるのだとアピールするのも忘れない。
だいたい比較対象がおキヌでは分が悪すぎる。彼女程家庭的な女子高生などそうはいない。
彼女と較べられたら殆どの女性は料理下手になってしまう。

「一文字の料理ねぇ? タイガーなら何でも美味いって食いそうだがな」

確かに雪之丞の言う通り、“彼女”の手料理とあらば感涙にむせびながら食べるだろう。
普段の食生活も何だか貧しそうだし。

「そっ、それより貴方は先程から自慢ばかりですが本当なんですの? どうなんです横島さん?」

どうやら風向き悪しと見たのか弓が話題を逸らそうとする。確かに雪之丞の力無くして
勝利など有り得なかったが開戦早々に落とし穴に引っ掛かって骨折したのも記憶に新しい。
だが雪之丞が必死に目配せをしてきて、頼むからそれは言うな、と言わんばかりだ。
そうなると大いにバラしたくなるが相応の報復を覚悟する必要が出て来る。

「止めを刺したのは所長だけど雪之丞抜きじゃ絶対勝てなかったよ」

結局その程度に留めておく事にした。何せ今の横島は“子持ち”である、下手な事を言えば
どんな風に面白可笑しく広められるか解ったものではない。

「そうですか、六道先輩が止めを…でも雪之丞も活躍したんですのね?」

嬉しそうな、悔しそうな微妙な表情でそう呟いている。“彼氏”が活躍したのは素直に嬉しい、
だが自分との大きすぎる差を実感して、GSの卵としては悔しさもあるのだろう。

「しっかし美味そうな匂いだが堪んねえな、空きっ腹にゃぁ堪えるぜ」

そんな彼女の心中を慮ったのか、それとも単なる天然なのか、雪之丞が場の空気を払拭するような事を言う。

「何だよ、妙神山では何も食わなかったのか?」

横島は弓に気を使ってそのまま話題を変えようとする。実際に雪之丞を空腹のまま
送り出すような小竜姫ではないはずなのだが。

「…食ったぜ、蜂蜜たっぷりの甘〜いパンケーキとバナナをな」

誰の好みなのか解ってしまう横島としては沈黙するしかない。
小竜姫特製の薬膳粥を一人で食い尽くしてしまった身としては尚更だ。

「何か嬢ちゃんがご褒美だっつって蜂蜜“大奮発”してくれてな。相当大事にしてるモンらしいが
 お前を無事に連れ帰ってくれたお礼だそうだぜ? ありゃお前からだってな?」

パピリオがそこまで大事にしていると言えば横島が渡したナルニア土産の事だろう。
パピリオなりに横島の事を案じて、協力してくれた雪之丞に対して大盤振る舞いしてくれたので
どれほど甘かろうが残す事は出来なかったと苦笑混じりに雪之丞が零している。妙な処で気の良い男だ。

「お待たせしました〜♪」

おキヌの楽しそうな声と共に次々と料理が運ばれて来る。テーブルの上に乗り切れるのか
不安な程の大量の料理がこれでもか、と言わんばかりにひしめき合う。
先ず嗅覚を刺激してくるのが一連の松茸料理だ。王道の松茸ご飯にお吸い物、それと
サッと焼いてカボスを搾った物が並んでおり何とも食欲をそそる。

「こんな時期外れに松茸なんて高かったでしょ? ゴメン材料費ぐらい出すべきだよね」

今は二月の上旬であり普通は松茸など入手するのも困難なはずだ。この料理の為にどれほど
苦労をかけたのかと申し訳無く思っているとおキヌからの返事は意外な物だった。

昨日横島から連絡を受けた段階で、一応美神も誘ったそうなのだが自分には関係無いと
あっさり断られたそうである。そして今日の昼近く、おキヌとシロが出掛けようとしたら
“何故か”松茸がテーブルの上に置いてあったそうだ。湧いて出るような物でもなし
不思議に思い美神に尋ねてみると“偶々”知人から貰った物で自分は“食べ飽きて”いるので
“処分”をおキヌに任せるとの事だそうだ。彼女なりの労いなのか、おキヌの財布の中身を
心配しての事なのか、それは誰にも解らない。本人に聞けば間違い無く偶然だと言い張るだろうが。

「何て奥床しい…流石は美神おねーさまですわ」

もしも辞書に人格があれば“奥床しい”という言葉の意味をもう一度調べ直せと言うだろう。
熱狂的美神シンパの弓が一も二も無く好意的に解釈しているが他の面々の反応は様々だ。
雪之丞だけは解釈以前に食い入るように種々の料理を見詰めている。だが美味しそうな
芳香を放つ数々の品の中に在って一品だけ異様な存在感を放っている皿がある。
形容し難い形状、形容不可能な色彩、元の食材が何なのか推測する気すら起きない。
4人の表情を見れば誰が作ったのかなど問うまでも無い。

断罪を待つかのような三人、何かを期待するかのような一人。
期待と不安、更に恐怖が渾然一体となったかのような空気が部屋の中に広がって行く。
さて、この中で最も勇敢な挑戦者は誰だろうか。




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(あとがき)
すんません公約破りました。食事会終わりませんでした。
赤坂家での描写に行数使い過ぎたかな〜。つい楽しくて…
次回でこそお食事会終わらせます。そういや不動呼ぶの忘れてら〜
どうしましょうかね? 呼ぶか放置か…

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