ザ・グレート・展開予測ショー

魔剣が奏でる小夜曲(前編)


投稿者名:アース
投稿日時:(05/ 3/ 1)

横島の独立が決まってから、二、三日後。
シロとタマモは奇妙な夢を見た。

青い月と紅い月が照らす奇妙な世界を、黒い外套を纏い、これまた黒い中装鎧を装備し、腰に魔剣を携えた男が歩いていた。

時間は真夜中らしく、男の足音以外にあるのは、川のせせらぎと虫や獣の鳴き声だけだった。

シロは、その周りの光景をその男ー『彼』の視点から眺めていた。
周りの光景は、空に浮かぶ二つの月を初めとして、得体の知れない草木や怪しげな煙を吐き出す沼地。
少なくとも、ここは人界では無いらしい。
(もしかしたら、魔界でござろうか?)シロは、直感的にそう思った。

ということは『彼』は魔族なのだろうか?

ふと・・・・『彼』が足を止める。同時に、シロの視界が真っ暗になる。つまり、『彼』が眼を閉じているということだった。
(気配を探っているのでござるな・・・・)
視点だけでなく、感覚を共有しているシロにとって、『彼』が何をしているかは手に取るようにわかった。もっとも、『彼』の思考までは読み取れなかったが。

やがて、目当ての気配を見つけたらしく、『彼』の気配が変わっていく。
穏やかだったのが、冷たく凍った戦いの思考へと。

『彼』は気配も殺気を消し、悠然とした、それでいて、人狼よりも遥かに速く走り始めた。
野原を駆け、森の木々を飛び越え、川を渡り、ある陣地にたどり着いた。
野営の兵士達が、酒盛りをしていた。人に似た姿の者もいれば、異形の姿の者もいた。
彼らの中にあったのは、大きな安心感と小さな油断。『彼』が陣地に足を踏み入れてからは、それらが恐怖と絶望に変わるのに、十秒と掛からなかった。
兵士の一人が、正面から切りかかってくる。
『彼』は腰の魔剣を一閃させた。それだけで、その兵士の首は落ちた。紫色の噴水が吹き上がる。残った兵士達の反応は、様々だった。逃げ出す者、戦う者、命乞いする者。
男は、二番目以外の者達には目もくれず、自分の前に立ちはだかる者だけを倒していった。

それでも、『彼』と戦おうとする者だけでも、千人はいただろうか。
『彼』の前に、立ちはだかった者達の末路は決まっていた。全員、一撃の下に倒され二度と起き上がってこない。
兵士達の何人かは、恐怖に駆られた声で、こう叫んでいた。

「奴が・・・『剣の公爵』が来た」と・・・・・


(『剣の公爵』がこの方の名前なんでござろうか?)
無論、そんなわけは無い。

実は、当時の《この世界》での実力者達は、下の連中からは大抵、本名では無く、『−公爵』、『・・・王』などと呼ばれるのが、通例なのだが、シロにそんな事情なぞ解るはずも無い。

他にも、「ア・・・アエ・・・」、「・・・・・シェマ」などという声も、ちらほらあったが、横文字が苦手な彼女は、よく聞き取れなかった。

ただ解るのは、『彼』が強いなどという普通の次元を飛び越えた存在であるということ。

彼女の記憶にある魔狼フェンリルでさえも『彼』に比べれば、その辺の野良犬同然に思えた。
(何をするつもりなんでござろう・・・)
ここで、シロは緊張で胸が張り裂けるような感覚に襲われた。

そんな中、『彼』は陣地の真ん中で、腰を抜かしている兵士に近寄っていった。
『彼』が、近寄るだけで、兵士は怯え、後ずさりした。

『彼』は、そんな兵士の様子を気にも留めず、魔剣を無駄の無い動きで鞘に収めながら、静かな声で要求した。

「ここの陣の長の『恐怖公』に取り次いで貰いたい」

(この声、どこかで聞いたような・・・・・)
シロにとって、それは、聞き覚えのあるような、無いような不思議な声だった。

そんな彼女の思索などお構いなく、『剣の公爵』がいた場所を強力なエネルギーの波が襲った。『彼』は全く、動揺せず最小限の動きで避けた。
そして、『彼』はエネルギー波を放った相手に視線を向けた。

その間に怯えていた兵士は、命からがら戦場を離脱していた。

「貴方が『恐怖公』か?」
見れば、『彼』の視線の先には、シロの知らない長い銀髪の男が立っていた。
銀髪の男ー『恐怖公』は黒と赤の軍服を着込み、右手には力ある古き言葉が書き込まれた杖を持っていた。

存在感は、『剣の公爵』と『恐怖公』ではほぼ互角。
体格は後者が上だった。
それに比べ、足元の水たまりに映る『剣の公爵』の姿は細身の青年だった。


「そうだ」簡潔な『恐怖公』の答え。

「では、恨みは無いが、サタン陣営の新興勢力である貴方には消えて貰う」
「出来るものならば、やってみるかね? 『剣の公爵』よ」

『彼』の声は、感情が薄いのによく通る。
『恐怖公』がそれに応えた。


これが、『親友』、そして後には『宿敵』という対極の関係になり、それぞれ違う形で、理不尽な運命に抵抗する二人の[first contact]であった。


開戦の合図は、『彼』が魔剣を抜き放つ音だった。




『恐怖公』が再び、とてつもない出力の霊波砲を放つ。『彼』は、それを最小限の動きでかわすと、特殊な歩法で、間合いを詰めていく。

『彼』が上から飛び掛るように、鋭い斬撃を放つ。『恐怖公』は間一髪でそれをかわしたが、完全には交わせず、腕に紫色の線が走り、さらには持っていた杖が真っ二つになった。

(戦いに関しては、『剣の公爵』殿の方が上でござろうか?)
この『恐怖公』といった長い銀髪の男も、とてつもない「力」を感じたが、『彼』・・・・『剣の公爵』はさらに、その上を行っていた。確かに霊格では同等。しかし、戦闘における経験値の差がとてつもなく開いていた。

それに、『恐怖公』はどうやら、体格に似合わず知略型らしい。それに対して、『剣の公爵』は細身の体だったが戦闘型、または広範囲のことをこなせる万能型に思えた。

シロの根拠に乏しい、当てずっぽうの推論だったが、実際にはその通りでだった。

体格と戦闘能力は、必ずしも一致するものでは無く、神魔はそれが人よりもそれが顕著であった。

(うーん、『剣の公爵』殿の強さは圧倒的でござる。剣の腕も拙者はおろか、亡き父上、天狗殿でさえも遠く及ばないでござる。想像を絶するとは、このことでござろうか)シロの脳裏に父や、天狗の顔が浮かぶ。
シロとて、彼らがどれくらい強いかは大体わかる。だが、『彼』は、どこまで強いのかさえもわからない。剣の腕だけでは無く、あらゆる強さの幅と桁が違いすぎて、認識や理解が出来ないのだ。

そう思えるほど、『彼』の強さは圧倒的だった。『彼』の視点で見ているからこそ、その動きがわかるのだ。第三者のそれだと、どこまで目で追えるだろうか。

そんな中、両者の攻防は、徐々に激しさを増していった。

『恐怖公』の放つ霊波砲、拳や蹴り、さらに魔術で出現した石柱群を俊敏な動きでかわし、さらには受け流す。あるいは一定の場所に留まって、黒い石板群ー恐らくは結界を展開してしのぐ。

反撃に出ると、卓越した剣技を繰り出し、さらに雷の力を収束させた矢、闇の力を凝縮させた槍などを放って、石柱群を打ち壊し、その後ろの『恐怖公』に切り傷や火傷を負わせていく。



『彼』の戦い方を一言で例えると風だろうか。風は心を癒すそよ風にもなれば、全てを破壊する竜巻にもなりうる。

(どことなく、この方は先生に似ているでござる)
そう似ている。纏う空気や戦い方。そして、心の奥底が見えない部分さえも。


そんなシロの考えをよそに、ついに決着がつこうとしていた。

強烈な雷の矢で、脇腹を貫かれた『恐怖公』が膝をついた。『彼』は止めとばかりに、魔剣を振り下ろした。

だが、『彼』に向けて、ブーメランのように銀色の大鎌が飛んで来たのは、その直後だった。
『彼』は飛んで来た大鎌を、咄嗟に魔剣で受け止めて弾き、その反動を利用して、数メートル後ろに飛びのいた。

そして、大鎌を投げつけた長い黒髪の男を見据えた。
『彼』が、静かだが、氷のように凍てついた殺気を相手に向けるのが、『彼』の感覚を通して、シロには、ハッキリとわかった。



だが、その後は戦いは起きなかった。

大鎌の男の話によれば、『彼』の陣営は既にサタンの軍門に降ったという。どうやら『彼』は、起死回生の一手として、『恐怖公』の陣営に単身切り込んだらしい。
それも無駄となったが。

大鎌の男はさらに、話を続けた。
『彼』程の実力であれば、サタン陣営でも貴重な戦力になるから、ぜひ来て欲しい、と。
また、サタンと共に堕天してきた者達とそれ以前から、魔界にいた者達で争っている時では無い、とも。このままでは、自分達を抹消しようという強力な連中にやられてしまうのだということ。

(どうやら、この方々は神々と戦争をしているようでござるな)
やはり、彼らは魔族でここは魔界らしい。
それにしても、魔族の視点から神族のことをみるというのは、シロにとっては新鮮な感覚だった。
(確かに、この方々からすれば、神々こそ侵略者で独裁者なのかも知れないでござる)

純粋に闇から生まれた者。一神教に追われた土着の神々や古代の王、唯一神に仕えた天使のなれの果て。魔族の出自は様々だ。
そんな彼らは、追い詰められて『ここ』に逃げて来たのだろうか。その住処も脅かされている。住処を脅かされた獣がとる行動は、二つ。逃げるか、戦うか。しかし、逃げ場所は無い。選択肢など、あって無いようなものなのだろう。

そんな柄にも無く、思索にふけるシロにお構いなく話は進む。

結局、『彼』は大鎌の男の誘いを受けた。『彼』の実力ならば、二対一でも十分渡り合えただろうに。
『彼』は、魔剣を大鎌の男に大人しく引き渡した。もしかしたら、自分の故郷の魔界で、無駄な戦いをしたくなかったのかも知れない。



『彼』は他の二人、『恐怖公』と大鎌の男に連れられて、魔界の中枢である黒い魔城に向かった。

(凄いでござる、これほど大きく、厳かな雰囲気の建物は見たことが無いでござる)
シロは、彼の視点から見える魔城の凄まじさ、そこの住人達の迫力に圧倒されながらも目が離せなかった。

『彼』は、建物の放つ重圧を気にも留めず、中へ入り、その城の最奥の謁見の間に通された。
そこで、『彼』は盟主サタンに膝をついて、忠誠を誓った。
だが、『彼』だけは他の者達とは違い、サタンに敬称を用いずに、『貴方』と呼んだ。
それでも、侮辱している風では無く、しかるべき敬意を払った口調だったが。

サタンもそれが、わかっているので何も言わず、『彼』を歓迎した。

同時に、『彼』はそれまでいた古巣の陣営に見切りをつけ、離反した。
その時の『彼』の視点を通して、『彼』の元主君の苦々しい顔が見えた。
同時に、古き名を捨て、新しい名前を名乗った。
シロは横文字が天敵の上、場面がすぐに変わったので、殆ど聞き取れなかったが。

『彼』は、魔界のある地域に屋敷を構えた。そこは魔界でも有数の金の鉱脈でもあった。
『彼』は、その金塊を元手に商売を始め、魔界でも有数の財産家になった。
いつしか、『彼』の元には多くの者達が集まっていた。不思議なことに死闘を演じた『恐怖公』が一番の親友になった。
屋敷で行われる馬鹿騒ぎ。『彼』を中心に彼らは酒を飲んだり、歌ったり、実に楽しそうだった。
(まるで、拙者とタマモみたいでござる)
本人の目の前で、照れくさくて言えないことだったが。



そして、時は流れ、『彼』が屋敷の屋根の上で昼寝をしていた頃、突然、使者が訪れた。魔界軍上層部からだった。

その魔界軍上層部の使者の話によると、智天使指揮下の神族の軍勢とある魔族の女公爵の一隊が交戦しているが、戦況が思わしくないので救援にいって欲しいとのことだった。
『彼』は、その要請を受諾し、黒い中装鎧と外套を纏い、愛用の魔剣を引っつかむと配下の八十余の軍勢に号令をかけた。

(戦いが始まるんでござろうか)
『彼』の視点から、戦闘態勢に入る兵士達を見ているシロは自分の中の人狼の、そして戦士としての血が沸き踊るのを感じた。

『彼』は黒い魔龍に飛び乗ると、偵察隊を指揮していた大鎌の男と共に、戦場に向かうことにした。
魔龍や『彼』に率いられた軍団が魔界の大地を震わすような咆哮を上げた。


「では、出撃する!! 総員、我が後に続け!!」
「「「ウオオオオオオオオ!!!」」」
『彼』は魔龍の上で、目的地の方角を魔剣で示し、命令を下す。それに士気と忠誠心に溢れた兵士達が応える。



戦場に向かう『彼』の黒い魔龍の後を、配下の軍団が、雄叫びを上げながら、飛ぶ、走る、騎獣に乗るなど、それぞれの手段を用いて、追いかけていった。




後書き GS試験編を休んで、こんな話を・・・・ナレーションをつけるという新しい試みです。本編を、待っておられた方はごめんなさい。序盤、中盤は『剣の公爵』と『恐怖公』の出会い。彼らは、出会った時は敵同士でした。終盤は、『剣の公爵』が『彼女』を助けに行く話の導入部です。次回はタマモ視点で、進めます。彼女はシロと違ってナレーション役をこなしてくれそうです。私的にシロにナレーションは無理です。(ござる口調が・・・・ちょっと)
ちなみに、彼女達は同じ夢を見ており、タマモも今回の夢は見ています。何故、彼女達が、『彼』の過去を見ているのかの理由については次回明らかになります。題名でわかるかも。

話の中で、『恐怖公』と『剣の公爵』の本名は出てきているはずですが、シロは横文字苦手なのと、当時の魔界の慣習のせいで名前は聞き取れていません。サタンの名は、『剣の公爵』が口にしてたので、わかったようですが。この話は、本編でも影響してくるかも・・・・

しかし、『剣の公爵』がここまで強いとは・・・・作者も驚きです。(オイ)

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