ザ・グレート・展開予測ショー

〜 『キツネと羽根と混沌と 』 第26話 〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(05/ 3/ 3)



    

 『冷たい雨が子猫を濡らす。ピチピチ・・チャプチャプ・・・。迷子の迷子の子猫さん、貴方のお家は何処ですか?』



                                       《無題 詩編のとあるページから》




                          ◇


―――――「怖い・・・こわいよ・・・」


雨の中。

少女が一人、ぼろキレのように体を引きずっていた。

ズルズル……ズルズル………。

少し歩いては、何かにつまづき崩れ落ち…また少し歩いては、無様にペシャリと倒れ伏す。
…痛かった。それに、ひどく寒い。

「お父さん・・・お母さん・・・・西条お兄ちゃん・・・どこ?こわいよ・・・」

焦点の合わない瞳で、何度も何度も繰り返す。
…少女はとうとう泣き出した。震える声。しゃくり上がった彼女の嗚咽を、単調な雨音がかき消していく。

もう歩けない。足が痛い。体の、あちこちが痛い…。
こんなに苦しいのに…どうして誰も迎えに来てはくれないんだろう?
そもそも自分は…どこに向かって歩いていたのだったか?…誰かに会いたい?一体、誰に?
いや。実質、それはどうでもいい…。誰でもいい。何処でもいいから……

「・・・行か・・・ないと・・・」


私を守ってくれる場所………優しくしてくれる人のトコロへ――――――――――――。



――――――「は・・はハ・・・ひは・・・・ハはハハハハは・・・・」


その時彼女笑ったのは……水に映った、醜い自身の羽根に目を落としたから。
汚れ、腐り…削げ落ちた肉から、真っ白な骨が露出している。
そしてそのすぐ側―――――写真屋のショーウィンドウに展示された、一枚の肖像。今にして思えば、その対比がまた傑作だった。

「・・・・・。」

笑い声が止まる。ユミールは、大きく大きく目を見開いた。
もっとよく見ようと……彼女はノロノロ、壊れたウィンドウに近づいて…

――――――お父さん・・・お母さん・・・・。

その……人間の親子を写した肖像を、食い入るように見つめ続ける。

…子供が、母親に抱かれ笑っている。2人を見守るように、その父親も…。祖父と思しき人物も、その妻である老婆も笑っていた。
見知らぬ家族の、見知らぬ風景。見知らぬ幸せ…。ワタシの…知らないモノ…。

嗚呼……。

そろいもそろって……こいつらは、私を『嘲笑って』いる…。


(―――――殺してやる・・・!)

焦燥にも似た憤怒が、少女の体を突き抜けた。
殺してやる…殺してやる……肉を潰して、血管をプチプチ引き裂いて…私が皆、殺してやる!
でも…それは、本当はとても楽しいコと。楽しい?タノシイ?私はそれを望んでいるの?

「・・・嫌い・・・・」

力無く、彼女はそう言った。
私の邪魔をする横島くんも…私の手を振り払ったタマモちゃんも…迎えに来てくれない西条お兄ちゃんも…
お父さんも、ドゥルジお姉ちゃんも……みんな……みんな…。

こんなトコロなんて…大嫌い――――――――――!!


「全部、消えちゃえばいいんだ…死んじゃえばいいんだ…!こんな…こんな場所……!!何もかも無くなっちゃえ!!」

咆哮。
空白の後、嘆きの翼が空を舞った。


  

〜『 キツネと羽根と混沌と 第26話 』〜




〜appendix.25 『命の選択を』



ヒトの心には…―――――――死を渇望する、亀裂とも呼ぶべき深い深い喪失が存在する。


彼がそんな真実を垣間見たのは、漆黒の映える炎の夜……初めてその手で街を燃やした、逃避行での道すがら。
猛り狂う陽炎と、逃げ惑う人間たちを…彼はただただ、無感動な眼差しで観察し…そして、その場に座り込んでいた。
それで十分だった。他には、何もすることがなかった。

見極めてみようとも思った。自らが衝動的に起したこの行動がナンナノカ、どのような意味を持っているのか……。
飲み込まれ、炎の中に消えていく人々の影。彼らを見つめ、男は新たな衝動に囚われる。

自分も、消し炭になってしまいたい。炎を越えた先に、どんな世界が待っているのか…見てみたい。
そこは、ココよりも居心地のいい場所だろうか?

小さな丘から街を見下ろし……彼はニタニタと笑い続けて……。


そうして、いつしか……彼は真実を垣間見る。

ヒトの心には…それぞれ、《何か》を求めて止まない、不可解な意思が存在する。
彼にとってのソレは…強さへの羨望。同族から蔑まれ、自らの脆弱さに耐え切れず…逃げ出した先に見出しものは…深い絶望。

そうして、いつしかその真実は……―――――――




――――――震動と呼ぶには、余りにも激しく…あまりに巨大な衝撃の渦。

無光の空間で銀髪がたなびき、邪神が獰猛(どうもう)な唸りを上げる。
炎、疾風、閃光……破壊。その光景は、まるでおとぎ話のようだった。おとぎ話のような幻想…それが及ぼす、人智を超えた圧倒的暴力。
フェンリルの爪撃をかわしながら、スズノは大地を蹴り上げる。

「・・・・弾けて・・っ!」

つぶやく。
同時に、黒空にそそり立つ幾千本の水晶柱が、旋律を奏で四散した――――――。

(・・大したものだ・・)

一帯を降り注ぐ、水晶の刃。光り輝くガラスの流光に、老魔族は薄く目を細める。

…実際に拳を交えてみて、理解した。この娘の、戦闘におけるセンスの高さは天性のものだ。自分には到底マネできない。
この広大な結界空間を維持するために、彼女はどれだけの霊力を…どれだけの意識をすり減らしているのだろう?
そもそも彼女には、自分を殺そうという意思が微塵もない。

「もう・・・やめて!このままだと、貴方の心が飲み込まれてしまう!」
『・・・・・。』

黙殺するこちらの意向など気にも留めず、かたくなに説得を繰り返し…攻撃はいつも後手ばかり。
……だというのに…。

『小賢しいっ!』

足止めにすらならないけん制の一撃を、フェンリルは苛立ちとともに振り払った。
少女の細腕と、魔獣の長大な豪腕が肉薄する。数瞬のタイムラグ……そして激突。
結果はすでに分かっている…。インパクトの後跳ね飛ばされたのは…スズノの数百倍に及ぶであろう質量を持つ、フェンリルの巨体だった。

――――――何という力……!

目を見開き、戦慄する。馬鹿げた光景だ…全てを手放し手に入れたはずの強さが……これではまるで子供だましではないか。

《対アシュタロス用のジョーカー・カード》 《制御不能の怪物》。

…そうGメンをして言わしめた、彼女の実力。
その前では、獣の野性を身に宿す邪神――――身体機能の点では、他の魔神をはるかに凌駕すると云われるフェンリルの力が…
全くと言っていいほど通用しない。
(いや・・おそらく・・・)
この、スズノという妖狐に肉弾戦を挑んで…勝ちを収めるこの出来る者など、ハナからこの世に存在しないのかもしれない。

………。

まったく…この娘には本当に驚かされる…。老魔族は思わず唇を歪めた。
あらゆる意味で想定外…今まで、考えてもみなかった。まさか……

『・・・まさか、コレだけの力を持ちながら、ここまで《弱い》生き物がいるとは・・・な』

「―――――!?」

瞬間だった。
追撃を加えようとするスズノの動きが、止まる。
フェンリルが無防備に急所をさらけ出し……相手の回避を前提としていた彼女の手刀は、空しく闇を切り裂いた。
…わざと狙いを外したのだ。理由は単純…。今の手刀が、防御もなしに直撃すれば、いかにフェンリルの肉体といえど、絶命は免れない…
彼女自身が、直感的にそう感じ取ったから。
強大すぎる力、天才的なバトルセンス………敵を敵と見なすことのできない彼女の甘さは、時として、それら全てを単なる弱点へと為り下げる。

「・・・・・っ・・ぅ・・!?」

スズノの口から、苦悶の声が漏れた。攻撃の軌道を無理に修正したことで、肩の関節がきしみを上げ…。
たたらを踏んだスズノの胸元に、フェンリルは容赦なく拳を叩き込む。

「―――――――!!」

『一つ、質問をしよう・・・』

それは奇しくも、先程スズノが外した、追撃の狙いと同じ位置――――骨の砕ける音とともに、少女の体は吹き飛ばされた。
爆発が起きる――――――!

『……目的を諦められるほど弱くもなく…かと言って、死を選ぶことが出来るほど強くもない…。そんな半端者が最後に行き着く先は……どこだと思う?』

「………?」

炸裂する大気の中、スズノは魔狼の言葉に耳を傾けた。戦闘はなおも続いている。
灼けるような胸の痛み……思った以上に損傷が激しい。巻き上がる突風が彼女の髪を左右に揺らす。

『君は……面白いことに、そういった輩(やから)との縁が深いようだ…。
1年前、君が闘う“予定”だったあの魔神も、おそらくは俺と人種だったのだろうな…』

「……アシュタロスが?」

『そう……造物主を相手に、賭けにもならない勝負を挑んだ……唾棄すべき魔神だ。
彼は、選ぶことが出来なかった…。現状を受け入れることも、それを跳ねのけることも……自らの死を許容することさえ…出来なかった。」

そして、望んだのだ…。今の自分と同じように。
他者から問答無用で下されるであろう、死の裁きというものを。

「――――俺は……今から、この体に残された全ての力を解放しよう…。
そうして、生涯最高の力を手に入れる。他のスベテを犠牲にして…」

「……っ!?ま、待って…!そんな……どうして…!」

弾かれたように叫ぶスズノを、しかし、彼は視界から外し…。

『…忘れないでくれ……。自我を失い、暴走しかけた化け物など……それはすでに、俺であって俺ではない。
ただの惨めな残骸だよ…。その残骸を前に、君がどう振る舞うかは自由だが………しかし…」

…それでも、出来得ることなら終らせて欲しかった。
止まることができるほど強くもなく…全てを諦めきれるほど 弱くもない……ちっぽけとしか言い様の無い、この人生を。
そう…真に生き残るべきは、自分ではなく、彼女なのだ。

―――――…。

「……どうして?」

『………?』

涙を浮かべて尋ねる彼女に、男は声を詰まらせる。
そこに在ったのは、青い瞳………透明で、綺麗な…こちらわ真っすぐに見つめる、不思議な瞳。
その瞳が、何故か……。

「……どうして…自分に嘘をつくの?」


『……ウソ?』

「死ぬことが望みなんて…そんなのは、嘘。それが本当だって言うなら…あなたも、アシュタロスも、自分の心を誤魔化しているだけ…。
 このまま生きることより、死んでしまう方が楽だから……最初から望みなんか全部捨てて、目を背けてしまっているだけ!」

『………』

「…本当は、違う…。みんな、生きたいって、思ってる……大切な人と、幸せになりたいって、思ってる…!
 そう思わない人なんて……いるはずない!」

『……』


………。
………………。


思った。自分はこれまで生きる中で…選択肢と呼べるものに、何度ぶつかってきただろう?
あるいは、それは分岐路に見えて…ただ一本の道を進んでいただけなのではないか?

思った。主神に反旗を翻した(ひるがえした)あの魔神は…自らの死を、本当に望んでいたのだろうか?
あるいは、自分を慕う一人の少女と共に在ることを選択し……掴むべき別の未来もあったのではないか?

……そして、思う。自分は…。自分はもう……本当に後戻りすることが出来ないのだろうか、と。
この少女が示してくれた、先に広がる、自分が抱くものとは全く別の結末。もしかしたら、自分もその場所に……
…まるで輝くようなその場所に……もう一度だけ、足を踏み入れることが出来るのではないか?
もしかしたら―――――――――


『――――――――――…俺も……大概、大馬鹿者だな……』

「え?」

『君が道を示してくれたというのに……選択肢を選ぶことが、出来ないのだから……」



…ダメ…!少女の口が、そう動いた気がした。
その悲痛に歪んだ表情………宙を舞う涙の破片………。全てが、深い深い喪失の中へと息を潜めていく。

ヒトの心には―――――――。

最期に、そんな文句が頭をかすめて………

男は、世界から消滅した。


                
                         ◇



―――――――――…。


雨。雨が降り続ける。

ガレキの路地が水に打たれ………パラパラと、寂しげな音を立てていた。何も見えない曇り空…。吹く風が、小さく頬を撫で上げる。

そして……。その時。その場所で…。

青年は、再び少女と出会った。


「……もっと……怒った顔をしてると思ったんだけどな……」

「―――――――――…。」

あの時とは違う、無言の問いかけ。
憎悪に満ちた少女の視線が、横島の体に突き刺さる。

「……怒ってるわ…。それに嫌い……君を、今すぐ八つ裂きにしてやりたいくらい……」

可憐な顔面に、砕けんばかりの狂笑が浮かんだ。重たげな体を引きずりながら、灰の天使は翼をかかげ……
……だが……

「…そのわりには、捨てられた子犬みたいな目をしてる……」

「!?」

あくまでも穏やか横島の声に、ユミールは小さく身震いする。
彼の言葉は、優しかった。それに…何故だか、ひどく弱りきっていて……。
だが、だからこそ……だからこそ、その言葉は…少女の胸をどうしようもなく締め付けるのだ…。

「……っ!何よ……その目っ!その声…っ!お前も、お前だって!私と同じくせに……!」

「……………」

「そうよ…っ!知らないなんて、言わせない…!あなたも、もう分かってるはずでしょうっ!?嘲笑ってはずでしょうっ!?
 この世界には、祈っても、願っても、絶対に適わないことがあるって!!」

ユミールが髪を振り乱す。胸を襲う痛みに苦痛を漏らし……彼女は涙を浮かべていた。

「あなたは…私と同じ……。何度も、何度も…現実に打ちのめされて…願いなんて、持つだけ無駄だって、そう思い知らされて…!
 数え切れないくらい、この馬鹿げた世界を呪って……絶望して!!」

それは、呪詛の言葉だった。全てを呪うことしか出来ない、悲しい悪魔の……無意味な祝詞。
雨。雨が降りつづける。


「……知ってるよ……」


押し殺した声で……横島は消え入るようにつぶやいた。


「知ってるから……分かる……」


そのつぶやきにさえ、雨音は………。



―――――――「……この世界に……本物の絶望なんてものは、無いってことが……」



……それでも、彼は微笑んだのだった。




『あとがき』

またまたお待たせしてしまいました。本当に申し訳ありません。ここまでのお付き合い、ありがとうございました〜
今回は、全編を通して暗く重いお話ですね〜
この『混沌編』をかわきりに、キツネシリーズはじょじょにシリアスな流れに向かっていくのかなぁ…と考える今日この頃です。
強大な敵や、世界を動かす残酷な歯車の影なんかも見え隠れし始め、横島たちの日常はすでに終わりつつあります。
爆弾魔やユミールを書いてて思ったのですが、もう『姉妹』や、『聖痕』のときのように、
《誰もが皆幸せなハッピーエンド》描ける機会というのは、そう多くないのかも・・・。
そういう状況だからこそ、今回横島が最後に言ったセリフに意味が出てくる、とも感じるのですが・・・。

・・あ!最終的にはハッピーエンドなのでご安心ください。某、偉大な漫画家さまも言っておりましたが
「やっぱり、エンターテイメントの基本はハッピーエンド」だと自分も思いますので(笑

バレンタイン編は、現在鋭意執筆中です(汗)せ、せめてホワートデーまでには…。
やっぱり、自分はちゃんとプロットを立てないとダメな人みたいです(泣
それでは〜また近いうちにお会いしましょう。

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