ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(10)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 5/29)

こんがり日焼けしたような褐色の肌に、真ん中辺りから毛先にかけて、独特のクセがある長い黒髪。自分のスタイルに自信を持って着ているボディコンは、実際、よく似合っている。
そして、人馴れしていない猫に似た、他人に挑むような気の強そうな目付き。
その目付きをだらしないほど緩ませて、エミは、ピートに背中から抱きついていた。
それは、教会にある家庭菜園での様子だった。ホースを引っ張って来て水をやっていたピートに背中から腕を回し、飛びつくようにして抱きついている。
結構な勢いだったのか、思わずピートは前のめりになっており、エミは中途半端なおんぶのような格好でピートに擦り寄っていた。
「小笠原・・・エミ」
燭台に灯る蝋燭の、ぼんやりとした明かりの中、ぽつりと小さな声で呟く。
加奈江は近くに置いてあった手芸箱の中から針山を取り出すと、そこに刺してあった待ち針を一つ手に取った。
音も無く、その待ち針を写真の中で笑っているエミの顔に刺す。本当なら破りとってしまいたてのだが、エミがピートにべったり絡んでいるため、ピートの部分を破らずにエミの姿を取り除くのは難しかった。
「・・・色ボケ女のくせに・・・」
スッ、スッ、と、次々に針を刺していく。
別に呪いの儀式をやっているわけではないが、蝋燭だけが光源となっている薄暗い闇の中、ぶつぶつと呟きながら写真に針を刺している女の姿は、見ていて気持ちが良いものではない。
「他にオトコがいるくせに・・・ピエトロ君にまで手を出そうだなんて・・・」
一本だけ灯した蝋燭の、オレンジ色の暗くぼんやりとした明かりの中で、加奈江は低い子声で呟きながら、エミの姿がすっかり隠れてしまうほど写真に針を刺し続けた。
「・・・今に見てらっしゃい・・・思い知らせてあげるんだから・・・」


   リルルルル、リルルルル、リルルルル・・・
事務所に備え付けてある電話よりも、少し高いトーンの着信音。
シャワーを浴び、バスローブだけをラフに着て自室で涼んでいたエミは、テーブルの上に置いてあった携帯電話を手に取った。
「はい。どちら様?」
事務所の電話や仕事用の携帯電話ならもう少し丁寧に出るのだが、今、着信音を鳴らしたのは私用の物である。
まだ少し濡れている髪をタオルで拭きながら、気楽に出たエミの耳に入ったのは、奇妙に篭もって聞こえる知らない女の声だった。
『・・・こんばんは。貴方、エミさんね?』
「・・・?」
私用の電話にかかってきたにも関わらず、知らない声である上に、いきなり名前を呼ばれて不審に思う。しかし、相手はそんな事などお構いなしと言った感じで言葉を続けた。
『・・・貴方、ピエトロ君の事を捜してるでしょ』
「ピエトロ・・・ピート!?あんた誰!?何か知ってるワケ!?」
あまり馴染みが無い方の名前で言われたために、一瞬返事が遅れるが、すぐにピートの琴田と思い当たり、エミは、携帯電話を顔の真向かいに持ってくると、怒鳴りつけるような勢いで尋ねた。知らない相手が自分の私用の電話番号を知っていた、と言う不信感や疑問など、一瞬で吹き飛んでしまう。
「どこの誰!?ううん、どうでもいいわ・・・とにかく、何か知ってるなら教えるワケ!!」
この数日間、血眼になって捜しているのだ。今日も、そこら中に尋ね人のビラを貼り、聞き込みに走り回って帰って来たところだった。
『・・・・・・』
「ちょっと、何黙ってるワケ!?知ってるんならさっさと教え・・・」
『・・・嫌よ』
クス、と、相手が嫌な感じで微笑んだのが、声を通してわかる。
その返事にエミが激昂するより先に、相手は静かな声で言った。
『あんたなんかに、返さないわ』
声紋を探知されないように、何かの機械を通して喋っているのだろう。もともと電話線を通すと声のトーンは変わるものだが、この女の声は何か不自然な、コンピュータの合成音声に似た、機械による変化を感じさせる声だった。
「・・・返さない・・・って、あんた・・・!?」
『そうよ。ピエトロ君、今、私の所にいるの。これからも、ずっと私と一緒にいるのよ』
「何トチ狂った事言ってんのよ、この誘拐犯!!とっととピート返すワケ!何か妙な事してたらカンベンしないからね!!」
『・・・恋人気取り?よく言えるわね。色ボケ女』
「な・・・!」
『知ってるのよ、私。貴方にいっぱいオトコがいること』
「!」
静かな口調で自分の事を言い当てられて、ハッと息を呑む。
(・・・何、この女・・・?)
そう考えて、この女が自分のプライベートの電話番号を知っていた事を思い出し、背中に寒気が走る。ワイドショーなどで匿名の出演者によくやっているような、機械処理された声で、電話の向こうの女は続けた。あまり抑揚の無い静かな口調が、そんな声に妙にハマって聞こえる。
『面食いでピエトロ君に付きまとってるくせに、よく「返せ」なんて言えるね。図々しいって言葉を知らないの?』
「な・・・何ですって!?あんただって、ピートを誘拐して連れてったんでしょうが!!」
『私はピエトロ君だけよ。それに、貴方より彼の事を理解してるわ。貴方、いつも彼に付きまとってたけど、どれぐらいピエトロ君の事を知ってるの?』
「知ってるって・・・え」
大きく息を吸い込み、言い返そうとして、ふと、エミの思考は一瞬停止した。

呼び名はピート
本名はピエトロ・ド・ブラドー
七百歳のバンパイア・ハーフで、イタリアの、地中海の出身で、唐巣神父の弟子で、高校に通ってて・・・

「・・・・・・」
エミが持つ、ピート個人に関する具体的な情報は、それで終わりだった。
他に知っている事と言えば、学校の成績が抜群に良い事と、音楽が苦手な事ぐらいだ。
ピートの好きなもの、好きなこと、昔の事・・・
−−−何も知らない。
いつも顔を合わせるたびにベッタリ迫っていたのに、それだけの事しか知らない事に気付かせられ、エミが口をパクパクさせていると、女は静かに、しかし、勝ち誇ったような色を密かに滲ませた口調で言ってきた。
『私は知ってるわ。好きな色はマリンブルー。彼の故郷の海の色よ。肉よりも魚が好きなのは、海の中の島で育ったからかしら。結構、読書好きなのよ。少しアガリ性だけど、本番には強いの。音痴だけど根が努力家だから、去年の文化祭の合唱コンクールでは、指揮者をやったのよ。歌うのは下手だけど、リズムを取るのは出来るみたいだから・・・』
「・・・・・・」
ピートの事を次々と、事細かに羅列されて、ただパクパクと酸欠の金魚のように口を動かす。気が付くと相手の言葉の羅列は終わっており、こちらの反応を待っているような沈黙に、エミは、やっとの事で一言だけ言い返した。
「そ・・・それぐらい知ってるから何だってワケ!?」
『単なる色ボケの貴方とは違うのよ。私はね、邪まなだけの貴方とは違うの』
「邪まって・・・わ、私だってねえ・・・!」
『貴方、ピエトロ君のどこを見てたの?』
「!」
そう言われて、再び言葉に詰まる。
『・・・彼の事を何も知らないで、恋人気取り?それとも、彼も他のオトコと一緒なのかしら。最低ね、貴方』
「う・・・」
『・・・私、そんなの許さないから』
最後にそう言って、電話は切れた。
別に、ガチャンと乱暴に切られたわけではない。むしろ、静かにそっと切られたのだが、エミは携帯電話を握り締めたまま、しばらく動く事が出来なかった。
床を見つめて俯くと、下唇を噛む。
「・・・・・・」
相手が本当にピートを連れ去った犯人かどうか、相手がピートの名前を持ち出した時点で逆探知していれば何か分かったかも知れないが、そんな判断さえ出来なかったほど、エミはショックを受けていた。
脳天を殴りつけられたような衝撃と共に、頭の中に残っている女の言葉。

(貴方、ピエトロ君のどこを見てたの?)

今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa