ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(13)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 5/30)

手当てに必要な物が一式揃うと、後のピートの行動は早かった。
「すみません。手を・・・」
「・・・え。あ、うん」
傷口を押さえていた手をどけると、さっとタオルで血を拭い、手早く消毒する。
「良かった。血のわりに、浅いみたいですね」
流れている血の量に少し驚いたが、傷自体は浅かった。擦り傷のような感じで、範囲が広いのが少し心配だが、跡が残るような事はないだろう。脇腹の傷は服の下に隠れているのでまだよくわからないが、とりあえず痛みは一段落したようで、そちらもそう大した傷ではなさそうだった。
(でも、どうしたんだろう、これ・・・)
擦り傷そのものは日常的にそう珍しい怪我ではないが、顔と脇腹の右側にだけ、きれいに整えたように傷が集中しているのを見て、不審に思う。脇腹の傷も、血は滲んでいるが、服が破れている様子はなかった。
(全然服が傷ついてないのに、こんな怪我ってするもんなのかな?)
いつものピートなら、そんな疑問を感じる前に、傷口から霊波を感知して呪いか何かの霊障によるものだと気づいただろうが、あいにく、今は精霊石の鎖で魔力と能力の大半を封じられているため、今はそんな事には気づけなかった。
階段から足を踏み外した音が聞こえたので、その時の怪我かとも思うが、それにしては不自然である。
(・・・まあ、考えるより手当てが先か・・・)
一番先に顔の怪我を手当てしたピートは、足に打撲があるのを見つけて、そちらに湿布をあてた。
「・・・上手いのね」
湿布を貼る手つきも包帯を巻く手つきも、どこか慣れた様子が感じられたのでそう言うと、ピートは少し照れたように俯いた。
「・・・昔から時々やってましたから」
そう言いながら、下手な医者より上手い手つきで顔と足に包帯を巻いていく。
そして、脇腹の怪我を手当てしようとしたところで−−−ピートがいに顔を赤くしたのを見て、加奈江はふと首をかしげた。
「ピエトロ君?どうし−−−」
「あ・・・すいません。その・・・」
急に赤くなったかと思うと、さっと体ごと向こうを向いてしまう。そして、かなり言いにくそうにどもりながら言ってきた。
「裾を・・・服を、上げて下さい。それで、シーツを・・・」
「・・・ああ」
一体、何を急に赤くなったのか。その理由に気が付いて、納得する。
加奈江が着ているのは、いつもの黒いワンピースだ。脇腹の手当てをするには、服を脱ぐかスカートの部分を捲り上げなければいけない。手当てとは言え、女性の服を脱がすような真似は、彼にはとても出来ないだろう。ピートの生真面目な性格を考えて少し笑いながら、加奈江はスカートを腹の上まで引き上げると、シーツを引き上げて腰から下を、隠した。
「どうぞ」
「・・・あ、はい。・・・すみません」
律儀に謝ってから手当てをすると、またさっと反対側を向く。
紳士的と言うか、かえって子供っぽいほど純情な反応に、加奈江はまた少し笑うと、服を元に戻した。
「・・・擦り傷みたいですから、血はすぐ止まると思います。明日になったら包帯は外して下さい。擦り傷は、乾かした方がきれいに治りますから」
「そう。・・・ありがとう」
最後にもう一度傷の具合を確かめながら言われ、目を伏せると礼を言う。そして、シーツを引き上げて自分に着せ掛けようとしたピートを、加奈江は静かな声で止めた。
「待って・・・」
「え?」
足に怪我をしているのだから、このまま休ませた方が良いだろうとと思い、シーツをかけようとしたのを止められ、きょとんとした顔で加奈江を見る。そんな表情になると子供っぽい感じに見えるピートを、右半分を包帯に覆われた顔に真剣な表情を浮かべて見上げると、加奈江は至って真面目な様子で言った。
「これは貴方のために用意したベッドなの。私じゃなくて、貴方が寝る所なのよ」
「・・・こんな時まで、そういう事は言わないで下さい。女の人を、しかも、怪我してる人をその辺で寝かせられません」
この期に及んで、こちらをまだ気持ち悪くなるほど丁重に扱おうとしてくる加奈江の言動に薄気味悪さを感じながらも、ピートはそう答えると丁寧な仕草で、しかし、有無を言わせず加奈江にシーツを着せた。
「待って。貴方はどうするの・・・?」
この部屋はそれなりに広いが、それでもスペースに限りはあるので、ベッド代わりになりそうな大型のソファなどは置いていない。なので、自分にベッドを譲ってどこで寝るのかと尋ねると、ピートは、当然、と言う風に視線で床を示した。
「ここで十分ですよ。これでも丈夫なんですから」
クロゼットから適当に、大きめの外套を取って来ると、ベッドから少し離れた床の上に、それにくるまって横になる。
床は、絨毯も何も敷いていないフローリングのままの床だ。ベッドは天蓋付の立派な物で、シングルだが、少し詰めれば大人二人が寝れるぐらいの広さはあるし、加奈江の方は別に一緒でも良かったのだが、ピートの方は、はなから女性と同じ寝床で寝るなど考えられないらしい。
こちらに、ベッドを譲らせてしまったと言う遠慮を抱かせたくないと言う配慮もあるのか。口を挟む間も与えずにさっさと床に横になり、平気な様子で雑魚寝を始めたピートに、加奈江はそっと話し掛けた。
「・・・優しいのね」
「え?」
寝るつもりで目を閉じていたため、その一言を聞き漏らしたのか、ピートが聞き返してくる。
「優しいのね。・・・こんなに心配してくれるなんて思わなかったわ。私、貴方にとっては誘拐犯なのに」
「・・・怪我してる人を、放っておくわけにはいかないでしょう」
ピートにしては、やや無愛想な返事。加奈江が自分で言ったように、ピートは加奈江に誘拐されてここに連れて来られたのだ。その加奈江に「優しいのね」と感心されても、正直、あまり嬉しくない。加奈江の手当てをしたのは、ほとんど反射的なものだった。母親が、泣いている赤ん坊を放っておけないようなものだ。
自分で誘拐犯だと言う事を自覚しているのだから、加奈江の方も、ピートが自分の事を好きで手当てをしてくれたなどとは思っていない。しかし、それでも自分を心配してくれた事が嬉しかった。
「・・・それでも助けてくれたんだもの。貴方は優しいわ。・・・貴方みたいな人が永遠を持っているなんて・・・素敵ね」
「・・・僕は、そんなの持ってません」
雑魚寝で床に横になったまま、ピートは目を伏せて、初めて加奈江にそう言い返した。
これまで、基本的に加奈江の前で大人しくしていたのは、加奈江がどういう人間で、下手に反発するとどういう反応があるかわからなかったからだ。しかし、加奈江はさっき、自分の事を「誘拐犯」だと言った。それは、自分のやっている事を自覚していると言う事だ。それなら、こちらの話を案外まともに聞いてくれるかも知れない。
そう考えてピートは、静かに加奈江に言った。
「貴方がどんな『永遠』を求めているかは知りませんけど、もしそれが吸血鬼の不老不死性だとか言うなら、僕はそんなもの持っていません」
「・・・永遠って、ずっと変わらないものよ」
「そんなの、尚更持ってませんよ。僕達吸血鬼にも、時間は流れています。変わっていきますよ。・・・だから、僕は永遠なんて持ってません」
「・・・持ってるわ。永遠って、きっとあるのよ。変わらないものが・・・」
床の上からこちらを見上げて反論してくるピートに手を伸ばすと、その髪に触れて微笑む。右半分を包帯に覆われた顔で、にっこり微笑む加奈江の表情は、ステンドグラス越しの青い月明かりの下、まるで蝋人形のように固まっているかのような、ひどく不気味なものに見えた。

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