ザ・グレート・展開予測ショー

横島忠夫奮闘記 70〜一歩前進〜


投稿者名:ぽんた
投稿日時:(05/ 3/17)

横島が翌朝目を覚ました時、横では雪之丞が高鼾をかいていた。
ボーッとした頭をシャッキリとさせる為に顔でも洗おうかと思っている時に小竜姫が入って来た。

「目が覚めましたか? タマモさん達はおキヌさんが家に来るからと言ってもう帰りましたよ」

時計を見ればもう正午近い、随分と寝過ごしたものである。二人が一向に起きる気配が
無かった為、目を覚ます迄ゆっくりと寝かせてあげて欲しいと言い置いて先に帰ったそうだ。

「ああ、じゃあ俺も急いで帰んなきゃ」

まだ寝ている雪之丞を放置して横島は身支度を整え帰ろうとした。おキヌの心尽くしを受ける
のであればせめて出迎えるぐらいはするべきだろう。総て出来上がってから帰るのはお大尽過ぎる。

「私の料理は食べず終いですか?」

少々不機嫌そうに小竜姫がそう言って来る。確かに昨晩の食事も食べずに、おキヌの料理を
食べる為に妙神山で食事もせずに急いで帰るのは、小竜姫を蔑ろにしているようで失礼かもしれない。
無論小竜姫は冗談で言っているだけなのだが、半分寝惚けた横島の頭では解らない。

「あ、あ〜実は凄え腹減っちゃって、何か食べさせて貰えると助かります」

咄嗟に気を使って言ってみただけだったのだが、言った途端に体が空腹を思い出したかのように
盛大に腹の虫が音を立てて鳴いてくれた。小竜姫は可笑しそうに笑いながら支度をする為に
部屋から出て行く。横島としては赤面するしかない。

顔を洗い意識を完全に覚醒させて部屋に戻るとちょうど小竜姫が食事を用意してくれて
いる処だった。体に優しいように配慮してくれた薬膳粥だった。疲れの抜けた体の弱った胃に
ゆっくりと染み渡るような感覚で体の芯から温まるような気がしてくる。食べる毎に食欲が
増していくような感じで幾らでも食べれそうな勢いだった。

「ご馳走様でしたっ! 無茶苦茶美味しかったです」

凄まじい勢いで出された分を食べ尽くして満足そうに感謝の言葉を伝える。食べ物の匂いに
反応してモゾモゾしだした雪之丞が目を覚ます前に食べ終わってしまう程の早さだった。
幸せな満腹感に浸っていると斉天大聖が何やら荷物を持って中に入って来た。

「ほれ小僧、小竜姫の姿絵じゃ。“呪”は掛け終えておる、持って帰れ」
「ありがとうございます老師、今から持って帰りますんで」

それはザンスへと出発する前に妙神山に預けていった小竜姫の等身大パネルだった。
小竜姫自身の竜気を宿らせた上に斉天大聖の神気を上乗せして呪を掛ける。
そのまま何年かしたら簡易御神体の出来上がりである。尤も大半の人間には認識出来ないのだが。

「今日はパピリオは?」
「座禅を組んで瞑想中じゃ、一番苦手らしいがだからと言ってやらせぬ訳にもいかん」

確かにパピリオはじっとしているのは苦手そうだ。それだけに座禅での瞑想は必要なのだろう。
斉天大聖も基本的にパピリオに対しては甘いのだが無条件に甘やかすような愚かさとも無縁である。
やるべき修行はきちんとやらせ、それ以外の時間では優しく接する。見習うべきけじめである。

「そういや、綺麗サッパリと完璧に忘れてましたけど、ピートはどうしました?」
「お主という奴は・・・ピートならお主等と入れ替わりのタイミングで下山したわい。
 憑き物が落ちたようなスッキリとした顔をしておったの」

斉天大聖が呆れたような顔をしつつも詳しく教えてくれる。横島に気絶させられた後に
目覚めてからは、非常に落ち着いた様子だったらしい。元々人間とは桁違いの力を持って生まれた上に
頭の方も横島と比較するのも馬鹿らしい程にすこぶる良い。問題無く新しい力を手にしたそうである。

「へぇ〜そりゃ良かった、じゃあ俺今日は帰りますんで。パピリオによろしく言っといて下さい」

それだけ言い残すと小竜姫パネルを持ってそそくさと妙神山をあとにする。
事務所へと転移して自宅へと急ぐがマンションの入り口で管理人に呼び止められてしまった。
曰く、近隣の住人からの苦情が今朝殺到したそうである。早朝早くに横島の部屋のドアを乱打し
呼び鈴を押し捲った挙句に「せんせぇ、せんせぇ」と叫び続けて近所の安眠を破りまくった
存在がいたそうだ。直接その場で苦情を言えば良さそうなものだが昨今の物騒な情勢を考えれば
相手の素性が解らない以上、下手に注意していきなり刺される可能性もあるのでその場はこらえて
管理人に苦情が集中したそうである。こんな事が続くようなら出て行ってもらうと言われては
ひたすら謝るしかない。そんな事をしそうな人物に心当たりがあり過ぎる以上は尚更だ。

「あれ? どうしたんです横島さん?」
「あーっ! 先生やっと会えたでござる」

平謝りに謝っている最中に本日の主役と最有力容疑者が声を掛けて来た。横島としては
渡りに船とばかりにシロを捕まえ強引に頭を下げさせる。

「本当にスンマセンでした、二度とさせませんので勘弁して下さい。ほらシロも謝れ」

いきなりそんな事を言われてシロも困惑していたが詳しい事情を聞かされ素直に謝っていた。

「申し訳ござらん、周囲の人達に迷惑を掛けるつもりは無かったんでござる」

つもりが有ろうが無かろうがシロの行動は迷惑以外の何者でもない。だがシロの行動は無知故
であり、その事を教える責任は周囲の人間達にこそあるだろう。

「まあ、二度としないでくれたらそれで良いから」

管理人はそれだけ言うと横島達を解放してくれた。流石に年端もいかない少女を責め続ける
事に良心の呵責を感じたのだろう。

「変な事に巻き込んでごめんねおキヌちゃん、せっかく来てくれたのに」

一連の事に無関係なのに巻き添えを食ったおキヌに謝罪して部屋へと誘う。横島にしてみれば
今回の事は完全に自分の過失である。おキヌに連絡した以上はシロに伝わるのは当然の事。
第一妙神山に泊まるつもりなど無かったのだ、不覚にも酔いつぶれてしまっただけで。
横島は無言のまま部屋へと向かうがこの態度を当然の如くシロは誤解する。即ち横島が怒っていると
思ったのだ。横島にシロを責める気持ちなど皆無なのだが相手はそうは思わない。

「先生、許して欲しいでござる〜」

恐る恐る謝ってはみたものの横島からは何の反応も無い。この時横島は自身の思考の海に
沈んでいた。即ちどうすればシロの迷惑行為を防げるか、である。
部屋へと入るとそのまま二人を残して自室へと入り目的の物を持って出て来る。

「お帰りヨコシマ、いらっしゃいおキヌちゃん」

ちょうど同じタイミングでタマモが冥子を連れて自室から出て来た。
物音を聞きつけて帰って来たのが解ったのだろう。

「それでアンタは何陰気な顔してんのよシロ?」

元気がとりえのシロが沈んだ顔をしているのを見たタマモが怪訝そうな顔で問い掛けるが
シロはろくに返事もしない。仕方無く視線で横島達に尋ねると今朝の出来事を聞かされた。

「呆れた、馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけどそこまでのバカ犬だとは思わなかったわ」
「まあ悪気があって馬鹿やってる訳じゃないんだし」

本気で呆れかえった様子のタマモに対し横島が何とかフォローしようとするが効果の程は怪しい。
管理人がタマモにも苦情を言っていればこんなものでは済まなかっただろうが、保護者である
横島のみに説教を集中してくれたのはこの際ありがたかった。

「犬ではござらん、狼でござる」
「“バカ”の部分は否定しないのね、シロちゃん」

力無くシロが何時もの如き反論をするが何気におキヌが追い討ちをかけるような事を言う。
おキヌにしてみれば、シロは人間社会に溶け込む為に美神事務所に居候している。
当然その間に常識も学ぶべきだろう。保護者たる存在が歩く非常識な為、かなりの部分を
おキヌが引き受けるべきなのだろうが彼女とて現代の常識が豊富であるとは言い難い。
だが彼女が生まれた時代の常識に照らし合わせても、早朝からドアを乱打して騒音を撒き散らし
大音声で叫び続ける、というのは近所迷惑以外の何者でも無い。人間社会では。

そのレベルから教え込む必要があったのだろう。シロの行動に悪意は欠片も無い、脳内に
常識が欠片も無いのと同様に。魔族との闘いに向かった横島の身を案じ続け、ようやく無事帰国
したという連絡を受けて喜び勇んで無事な顔を見る為に早朝から来た処返事が無い為幼い感情が暴走した。
それだけの事だ。恐らく人狼の里では住人達は皆朝早くから起き出し色々な作業に従事しているのだろう。
ついついその感覚が抜けきらずに都会でも同じように振舞ってしまっただけなのだ。

「シロお前にここの合鍵渡しとくから、もう煩くするなよ?」

ようするにシロが部屋の中に入って来ればドアの所で騒がれる心配も無い。今迄は横島も時間を
合わせて起き出していたが、今日のように留守の時に騒がれるのは防げるだろう。

「合鍵とは・・・噂に聞く男からおなごへの“おっけーさいん”でござるな?」

横島の気も知らぬげにシロが妙に偏った知識から発言している。
だがそれを聞いた瞬間に稲妻が疾りシロの手から鍵がかき消えた。

「私は反対よヨコシマ、合鍵なんか渡したら用も無いのに入り浸るわよコイツ」

別にシロが入り浸った処でタマモもそれ程気にしたりはしない、本来ならば。
ただ、今は“おっけーさいん”なる下らない発言に神経を逆撫でされただけだ。

「何をするでござるか、それは先生が拙者に下された物ゆえ返すでござる」

当然シロが詰め寄るがタマモはそんなプレッシャーなど何処吹く風だ。

「駄目よ此処は私の家でもあるんだから」
「なあタマモ、返してやったらどうだ?」

横島が取り成すような事を言ってくるがそれだけに余計に、素直に返すのが癪に障る。
こうなったら意地でもシロには渡したくないが、早朝の問題も解決する必要がある。

「じゃあこの鍵おキヌちゃんにあげる。散歩の時だけシロに貸せば良いでしょ、
 それ以外の時はおキヌちゃんが持っててくれれば安心出来るわ」
「あ〜〜なるほど・・・頼めるかなおキヌちゃん?」

タマモのおキヌへの信頼は絶大だし、勿論横島自身もおキヌの事は誰より信頼している。
シロもおキヌには頭が上がらないはずなので問題無いだろう。

「良いんですか? 私が入り浸っちゃうかもしれませんよ?」
「おキヌちゃんなら大歓迎よ、ついでに料理とか教えてくれると嬉しいかな」

おキヌが冗談めかして、どこまで冗談かは不明だが、確認するがタマモは願ったりとばかりに
喜んだ挙句に頼み事までしている。どちらかと言うと入り浸って欲しいのかもしれない。
何だかんだと言っても男所帯なのでタマモが潤い担当なのだがそれに少し疲れたのだろうか。

「納得いかんでござる、どうしておキヌ殿は良くて拙者は駄目なんでござる?」
「おキヌちゃんは潤いを与えてくれるけど、アンタは煩いだけでしょうが」

シロの最後の抵抗をタマモが一刀両断に切って捨てる。確かにおキヌは美神除霊事務所の
癒しの泉として周囲に潤いを与えているので間違いではない。シロとしても反論したいのは
山々だがおキヌを否定するような形になるので封じられたような状態だ。

「まあまあシロちゃん、その時は私と一緒に来ましょう、ね?」
「ううぅう〜やっぱりおキヌ殿は優しいでござる」

おキヌの慰めにシロが感極まったような顔をしている。流石は慈愛の天使氷室キヌ。だが、

(何はともあれ横島さんの部屋の合鍵GET! 一歩だけれどこれは大きな前進です)

力強く両の拳を握りしめながら、何気にアグレッシブなおキヌだった。

「じゃあいっぱい美味しい物作りますね」
「私も手伝うわ」
「拙者も手伝うでござる」

タマモは百合子直伝で料理を教わった後も地道に日々料理を続けている。シロも肉料理オンリー
ではあるが、料理はある程度こなす。おキヌの指導の下であれば充分戦力になるだろう。

「私も〜お手伝い〜するわね〜」
((((いや、それはチョット・・・))))

冥子のありがたい申し出に全員の声にならない呟きがこだまする。だが考えてみれば失礼な
意見ではある。冥子の料理の腕前など此処にいる誰も知らないのだ。案外良家のお嬢様として
料理の心得もあるのかもしれない。完璧なまでに未知数ではあるが。

結局女性陣全員で料理する事になり、横島は一人取り残される破目になった。
このままボケッと待つのも芸が無いので自分の用事を済ませる事にする。
以前に約束してあった相手にアポを取り、相手宅の最寄駅まで荷物を持って出掛けて行く。
その際くれぐれも相手一人だけで来るように、との念押しも忘れない。






「あっ、竜一さんここッス」
「久し振りだね横島君、待ってたよ」

横島の待ち合わせた相手とは赤坂竜一、次代の赤坂流剣術を継ぐ者であり、顔も知らぬ小竜姫に対し
ひたむきな憧れを持つ男でもある。横島が妙神山に赴く直前に小竜姫の写真の撮影を頼み
その出来上がりを楽しみに待ち続けていた。今日、待ちに待った連絡を受けて飛ぶような勢いで
待ち合わせ場所まで駆けつけて来ている。待ちきれない様子が全身に溢れている。

「これが小竜姫様の等身大パネルですけど、誰にでも見れる訳じゃありません」

横島はこのパネルには神気が込められており、極限まで心気を研ぎ澄ませた状態でしか見れない事。
このパネルを掲げて、信仰を忘れずに武術に精進すれば赤坂道場を中心にして神域のようになる
事を告げた。更に具体的にどの程度のレベルなら見れるかという事も付け加えておく。

「多分気魂刃を出せるようになれば見る事が出来ると思いますよ」
「そ、そうかい、だったらそれを楽しみに修行に励むよ」

妙に竜一の発言は歯切れが悪い。一瞬嬉しそうな表情をしたかと思いきや急に後ろめたそうな
顔をしている。まるで教会で懺悔する寸前の罪人のようだ。
横島がそれを不審に思い、問い質そうとした瞬間に不意に日が翳った。
何とも言えない感覚が横島の背筋を這い上がったので咄嗟に駆け出そうとした瞬間に肩を掴まれた。

「奇遇ですね横島さん、ここで“偶然”出会ったのも何かの縁、是非我が家へ」

横島を捕まえながらそう声を掛けて来たのは竜一の姉素子である。豪放磊落な女傑であり
横島にとって微妙に苦手な存在だったりする。そもそもこのタイミングで声を掛けて来るなど
偶然では有り得ない。竜一との会話の谷間を見計らって介入してきたのだろう。食事を楽しみに
早めに帰りたい気持ちも手伝い、それを恐れたからこそ竜一だけを呼び出したのだ。

(竜一さん、俺は“一人”でって言いましたよね?)
(いや電話中の処を聞かれたらしくて誤魔化せなかったんだよ。許してくれーっ!
 仕方無かったんだーっ! あのまま惚けたら姉さんにどんな目にあわされたか・・・)

何だか以前の横島と美神の関係を彷彿とさせるような姉弟間の力関係にそれ以上追及する
ような言葉など出せようはずもなく。

「何をコソコソと男同士で話しているのです? さあ行きますよ」

結局素子の号令一下赤坂家へと招待(連行とも言う)されていった。
家へと着くとそのまま素子の私室に案内された。両親と妹は揃って外出しているとの事で
竜一はお茶汲みを命じられてそのまま台所へと向かって行く。二人きりになると徐に
何やらバッグから取り出し横島に手渡した。見覚えのある上着だった。

「妙神山の門前で気を失った私に貴方が掛けてくれた物です。あの時はありがとうございました」

言われてみれば鬼門に敗れた素子に着ていた服を掛けたような記憶もある。その後色々と
面倒な事があって忘れていたのだ。一旦思い出すと連鎖反応を起こして次々と当時の考えが
甦って来る。特にあの時感じた数々の疑問などが。

「そう言やあの時って兼定まで持ち出してましたけど、よく師範が認めましたね」

あの時の素子は赤坂流師範、竜太郎の秘蔵の愛刀を持ち出してまで鬼門に挑んでいる。
技の“練り”が明らかに足りなかった事といい、あの段階での挑戦を師範が認めたのが不思議だった。

「認める訳が無いでしょう? あの時の事は内緒で独断でついでに秘密です」

素子の話によれば未だ気魂刃を体得しているのは彼女のみで奥義を交えながらの実戦稽古を
やる相手がいない。立ち木撃ちなどで連続して出せるようにはしたものの動く標的に当てる
訓練は積んでおらず、その為片方を倒しても残りの鬼門が一切怯まずに攻め掛かって来た時に
冷静に狙いを定める事が出来ず、乱戦に持ち込まれてしまいそれが敗因となった。

「竜一なら二三発当てても命に別状は無いと思うのですが、流石に父が許しませんし」

なんだか益々竜一への共感と同情を禁じえない横島だった。

「その事ですが、気魂刃を交えての組み稽古での素子さんの相手を俺が小竜姫様から命じられました」
「本当ですか? それは助かりますが、何故小竜姫様がそんな事を?」

横島の言葉を聞いて喜色満面の笑顔になるが同時に疑問も感じたらしい。
ようするに横島と赤坂流は遠い同門のようなものなので、少なくともあと一人奥義を会得して
赤坂流内部で組み稽古が出来るようになる迄は助力するよう求められた事を説明した。
そこまで話した時に竜一が茶を持って入って来た。

「姉さん、お茶をお持ちしました」

そう丁寧にことわって入って来るが湯呑が三つある辺り、初めから話に交じる気満々である。

「竜一、お前が奥義を会得する迄は横島さんが私の組み稽古の相手をして下さるそうです」
「本当ですか姉さん?」

(助かるよ横島君、このままじゃ何時“動く標的”にされるかヒヤヒヤものだったんだよ)
(・・・なんかつくづく竜一さんとは他人のような気がしないッスね〜)

「ですが横島さんの厚意に甘えたきりではいけません、一日も早く会得出来るよう精進しなさい」

男同士の内緒話など知らぬ気に素子が穏やかに竜一を諭している。こういう処は至極真っ当な
“姉”なのだがどうにも一筋縄ではいかない深みのある人物のようである。

「それで? 小竜姫様の“姿”を“見る”は出来たのですか?」
「・・・無理でした、姉さんなら或いは・・・」

先程の会話を漏れ聞いていたのであろう素子の問い掛けに対し竜一が浮かぬ顔で答えている。
だがそれを聞いた素子は不意に立ち上がると、試してみよう、と呟くや部屋を出て行ってしまった。
仕方無く男二人も後に続く。

「写真は何処に?」
「道場に飾る事にしてあったから」

家族で話し合った結果、神棚の如き扱いで道場に安置する事に決定したそうである。
素子の後に続くようにして道場に入ると、壁にパネルが立て掛けてあり眼のピントがボケた
ような感じではっきりと見る事は出来ないが、ほんの少し精神を集中するとはっきりと見て取れた。
そこにあるのは良く見知った姿、凛々しき武神、この世で最も敬愛する師匠。

「やっぱり何時見ても小竜姫様は美しいな〜」

腕を組みながらリラックスしまくったような状態(にしか見えない)で呟いている横島を
竜一が驚愕の表情で見やっている。頭痛がする程集中しても見れなかった物を目の前の少年は
ごく自然体で見れているという事だ。レベルの違いは知っていたが改めて痛感させられてしまう。

「竜一、他人と較べて無い物強請りをしても始まりません。人は身の丈に合った方法で
 自分を高めて行くしかないのですよ?」

落ち込みそうになった弟の様子を見て取ったのか優しく素子が声を掛ける。こういう処を
見ると実に慈愛に満ちた姉なのだが身内だけの時は違うのだろうか。その当の素子は巧く
いかないのか眉間に皺を寄せている。遂には集中し易くする為に目を瞑り剣を構えている。
正眼に構え呼吸を整えながら心気を練り上げていく。速やかに霊気が剣先に集中していくのが解る。

「見えました!」

カッと目を見開いた瞬間にそう言うと満足そうな微笑を浮かべている。
そのまま剣を振り抜けば気魂刃を放てる状態を維持したままだ。

「成る程、ここ迄高めて初めて見えるのですね。しかし・・・凛々しい御姿です」
「ええっ? 姉さん見えたの? どんな感じ? 美人? 凛々しい? 厳しそう?」

感心したような姉の呟きを聞きつけ竜一が矢継ぎ早に質問を浴びせ掛ける。好奇心丸出しの様子だが
不思議な程に邪気は無い。竜一にとっては御伽噺の登場人物が実在していたような物なのだろう。

「知りたければ、早く奥義を会得して私の稽古相手になりなさい。このようにね!」

素敵な笑顔と共に剣が振り抜かれ気魂刃が放たれた。横島は咄嗟に身構えたが気魂の刃は
すぐ脇を素通りし、側で身を乗り出すようにして質問していた竜一を直撃した。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(あとがき)
お食事会終わりませんでした。次で必ず終わらせます。
そう言えば何時だったかのコメントでこの“話”は何処へ行こうとしてるのかという
問い掛けがありましたがラストだけは決まってます。そこまでに出来るだけ多くのキャラの行く末を幸せにしたいな〜とか思ってみたり……



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