ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(12)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 5/29)

「ねえ。最近、ヘルシング教授のゼミに来てる高校生ぐらいの男の子、知ってる?すごく格好良いのよ」
「えー。高校生ぐらいって言ったら子供じゃない」
「そりゃ、ちょっとは子供っぽいけどぉ・・・それが、すっごい美形なの!」
「あ、知ってる。金髪の子よね。・・・でもあの子、変わった噂もあるのよね」
「噂?」
「何かね、吸血鬼だって噂が・・・」
「はあ?何をいきなり突拍子もない事を・・・」
「だって、あのゼミってオカルト学とか言ってさ。現役バリバリのGSとか、色んな人が来てるじゃない?」
「だからっていきなり吸血鬼はないでしょ。・・・あ、でも、もし本当に吸血鬼だったら、不老不死なのかしら」
「いいじゃない。美形で、しかも年取らないって」
「そりゃあね。でもそれって、見てる分には良いかも知れないけどさー・・・」

 −−−彼氏とかダンナにしたら、絶対不幸よねー!

「・・・・・・」
目覚めは静かだった。
教会の部屋の白い天井ではなく、天蓋とカーテンに覆われた視界。
柔らかいが、馴染みが無いためにかえって寝付かれないベッドから身を起こすと、ピートは額に手をやって小さくため息をついた。
別に、悪夢だったと言う印象は無い。さきほどの夢は、過去の記憶のリピートに過ぎなかった。
数年前、ブラドーの件でヘルシング教授に相談しに行っていた時の事だ。
大学の中を教授と歩いていて、たまたま耳にした、知らない女子学生達の談話。
一緒にいたヘルシング教授に「気にしないで」と気遣われ、ピートも「気にしてません」と答えて、実際聞き流したつもりでいた。さっき夢に見るまで、そんな事があったと言う事自体すっかり忘れていたのに、何故今更思い出したのか。
(・・・あんな事考えながら寝たからかな・・・)
加奈江が繰り返し言う『永遠』。
彼女が求めている永遠とは何なのか。どうして彼女は永遠を求めるのか−−−
そんな事を考えながら寝付いたせいかも知れない。
(・・・「絶対不幸」・・・か)
自分が持つ不老不死性についても改めて考えたせいか、あの時は聞き流したつもりでいた言葉が、何か引っかかってしまう。
ピートには今現在、恋人や彼女と呼べるような存在の女性はいないし、伴侶を持った経験も無いが、恋愛感情が無いわけではない。ある特定の女性に憧れた事もあったし、学校の女子に告白されたりすると、真剣に考えて返事をした。
しかし、それ以上に発展した事は無い。
女性に抱いた憧れは単なる『憧れ』で終わったし、学校の女子からはもうすでに何十人も告白されているが、真剣に考えた上で全員断っている。
女性を、特に、人間の女性を好きになると言う事に対して、無意識の打ちにブレーキでもかかっているのだろうか。
どんどん変わっていく相手と、いつまでも変わらない自分。
そういう組み合わせは、やはり、最後には不幸になってしまうのだろうか。
一年一年成長し、老いていく相手と、少年のまま変わらない自分−−−いや、『変われない』言うべきか−−−
「・・・!」
考えている内に、自分が何か滅茶苦茶恐ろしい事を考え始めているような気がして、ピートは我に返ると、激しく首を左右に振った。
(変な方向に考え過ぎなんだ。いくら吸血鬼だからって、永遠なんて・・・)
   ・・・コトッ
「?」
その時、部屋の外で何か音がしたのを聞きつけて、俯いていたピートはふと顔を上げた。
「・・・?」
ベッドを覆うカーテンを開け、部屋の、ドアの方を見る。
部屋の古めかしい振り子時計は午前二時を示しており、青いステンドグラスを通して射し込むマリンブルーの月光に照らされた部屋の中は静まり返っていて、まるで、海の底に沈む、忘れ去られた難破船の中にいるようだった。
(何の音だろう・・・)
階段を下りてくる音のようだが、加奈江は基本的に、ピートが寝入ってからは朝までこの部屋には来ない筈だ。
加奈江がこの部屋に来るタイミングは基本的に三度の食事を持って来る時のみで、夕食後から就寝までの時間帯はここに留まっているが、ピートが眠ると静かに出て行く。最初の三日間、警戒して寝ずに調べたのだから、それは間違いない。
(こんな時間に来るなんて・・・?)
とりあえず、寝たふりをして様子を伺っていると、しばらくして、ガタガタン、と足を踏み外したような音が聞こえた。
(!?)
転んだのだろうか、と、物音に驚いて閉じた目を開く。よく耳をすませてみると、苦しそうに浅い息を継いでいるのが聞こえ、警戒心も何も無くしてピートは飛び起きるとドアに駆け寄った。
「加奈江さん・・・加奈江さんですか!?」
「・・・ピエトロ、君・・・」
「さっきの物音は?転んだんですか?」
明らかに苦しそうな声をドア越しに聞き、尋ねる。
しかし、それに答える言葉は無く、ガチャガチャと鍵を外す音が聞こえた後に、二重三重のドアを開けて、加奈江が部屋に入って来た。
「!その怪我・・・!」
覚束無い足取りで、倒れ込むように入って来た加奈江が、顔と脇腹を押さえているのを見て息を呑む。それぞれ押さえた手の指の間から、赤い血が流れていた。
「ごめんなさいね、起こして・・・貴方は何も心配する言ないのよ・・・」
「何言ってるんですか!とにかく、横になって・・・」
加奈江を抱き上げてベッドに寝かせる。
「救急箱はどこですか?すぐ取って来ますから・・・」
「あ!ピエトロ君、だめ!!」
「え?・・・ッ!!」
加奈江が通ったまま、半開きになっていたドアに手をかけたところで加奈江の鋭い声が飛ぶ。しかし、その警告は一瞬遅く、怪我人を前にして結界の存在を失念していたピートは勢いよく結界に接触してしまい、その作用をまともに食らってしまった。
「・・・ッたたた・・・」
爆発のような強烈な火花が散ったと同時に、部屋の中へと思いきり吹き飛ばされ、テーブルで打った背中をさすりながら起き上がる。
「・・・ベッドの下の引き出しに、救急箱が入ってるわ。それを使って」
「は、はい」
そのピートに、ベッドの下を指さして教えると、ピートはすぐに引き出しを見つけ、救急箱を取り出すと言った。
「あ・・・そうだ、少し待ってて下さい」
傷口を洗う水を取りに行ったのだろう。風呂場の方に行ったかと思うと、蛇口を捻った音が聞こえる。急いでいるため半開きになったままのドアの合間から、ピートがタオルなどを手早く取り出している姿がチラチラと見えた。
(・・・心配してくれてる・・・)
顔と脇腹に感じていた、焼け付くような痛みも忘れて、加奈江は唇を笑む形に歪ませた。
自分が電話をかけて、身の程を思い知らせてやった女−−−エミは、今頃一人で沈んでいる事だろう。自分の方も怪我を負わされたが、こちらにはピートがいる。
ピートがいて、自分を心配してくれているのだ。
(・・・ざまあみなさい・・・)
ククッと、喉の奥で笑う。
「・・・すいません、お待たせして。・・・痛みますか?」
「・・・いいえ。大丈夫よ」
水を張った洗面器を持って来てくれたピートに、にっこり笑って首を横に振る。
ピートはその笑みを、痛みをこらえるためか、それともこちらを気遣って無理に笑っているのだろうかと受け取ったが−−−実際、加奈江は、本心から笑っていた。
それは、一人きりで沈んでいるであろうエミの姿と、ピートに心配されている自分の姿とを対比した上での、ドロドロとした陰険な優越感から生まれた笑みだった。

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