ザ・グレート・展開予測ショー

美神SOS!(7)


投稿者名:竹
投稿日時:(05/ 3/ 5)

 タマモとタイガーがパイパーと死闘を繰り広げていた(?)頃、おキヌちゃんとピートも、立ち塞がる敵と対峙していた。
「こっ、ここは通さんだゃー!」
 相手は、妖怪コンプレックスである。


「で……、おキヌちゃん。彼は一体、どのような妖怪なのですか?」
「えっとですねぇ、確か……人間のマイナス思念が固まって出来た妖怪さんだとか……」
 言ってて、馬鹿なこと言ってるなあと自分でも思うおキヌちゃん。そんな馬鹿なとは思うが、これは以前に本人が言っていた事だ。
「そーだぎゃ! 人生を明るくエンジョイする連中の陰には、無数の怨念と陰の気が渦巻いてるでやーー! おでは、おみゃーらの心なんでやっ!」
 すると、本人が補足説明をしてくれた。何か、喋りたかったらしい。話し相手が、居なかったのだろうか?
「これは……、何と言うか、どうすればいいのか扱いに困る妖怪ですね……」
 ピートが額に汗を照らし、退き気味に話す。真面目な性格だけに、こういう相手には組みし辛いのだろう。
 一方、おキヌちゃんは何とか説得して通してもらおうとする。
「お願いします、コンプレックスさん。私達、横島さんを助けに行かなきゃならないんです。そこを、通してくれませんか?」
「駄目でやー! お前達を足止めしろとの、サクヤ様のお達しでぎゃっ」
「そこを何とか」
 おキヌちゃんの懇願を、にべもなく断るコンプレックス。おキヌちゃんはそれでも食い下がるが、コンプレックスは無視してまた自分の世界に入っていった。
「おでは、おみゃーら自身の姿だぎゃ! 例えば、おみゃーっ!」
「え、私ですか?」
「そう! おみゃー、いつもこう思ってるだぎゃ!? 『胸がでかいからって、何が偉いのよ』とか思ってるぎゃ!」
「……っ!」
 その一言で、おキヌちゃんの額に青筋が浮かんだ。
「世間では露出の多い服が持て囃されるのに、おみゃーが着ても悲しいだけ! おみゃーには、夏の思い出は一つもにゃー!」
「放っといて下さい!」
 図星を突かれたのか、おキヌちゃんキレた。奥手な彼女、今年の夏は横島君とドキドキイベントへは持って行けなかったらしい。
「夏なんかーーっ! 明るい太陽なんかーーっ!」
「……この人、嫌いだからいじめて下さい」
「お、おキヌちゃん……」
 いじめて下さいとか言われても、美神ならぬ身のピートにはどうしていいか困ってしまう。取り敢えず、宥めてみる。
「だ、大丈夫ですよ。……確かにおキヌちゃんは、美神さんやエミさんに比べたら乳房が小さいかも知れませんが、だからと言って横島さんに嫌われる訳じゃないですって。ほら、現にルシオラさんだって、あまり豊かな方ではなかったじゃないですか……」
 言うだけ言ってみたものの、これでいいのか、更に地雷踏んでしまったのではないかと不安になるピート。
 さて、おキヌちゃんの反応は……
「そ、そうですよね! 横島さんは、そんな事で女の子を見る人じゃないですよねっ!」
 お気に召したようだ。
「いや、それはどうでしょう……」
 とは思うが、つっこみは小声でするに止めておく。おキヌちゃんに聞かれると、またぞろ厄介な事になりかねないから。
 そう、今は味方同士で揉めている場合ではない。目の前の敵を早急に排除して、一刻も早く横島の救援に行かねば。


「聞くんだ、妖怪!」
 コンプレックスの正面に仁王立ちになり、ピートが呼わばる。
「うっ、五月蠅いぎゃー! お前みたいな人生の勝者に、用は無いでや!」
「待て、コンプレックス! 話を聞け」
 ピートも、コンプレックスを説得するつもりらしい。何やら眼が輝いて生き生きしているように見えるのは、矢張り説教を生業とする神父の元で修行しているからだろうか。
 いや、しかし、それだけではないようだ。彼の瞳は、何やら個人的な使命感に燃えていた。
「ぐ……、な、何なんだや」
 その迫力に押されたか、一応、話を聞く姿勢を作るコンプレックス。
 尤も、ただ単にピートの妖気に圧倒されただけかも知れないが。ハーフとは言え、最強のバンパイアの一人であるブラドー伯爵の血を引くピートである。怨霊の出来損ないのようなコンプレックスの、しかも劣化コピーとなど、妖怪としての実力は比べるのも馬鹿らしい。
「いいか、コンプレックス、良く聞くんだ。……僕も、君のようにコンプレクスに悩まされた事があった。しかし、それを乗り越えたからこそ、今の僕があるんだ!」
「なぬ? お前みたいな顔が良くて力もある奴に、悩みなんてあるんだぎゃ?」
 思いっきり疑ってかかるコンプレックス。彼の分かり辛い顔も、何やら訝しげに歪んでいるように見える。
「──と言うか、いきなり結果だけ出されても、分からんでや。大体、『今の僕』とか言われても、おではおみゃーの人となりなんぞ知らんだぎゃ」
「う……。そ、そうか……」
 しかも、駄目出しされた。コンプレックスのくせに、意外に冷静だ。ピートは、割とショックを受けた……と言うか、むかついたらしい。何気にナルシストの気があるピートだ、あんな醜いの、しかも自分が今から諭そうと思っていた相手に駄目出しされたら、カチンとくるのも仕方無い。
 しかし、そこは神父の弟子、生粋の(?)クリスチャン。博愛と寛容の精神で、心を落ち着かせる。下等妖怪とは言え、相手を蔑んでいては話し合いは出来ない。差別と憎しみは、対話の敵だ。偽善者とか言うな。
 ピートは、キリスト教徒である事を免罪符にしたりはしないし、それに体を預けきって頼ったりする事も無い。それは、救いを求めて入信した教会で出会った人生の師・唐巣神父の影響もあるだろうが、七百年の間で彼が培ってきた、屈折した人生観に拠るところが多い。
 七百年もの間を、バンパイアにも人にもなれきれぬ孤独の中で生きてきたピートだからこそ、真の意味での教えの救いと友愛や隣人愛の大切さが理解できる。そして、いつかは過ぎ去る“今”の価値も。
 その人生の大半を、自分より遙かに寿命の短い“人間”の側で暮らした彼にとって、友情も愛情も永遠では有り得ず、そして、“今”この瞬間の日々は、彼の人生の中でも一際輝いている。
 故に彼は──それを壊そうとする者に容赦はしない。


「僕は、人間とバンパイアのハーフだ。……嘗ての僕は、父親への反発もあって、自分の中の“魔”の血を憎んだ。これが理由で、色々と迫害を受けてきたりもしたしね」
「それは、苦労しただゃな」
「でも、僕は出会ったんだ。穢れた魔物の血を引く僕にも、救いを与えてくれる師。半分妖怪の僕を、区別する事なくみんなと同様に見てくれる友人達。僕を受け入れてくれる人々……、僕が僕のまま、僕として胸を張って居られる場所を」
 熱弁するピート。それは、彼にとって何よりも嬉しい事だったから。そして、捨てたものではないそんな世の中を、コンプレックスにも知って欲しかったから。“自分”の存在を憎む彼にこそ、共感して欲しい話だった。
 だから彼は、自分の置かれた状況すら忘れて、真摯に説いた。
「そう、僕は僕なんだ。この身に流れる“魔”の血も、信じる“聖”への信仰も、何も否定する事はないんだ……」
「で……それとおでと、どう関係があるんだぎゃ?」
「え……、いや、だから、君もつまらない劣等感なんて捨てて、もっと前向きに生きようと……。そうすれば、きっと君と分かり合える仲間も見付かるから──」
 それは、ピートにとっては真剣な説得だったが、コンプレックスの耳には全く的はずれな回答に聞こえた。彼には、その類の考えなどさっぱり浮かばないし、向けられた事もなかったのだから。
「何を言っとるぎゃ、おでは陰気を啜って生きる妖怪。人の負の思念が、おでの肉体を構成しているんだぎゃ。そんなおでに劣等感を捨てろなんて言うのは、死ねと言っとるのと同じだぎゃ」
 一般に、魔族は本能に忠実に生きると言われている。勿論、立派に社会が成り立っている魔界では、それで生きていける筈もないのだが、人間に比べてと言う事だ。だから、魔界では紛争を武力で解決しようとする事が多い。総じて、魔族とは闘争本能がお盛んな連中である。
 閑話休題、コンプレックスは魔族ではないが、その特異な成り立ちからして寧ろ妖怪と言うより兵鬼の類に近い。そして彼は、誰より本能に忠実だ。周囲にマイナスのエネルギーを撒き散らす事が、彼の存在理由なのだから。
 それを受け入れて生きろと言われれば、既に現状で寧ろパーフェクトなのだが。……しかし、ピートの目にはそれはいけないと見える。存在自体が傍迷惑だし。
「そ、それはそうかも知れないけど……。でも、そんな後ろ向きな態度じゃなくて、もっと“自分”を積極的に受け入れてだね……」
 とは言え、受け入れるのが無理なら、価値観を逆転して開き直れ……とは、無理な相談である。
「無茶をいうだぎゃ。具体的に、どうしろと言うでや」
「それは、君自身が自分で納得できるものを探し出すしかないよ」
「そんなもんがあれば、苦労はしないぎゃ」
「そんな事はない! きっと、見付かるよ。僕だって──」
 そう言って、ピートは掌にチカラを集めた。魔力と精霊の力を混ぜ合わせた、独特のエネルギーだ。
「ほら、見るんだ。嘗て僕は、自分の中の“魔”を憎んでいたって言ったよね。でもそんな時、ある人に言われたんだ。『先生に教わった事が、あんたの全てじゃないでしょ? 自分の力を、自分で引き出してみなさい』ってね」
 ピートの頬が、ほんのりと紅くなっている。未だに、彼女の事が忘れられないらしい。純情と言うか、一途な男である。
「その時、僕は悟ったんだ。吸血鬼の息子である僕、唐巣先生の弟子である僕、どちらも僕だったんだ。どちらかを認める為に、どちらかを捨てる事はないのだと。だから、君も──」
 そこまで言って、ピートは気付いた。掌の上で、エネルギーを増幅している霊波砲。これは、どうすればいいのだろうか。
 ここまで大きくなってしまえば、もはや霧消させてしまう事は出来ない。とすれば、どこかにぶつけて造ったエネルギーを消費させなければ。でも、どこに? ここは自分の食事を惜しんでまで貧しい人々に奉仕を続ける唐巣神父の教会だ。壊れたら立て直す費用なんてある訳ないから、壁や調度品に当てる訳にはいかない。ならば、どうすればいい? て、まずい、いいかげんこの造りかけの霊波砲を掌に留めておくのも限界だ。何かにぶつけて破壊をする為に造られたチカラの奔流は、外へ外へと飛んでいこうとしている。もう、これ以上掌に留めておくのは──


「──も、もう駄目だ……っ!」


 ……と言う訳で、ピートの霊波砲を正面から喰らったコンプレックスは、当然の如くあっさり息絶えてしまいましたとさ。
「わ……わざとじゃないんですよ? ただ、その、霊波砲を造ろうと思って溜めたエネルギーがですね……えっと……」
「私に言い訳されても、困りますけど……」
 あまりと言えばあまりの展開に、相手が周りに迷惑しかかけない下等妖怪とは言え、おキヌちゃんも呆れ顔である。まあ、確かに仕方無いと言えば仕方無いのか──。他の連中と違い、初っ端から喧嘩腰にならず、あんなの相手に話し合いで何とかしようと思った辺りはピートらしい。その内容と結果はなんだが。
「ほ、ホントですよ? ほんとに、わざとじゃなかったんです」
「わ、分かってますよ、大丈夫ですって。今のは、誰が見ても不可抗力です。……多分」
「多分……」
「ま、まあ兎に角、ピートさんは悪くありませんって、うん」
 ただ、説得する、その方法が悪かったのだ。それと、説得に熱中し過ぎて、後先考えずに目の前が見えなくなってしまった事か。まあ、抑も交渉自体が決裂しそうだったから、どうやっても結果は変わらなかっただろうが。
「よ、よし! じゃあ、早く横島さんを助けに行きましょう!」
「そ、そうですねっ」
 今更ながらに当初の目的を思い出すと、バツ悪そうにそう言って、ピートとおキヌちゃんは駆け出した。


 結論、天然と天然を組ませてはいけない。






 さて、その頃。唐巣神父は、悪魔アセドアルデヒドと相対していた。
「サッキャアアッ!」
「草よ木よ花よ虫よ……、我が友なる精霊達よ! 邪を砕く力を分け与えたまえ……!」
 神父の翳した掌に、周囲からエネルギーが集まる。世界は、無数の魂の調和で成り立っている。悪を憎み、愛を信じれば、この世に満ちている魂達が力を貸してくれる──。そんな彼の持論が本当に世界の真実なのかはさておいて、信心と博愛に支えられた彼の才能が、正にそのように開花しているのは確かだ。
 美神や横島など大部分の霊能力者は、自らの身体(魂)の“内”からエネルギーを引き出し、それを収束・発射する事によって霊能力を使う。自身の霊力を引き出し、削る事によって様々な奇跡を起こすのだ。
 例えば、精霊石をブーストにして自身の霊力を神通棍と言う媒介に込め、それに霊的破壊力を持たせるとか。例えば、自身の霊力を体外に放出し収束する事によって、霊波に籠手の形を取らせるとか。タイガーのテレパシーや雪之丞の魔装術などの特殊な能力にしても、或いは神族魔族が神通力や魔力と言った霊力以外の力を行使する時にしても、理屈は同じである。己の内なる力を引き出し、対象物にぶつけるのだ。
 対して唐巣神父の能力は、“外”のエネルギーを自らを媒介にして収束し、昇華させると言うものである。簡単に言えば、「地球のみんな、おらに元気を分けてくれ!」と言う訳である。
 祭祀者の神降ろしやイタコの口寄せ、エミが専門とする呪いの類と同じ理屈だが、神父の凄いところは、その為に祈る相手、力を借りる相手を選ばない事だ。聖なる空間である教会で除霊を行う事は多けれど、基本的には南極だろうが異界だろうが、場所を選ばず短い詠唱だけでエネルギーを呼び集め、生身の人間としては異常といえる程の高い出力を発する事が出来る。
「汝の呪われた魂に救いあれ!」
 そんな“天才”である神父は、業界でも十指の内に数えられる実力者である。能力・知識・経験、どれを取っても申し分無い。彼に勝る人材は、世界中探したところでなかなか見付かるものではないだろう。
 教会から破門されても、熱心に神の御声を信じ続ける異端のエクソシスト(悪魔祓い)。相手が悪い、相性も悪い。妖怪と形容されてしまう程度のレベルの悪魔であるアセドアルデヒドに、どうしたところで勝ち目は無い。
 ──普通なら。
「アーメン! ……」
 しかし、神父の詠唱が完成したと同時に、彼の手元に集まっていたエネルギーは、その力を示す事なく中空に四散してしまった。
 そして、それから数瞬の間を置いて、神父の身体がゆっくりと前方に傾き……、床に倒れ伏した。

バタン……

「うう……」
 何の事は無い、栄養失調で貧血を起こしたのだ。
 唐巣神父は、お人好しとも言える博愛精神の持ち主だ。
 高い経費とリスクの為に、GSへの依頼料は相応の高金額となる。神父は、そんな普通のGSには依頼できないような低所得者の霊障被害を、半ばボランティアのような形で請け負っているのだ。仕事をこなしても報酬を全く受け取らないと言う事も珍しくなく、そんな依頼ばかりを引き受けていれば、当然自分が金に困る事となる。
 以前にアセドアルデヒドを滅した時と同様、この時もその状態だった。暫く纏まった収入を得ていなく、それ故、きちんとした食事を摂れていなかったのだ。そんな状態で術を使おうとした為に、無理が祟って倒れてしまったのである。
 悪い事に、害意マンマンの悪魔の前で。
「ヒェヘ……ヒェヘヘヘッ!」
 アセドアルデヒドが、酒を呷り下品に嗤う。気を失った神父に、復讐の刃を突き立てられる事に歓喜して。
 だが、それを阻もうとする者が居た。
「大丈夫でござるか、神父殿!」
 シロである。
「そこな裸男、病にて倒れた相手を闇討とうとは何たる卑怯! 妖怪の風上にも置けぬ奴でござるな!」
 大見得を切りつつ、シロは周囲の様子を窺う。
 タマモとタイガーはパイパーと交戦中、おキヌちゃんとピートは同じくコンプレックスと交戦中だ。一刻も早く、教会の外へ吹っ飛ばされた横島の元へと駆け付け助勢したいところだが、この状況では、倒れた唐巣神父をアセドアルデヒドの魔手から護れるのは、シロしか居ない。
「致し方ござらん、拙者が相手になってやる」
 先には妖怪レベルと言ったが、アセドアルデヒドは決して弱くない。少なくとも、GS資格試験前のピートでは、まるで歯が立たなかった。戦闘能力だけを見れば、同じ悪魔族のパイパーよりも上だ。コンプレックスとは、言うに及ばない。
 その反面、彼の能力は甚だ幅に欠ける。殴る、蹴る、取り憑く、酒を飲むくらいのものだ。シロは酒飲みではないから、取り憑かれる心配はないだろう。取り憑かれたとしても、自称・侍の強靱な精神力を以てすれば、はね除ける事など造作もない。とすれば、自ずと構図は決まってくる。
 肉弾戦なら、シロの望むところである。
「犬塚シロ、参る!」


「やああっ!」
 右腕に霊波を纏い、刀を造り上げたシロは、持ち前のスピードで敵との距離を一気に詰める。しなやかな肉体が、美しく舞った。
 勢いを付けたまま右腕を振り抜き、霊波刀をアセドアルデヒドにぶつけるシロ。
 が……
「サキャアアッ!」
「弾いた……!?」
 斬り掛かったシロの霊波刀は、アセドアルデヒドの振るった腕によって、弾き飛ばされてしまった。
「ちっ!」
 体勢を崩したシロの、空いた胴体に抜き手を喰らわそうとしたアセドアルデヒドに対し、シロは逆に左足でアセドアルデヒドを蹴り飛ばす事で回避し、距離を取った。
「くっ……、こんなところで足踏みしている暇は無いと言うに!」
 圧倒的な魔力を誇るサクヤに狙われる横島を思い、焦るシロ。しかし、逸りながらも真っ直ぐ目の前のアセドアルデヒドを見据え、警戒を怠らない。
 戦闘中のシロの集中力は、凄まじいものがある。先程、アセドアルデヒドの攻撃をかわして退避できたのも、偏に彼女の優れた反射神経と動体視力、そして、それを生かす観察眼があってこそだ。
「どうすればいいでござるか……?」
 先程、シロの霊波刀がアセドアルデヒドの腕に弾かれたのは、何の事はない、単なる実力の差である。シロが霊波刀に収束した霊力よりも、アセドアルデヒドが腕に纏わせた魔力の方が勝っていたと言うだけの事。
 ならば、シロがアセドアルデヒドに傷を負わせるようとするなら、右腕に集める霊力をもっと増やせばいい。とは言え、その為には更なる体力と集中力を要し、運動性を犠牲にせざるを得ない。
 攻撃力を増したところで、相手にそれが当たらなければ意味が無い。シロの見たところ、アセドアルデヒドは大して素早いと言う訳でもなさそうだが……。
「……よしっ」
 どの道、このまま出力を上げずに斬り掛かっても、鉛筆削りで地蔵を彫るようなものだ、意味が無い。ならば、取るべき手段は一つだ。
 ──何百回と反復した、師の教えを思い出す。

 心を無に……、そして、全身の気を高め、集中させる……

 師は言った、自分に合った集中法を見つけるのだと。
「横島先生、横島先生、横島先生、横島先生……」
「?」
 突然、ぶつぶつと何かを唱えながら、パタパタと尻尾を振り始めたシロに、アセドアルデヒドは当惑の視線を向ける。しかし同時に、尻尾が左右に振られる度に、シロの右腕の霊波刀が輝きを増していくのにも気付いた。
「サキャアアッ!」
 これは危険だ、と判断したのか、アセドアルデヒドは叫んだ。しかし、オモヒカネの薬で洗脳されている彼には、如何に敵が強大であろうと、この場から逃げると言う選択肢は無い。
 とすれば、シロの霊波刀が完成する前に潰すしかない。
「サケェッ!」
「む!?」
 腕を振り上げて突進するアセドアルデヒドに、シロは即座に迎撃体制を取ろうとする。だが、アセドアルデヒドの魔力を斬り裂く為に右腕に集めた霊力は、咄嗟に制御するには少しばかり多過ぎた。
「ふわぁっ!?」

ドン!

 かくして、シロの振り下ろした霊波刀はアセドアルデヒドの鼻先を掠めて床をぶった切り、シロは敵に大きな隙を見せてしまう事になってしまったのである。
「しまっ……!」

ドス……!

 鋭く尖ったアセドアルデヒドの腕が、シロに突き刺さる。寸でのところで身を捻った為、肩口を刺されただけで済んだが、身の軽さを身上とするシロには、この傷は大きい。
「くっ……、はっ、離れねば……!」
 シロの肩に爪を突き立てたまま、追撃を狙うアセドアルデヒド。このままカウンターを狙おうにも、筋肉を裂かれて異物を差し込まれる痛みにシロは集中できない。この状態では、霊波刀が形を成すのも難しい。
 シロは先程と同じく、敵の身体を蹴り飛ばす事で、その反動を使って距離を取ろうと考えた。
 そして、アセドアルデヒドが二撃目を見舞おうと左腕を振り上げた隙を突き、無防備となった胴体めがけてキックを繰り出した。


キーン……





 ──シロが苦し紛れに放った蹴りは、見事にアセドアルデヒドに命中した。原作では膝やら酒瓶やらで巧妙に隠されていた、“あそこ”に。
 アセドアルデヒドは、溜まらず哀れ昏倒してしまった。
「あ……その、わざとじゃないんでござるよ? 幾ら剥き出しとは言え、そんなところを狙おうなどと武士として恥ずべき考えは、拙者これっぽっちも無かったんでござる。ですから、そう、これは事故なんでござるよ!」
 シロは必死に言い訳して謝っているが、当のアセドアルデヒドには聞こえていない。何か、それどこじゃないらしい。
「くぅん……」
 この分では、アセドアルデヒドは暫く動けないだろう。と言うか、意識があるのかさえ怪しい。
 周りを見回してみれば、他の面々も立ち塞がった再生怪人達を撃破したようだ。
「……大丈夫でござるよな?」
 一応、アセドアルデヒドが生き返った時の用心に、空腹で気絶しっぱなしの唐巣神父を隅の方に移動させておく。シロは神父とアセドアルデヒドの因縁を知らないが、寝首を掻かれないとも言い切れないので、念の為に。
「……よしっ! と」
 そして、ハンカチで肩の傷口を縛ると、シロは裏庭に向かって駆け出した。
「お堪え下され、横島先生! 不肖シロ、今すぐ助太刀に馳せ参じまするッ!」






 ……もう、何度目だろうか。近所迷惑な轟音が、教会の裏庭に響き渡る。
「え、エミさん、生きてます……?」
「まあ、ね……」
 サクヤと戦う羽目になった横島とエミは、その圧倒的なパワーの前に、劣勢を強いられていた。
「にしても……、おかしいわね」
「何がっすか?」
 実力差がはっきりしているからか、サクヤは随分余裕を持って戦っている。今も悠々とこちらのアクションを待っているサクヤを見て、エミが疑問を呈した。
「あの子の魔力、それは確かに私達から見たら恐ろしい程だけど、それでもアシュタロスの眷属の蟲娘達ととんとんてとこでしょ。おたくなら、彼女の攻撃を真正面から受けても、致命傷って事はないんじゃない?」
「そうですね……。って、それが?」
「なのに、よ。あの子、私達の攻撃を防御する素振りも見せてないワケ」
「ど、どういう意味ですか……?」
「私は、呪術師なんてもんをやってる関係で、魔力の流れには敏感なの。あの子、私達の──そう、あの子のレベルで考えたら直撃すれば傷を負ってしまう、おたくの攻撃を受ける時でさえ、魔力を集めてそれを防ごうとする素振りが全然ないワケ」
 人は常に霊力を纏っており(神族は神通力、魔族は魔力)、霊的破壊力を持った衝撃を防ごうとすれば、その量を増やせばいい。無意識で垂れ流している霊力で防げる程の微弱な衝撃なら、そんな事をする必要は無いが、少なくとも横島とサクヤにおいては、そこまで実力が離れてはいない。
 例え受けるダメージが擦り傷程度だとしても、攻撃をされた場合、避けられなければ防御動作を取らなければならない。しかしサクヤは、先程からの横島とエミの攻撃に対して、全くのノーガードなのだ。
「なのに、無傷……ってのは、どういうワケ?」
「表皮が特別硬いようにも見えないし、何か鎧とか着てるようにも見えませんすよね……」
「ええ……」
「つか、待って下さいよ! て事は、なんですか? 相手は俺らより強いのに、こっちの攻撃は全く効かないって事っすか!? うわー、駄目だ、絶対勝ち目ないじゃないすか! 死んだ! 俺、殺されちまうんだあ〜〜〜!」
 土壇場で力を発揮する割には、予想外の窮地に弱い横島。師匠譲りと言うのもあろうが、今回は今までと違い、魔族に狙われているのが“自分”だからと言うのも大きいかも知れない。
「ちょっと、落ち着……」
「たく、ギャーギャー騒ぐんじゃないよ、情けないね。あんたは、私を殺した男だよ? もうちょっとシャキッとしろよ」
「──え?」
 パニクった横島をエミが宥めようとした時、横島の首に巻き付いていた白い蛇が、目を開いて口をきいた。流れ出る魔力から、ただの蛇ではないと思っていたが……。
「やれやれ、ここは私の出番かね。面倒臭い話だが、ま、ケイの頼みだ」
 言いつつ、蛇は横島の肩から下り、そして──


 少女へと、姿を変えた。
「──護ってやるよ、横島」

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