ザ・グレート・展開予測ショー

美神SOS!(8)


投稿者名:竹
投稿日時:(05/ 3/13)

「護ってやるよ、横島」
 横島の首に巻き付いていた白い蛇が、忽ちの内に人間の少女の姿に変身した。
 メドーサである。


 さて、そのメドーサを前にして。
「……誰?」
 と問うたのは、エミだった。
「え、誰ってメドーサですよ。エミさん、会った事あるでしょ?」
 怪訝な表情を見せるエミに、横島が応える。
 確か、エミとメドーサは、資格試験の時と香港、それにコスモ・プロセッサの時に顔を合わせている筈だ。メドーサレベルの魔族と鉢合わせるなど、スイーパーであってもなかなか無い事だから、彼女の顔を覚えていないなんて事は無いと思っていたが……。
「ええ〜っ? メドーサって、 確かあの乳垂れてるくせに変に露出高い服着てた、極悪面のおばさん魔族じゃなかったワケ?」
「ああ、いや、それは……。って、そうか、エミさん、月の時は居なかったんでしたっけね……」
 コスモ・プロセッサの時は居た筈だが、あの非常時で、抑もあのとき目にしたメドーサと「メドーサ」と言う名詞が一致していなかったのならば、覚えていなかったのも仕方無いか。メドーサは一直線に横島に向かっていって、あっさり返り討ちに遭ってしまったから、エミがコギャルメドーサを目にしていた時間はそう長くなかった筈だし。
 ……だとしても、それは禁句だ。案の定、メドーサの額に青筋が浮かんでいる。
「……ふ……、ふふふ……。あんただって、そう言ってられるのは今の内さ……」
「何それ……、どういう意味なワケ?」
 何やら薄ら暗く微笑み始めたメドーサに対し、平静を保とうとするエミ。……が、その握られた拳は、フルフルと震えている。
 そしてメドーサは、それを見て嫌な感じの笑みを浮かべる。──ああ、何て分かり易い展開か。
「さぁねぇ? ま、あたしみたいなガキんちょには関係のない事さ。何せ、あんたと違ってまだ未来があるからね」
「な、何ですって、この性悪蛇女! おたくのしょーもない未来なんて、今ここで潰してやるワケッ!」
「はっ、やってみなよ!」
「望むところよ!」
 売り言葉に買い言葉。しかし、そんな事をしてる場合じゃない。ので、首突っ込みたくたいものの、仲裁に入るしかない横島。こういうドロドロした女同士の見栄の張り合いは正直怖いし、とばっちりを受けたくはないのだがやむを得ない。
「ま、まあまあ、二人とも落ち着いて。今はそんな場合じゃないでしょ?」
「うっさい、おたくは黙ってるワケ!」
「余計な口出しするんじゃないよ、横島ッ!」
 ……何か怒られた。
 エミさんが意地を張るのは、美神さん相手だけじゃなかったんだ。まあ、美神さんとメドーサってちょっと似たとこあるし、だからなのかも知れないな。美神さんのが、質悪いけど……。
 なんて事を考えて、お得意の現実逃避に浸ろうとする横島君。自分の師匠を魔族より悪どいとか、平気で言える自分が嫌だ。
「……えっと……、攻撃してもいいんですか?」
「……ごめん、サクヤちゃん。ちょっと待っててくれる?」
「はあ……」
 敵が、素直な子で良かった。……て、何かが違うような……。
 まあ、要するに。サクヤも二人の剣幕に気圧されてたらしいです。
 圧倒的に実力差のある相手や一方的に不利な状況には、いっそのこと開き直ってマイペースに徹すれば、けっこう相手がペース崩してくれて勝機が見えたりする。美神と戦った中で、エミやメドーサも学習したらしい。もっと別の事を学べよと言う気もするが。


「──で、何か良い案でもあるのかよ、メドーサ」
「と言うと? 何だい」
「いや、だから……、サクヤちゃんを何とかする方法」
 罵り合いも一段落付いたところで、横島が話を戻す。そのまま敵をギャグに引きずり下ろして勝ち逃げするには、美神と横島のような絶妙なコンビネーションと熟練の手管(?)が必要だ。エミとメドーサでは、まだ無理だったようだ。
 さて、それで先程の質問に対するメドーサの応え。
「さあ?」
「さあ?って、お前……」
「あたしの“任務”は、あくまでお前を護る事『だけ』。だから、防御は任せろ。あの娘を、どうにか出来るかは知らん」
「何だ、そりゃ! 専守防衛かよ! 自衛隊だって、不審船を追い払うくらいはするぞ!」
「まあ、あたしも『攻撃は最大の防御』って考え方は嫌いじゃないけどね。でも、今のあたしの実力じゃ、あの娘と真っ向からやっても勝てないだろうから。あたしは、プロだ。勝てない喧嘩は、しない主義なのさ」
「何しに来たんだよ、お前!」
 メドーサの本領は、綿密周到に計画された作戦行動の指揮能力にある。「悪知恵が働くつもりみたいだが、美神には適わない」と絶賛されているメドーサだが、それは比較する相手が悪いし、抑も彼女の真価はそこには無い。
 勿論、彼女の戦闘能力は竜神族の中でも上位に位置する。だから、身体を張った近接戦闘自体は苦手ではないし嫌いでもないが、それ以上に彼女は慎重なのだ。
 その上、目の前の男に二度も三度もぶっ殺された彼女に、油断は無い。この状況で自分がサクヤと戦ったとして、それでどうにかなるものか、分からない彼女ではない。
「まあ、それでも、お前が逃げる時間くらいは稼げるだろうさ」
「って、それじゃあ意味無いんだって……」
 そう、そうは言っても、なのだ。
 二進も三進も行かず途方に暮れていたところに、思いも掛けず飛び込んできた、美神救出の為の手掛かりである。横島としては、このままただでサクヤを返す訳にはいかない。かと言って、もちろん捕まってやるつもりは毛頭無いが。
「でも、実際問題どうしようってワケ? あの子には、霊体撃滅波ですら効かなかったって言うのに」
 霊体に直接ダメージを与える、エミの切り札・霊体撃滅波。剥き出しの霊体である魔族には、最も効果的である筈のこの攻撃でさえ、サクヤには傷一つ付けられなかったのだ。正直な話、エミにはもう万策尽きたように思える。
 だが、横島は何やら怪しい含み笑いをしてみせた。
「こういう時のセオリーは、決まってるでしょ。発想を逆転させて考えてみるんすよ」
「その心は?」
「霊能力が通じないなら、普通に殴ればいいんです! ごめん、サクヤちゃん! 喰らえ、主が我々に与えたもーた対空ミサイル!」
「って、それ、まだ神父が持ってたワケ!?」
 横島の攻撃!
 エミのつっこみが入るより早く、アシュタロス戦の時に神父が自衛隊の基地からガメてきた対空ミサイルが火を噴いた。

チュドーン!

 こんなところ(教会の裏庭)で、ミサイルを至近距離のターゲットに水平発射して、周りがただで済むかは兎も角、取り敢えず見事ミサイルはサクヤに命中した。
 何か、教会ごとぶっ飛んだ気もするが、気にしない。多分、気の所為だから。
「やった……!?」
 ミサイルは、サクヤに命中した。
 命中した、が……
「げ!?」
「ふふ……、こんなものじゃ、私を傷つける事は出来ませんよ」
 白煙の向こうから姿を現したサクヤには、矢張り傷一つ付いていなかった。
「けど、着物は燃えちゃいましたね。気に入ってたのに、勿体無い……」
 サクヤの身を包んでいた着物は、これまでの戦闘で痛み、ミサイルの炎で燃やされていた。サクヤは、その結構な上物と思われる着物を、惜しげもなく脱ぎ捨てる。
 その下から現れたのは、TシャツにGパンと言う、ラフと言うか魔族らしからぬ衣装だった。
「あ、あれでも平気なのか……」
「本当に、どうなってるワケ……?」
 目の前の信じられない光景に、絶望しかける横島とエミ。そんな二人を見て、サクヤは余裕の笑みを浮かべる。
「えへへ……、不思議ですか? どうして、私を傷つけられないのか」
「え……」
 絶句する二人(メドーサは、相手が攻撃してこないので取り敢えず静観中)に、サクヤが種明かした。


「あらゆる霊的及び物理的ダメージを、完全に無効化する──それが、私がボスから戴いた『絶対防御』の能力なんですよ」


「絶対防御ぉーーー!?」
「そっ、そんなの反則なワケっ!」
「て言うか、どういう理屈なんだい……」
 あまりと言えばあまりにもな解答に、考える事すら放棄して頭を抱える二人と、げんなりした表情を見せるメドーサ。
 もう、訳が分からない。何も分からない。
 となれば、逆に行動すべき事は限定され、容易になる。
「ちっ……、ルールの分からない戦いを、これ以上やってらんないワケ! あの子の狙いは、おたくでしょ。逃げるよ、横島ッ!」
 そう怒鳴ると、エミはイヤリングにしていた精霊石を引き千切り、サクヤに向けて放った。
「精霊石よ!」

カッ!

 眩い光が、辺りを包む。
「くっ……」
 サクヤには全ての攻撃が効かないと言っても、それはあくまで直接的な攻撃によるものだけだ。視神経に軽微なダメージを与える目眩ましまでは、ノーダメージと言う訳にはいかない。サクヤは、強烈な光に思わず目を瞑った。

ブルルルン……!

 視力を回復したサクヤが目を開けると、いつの間にかバイクを持ってきたエミが、エンジンを吹かして逃亡を図っているところだった。
「ほら、横島! 早く、後ろ乗りなさい!」
「は、はいっ!」
「──って言って、掴まる振りして胸に触ったりとか言うボケに、いちいちつっこみ入れてあげる程、私は優しくないからね?」
「う゛……」
「そう言うのは、令子とやってるワケ!」

ブロロロロ……!

 排気音が、一段と強くなる。
「えっ! ちょっ、待っ……逃げるの!? にっ、逃がしませんですよッ!」
 横島が逃げると言う選択を選ぶとは思っていなかったのか、動揺するサクヤ。余裕ぶっこき過ぎていた為か、何やら言葉遣いまでおかしくなっている。
 そこで、サクヤは慌てて霊波砲のモーションを取る。だが、霊波砲は発射されるより早くに、刺股で突かれ霧散してしまった。
「させないよ!」
 これまでつっこみに終始していたメドーサが、サクヤが攻撃態勢に入ったのを見て動いたのだ。
 サクヤの霊的攻撃力は、パワーアップ前のベスパと同程度。まだ霊波砲を形成する前段階の魔力の集まりなら、劣化コピーとは言えメドーサにも容易に握り潰せる。
「い、いつの間に! 超加速……!?」
「そう言う事さ」
 数メートル先から一瞬で自分のところに現れ、霊波砲を破壊したメドーサにサクヤが驚いている内に、エミのバイクは横島を乗せて教会を発車していた。
「しまっ……! あなた、よくも邪魔を!」
「悪いね。これが、あたしの“任務”なものでね」
 慌てふためくサクヤに対し、悪びれずに揶揄するメドーサ。その様に、サクヤは歯軋りした。
「そうですか、なら──」


「私は私の“任務”の為に、あなたの命を奪います」






ドルルルル!

 白昼の国道を、エミのバイクが猛スピードで駆け抜ける。
「ちょっ、ちょっと! 捕まっちゃいますよ、エミさん!」
「大丈夫よ、信号は守ってるから」
「法定速度を、バリバリ無視してるじゃないすかぁっ!」
「んなこと言ってる場合じゃないワケっ!」

ギャギャギャギャギャ……!

 凄まじい摩擦音を発しながら、交差点を猛スピードのまま無理矢理曲がる。道行く人々も、呆れるのを通り越して目を丸くしている。
「そう言いつつも……、何か余裕ね。普通、このスピードだったら、喋ろうとしたら舌噛んじゃうと思うんだけど」
「やー、無茶な運転は美神さんで慣れてますからねー。魔法の箒で、音速超えた事もありましたし」
「ああ、そう……。じゃあ、もっと出してもいいワケね?」
「……マジすか」
「あの子だって騒ぎを大きくしたくはないだろうから、たぶん街中で攻撃してくる事はないだろうけど、イニシアチブはまだ彼女が握ってるんだから、飛ばすに超した事は無いワケ!」
 この風圧の中で、まともに会話が出来る二人は、矢張りただ者ではない。エミさんは、ちゃんとヘルメット付けてますよ? 速度規制なんざ糞喰らえだけど。
「ところで、どこに逃げてるんですか?」
「……どの道、あの子を何とかしなきゃならないんでしょ?」
「はい」
「正攻法が通用しないんなら、搦手で行くしかないワケ。適当に呪い掛けるんでもいいけど、それよりもっと可能性が高い方を選ぶべきと思ってね」
「てーと?」
「ほら、居るでしょう。手数は多いくせに、やたらとそっち方面の特殊な能力にばかり偏って長けてる女が──」






「くっ……! 逃げてばかりなんて、卑怯ですよっ!」
「悪いね。生憎あたしの役目は、横島を“護る”事だけなんだ。奴の逃げる時間を稼げれば、それでいい」
 教会の裏庭で、場違いな死闘を繰り広げるサクヤとメドーサ。とは言っても、サクヤが一方的に攻撃しているだけであり、メドーサは彼女の攻撃をかわすのに終始している。
「攻撃しても意味無いってなら、無駄な事はしないよ」
 メドーサとしては、横島さえ無事ならそれでミッションコンプリートなのだ。わざわざ攻撃を仕掛けて、逆に怪我しても仕方無い。
 サクヤが横島を追おうとする素振りを見せた時は、さり気なく邪魔できているので、問題は無いだろう。直接に攻撃せずとも、相手の動きを封じる事くらい、メドーサには造作もない。
「時間を稼げば、教会の中の連中もここに来るだろうし……、そしたら、こいつは奴らに押し付けて、あたしは横島を追えばいい」
 半妖に山神上がり、それに犬神が二匹。後は、小竜姫の弟子のオレンジジュースの眼鏡と……えっと……そう、ナンデヤネンに負けた大男。これだけ居れば、攻撃が効かないとは言っても、足止めには充分だろう。
 メドーサは人間を侮蔑しているが、美神や横島との戦いを通して、その力を認める事はしている。彼女にとって、それは“油断しない”と言う意味でしかなかったのだが──
「やれやれ。人間を利用するのは、白竜会の馬鹿共で懲りた筈なんだけどねぇ……」
 任務の為だ、そんな事を言ってはいられない。利用できるものはしなくては。

ズバアッ!

 サクヤの攻撃は、いつしか霊波砲から真空を利用したものに変わっていた。本気モードになったと言う事か。
 鎌鼬や飯綱の使うものと同じ、風の刃である。破壊力としては霊波砲より高いが、特徴がはっきりしている分、メドーサとしては回避し易い。
「──恐らく、この娘は本来この程度の風魔……。あの“絶対防御”は、ボスとやらと契約してくっつけてもらった訳か」
 魔界は、(人間界や神界と比べて)力が支配する世界だ。力の弱い魔族が、高位の魔族の配下に入る事は、他の世界と比べて更に多い。メドーサ本人も、指名手配の身ゆえとは言え、魔神アシュタロスの庇護を受けていた。
 とすれば、サクヤ達の“ボス”とは誰なのか。自分の眷属でもない連中にチカラを与えられる程となれば、魔神レベルなのは確かだろう。そんな者が、美神や横島を攫おうとする理由は?
「ふ……、何を馬鹿な。あたしには、関係の無い事だろ……」
 思わずそんな事を考えてしまっていた自分に、メドーサは自嘲する。
 なぜ自分が、人間の心配などしているのか。吊り橋の論理──、激しい命の遣り取りをする内に、愛着が芽生えてしまったとでも言うのだろうか。
 そう言えば、あれほど煮え湯を飲まされた経験は、彼らに関わった時以外に無い。憎しみと言う名の拘りを、(しかも、よりによって人間に対して)あんなに感じた事は初めてだった。
 コスモ・プロセッサで複製された時、前後の見境も無く、脇目も振らずに横島を殺害しようとしたのは──
「……」
 今まで考える事も無かった、自分の気持ちを振り返ってみて、メドーサは一瞬我を忘れた。
 彼女らしくもない失態であった、交戦中に周りの気配から意識を外すとは──

ドドド!

「!」
 突然背後から放たれた霊波砲を、メドーサは間一髪で避ける事が出来た。
 しかし、その際に出来た隙は、サクヤに脇を抜かせるのに充分だった。
「しまっ……!」
 己のミスを悔やみ、歯噛みするメドーサだが、もう遅い。サクヤは既にメドーサの攻撃範囲を抜け、霊波砲を放った者の隣まで移動していた。
「もうっ! 何してたんですか、ベルゼブルさん」
 それは、復活怪人・ベルゼブル。“蠅の王”であった。
「す、すまねぇ、サクヤ様。今日は燃えるゴミの日だったんだよ……」
「は?」
「いや、生ゴミの香ばしい臭いに誘われて、ついふらふら〜っと……」
「……」
 何で、こんなんばっかなのか。連れてくるべきじゃなかったかなーと、今更ながらに頭を抱えるサクヤ。
 しかし、そんな事を言っていても仕方が無い。
「ええ、もういいです。いいですから、ここは頼みますよ。私は、オオクニヌシさんを追います」
「へいっ」
 ベルゼブルに指示を出すと、サクヤは横島の霊波を辿って後を追った。空を飛んで、猛追していく。
「まっ、待て!」
「おおっとう、お前の相手は俺だぜ」
 すぐさま後を追おうとしたメドーサの前に、ベルゼブルが立ち塞がる。
「ふふふ……、まさかお前を敵に回す事になるとはな。人間なんかに力を貸すなんて、どういう心境の変化──」
「邪魔だよ、どきなッ!」

ボン!

「ぶへっ!?」
「ったく、出しゃばって味方の足を引っ張るしか脳の無い浅ましい蠅が、調子に乗るんじゃないよ!」
 ……立ち塞がったが、ベルゼブルはそのままメドーサに瞬殺されてしまった。一顧だにされないままに。
「くそっ……!」
 墜落していくベルゼブルの死体には目もくれず、メドーサはサクヤの後を追った。






 一方その頃、魔界第二軍駐屯地。
 特殊部隊に所属するワルキューレ大尉は、休憩時間に司令部の外をぶらついていた。情緒も何もないような魔界の光景だが、不思議と心が落ち着く。
「よぉ、大尉さん」
「ん……? ベスパにドグラか……」
 背後から声を掛けられて振り向くと、そこには同じく魔界第二軍に所属しているベスパとドグラの姿があった。二人にとってワルキューレは上官だが、司令部の外であるし、休憩時間であるので敬語を使う事は無い。
「何をしてんだ、こんなとこで」
「別に……。ただ、この辺りは景色が綺麗だからな。少し散歩をしていただけだ」
「ふぅん……? 似合わない事してるな……」
 どういう意味だ、と苦笑するワルキューレ。まあ……、心当たりが無い訳じゃない。と言うか、そう見えるようにしているのだから。
「ワルキューレでも、あんな顔するんだな」
「まあ、何だかんだ言って、奴も女だしの。女と言うのは、須くロマンチックに憧れるものよ。普段、強がってる奴に限って、そう言うのにゃ弱いんだよ」
「そう言うもんなのか」
 偉そうに講釈をぶっこくドグラと、それに素直に感心するベスパ(生まれて、まだ二年足らず)。
 図星じゃないとは言わないが、部下達のあまりにも頭の悪い会話にワルキューレは目眩を覚えた。つまらない雑談に花を咲かす彼らの話を、隣で聞いてストレスが溜まると言うのは、矢張り少々真面目と言うか狭量過ぎるだろうが。
 とは言え、その己にも人にも厳しい性格が、彼女の業績を支えていたのも確かな事だ。ワルキューレはそんな自分を気に入っているし、変えるつもりも無い。
「やれやれ……」
 人をおかずにして、のほほんとダベっているベスパとドグラは放って置いて、ワルキューレは再び歩き始めた。


 ふと。
 進行方向に男が立ち塞がっているのが見えた。
「……?」
 こちらを見ている。
 だが、知らない男だ。
 大柄ではないが筋肉質な身体に、角と翼、そして安物のサングラス。見覚えは、全く無い。

「……悪魔ワルキューレだな」

 男が、口を開いた。あからさまな殺気を携えて。
「そうだが……?」
 肌を刺す敵意に、ワルキューレは眉を顰める。軍人なれば他人の恨みを買う覚悟は出来ているが、面識も無い男にいきなり殺気をぶつけられたら、いい気はしない。
「確かに私がワルキューレだが、貴様は何者だ? 私に何の用向きだ」
「……我が名は《タヂカラオ》、いや──、本名を名乗ろうか。ネイターだ」
「ネイター……?」
 矢張り、聞き覚えが無い。
 ワルキューレが首を捻っていると、男は魔力を拳に集め始めた。
「! 貴様、何を……」
「悪魔ワルキューレ……、兄の仇、取らせてもらうぞ!」

ドォン!

「……っ!」
 ネイターと名乗ったグラサンの男の拳から放たれた魔力は、巨大な衝撃となり、ワルキューレの傍らの地面を爆破した。
「ち……、上手くよけたな。流石と言うべきか──」
「……」
 眉を寄せて悔しがるネイターに、ワルキューレは先程の彼の攻撃の着弾地点を見て戦いた。
 凄まじい破壊力だ。寿命を縮めてパワーアップした後のベスパ並み……、いや、それ以上。
 ワルキューレとて、魔界正規軍ではちょっとは名の知れた存在だが、そんな彼女をしても、この攻撃をまともに受ければただでは済まないだろう。
「お、おい、何だ。どうしたんだい」
 騒ぎに気づいたベスパとドグラが、ワルキューレに駆け寄ってきた。
 来るな!と言い掛けて、ワルキューレは口を濁す。ネイターはワルキューレを“兄の仇”と言っているのだから、これは自分の問題だ。ベスパ達を巻き込むべきではない。しかし──
「何だい、こいつ。テロリストか?」
「いや、私に個人的に用があるらしい。……お前達には関係無い、下がっていろ」
 そのワルキューレの言葉を聞いて、ベスパは少し不満げな表情を見せた。
 こういう考え方は、仲間意識の強いベスパには不快なのだ。天界に刃向かうアシュタロスの眷属として生を受けた彼女にとって、その狭い世界の中で立場を共有する“仲間”は、家族にも等しい存在だったのだから。そして、ベスパにとって“仲間”“同僚”とは、須くそうあるべきものなのだ。
 その不満を声に滲ませて、ベスパは言った。
「何だよ、水くさいな。あたし達は、仲間じゃなかったのかい」
「……これは、私個人の問題だ。軍とは──お前達にも関わりは無い」
 とことん公私の別に厳格なワルキューレに、ベスパはもはや隠そうともせずに不快感を露わにする。
「かぁ〜〜っ、軍隊ってな窮屈な組織だね。困った時は、お互い様だろ? あんな馬鹿でかい魔力を持った奴、あんた一人でどうにか出来るもんじゃないだろ。ぶっ飛ばすにしても、説得するにしてもよ」
「……」
 言い返せずに、沈黙するワルキューレ。
 そして、ベスパは豪快に笑みを浮かべた。


「仲間を助けるのは、当たり前の事じゃないか」

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