たった一つの冴えたやり方 中編
投稿者名:しなぼん
投稿日時:(05/ 3/ 6)
美神令子は万能である。
少年の心のどこかには、そんな想いがあった。
非常識だけど、絶対に最後は何とかしてくれる。
――それは、「甘え」かもしれない、でも、17歳の少年にとって、美神は他のどの大人とも違って見えていた。どんなピンチでも決して諦めず、自分の都合の良いように、最終的には上手く収めてしまう。
美神さんが何とかしてくれるだろう。
どんなに否定しても、その想いは強烈で、・・・・・・だから信じていた。
ルシオラのこともきっと、美神さんが何か考えてくれる。
信じている、というのは間違いかもしれない。信じたかった、というのが本当のところだ。――そうしなければ、彼の心は壊れてしまったろうから。
そしてあの日。
燃えさかる屋根裏部屋で横島は確かに見た。彼女が眠っていたベットが、彼女の服が入っていたタンスが、彼女の妹からの手紙が入っていた小物入れが、ゆらめく赤一色の中で、損なわれてしまった所を。
もう、どうしようもないんスね。
それは少年にとっての死刑執行のようなものだった。
盲信していた美神でさえも、彼女を生き返らせるのは不可能。燃えさかる炎がそう云っているように感じた。
そして少年は、この世界を否定する。
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たった一つの冴えたやり方 中編
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「隊長さん、どうしてここにッ?」
驚いた顔のおキヌに笑顔で応えつつ、美智恵は、倒れている医院長の姿と、おキヌの憔悴した顔、そしてやたらとたくさんある差し入れの数から、おおよその事態を看破し、そうしてため息をついた。
「まったく、どうしてあの子ってば横島君のことになると、こう・・・・・・まあ、いいわ」
ベットに近付き、そして、
大変だったでしょう、
云いながらおキヌを抱き寄せる。
ちなみに転がっている医院長は一瞥しただけで、特になにかしようとしないのはさすがに美神の母親というか。
「――隊長さん」
若干、顔を赤らめ、おキヌが戸惑った声をあげる。
「ごめんなさいね。貴女にまで、辛い思いをさせて・・・」
涙が流れた。
今まで耐えていた分、歯止めが利かないのだろう。おキヌはそのまま美智恵に抱きつき、静かに泣いた。
張りつめていた気持ちがゆっくりと溶けていく。
本当は不安で堪らなかった。
でも、美神だってそうだと思って、感情を抑えていたのだ。
「話は聞いてるわ」
やがて、
おキヌの気分が落ち着くのを見計らって、美智恵が口を開く。その目に宿る感情はただ哀しいとかではなく、もっと複雑で危険なもののように、おキヌには思えた。
「これは、推測にすぎないのだけど―――――、横島君の魂は、ルシオラさんの霊気構造と深く結びついているわ。それはとても危険で不安定なことよ。そして、実際、横島君は目覚めない。本当は、こんなことは云いたくはないのだけど、横島君が命に関わる怪我をしたために、その結びつきに何らかの異常が発生してしまったんじゃないか、そう思うのよ」
おキヌは美智恵の顔をじっと見つめた。美智恵もおキヌの顔をじっと見つめている。本当に哀しいことを子供に言い聞かす時の母親のように。
「それは、――でも、――まさか、―――――そんな」
少女は、自分の顔から血が引いていくのが分かった。
魂の結びつきが壊れる=横島が死ぬ?
おキヌの肩が小刻みに震え出すのに気がついて、美智恵は説明の仕方が悪かったと悟る。
「ごめんなさい、おキヌちゃん。これはまだ推測に過ぎないのよ」
その言葉は錯乱を始めた少女には届かない。
「だって、――そうとしか、そうとしか思えないじゃないですかッ!! あの横島さんが入院なんて、目が覚めないなんてッ!!」
止まったはずの涙が、また溢れて来た。
令子よりは冷静そうに見えても、この子もまだ若いのね。
美智恵は予想外のおキヌの感情の昂りを見て、自分の認識が少し浅かったことを後悔する。しかし、ならばなおのこと誤解を解けなければならない。
「まだ、そうと決まったワケじゃないのねー」
突如、空間がゆがんだ。
横島の眠っている、50センチほど上の空間に大きな亀裂が入り、まずは昔の医者が持っていたような大きな鞄が出てくる。それに続くように、見知った顔も。
「ヒャクメ様ッ!!」
降り立った彼女を見て、おキヌが叫んだ。
「久しぶりなのね、おキヌちゃん。それに美智恵さんも」
彼女は、どんよりとした、オーラをまとっていた。
「な、何かお疲れのようですが――」
普段と比べて、と云っても美智恵にはそれほどの接触回数がある訳ではないが、目の下の大きなクマをつくり、額、そしてイヤリング型の心眼が明らかに血走っているところを見ると、そうとう忙しいらしいことは分かった。
「まあ、あの事件の報告書やら、美神さんの前世との因縁やら、この頃レポートとか会議が多かったのねー。といっても、一ヶ月くらい眠っていないだけだから、どうってことないのね」
どうってことない訳なさそうだが、神様本人が云っているのだから、多分、良いのだろう。
「そうですか。―――申し訳ありませんでした。そんな中、お越し頂いて」
さすがに娘とは違って、神様相手にタメ口を聞いたりはしない。美智恵はそう云って深々と頭を下げた。
「いいのね、私も少し気分転換したかった所だし、それに、
横島を見て、ヒャクメは再び言葉をつぐむ。
「横島さんに関しては、神魔双方の上層部も気に掛けているし、できるだけの便宜を計るようには云われているのね」
中でも、最も気にしているのが小竜姫だとは、さすがにこの場では口の軽いヒャクメでも云えない。代わりに、おキヌを見て、
「頼りないかも知れないけど、これでも神族の一人なのね。私が来たからには、横島さんが目覚めるまではサポートするから、安心して欲しいのね」
笑顔を浮かべる。
原作ではやや影の薄かった彼女だが、さすがに女神様である。その笑顔は慈愛に満ち――包み込むようにおキヌの気持ちをほぐしていった。
「お、お願いします。ヒャクメ様ッ!!」
落ち着いた訳ではないのだろう、未だ小刻みに震える肩を両手で抱きながら、それでも目の前に現れた希望にすがろうとしておキヌが叫んだ。
必死の表情で。
これ以上はないくらい、必死な表情で。
「任せるのね」
親指を立ててみせたヒャクメは、鞄を開いて複雑な機械を横島の身体に接続してゆく。頭、首、胸、臍下。いわゆる霊的中枢と呼ばれるところに聴診器のような平べったい器具を取り付けると、
「準備完了。プログラム、ドライブーーッ!! なのね」
ちょっと分かりづらい台詞を呟きながら、キーボードのスイッチを押した。
横島の身体がほんの少し発光して、しばらくして、その光が消える。
「ふーむ」
眉間に手を当てて、難しい表情をしたヒャクメを見て、おキヌの心臓が激しく鳴った。邪魔しては悪いとは思うが、堪らずに言葉を挟む。
「ど、どうなんですか。ヒャクメ様」
「ん、ん」
切羽詰まった少女の顔を見て、ごまかすのは良くないと判断したのだろう。少し考えてから、ヒャクメは言葉を切りだした。
「魂自体には、問題ないのね。それと、身体もね。――相変わらずなんていうか人間離れした回復能力なのね」
「そうですか。良かった。本当に、・・・・・・・良かった」
俯いて、再び泣き出しそうなおキヌの顔に生気が戻っているのに比べ、美智恵の表情が少しだけ曇ったことを、ヒャクメは見逃していない。
隊長さんは、――やっぱり、予測していたのね。
人間にしては切れの良すぎる頭脳は、時に深い苦悩を生む。情報処理を専門に扱っているヒャクメにはその思いが少し分かる。
「その内、回復すると思うのね」
「ほ、本当ですかッ!!」
おキヌに向かって、ヒャクメは優しく頷く。
嘘は吐いていない、少なくとも嘘は。
そう、自らにいい聞かせながら。
「そう。横島君の記憶を消しさえすれば。――そうですね、ヒャクメ様」
冷たく、でも決然とした口調だった。
アシュタロス事件の頃の自分を思い出しながら、美智恵は努めて素っ気なく、そして決定的な言葉を紡ぐ。
「え、」
おキヌの刻が止まった。
ヒャクメは非難するような、やるせない視線を向ける。
でも、云わなくてはならない。
美智恵はそう判断した。
おキヌには辛いことになる。もしかしたら、恨まれることになるかも知れない。でも、このまま現実から目を反らし続けることが果たしてこの少女にとってプラスになるのか。美智恵には、そうは思えなかったから。
「ごめんなさいね、おキヌちゃん。混乱させるようなことばかり云って。―――でも、一つだけ確認させて頂戴。貴女はあの時、ルシオラさんがいなくなってしまった時、横島君の傍に居たわね。そのことを、後悔してる?」
おキヌは少し考えてから、黙って首を振った。
「そう、なら、これから私たちは横島君に関してすごく重大なことを話すことになるわ。それは多分、貴女にとってとても悲しくて、もしかしたら大きな傷になってしまうかもしれない。――――それでも聞きたい?」
今度はすごく時間がかかった。
俯いて、とても真剣に考えて、そうしておキヌは小さく頷く。
「私は、・・・・・・・・・もうこれ以上は、横島さんが傷付くのは見ていたくありません。その為に、自分が傷つくなら、・・・そりゃ、少しは恐いですけど、へっちゃらです」
少女、いや、それはもう女の顔だった。
愛するものを守り、育もうとする女の顔。
もしかしたら、令子の最大のライバルを自分が目覚めさせてしまったのではないだろうか、と少し後ろ暗い気持ちを抱きながらも、それでも美智恵は目の前の少女の成長を嬉しく思う。
「ありがとう。強くなったのね、おキヌちゃん」
今度は子供のように抱きしめたりはせずに、あくまでも対等な一人の女性に向けて、微笑んだ。
『必ずしも、慈悲だけが人を成長させるのではない』
ヒャクメはその昔、斉天大聖が呟いた言葉を思い出す。その時はよく分からなかったが、今なら、分かるような気がした。
「さて、そうと決まったら、役者を集めないとね」
晴れ晴れとした顔で、美智恵は携帯電話を取り出すと、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
相手がなかなか電話にでないのだろう。
見る間に美智恵の顔が不機嫌になってゆく。
「もうッ!! なんでこういう肝心のときにでないのよ、あのバカ娘ったらッ!!」
身内に対して遠慮のない美智恵であった。
――――っていうか、誰かそろそろ医院長をなんとしてあげようよ。
今までの
コメント:
- 後半も合わせて投稿致します。
話の流れが、中途半端になっておりますので、
誠に勝手ながら、もしコメントを頂けるのであれば、
後半でお願いしたく思います。
よろしくお願いします。 (しなぼん)
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