ザ・グレート・展開予測ショー

こどもチャレンジ(8)


投稿者名:逢川 桐至
投稿日時:(05/ 3/ 9)



 悩んでもどうにもならないけれど。
 でも、悩むしかなくて。

「…横島」

 呟いてベッドの上にころんと転がる。

 ずっと続くと思ってた。
 銀一の事を思えば、こんな事だって有り得るって判ってた筈なのに。

「私…
 どないしたいんやろ…」

 横島の事は好きだ。 それは確かだと思う。
 最近の態度の変化と、否応なしに押し付けられた現実とが、気持ちの自覚に背を押したから。

 ただ横島は、あまりにも馬鹿だったから、一緒に居るのが楽しかったから。 彼にそうと告げるなんて思いもしなくて。
 でも…

「東京、か…」

 ふぅ、と溜め息が零れる。

 まだ小学生の自分たちだ。
 離れてしまうその距離は、あまりに絶望的だった。 遠過ぎるほどに遠い、遥か地の果て。

 そして何より自分と横島とは、友達以上の関係ではない。
 その引っ越しを差し止める、何の理由も力も無い。

「はぁ…」

 じわっと湧き上がるモノを抑えるように、顔の上で両腕を組んだ。 塞いで暗くなった視界に、映る姿をただ見詰める。



 聞かされた残り時間は、一週間を割っていた。





 こどもチャレンジ 8





 夏子が百合子から引っ越しを告げらされた翌々日。
 横島の転校は、クラスメートたちにも明らかにされた。

「なして、こないハンパなトコで越すん?」

「親父の仕事の都合だから、しゃーないだろ」

「横っち、居ななるんか、つまらんなぁ…」

 6月末と言えば、確かに中途半端な時期だろう。
 夏休みまで1ヶ月と無く、新しい学校で慣れたかどうかのところで長期休暇に入ってしまうのだ。 タイミングとしては、かなり悪いと言える。

 それでもほとんどのクラスメートたちは、どこか冷静に受け止めていた。
 夏子と同様に、最近の彼の変化を肌で感じていたからだろう。

「けど、横っちおらんなったら、もうアレでけへんで」

「そやそや」

「こっこら、んな話どうどうとすんなっ!」

 慌てて横島は、余計な話を始めた男共を制止する。
 休み時間とは言え、学校の中だ。 人目を窺うように首をひっつかんで、こそこそと隅へ移動した。

 顔触れはと言えば、かつて横島のスカートめくりを、楽しみにしていた様な連中ばかり。

「せやかて、横っちが始めたんやないか」

「そりゃ、そうだけど…
 けど、別に誘ってなんかねぇぞ」

 何をと言えば、霊力の補充活動である。 …あくまで、横島にとっては、だが。

 今後の為にも、と勤しんだ結果、この面々に見付かって済し崩しに覗き集団と化していたのだ。

 なんだかんだ言っても、元々横島はこのクラスのムードメーカーであり、また常にいたずらの先導役でもあった。 たまに有った楽しみ……横島の手になるスカートめくりの事だ……が無くなり、ちょっと欲求不満にこの少年たちは陥っていたのだ。
 そんな訳で、あっと言う間に犯罪者の群れが出来上がってしまったのである。

「ま、俺がいなくなったってさ、やる事もやれる事も変わらんしな。
 後はおまえらがどーすっかだし」

 そう突き放すものの、禁断の果実を共に食べてしまった彼らには、到底 納得し難いところ。

「簡単にでける訳ないやん、俺らだけでバレないようにうまく覗くなんて…」

「なにを、や?」

 その声に、横島たちは恐怖した。

 ヒートアップするあまり、周りに目が向いていなかったのだ。
 隅に居た事もあって、夏子を始めとした女子たちが簡単に退路を封じてしまっている。

「べ、別になんでもええやん」

「まさか、私らン着替え覗いとったんか?!」

 女子生徒の一人が疑わしげに言うのに、男子の一人が思わず反駁する。 

「んな訳あらへんやろーが。 わざわざ出掛けてんのや。
 イマサラおまえら覗いたかて、つまらんもん」

「こ、こら?! おまえ余計なこ…」

 弾みで口を割った少年に、食って掛かった横島の言葉が途切れる。

「横島… 何、アホな事そそのかしてん?」

「痛い! 夏子、痛いって、痛いっちゅうんや」

 ぎゅっと耳たぶを引っ張られ、思わず悲鳴を上げる。
 彼女は既に一度、現行犯逮捕しているだけに、誰がそもそもの原因を作ったのか、よぉく理解していた。

「痛い、痛いって、こら…」

「うっさい、黙っときっ!!」

 一喝されて、悲鳴が止まる。 こうなると横島は全く役に立たない。

 戦々恐々とする他の男子に、続けて実刑判決が下された。

「先生呼んどるから、きりきり自白せぇや」

 にっこりと笑顔で告げる夏子の右手には、未だ耳を引っ張られ続ける横島。
 周囲を女子たちに囲まれて、彼らはただ諦めて刑を待つしかなかった。

 ・

 ・

 ・

「なぁ…」

 たっぷりと担任に絞られた後、待っていた夏子に連れられての帰り道。

「…な、なんだ?」

 むすっとしている……様に 横島には見えていた……彼女が、ふいに掛けてきた言葉にびびりながら聞き返す。

「横島は、こっちに残れへんの?」

「こっちにって、何処に?」

「何処に、って…」 

 あの大樹に、百合子が付いて行かないなんて事は無い。 それくらい夏子にも判っていた。
 だから、答られず言葉が途切れて行く。

 彼女の知る限り、こちらに彼の親戚は居ない。
 残れる場所なんて無いのだ。 小学生なのだから、当然 一人暮らしなど論外。

 そんな沈みこむ様子に、自分に怒ってるんじゃなさそうだと見定めた横島は、さっきより足取り軽くなっていた。

「…なぁ、横島」

「あぁん?」

「ほんまに越してまうん?」

「親父が向こうに行くからなぁ」

 横島にしてみれば、渡りに舟との展開だったから。 転校それ自体には、全く不具合なぞ感じていない。

「そっか…」

 そんな気軽な返事に、夏子はますます沈みこむ。

「夏子、おま…」
「銀ちゃんさぁ…
 今頃、どないしてるやろなぁ?」

 さすがに気になった横島が、掛けた言葉を遮っての問い掛け。

「…きっと元気でやってるさ」

 突然の話題の切り替えに、横島は戸惑いながらもそう答えた。

 今から5年もすれば、一流と呼ばれるアイドルになっているのだ。
 横島にとって、それは自明の理。

 そんな様子が夏子には意外で、思わず聞き返した。

「横島には連絡有るん?」

「んな訳ねぇだろ。 銀ちゃんも俺も、年賀状すらロクに書かねぇってのに」

 小学生の男の子なら、まぁそんなものだろう。
 そもそも転校した先で孤立したりなんて事でもなければ、転校前の友人関係が密に残されるなど、そう多い事ではない。

 銀一と横島も例に漏れず、もう随分長く互いの詳細を知らなかった。 17で再会するまで、音沙汰無しだったくらいなのだから。

 引っ越した直後はまだしも、この12歳の今でも、既に年の単位が過ぎているのだ。
 揃って筆まめな人間でもないから、その方が自然だと言える。

「そっか。 そやね、横島がそんなマメな筈 無いやね」

「なんか引っかかるけど… ま、そだな」

 再び会話が途切れる。
 黙々と歩きながら、居心地悪くて横島は独り言の様に続けた。

「そ言や、銀ちゃん、俺のペガサス大事にしてくれてっかなぁ…」

 餞別にと銀一に渡した愛機の事は、中々会えない相手だけに、再会した後にも聞いていなかった。
 彼の事だから、そう酷い扱いはされて居ないと思う。

 今の12の記憶も合わせ持つ横島にとって、最後の優勝はまだ2年前の事。 だから、少しだけ気になっていた。

 そんな彼の言葉を聞いて、夏子は顔を上げた。

「銀ちゃんやからな。 それ言うたら、横島は銀ちゃんのどうしてん?」

 銀一も、横島と交換する様に、彼のおもちゃを手渡していた様な覚えが夏子には有った。

「ん? さすがにシルバースターに手ぇ入れる訳にゃいかねぇし、きちんとしまってあるぞ」

 互いに友情の証と交換する事になった愛機だ。
 横島とて、酷い扱いはしていない。

 尤も、両親がナルニアに行く際、すぐに使わない荷物は田舎に預けられたので、もう何年も見ていないが。

「そっか…」

 横島の返事を聞いて、夏子はまた何やら考え始めた。

 ・

 ・

 ・

「そう言えば〜〜 美智恵ちゃんとこの娘も弟子にするんだって〜〜〜?」

「えぇ、まぁ」

 豪華な、そう言ったモノを見慣れていない神父にすら判るレベルの、調度品に囲まれた応接室。

 言われずとも判るだろう六道家の一角に有るそこへ、彼は呼び出されて来ていた。

「こないだの娘の方はどうなのかしら〜〜?」

 エミの件では、結局 自身のツテだけでは心許ないと、六道の力を借りていた。 だから、現当主である彼女も、直接の面識は無くとも知っていた。

「最初は少し不安もありましたが、性格も能力も申し分ないです」

「あら〜〜 唐巣クンがそこまで言うなんて、結構な拾い物だったんじゃないかしら〜〜〜?」

 えぇ、と頷いて、神父はティーカップへと手を伸ばす。

 元呪い屋の弟子なんて肩書きは、しかし実際の彼女を見れば何てコト無い。 そう、神父は思っている。
 確かに呪いの方に素養が有るのも事実だ。 だが、神魔と言うのは鏡合わせの存在であり、互いに転じ易い彼らへ、二人は力を借りる事も多いのだ。
 根本に根ざす思想的な問題は有るものの、彼女は将来の楽しみな弟子である事に変わりなかった。

「で、もう一人の男の子はどう〜〜〜?」

「えっ?」

 喉を潤す手が止まった。

「大阪までわざわざスカウトに行ったくらいだもの〜〜
 その子もスジはいいんでしょ〜〜〜?」

 エミの件においても、彼は横島の事にいっかな触れていない。
 勿論、大阪行は横島の両親の相談から始まったもので、報告の義務も無いし便の手配をしたエミ以外には話していない。

 相手の抜け目の無さ、手と目の広さに、彼は思わず黙り込んだ。

 ここで知らぬ存ぜぬを通しても、恐らくはある程度の調査は行っているだろうだけに、意味はないだろうと思う。
 にこにこと返事を待つ六道女史に、仕方なく口を開いた。

「3人の中では、彼が一番ですね。 と言うか、既に正規のGSのレベルです」

 神父が見るに、正規のどころか上位のGSレベルだが、そこまではさすがに伏せた。

 ちなみに、現段階ではエミはGS見習いレベル。 試験自体は、今すぐ受けても受かるだろう。
 対して、美神はまだ自発的霊力の発揮に手が掛かった所であり、横島は勿論エミと比べるのも少し早い。
 二人共 素質は高く、これからの伸びも期待出来るから、横島にそう見劣るモノでもないが。

「有望株ばかりなのねぇ〜〜〜 ほんっと、羨ましいわ〜〜
 ソレに引きかえ、ウチの娘と来たら手ばかり掛かっちゃって〜〜〜」

「さすがに、もう無理ですよ」

 ささっと、釘を刺す。

「あら残念だわ〜〜
 同じ年頃の子たちと一緒なら、あの娘も頑張れるかと思ったのに〜〜」

「六道さんの娘って事は、式神遣いじゃないですか。
 そう言う蓄積は、豊富な筈でしょうに」

 やはりそんな事だったかとの、内心を隠して理を通す。

「それがねぇ〜〜 うちの冥子って、そう言うトコと違う部分に問題が有るのよ〜〜〜
 ほんとに困ってるんだけど〜〜」

「無茶言わないで下さいよ」

 霊能でない部分に欠陥の有る、霊能の大家『六道』の娘、ともなれば神父にしても荷が重い。
 ただでさえ、目論見に反して相互いに反目し合っている少女たちの事で頭が痛いのだ。 これ以上、頭痛の種を背負込むのはごめん、と言うのが正直なところ。

「じゃあ、誰か一人、こっちにくれない〜〜?」

「そんないい加減な事、出来ません」

「ちぇっ、唐巣クンのイジワル〜〜〜」

 歳を弁えないその姿に、既に充分 頭の痛い神父だった。

 ・

 ・

 ・

「横島っ!」

 掛けられた声に、横島と百合子は振り返った。

「夏子…」

「あら、夏子ちゃん、見送りに来てくれたん?」

 新大阪の駅。 在来から乗り継いで、新幹線ホームへ向かう駅のコンコース。
 息を少し荒げた彼女が追付くのを、親子はその場で待っていた。

「見送りなんていいって言ったのに」

「「あほ」」

 追付かれての横島の第一声に、女二人からハモっての罵声が飛ぶ。

「ありがとうね、夏子ちゃん」

「いえ、私がしたいから来てんのやし…」

 しゃがみ込んで『の』の字を書く彼を尻目に、二人は和やかに言葉を交わしていた。

「ほら、忠夫ホームに行くだけ行くわよ」

 そう息子を小突いて、百合子は夏子の方へと笑顔を戻す。
 出しなに有ったゴタゴタ……主に大樹絡みなのだが……で、実の所 時間の余裕があまり無い。

「夏子ちゃんには、急かす事になっちゃってゴメンね。
 うちのが出る間際にブツブツやり始めたもんだから、遅れちゃったのよ」

「そやったんですか」

 そんな事を話しながら、ホームへ向かう脚を進める。
 3人がホームに着いた時、白い車体が滑り込んできた。

「折角 来てくれたのに、こないばたばたしちゃってごめんね。
 …ほら、忠夫も」

「あ、おう。
 見送りに来てくれてありがとな」

 ここ最近 お馴染みになった、まるで年上みたいな表情で、横島も夏子に軽く頭を下げた。
 少しドキっとした胸を抑え付けて、彼女も笑い返す。

「ええねん。 私と横島は友達やんか。
 そや。 横島は、これから東京に行くんやから、ちょっとはお洒落に気ぃ配らなあかんで」

 ふと思い出したとばかりの様子で、手にしたバッグから一枚の布を取り出す。
 ソレをささっと纏めると、そのまま彼のぼさぼさの頭に捲き付けた。

「私からの餞別や。 失くしたら許さんで」

「お、おう」

 そう言えば、何時もする様になったバンダナは、こうやって夏子から貰ったんだっけか。
 そう思い返して、懐かしんでいた横島だったが、次の瞬間 凍り付いた。

「あらあら…」

 隣に立つ百合子の声が、まるで遠くからの様に聞こえる。

 自分の首に、しっかと回された手が重さを伝え、目の前には幼馴染とも言える少女の目を閉じた顔。
 自身の唇が柔らかい何かで塞がれているのも、ナニカ別世界で起っている事の様だ。

 これが、彼女が考えた揚げ句の、私を忘れないで、とのメッセージ。
 想いに区切りを付ける為の、大切なセレモニーだった。

 すっと離れた彼女が、涙混じりの笑顔で「またね」と言うのが、やはり遠くから聞こえる。
 すぐに振り返って駆け出した夏子の姿を、こんな記憶 全然無いぞ、と混乱する頭のまま、横島は呆然と見送った。

 ・

 ・

 ・

「よ〜こ〜し〜ま〜!!
 ど〜こ〜だぁ〜っ?!!」

 かつて横島が通っていた小学校の、その校門前で一人の男が叫ぶ。

 突然の奇行を遠巻きに眺める小学生たちの中に、横島のクラスメートたちも居て。

「横島になんの用やろな、あのおっちゃん」

 ぼそっと吐かれた呟きに、彼は即座に反応した。

「どぁ〜れが、おっちゃんかぁ〜っ?!!
 俺はまだ中学生だっっ!!!」

 確かに黒襟の学生服姿だった。
 だが、その姿はどう見ても、留年し続けている大学生の援団員の一人にしか見えない。

「それよりも横島だ。
 横島は何処だ? 蛮・玄人が再戦に来たぞっ! 出て来ぉ〜いっ、横しっ、ぐわはっ!!」

 突然 後頭部に受けた衝撃に、思わず頭を押さえてうずくまる。

「な、なにが…」

 振り返って見れば、ランドセルを振り下ろして仁王立ちに立つ少女の姿。

 横島との別れは、まだ夏子の胸に痛みを残している。
 不機嫌のあまり実力行使に出たとしても、これは誰もが仕方ないと思うだろう。 …された当人を除いては。

「男がぎゃーぎゃー騒ぐんやない、みっともない。
 それにな、横島やったら東京へ引っ越したで」

「なっ…」

 一瞬の絶句の後。

「恐れをなして逃げるとは、なんたる卑怯者かっ!
 だが、この俺から逃げられると思うなっっ!! その程度の姑息さで負ける俺ではないわっ!!!」

 卑怯に喰らった不意打ちの、その仕返しに来たのだ。
 自身への自負を損なわないままの彼は、憤懣遣る方なく雄叫びを上げ続けた。

 そんな騒ぎ付ける彼の姿は、通報で駆け付けた警官に連行されるまで、ずっと校門の前に在ったと言う。

 それは、横島が東京へと発った、その翌日の事だった。





 【つづく】



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……ぽすとすくりぷつ……

 これにて、夏子の出番はお終い。 もう出ません。
 5までに終わってる筈だったんだけどなぁ…

 今回、ぎりぎりだったので、誤字その他のミスが有ったらごめんなさい。

 次回からは、やっと東京が舞台。 ここまで、長かったなぁ…(苦笑)

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