吟詠公爵と文珠使い32
投稿者名:アース
投稿日時:(05/ 3/11)
トビアはラファエルの言葉を思い出して、袋から魚の心臓と肝臓を取り出して香を焚き、その上に置いた。
魚の匂いが悪魔を追い払うと、
悪魔はエジプトの方へ逃げて行った。
そこでラファエルは後を追い、
その場で悪魔を捕えて手足を縛り上げた。
旧約聖書外典:トビト書 第八章 二・三節
意識が闇に堕ちていく。深い闇へ-―――――
そして、底へ堕ちた。真相意識の終着点といえばいいのだろうか。
一言で例えるならば、『闇』の川。『闇』が黒い水のように轟々と流れている。下手をすれば押し流されてしまいそうだ。
辺りを見渡すと、視線の先に何かが見えた。
疑問に思い、川の流れを掻き分けて近寄ってみる。
そして、辿り着いた先には、多くの尖塔に囲まれた黒い城があった。城は大きかった。いつか、南極で見たアシュタロスのバベルの塔よりも大きいかもしれない。
周りの尖塔も夜を押し込めたかのように黒く、あらゆる者を拒むかのようだった。
「この城は一体・・・・・・」
『ここに来い・・・・・・私の元へ』
ふと、声が聞こえてきた。城の中から、感情が薄く、それでいてよく通る声が。
「これは、入ってみるしかないよな・・・・・・」
驚く気持ちを抑え、意を決して、男―横島は城の門をくぐった。
横島の左腕が千切れ飛んだ瞬間。
「横島――――――!!!」
砂川は、自分でも驚く程の大声を上げていた。
時が止まったのではないかと錯覚したのは一瞬だった。
横島の体が崩れ落ち、左腕の切断面から鮮血が溢れ出て行く。
そして、余りの出来事に硬直したのは雪之丞達も同じだった。その一瞬の隙をついて、フェンリルは手負いの獲物に襲い掛かった。
だが・・・・・・
その牙が横島に届くことは無く、フェンリルは『何か』によって前進を阻まれた。
食事を邪魔された魔狼は怒り狂い、その『何か』に攻撃を仕掛ける。
しかし、その牙もガインという甲高い金属音と共に『何か』に弾かれてしまう。
しかも、その『何か』は一つではなく、横島の周りに十数個展開していた。
「あ、あれは・・・・・・」
砂川は、「それ」に見覚えがあった。
今の魔界では失われた魔術言語が書き込まれた黒いモノリス群。忘れもしない。
『彼』が万魔殿でサタンとの戦いで見せた守りの切り札。
「半自動型自律防御結界・・・・・」
呆然と呟く砂川。
そして、次の瞬間、魔狼、いや、その場の全員の動きが硬直する。
崩れ落ちた横島から発せられる静かだが、強烈な気配。加えて、辺りを振るわせる絶大な魔力の波動。
「こ、これは・・・・・・・魔神の気配か!?」
雪之丞は喉からやっとのことで、それだけを口にした。その声は明らかな緊張と恐怖の色が混じっている。
見れば、カオスやマリアの顔も引き攣っていた。
そんな中、『彼女』の顔には恐怖の表情は浮かんでいない。
「横島・・・・お前はやはり・・・・・・」
懐かしさと嬉しさを多分に含んだ言葉が、口からこぼれ出る。
その言葉が、引き金となったかのように『彼女』の眼から大粒の涙がこぼれ落ちていった。
「ここから声が聞こえて来たような・・・・・」
横島は城の最も奥の部屋に来ていた。部屋の前には、重厚な扉があり、牛と羊が向かい合う構図の装飾が施されていた。
『私はここにいる。入って来い』再びあの声が響く。
扉が音も無く開き、横島は何かに導かれるように、中へ入っていく。
部屋の最奥の玉座には、一人の男が座っていた。
『よく・・・・来たな。もう一人の私』
「もう一人の私・・・・・?」
疑問気に呟きながらも、横島は玉座に座る男を凝視した。
男の格好は黒ずくめだった。黒い衣を二重に着込み、その上の衣のほうは、裾の長さが膝まであった。その上に黒い外套を纏っていた。人間の年齢でいえば二十歳前後、自分とさほど変わらない。男というよりも青年といったほうがぴったりかもしれない。
一言で言い表すならば、『黒ずくめの剣士』といえばいいだろうか。
『お前はもう一人の私だ』
男が再び言葉を紡ぐ。
「何・・・・・」
呆然とする横島だったが、感覚的に理解していた。この男の言っていることは事実だと。
『多くを語っている暇は無い。お前が《私に戻る時》がやって来たというわけだ』
男は、そう言うと玉座を離れ、部屋を出て行った。
後を追ってみても、男の姿は跡形も無く、消え去っていた。
『さあ、早く玉座に座れ。私は所詮、お前の記憶の残骸に過ぎない。お前が復活すれば、この通り消えうせる運命。もう二度と《彼女》を悲しませるな』
男の声はそれを最後にして、消え失せた。それを合図とするかのように城は崩壊の音を響かせ始めた。
(何にせよ・・・・やるしかないってことか!!)
言われるがままに、横島は玉座に座った。
その途端、強烈な圧力が掛かり、全身が悲鳴を上げる。
薄れゆく意識の中で感じたのは、凄まじい灼熱感だった。
「何・・・・・このとんでもない霊圧!!」
「こ・・・・・ここにいるだけで、お、押しつぶされそうでござる!!」
逃亡直前だった研究員達の捕縛に成功した美神達だったが、突然発生した凄まじい重圧に圧倒された。それは先程感じた魔狼フェンリルさえも遥かに凌ぐものだった。
「このプレッシャーはアシュタロス!? いやそれ以上か・・・・・」
西条も冷静さを保っているが、その声は引きつっていた。
ちなみに研究員達は、霊圧の凄まじさによって捕縛されたまま仲良く全員気絶している。
「と、とにかく横島君達のほうへ行って見ましょう!!」
「ああ、そうだな・・・・君達はここで研究員達の監視を頼む」
美神の声に西条は頷くと、Gメン隊員達に指示をした後、彼女の後を追って駆け出した。
「拙者も行くでござる!!」
「あたしも行くわ!!」
シロやタマモも震える足を無理に動かして、西条や美神の後を追った。
(先生に何が起こっているでござるか・・・・・それにこの気配は・・・)
(まさか・・・・・夢で見た『剣の公爵』なの・・・・!?)
彼女達の考えを裏付けるかのように、一際大きな雷鳴が轟いた。
「ゼエゼエ・・・・」
苦しい息を吐きながら、『彼』は立ち上がった。
左腕から流れる血の色も人間の赤から、魔族の紫色に変わっている。
そして、月のような金色の瞳。
それ以外、変わったのは黒い二重の衣の上に、また黒い闇色の外套を纏っていることだろう。
『彼』は右腕を千切れ飛んだ左腕の方へ向け、一言呟いた。
「来い」
その一言だけで、左腕は彼の右手の中に収まった。相手が魔神級ならいざ知らず、フェンリル程度に付けられた傷はどうということは無い。切断面同士を合わせ、治癒の言葉を紡ぐ。瞬く間に、腕はくっつき元通りとなり、スーツの部分も他の部分と同じになった。
自分がかつて何者だったか、思い出した。力、記憶や知識、そして思い出も。まだ完全には戻ってきていない部分もあるが・・・・目の前の魔狼程度、もはや恐れるには足らない。
『彼』は周りを浮遊していたモノリス群を消し、結界を解除する。
一歩前に踏み出す。その分だけ、魔狼は脅えたように後ずさりする。
『彼』は先程、取り落とした魔剣を拾い上げた。
「お前も俺の所に戻って来たんだな・・・・」
感慨深げに呟くと魔剣を一振りする。
それだけで強烈な風圧が起こり、フェンリルの体に無数の擦り傷を作った。
「お前は・・・・・」
『彼女』の涙混じりの声が耳に届く。
「ゴモリーか・・・・心配かけたな」『彼』の声は、かつてと同じく感情が薄かったが、同時に横島の持つ暖かみも含んだものだった。
「お前という奴は・・・・・私がどれ程・・・・」
「済まなかった」
『彼』の声がどうしようも無く、懐かしかった。
「もう・・・・私を置いて、何処にも行くな・・・・馬鹿」
顔に二筋の涙の線を作ったまま、『彼女』は呟いた。
「ああ・・・・約束する」
『彼女』の声をハッキリと心の奥に刻み、『彼』は目の前の敵に向き直る。
「さて、まずはこいつを倒さなきゃな・・・」
『彼』は魔剣を水平に構え、フェンリルに静かだが、強烈な殺気を叩き付けた。
魔狼は脅え、一歩後ずさる。
「では・・・・死んで貰おうか、野良狼」
『彼』は酷薄な声で、魔狼に死刑宣告を下した。
後書き いよいよ復活ですよ『彼』。『彼女』と『彼』の会話はどうでしょうか。
次回、魔狼対魔神の大バトルが本格的にスタート。
今までの
コメント:
- きたー
やっと「彼」がでてきたー
記憶を受け継いでいて本当によかったです、これからもがんばってください。 (優)
- ついについに大願の復活
他の剣の公爵の知り合いやもと部下は何時このことを知るのか知った後の対応が大変気になるところですがそれ以上に野良狼との戦闘が大変気になります。 (ttt)
- 最高、横島、もう無敵って感じ。次話が楽しみです。 (翔)
- 記憶まで戻っちゃったーーー!!
しかも復活時点で凄く強そうだし。
横島君はこの後どうなるのかな〜 (たたたん)
- キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!! (鞠弥)
- すばらしい展開です。
ただ横島が強くなりすぎて他のGSのメンバーの出番が減ってしまうのでは?
特に美神は万能型で飛びぬけたところがなく成長の限界も来ていますしさらには合体もできなくなってますし司令官も西条と美智恵さんでまにあってますからね。
やはり全体の底上げが必要かと思います新技か強力な道具といったところでしょうか。
ただそこの描写がはっきりしないと強さが薄べったいものになってしまうでしょうからこれからに期待してます。 (夜叉姫)
- 今の横島は確かに強いですが、それでも嘗ての頃に比べればまだ十分では無いです。思い出していない術や技があったり、魔力の制御にも相当苦労します。
ユッキーには砕破、メドーサにはアンドラスとの対決が待ってますし、おキヌちゃんもネビロスの猛特訓がありますので、他のキャラにも出番はあります。
美神は西条のサポートなどで活躍したりします。 (アース)
- ……魔族に戻ったのでしたら、ルシオラの復活もあるのではないですか? (烏)
- 愚かな星と散れ、フェンリル!!
横島がえらいあっさり復活しましたね。ほんとに厳重に封印されてたのかってくらい(汗)。すでに精神が馴染みやすくなってたってのもあるんでしょうが。
次回本格的に大バトルとのことですが、どれほどのものになるかはやくも期待大です。 (九尾)
- 剣の公爵復活、ゴモリー乙女街道まっしぐらと、
見所満載で、今後も楽しみです (AXSL)
- もう、燃えまくりですね。
Burst&Burningでやんすね。 (ガパイソン)
- 「彼」が復活しましたね。
『もう二度と《彼女》を悲しませるな』、「彼」も「横島クン」も思いは1つというところが熱いですね。
これから物語がどう動き出すのか楽しみにさせてもらいます。 (サキ)
- いよっしゃ〜〜〜〜!!!!
待ってましたよ、彼の復活!
部下だったドラゴンがいたけど、彼の元にくるのかな (ひの)
- 『彼』が率いていた軍団長クラスは二人ほど出てきます。
ドラゴンのベルクは横島が、召喚魔術で呼び出す感じでしょうか。
それと、こんなにたくさんの賛成票ありがとうございます。 (アース)
- この調子でいくと『666の真撃(ナンバー・オブ・ザ・ビースト)』使っちゃいそうだw
さて、ルシオラはどうなるのかな?
先が楽しみです^^ (皇 翠輝)
- いよいよ復活ですか、雪之丞は最初こそ畏怖を抱いていますが、
剣の公爵となっても横島はそのままですので戦闘狂に拍車がかかってしまうだけだとおもいます。シロやタマモは夢の出来事について思うところがあるだろうし、
ルシオラについても自分が蛍を提供した事も思い出したのでしょうかそれについてアシュと自分について考えさせられると思います。 (アガレス)
- やはり気になるのは神界かなその中で小竜姫の父親?と小竜姫の対応が気になる所。横島魔族になっちゃったし、神族の小竜姫は辛いところ。部下にペスパとメデューサが欲しい所 (歌田)
- そういえば、魔族になったのなら、ルシオラを復活させることができるのでは?
あと、魔族になっても、神族も魔族も人間も妖怪も関係なく接しそうですね。 (himo)
- アシュタロスがいなくなった穴を埋めるということで
デタント派からは好意的に受け取られそうですね。 (suimin)
- あっ!え〜と。巷ではサッちゃんなどと呼ばれている御方との和解はあるのですか?
ワルキューレの立場も気になります。それと復活した『彼』ですが引き継いだ魂が
高島、ルシオラ、横島この3人分もありますし、人格が複雑ですね。これからも
楽しみです。 (hideki)
- いつも楽しませてもらっております。
ヨコシマ=魔神、かつて無い展開にいつもどきどきです。
ただ、とっても気になることが有ります。
コメントの返事にこれからの流れのネタを言うのは如何かとw
ここで先が解ってしまったら楽しみが半減してしまいます。
ご親切はうれしいのですが・・・。
後は全然不満はありません!
今後の展開をたのしみにしています。 (zendaman)
- はじめまして、旅する阿呆と申します。昨日からシリーズを通し読みさせていただき、ゴモリーに一目ぼれ(!)してしまいました。
今回の作品も横島がカッコよく楽しませていただきましたが、1つだけ展開で気になる点が…。ただのGSならともかく、魔神と化した横島が魔狼を退治するだろうか?という点です。
横島なら殺生を楽しまないだろうし、『彼』も冷静そうなのでぶちのめしてから戦力にする方が自然かな?と感じ、最後の横島の台詞にだけ違和感を感じました。
魔神の本能で、牙むくものを許さないというのもおかしくはないのですが、そんな読者もいるということで。
続きを楽しみにしています。このテンションを保ったまま突き進んでくださいませ。 (旅する阿呆)
- アースさんこんばんは、毎回更新を楽しみに見させていただいております。
今まで見てきた感想なのですが、細かい所をいうと長々と書いてしまうので一言で・・・(ぉ)
熱い、熱いですよアースさん!
いや、前世どころではない遥か昔からの縁。遥か昔に画策し、ついに時が来たと動き出した黒幕。そしてついに実る神話越しの恋。う〜ん・・・ドラマだ。
横島が覚醒して次回はばっさり命を奪っちゃうようですが、それをみた仲間のはんのうが気になる所。
とくに絆が切れた美神令子などはショックが大きいんではないでしょうか。
それでは、次回の更新を楽しみにお待ちしております! (あわし)
- アースさん、はじめまして。
この作品、楽しませていただきました。
このあと、どうキャラクター間のバランスを取っていくか楽しみです。
追記
アスモデウスが従えている軍団は、72でよいようです。
(文献は、地獄の辞典/Dictionnaire Infernalから。
日本語の文献としては、かなり上流にあるはずです。) (anonymous operar)
- 主人格は横島というよりも、魔神(魔王に近い級?)→陰陽師→文珠使い→魔神(文珠付き)
という流れで来てますから、『彼』の根本的な部分は変わってないです。あとネタばれに関してですが、私のプロットはあくまで予定で、コロコロ変わることがありますので、参考程度に聞いておいて下さい(オイ)・・・・・・
それとルシオラの復活は・・・微妙です(ゴモリーがメインヒロインなので)
私の中で、答えは出てるんですが。
皆さんの助言と感想に感謝です。
フェンリルをどうしよう・・・・いっそのこと、ううん (アース)
- 始めまして、いわっちです。
横島が元は魔神という設定は新しく感じた上に面白いですね。
アスモデウス自体七つの大罪、七大魔王の一人に数えられる程の魔神ですから彼の復活によってデタントの流れは大きく変わりそうな気もするんですよね。
まあ、アシュタロスが消えた穴を埋めるには十分すぎるかと思います。
この先ゴモリーとのラブラブ話になるのでしょうか?って言うか一度くらい魔界に帰るエピソードがあっても良いかなと思います。
フェンリルも北欧神話では最強クラスだった筈が野良狼扱いか〜所詮パチモンではこの程度なのでしょうか?
そういえばベルゼバブも七大魔王の一人だった筈がも原作では簡単にやられる雑魚キャラ扱いでしたな。 (いわっち)
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