ザ・グレート・展開予測ショー

美神SOS!(6)


投稿者名:竹
投稿日時:(05/ 3/ 1)

 教会を包む重苦しい静寂の帳を破ったのは、エミの一喝だった。


「いい加減にしなッ!」


 ガラス窓を震わせたその大声は、皆をも一様に震わせるに足るものであった。
「ったく、何をやってるワケ! あの女は、美神令子よ? 魂を奪られても生き返ったあのクソ女が、魔族に攫われたくらいで、どうにかなるワケないでしょ!」
「エ、エミさん……」
 その凛々しい立ち姿に、誰もが見惚れた。と同時に、消えかけていた希望の火が、自分達の中に灯るのを感じた。などと言うと、多少大袈裟だろうか。
「沈んでたって、何にもならないでしょ!? 令子がこんな事でくたばるなんて、有り得ないワケ。出来る事があるなら、何だろうがやってみなさい!」
 エミはそう言って、バン!と横島の背中を叩いた。
「エミさん……、そ、そうっすね! あの美神さんが死ぬなんて、アシュタロスがオカマになっても有り得ない事ですよね!」
 いや、その喩えはどうだろう。と言うか、意味不明だよ……。と密かに漏らした唐巣神父の呟きは、誰の耳にも入らなかったが……。
「よしっ! じゃあ、俺、ジークに調査の取り次ぎを頼みに、ひとっ走り妙神山まで行って来ます!」
 ひとっ走りって、あんた……。と、今度は皆がつっこもうとしたが、それに先んじて横島にガッツポーズを送ったエミの言葉に遮られた。
「おうっ、行って来な!」
「はいっ!」
 ゴーストスイーパーとは、常に命を懸ける仕事である。だから、横島にしてもエミにしても、普段ならば美神が仕事中に行方不明になったくらいの事では、こうも取り乱したりはしない。
 しかし、「必要なのは美神令子の魂だ」と言ったあのグラサン魔族のセリフは、シロとタマモを除く皆の心に、不吉な予感を感じさせるのに充分だった。「美神の“魂”を狙う」──この言葉は、彼らの脳裏にあのアシュタロスの一件を思い起こさせずにはいられなかった。
 あの時は結果として何とかなったが、それは度重なる幸運と、宇宙意思の介入さえを得ての事だ。
 そして何より、それを成し遂げたのは美神自身の強い意志──。横島は知っている、最近の、攫われる直前の美神が、これまでに無く弱気になっていた事を。
 だからこそ彼も、こうしていつに無く真剣になっているのだ。押さえきれない、焦燥と共に。
「じゃあ神父、俺、行って来ますから、Gメンから何か連絡あったら──」


「その必要は無いですよ」


「え……?」
 身支度を調えて教会を出て行こうとした横島に、唐突に声を掛ける者がいた。
 知らない声だ。そう思って辺りを見回すと、入り口の扉のところに、一人の少女が立っていた。
 見た目、中学生くらいだろうか、横島のストライクゾーンには惜しくも外れてしまうような年頃。ほっそりとした体つきに、彼女の性別を表すかのように慎ましく膨らんでいる胸。そして、ポニーテールに結んだ、頭の悪そーな……もとい可愛らしいピンク色の髪の毛は、しかし染めているようには見えない。
「き、君は……?」
 先にも触れたが、横島はこう見えて子供好きである。ケイやシロに対してあれほど面倒見がいいのも、相手が子供だと思う故だ。けっこう必死にアプローチしてるのに横島に“女”と見られていないシロには、ご愁傷様と言う他ないが。高校生以上がストライクゾーンなようだから、もうちょっと待とう。
「私は……サクヤ」
「サクヤ……ちゃん?」
「うん……、そうです、サクヤ。みんなからは、サクヤと呼ばれています」
 愛想笑いを作り損ねたような微妙な表情で、少女──サクヤは、横島を見上げて自己紹介をした。
「ええと、それで……サクヤ君。君は、どうしてこの教会に来たんだい? 何か、困った事でもあったのかね」
 何やら不思議少女な言動に困った横島に、視線で助けを求められた神父が、サクヤに尋ねる。
 その傍らで、タマモがシロに囁きかけた。
「ねえ……、シロ」
「ああ……、あの御仁、魔物でござるな。しかも、とても強力な──」
 二人の内に潜む野生の本能が、目の前の少女を脅威と感じ、警告を発していた。
「──あなた……」
「え?」
 そのサクヤが右手の人差し指で指し示したのは、真っ直ぐ横島だった。
「お、俺?」
 間抜け面で自分を指さし、横島が聞き返す。このサクヤなる少女とは、どう考えてみても初対面だ。ストライクゾーン外とは言え、こんな美少女(どちらかと言うと可愛い系だが、彼女は美人の知り合いの多い横島から見ても充分良いルックスだった)を忘れてしまう筈ないし、先程の彼女の言動からしても、横島とサクヤは初対面なので間違いないだろう。
「そう、あなたに用があって来たんです。“文珠使い”横島忠夫さん……」
「え……?」
 何で、俺が文珠を造れるのを知って──?
 と横島が聞き返す前に、サクヤの身から今まで押さえていた魔力が一気に放出された。

ゴッ……!

「……!」
 それは、攻撃目標を指定しない、単なる牽制目的の密度の薄い発露だったが、その類の感知能力が鈍い横島をしても、それと感じさせるに充分の魔力だった。
「き、君は一体……!?」
 神父が、それでも平和的に行こうと、サクヤに尋ねようとする。が、その脇から、彼女に向かって飛び出して行くものがあった。


「ナスビイイッ! ナスビイイイイッ!」
「トーキビ! トーキビ!」
「うふふふふふふふふふふふふふふ……!」
「カカカカカカッ! カボチャチャチャーーッ!」
「ダイコン! ダイコーーン!」


 例の野菜共である。
 サクヤの魔力にあてられたようだ。彼女の禍々しい気配を敵と感じ取ったのか、野菜達は一斉にサクヤに向かって飛び掛かって行った。
「まっ、待ちたまえ、君達!」
 神父の制止は、しかし野菜達に届く事は無かった。


「……邪魔しないで」

ドン!

 ──サクヤの放った、たった一発の霊波砲で、無数の野菜達は全員が戦闘不能に陥ってしまったからだ。
「ナ……スビィッ……」
「ボチャチャ……チャ……」
 四方に飛び散って呻く野菜達を見て、皆は肝を冷やした。とんでも無いパワーだ──
「って、あの連中をヤム○ャにされても、どんくらい強いのか、良く分かんねえんだけど……」
 ……約一名、分かっていないベジー○もいたが。
 鈍い横島には理解出来ていないらしいが、実際、サクヤの実力は、今の霊波砲に放出されたエネルギーと、その威力を以て見てすれば充分に分かる。
 何にしても──強大なのだ。彼らには、太刀打ち出来ないと思わせてしまう程に……。
「私が用があるのは……、文珠使いさんだけですよ」

ドン!

 そう言うと、サクヤは再び霊波砲を撃った。
「ぐ……!?」
 それは、真っ直ぐ横島の方へ飛んで行くと、近くに居たエミを巻き込み、更にはその線上にあった教会の壁をも破壊して、横島を吹き飛ばした。
「エミしゃん! 横島さんッ!」
 「私の教会が〜」と頭を抱える神父の声を掻き消して叫んだタイガーが、すぐさま駆け寄ろうとする。が……


「ホ〜ッホッホッホ! そうはさせないよ〜!」


「なっ……!?」
 目の前に突然現れた悪魔パイパーに、立ち塞がれてしまった。
「パ、パイパー!?」
 タイガーには彼が何者かは分からなかったが、代わりにピートが聞いてくれた。
「貴様、何故こんなところに!」
「ホホホホホ、おいらだけじゃないよ〜」
「何っ……!?」
 そう、今までサクヤの強大な魔力に覆い隠されて分からなかったが、いつの間にか教会の中に、パイパーとその他にあと二鬼の悪魔の姿が在った。


「醜くて悪かったにゃーーっ! 暗くてゴメンよーー!」
「サッキャーーーーッ!」


「あ、あれはアセドアルデヒド!? と……誰?」
「コンプレックスさんだ……」
 真面目に驚き疑問を呈すピートに、おキヌちゃんが答える。そう言えば、今年の夏は出て来なかったなあ、コンプレックスさん……。
「ホッホッホ! サクヤ様があの男を捕らえるまで、おいら達が貴様らの相手をしてあげるよ〜〜」
「なっ、何だと!?」
「悪魔め、横島君に一体何を──」
 聞き捨てならないパイパーのセリフに、一同は色めき立つ。
「よ、横島さんに、何をする気なんですか!」
「おのれ、賊めら! 横島先生に害を為すと言うなら、この犬塚シロが斬って捨ててくれる!」
「私の“群”の仲間に手を出すなんて、いい度胸してんじゃない!」
「神の御名の元に、君達の蛮行を許す訳にはいかないね。やるよ、ピート君」
「はい、先生! 横島さんの危機を、黙って見過ごす訳にはいきません!」
「わっしらは横島さんを助けにいきますケン、邪魔せんで下さいノー!」

「ホホホ……、やってみな!」
「どーせ、おではよーーっ!」
「サッキャーーーーッ!」






 一方、教会の裏庭では。
「あいててて……」
 瓦礫と白煙の中から姿を現すのは、横島。
 先程の霊波砲、間一髪、無意識の内に造り出したサイキックソーサーでガードしたものの、直撃を浴びたダメージは大きい。体中に響く刺すような痛みが、横島の鈍い脳味噌と霊感にも、漸く敵の強さを教えてくれる。
「だ、大丈夫っすか、エミさん……」
 巻き込まれて、霊波砲の衝撃で一緒に吹っ飛ばされたエミに、安否を尋ねる。探さずとも、エミは横島の傍らに倒れていた。
「ん……、何とかね」
「そっすか、良かった……」
 と、小声で。
「ついでに、メドーサも大丈夫か?」
「ついでって何だい……」
 稀代の呪術師・小笠原エミは、日本最高のGS・美神令子とは仲の悪い、或いは互いに目の敵にしているライバル同士だと言うのが、業界一般の認識である。その実、親友と言っても差し支えないと言うのは(二人とも、他に親しい友人も少ないし)、彼女達の知人の間では周知の事なのだが。
 エミは美人だしプロポーションも良いので、横島はお約束通り、挨拶代わりに“おいた”をしてしまう訳だが、……まあ、少なくとも彼女に関してはそれは本気ではない。美神のライバルだからなのか、それともエミがピートにご執心なのをよく知っているからかなのかは定かではないが。
 ともあれ、そう言う訳で横島もエミとは、主に仕事でだが幾らか交流がある。そこで見掛ける二人は、これほど自己主張の強い二人であるにも関わらず、諍いを起こした事が少ないのだ。
 横島とエミは、決して仲が良い訳ではないが、何やら気が合うらしい。
 それは、太平楽に呑気な煩悩高校生と、少女の年齢から暗殺者に身を窶していた暗黒街の住人の、対照的な境遇に拠るのか。それとも、叶いそうで叶わない恋に形振り構わず身を焦がす、似た者同士の臭いに惹かれているのか。はたまた、美神とエミの口喧嘩を仲裁するのが、専ら横島だと言う事に起因するのか。
 何にせよ、横島とエミは相性がいいらしい。
「んな事より……、来たわよ」
「!」
 だから、こんな時でも即座に共闘態勢を取れる──


「ふう……」
 自らの霊波砲で空けた壁の穴から、裏庭に出て来たのはサクヤ。教会の壁に穴を空けるとは罰当たりな話だが、魔族である彼女には言っても詮無き事だろう。彼女にも、唐巣神父の嘆きは聞こえている筈だが。
「《オオクニヌシ》、もとい、横島忠夫さん」
「な、何ですか……?」
 丁寧な口調ながらも、威圧感を込めて語り掛けてくるサクヤに、横島は思わず敬語で返してしまう。いざとなると腰が引けてしまうのは、本人も何とかしなければと思っているようだが……。残念ながら、彼にハリウッドスターは無理らしい。
 ……何か、“特別な理由”が無ければ。
「ええっと〜……、そのですね。ボスが言われるには、我々の“目的”を達するには、矢張り貴方も必要との事。で……、そう言う訳なんで、ご同行お願いしますっ」
「え……?」
 処理能力の大分低い横島の脳味噌は、既に混乱を来していた。
 何を言っているんだ、この子は?
 その時、フリーズ寸前のCPUに、何かが引っ掛かったような気がした。
 そうだ、この言い回しは、あの時と同じ──
「……ねえ、サクヤちゃん」
「? 何ですか」
「もしかしてサクヤちゃんて、美神さんを攫った、あのグラサンの仲魔なんじゃあ……!」
 限り無く、事実に近い仮定。
 正解だとすれば、それは悪夢か行幸か。
 果たして──


「それって、タヂカラオさんの事ですか? あ、はい、そうですよ。《アマテラス》……、美神令子さんを捕らえたのは、私の仲魔の人です」






 壁をぶち破って、教会の外にまで吹き飛ばされた横島にエミと、それを追っていったサクヤ。
 このままでは、横島はサクヤに捕まってしまうが、それを阻止する為に彼を助太刀するには、まず目の前に居る再生怪人(推定)共を排除しなければならない。
 敵の数は三鬼。ハーメルンの笛吹き悪魔ことパイパーと対峙しているのは、金毛百面九尾の狐・タマモ嬢。

ちゅらちゅらちゅらちゅーーらーーらーー♪

「ヘイッ!」
「きゃ……!?」
 東洋全土にその名を知らしめた大妖とは言え、タマモは転生したばかりの子狐である。国連が懸賞金を掛けてまで指名手配しており、バンパイアハーフのピートを「下等」と言って憚らないパイパーとは、元より地力が違う。例え、パイパーが劣化コピーだとしても。
 パイパーの笛の音によって、タマモは幼稚園児ほどの姿に変えられてしまった。
「ホッホッホー。おいらは、素直で可愛い子供が好きなんだよ。だから、世界中みんな子供にして、楽しい世の中にしたいのさ」
「はあ!? あんた、あのピンク女の手下の分際で、偉そうな事ほざいてんじゃないわよ! とっとと戻しなさいよ、ハゲっ!」
 自らの勝利を見越し下卑た笑いを振りまくパイパーに、辛辣な言葉を投げ掛けるリトルタマモ。まるで、誰かさんのようだ。
 一度は命を狙われたとは言え、いや、だからこそなのか、タマモは美神に懐いている。もともと見聞を広める為に彼女の元に居候している訳だから当然かも知れないが、普段タマモは美神に付いて回っている事が多い。美神も、あれで(主に同姓の)年下への面倒見は良い。……子供は嫌いだが。なので、子狐モードで引っ付いていても、特に文句を言われる事も、邪険にされる事も無い。
 そんなこんなで、知らず知らずの内にタマモの性格が美神に似てきていてしまっても、それは無理からぬ事だろう。
「ぬうぅ……。子供にしたってのに、可愛くない娘だねっ!」
「あんたに好かれなくったって、構わないわよー!」
 んべーっ! と舌を出すリトルタマモは、子供特有の憎たらしさだけをパイパーに感じさせた。
「ちぃ……っ」
 オモヒカネの薬で洗脳されてはいるものの、理性までは失っていないパイパーは、眼前の敵と今の自分について考える。
 今、自分が対峙しているこの金髪の娘は、子供の姿になったと言うのに、記憶も経験も全く失った気配が無い。術は完璧に決まった筈だ、それならば何故?
 矢張り、コスモプロセッサでの復活時にパワーが落ちてしまったからか、それとも、この娘が格の高い妖怪だからか。
 何にしても、ここで重要なのは、敵の魔力が見た目同様下がっているかと言う事だが、本体ではなく偶像であるピエロ状態のパイパーには、タマモの妖気を嗅ぎ分ける事も出来ない。
 とすれば、まずは相手の反応を見るしかないのだが……
「あんたなんか……、あ、あれっ?」
 両手をパイパーの方に翳して、どうやら狐火を造ろうとしているらしいリトルタマモだが、生まれるのはポフッと言う可愛らしい音と少量の煙だけ。
「き、狐火が出せない!? どうして……」
 取り乱すリトルタマモ。どうやら、彼女の妖力はきちんと落ちているらしい。
「ふ……、ふんっ! 妖力が落ちているなら、お前なんて恐るるに足らないよっ! 覚悟しろ、クソガキっ!」
 これなら勝てると踏んだパイパーは、リトルタマモに飛び掛かる。伸ばした爪で頸動脈を切ってやるか、それとも縊り殺してやるか。歪んだ欲望に胸を膨らませ、パイパーは真っ直ぐタマモに突撃した。
 が──

ゴオォォッ……!

「熱ゃちゃちゃちゃちゃーーーーっ!?」
 その先に待っていたのは、渦巻く炎。向かってくる劫火に顔面から突っ込んだパイパーは、熱さと痛みに飛び跳ねた。
「な、なん、何で……!?」
 そして、炎の向こうから現れたのは……、当たり前のように元の姿に戻り、不敵に笑っているタマモであった。
「貴様、どうして──」
「ふふん、金毛百面九尾の狐を舐めないでよねっ。さっきのは、変化の術で子供に化けてただけの話よ」
 そう言ってタマモが自分の顔を撫でると、彼女の顔がパイパーに変わる。変化の術のデモンストレーション──。顔を元に戻すと、タマモはパイパーに向かって嘲るように言った。
「前に、美神さんだかおキヌちゃんだかに、あんたの話を聞いた事があったのを思い出してね……。そう、自分は身を隠して、相手を子供にしないと何も出来ない、最低のチキン野郎だってね!」
「……っ!」
 タマモの挑発に、パイパーの顔がみるみる朱に染まっていく。禿げ上がった脳天まで真っ赤にし、パイパーの怒りは爆発した。
「ちょっ、調子に乗るなぁーーーっ!」

ゴッ!

 激昂したパイパーの怒鳴り声と共に、床板が捲り上がり、そこから巨大な鼠が姿を現した。パイパーの本体である。その右前足には、オモヒカネから渡された“金の針”が握られていた。
「ふ……、ふふふ、こうなったら、もう手加減は無しだ。こうして金の針が手元にある以上、劣化コピーだろうが何だろうが、おいらは無敵だッ」
 叫ぶピエロ、雄叫ぶ化け鼠。
「くっ……」
「動きを止めろっ!」
「チューチューチューッ」
 巨大鼠の迫力に、思わず後退るタマモ。しかし、床下から溢れ出てきた大量の鼠(無論、パイパーの手下である)に足を取られ、転倒してしまう。
「きゃっ……」
「もらったぁ!」

ドスッ!


「……あ……っ」
 ピエロの鋭い爪の一撃が、タマモの心臓を貫いた。
「ホホホホホ!」
 高笑うパイパー。
 一方、胸に風穴を空けられたタマモは、ぐらりと仰向けに倒れ込み……

ポシュッ……

 消えた。
「!」
「引っ掛かったわね!」
 目を剥くパイパーの耳に、死んだ筈のタマモの声が響く。
「残念、それは幻よ!」
 背後からの声にピエロが振り向くと、タマモが唇に指を当てて、自分の本体に狐火を吹き付けようとしていた。
「燃えちゃえッ!」
「……!」


ズブッ……!

「が……は……!?」
 だが……血を吐いたのはタマモの方だった。
 化け鼠の右前足に握られた金の針が、タマモの心臓を──先程の幻と同じように──寸分違わず貫いたのだ。

ズルッ……

 鮮血に染まった金の針が、タマモの胸から引き抜かれる。支えを失ったタマモの身体は、潰れるような音を立てて床に崩れ落ちた。
「ホ……ホホホ! こちとら、日本に潜伏して長いからね! 妖狐が幻術を使うって事くらい、知ってるんだよ。幻術なんて、掛けてくると分かってれば、騙されたりしないもんだよね!」
 今度こそ本当に心臓を潰され、瞬間にして肉塊へと変貌したタマモを見やり、パイパーはピエロの偶像を本体へ戻す。魔力の回復と休息を図る為だ。ピエロを出さなければ術は使えないが、あまり酷使すると為す術が無くなる。何せこの術は彼の唯一の切り札だ、彼の能力は、その一点だけに特化している。幼児化の術の使い方と金の針の存在が、彼の生命線なのである。
「ホホホ……、全く、あの程度の幻術でおいらを騙そうなんて──」

ガシッ

「え?」
 勝ち誇っていた化け鼠パイパー、いきなり背後から羽交い締めにされた。耳元から聞こえてくるのは、野太い男の声──
「けど、“それ”も幻ですジャー」
「なっ……!?」
 見開かれるパイパーの瞳に映ったのは、歪んでいく世界。そして、その中でもいやにはっきり見えるのは、自分を羽交い締めにしている男に、右前足を捻られ落としてしまった金の針を拾う……タマモ!? 何故だ、彼女は確かにこの手で殺した筈──
 パイパーの意識は、そこで途切れた。
 彼のチャクラ(霊力中枢)がある喉元に、タマモが金の針を突き立てたからである。



「あんたは私が目の前にいた事で、私の幻術には注意を向けていたようだけどね。私があんたに幻術を掛ける前から、既にあんたはタイガーの精神感応を受けていたのよ」
 物言わぬ屍となったパイパーを見下ろして、タマモは語る。つまり、タマモの幻術とタイガーのテレパシー、二重に幻を見せていたのだ。幻術を見破っただけでは、まだ足りない。
「ああ、さっきはチキンとか言ってごめんね? けど、臆病者が頭で負けたらおしまいよね、ペドピエロさん♪」
 そう言って、タマモは妖艶に微笑った。



 一方──
「……種明かしくらいは、わっしにさせてくれてもいいんじゃないですかノー、タマモさん……」
 得意げに胸を張るタマモの後ろでは、今回の第一の功労者である図体はでかいのに目立たない男が、届かない不満を密かに零していた……。

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