ザ・グレート・展開予測ショー

最悪の手紙


投稿者名:777
投稿日時:(05/ 2/26)

 不幸の手紙、という都市伝説がある。

 ある日突然不気味な手紙がポストに投函されていて、一週間以内に同じ葉書を十人に送らなければ不幸になる、というあれだ。

 一時期、この種の悪戯は学生を中心にブレイクした。中には、ゴーストスイーパーに相談を持ちかけたものもいたという。

 無論、それらは真っ赤な嘘だった。実際、多くの人間が笑ってそれを破り捨てたし、そのせいで誰かが不幸になったなどということもない。

 今ではずいぶんと下火になった不幸の手紙だが、それでもたまに、思い出したかのように流行ることがある。

 時代の流れに合わせ、形を変えて。

 そして今、高校生を中心に、まことしやかに囁かれる都市伝説がある。

 それはおそらく、不幸の手紙の亜種という形では、もっとも邪悪なものだった――。








 美神令子の自宅兼除霊事務所に、美神美智恵がやってきたのは、午後になってからだった。

 事務所では所長の令子と、アルバイトのおキヌと横島がお茶を飲んでいた。

 眉間にしわを寄せ、難しい顔をしてやってきた美智恵は、一枚の葉書を取り出して、三人に見せた。

 葉書を覗き込んだ三人が、一斉に目を丸くする。

「何これ」

 何の変哲もない、一枚の葉書。

 けれどその文面は、悪意に満ちたものだった。

『この手紙は最悪の手紙です。

 内藤花子さん、あなたは山本太郎君と、あるゲームをしなければいけません。

 ルールは簡単です。殺せば勝ち。死んだら負け。

 あなた方が恋人同士であることは知っています。ですが、心を鬼にして頑張ってください。

 なお、一週間たっても勝負が付いていなかった場合、二人とも殺します。

 では、よろしくお願いします』

「あ、これって、『最悪の手紙』ですよね。友達から、噂だけは聞いたことがあります」

 女子高に通うおキヌが、ポンと手を叩いた。

「不幸の手紙の亜種みたいに見えるけど、別に数が増えるわけじゃないのね。これがどうかしたの、ママ?」

 令子が尋ねると、美智恵がため息をついた。

「ここに書かれた二人、死んだのよ。葉書を受け取ったちょうど一週間後にね」

 ああ、やっぱり、というような空気が流れた。美智恵が持ち込んできた以上、普通の悪戯ではないのだ。

「本物ってわけッスか? 怖いなー」

 嫌なものでも見るように、横島が葉書に目を落とした。悪意に溢れた文面だが、普通の葉書にしか見えない。

 いつこれが自分のところに届けられるか、そう考えると、不気味だ。

「参考までにおキヌちゃん、あなたが聞いた噂って言うの、聞かせてくれる?」

 美智恵の言葉に、おキヌが頷いて口を開いた。

「評判になるくらい仲のいい恋人同士は注意しなければならない。

 いつ『最悪の手紙』が届くかわからないから。

 その手紙を作ったのは、恋人に裏切られて死んだ美奈子さん。

 彼女は仲の良い二人を見つけると、嫉妬で手紙を送りつける。

 その手紙を貰ったら、一週間後に美奈子さんが殺しにやってくる。

 殺されないためには、恋人を殺さなければならない――。

 確か、こんな噂だったと思います」

「Gメンが調べた噂と変わりはない、か」

 やれやれとばかりに、美智恵はソファに身を沈めた。

「え!? Gメンが動いてるの? そんなに大事に?」

 驚いて、令子は思わず声を上ずらせた。

 美智恵がこの手紙をここに持ち込んだ理由を、令子は『些事だから娘に任せよう』などと思ってるんだろうなぁと考えていた。

 それが、すでにGメンが動いたあとだという。Gメンが動くということは、かなり大事になっているはずだ。

「すでに死者が20人を超えてるのよ。混乱が起きるから情報規制はしかれてるんだけど、人の口に戸は立てられないから」

 美智恵の話によれば、こんな手紙は普通、誰もが無視するという。

 それはそうだ。不幸の手紙のように、10人に手紙を送るなどというならともかく、好きな相手を殺せというのだから。

 たとえそれが嫌いな人間であっても、普通は殺せない。悪戯かもしれない手紙で、人を殺すなんて誰がするだろう。

 けれど、実際に一週間後には死ぬというのなら、話は別だ。

「問題はここからでね――。いや、すでに十分問題なんだけど。

 この手紙を貰ったせいで、実際に相手を殺しちゃう人が出てきたのよ。

 手紙のせいで一週間後に死ぬというのであれば、それは自己防衛ということになって、罪に問えないから」

「罪にならないンスか?」

 横島が意外そうな声を上げた。

 口には出さないものの、おキヌと令子も意外そうな表情をしている。

「ん、相手を殺さなければ自分が死ぬという状況なら、相手を殺しても罪にはならないわ。

 まぁ、その状況が裁判所で認められなきゃだめだけどね。認められることなんて、そう滅多にあることじゃないわ。

 例えば正当防衛で殺した場合でも、罪には問われるでしょ? あれは、殺さずに状況を切り抜ける方法があったって判断されてるからなのよ。

 でも、事が呪いだのオカルトだのになってくると話は別でね。裁判所では判断できないでしょ?

 Gメンが解呪の方法を見つけていればともかく……」

 そこで、美智恵は深いため息をついた。

「だから、今、風当たりが強いのよ。Gメンは無能か、って上からつつかれちゃって。

 何より悪いのが、本物かどうか判断できないことなの。手紙自体には、霊力がこめられたりしてないから、本物かどうか分からない。

 すでに偽物が出回ってるみたいでね。

 恋人たちの仲にやっかんだ悪戯だったり、もしくは相手と別れたい者が自分に出したり――。

 偽物の手紙で人を殺してしまえば、それは殺人罪だから」

「解呪のあてはあるの?」

 令子の言葉に、美智恵は首を振った。

「まったくないわ。手紙自体が呪われてる訳じゃないのね、きっと。

 ただ、この手紙を貰っても、結界の中にいれば死なないということは分かってるの。

 実際、Gメンに相談を持ちかけた恋人たちがいて、一週間結界の中ですごしてもらったんだけど、なんともなかったわ」

「だったら……」

 美智恵は首を振った。

「もう安心だと思って、結界から出した次の日、死んだわ。

 いま、Gメンでは手紙の受取人を17組預かってる。

 多分、大方は偽物の手紙だと思う。でも、確かめる術がないのよ。

 一生結界の中で過ごさせるわけにもいかないし――」

 そこで、美智恵は肩をすくめた。

「Gメンは全力で手紙の謎を追ってる。でも、正直手詰まりなのよね。

 だから、誰かに別の視点から意見が欲しいの。

 特に、横島君やおキヌちゃんは現役の学生だし」

 横島とおキヌは顔を見合わせた。

 二人とも、自分が美智恵にアドバイスできるなんて思ってはいない。

 そんな二人の様子に苦笑して、代わって令子が質問した。

「恋人に裏切られて死んだ美奈子さん、っていうのは?」

「もちろん調べたわ。でも、ここ10年以内に死んだ美奈子という名前の女性で、恋人に裏切られたという事実がある人は、見つからなかった。

 まぁ、恋人に裏切られたかどうかなんて、調べたくらいで分かるものじゃないけれど」

「葉書の消印は?」

「全部東京から。郵便局は色々ね。ちなみに、この手紙は東京でしか確認されてないわ」

「殺され方は?」

「色々ね。頭が割られてたり、お腹を刺されてたり。一ついえるのは、どれも他殺だって事」

「もしかして――」

 唐突に、おキヌが口を挟んだ。

「それって、呪いじゃないんじゃないでしょうか?」

 美智恵と令子が顔を見合わせる。

「どういう意味かしら?」

「あ、いえ、ただの印象なんですけど――。

 呪いの力なんかなくても、人間の手で出来る事のような気がして。

 仲のいい二人に東京から葉書を送ることも、二人を殺すことも、別に呪いの力なんてなくても可能ですよね?」

 虚を突かれたように、美智恵が小さく口を開けた。

「確かに、それなら葉書に霊力の類が残ってなかったことに納得がいくわ。

 そもそも、これが呪いだとしたら、葉書に何の霊力も残ってないのは変なのよ。

 人間の仕業なら、どんな解呪法も意味を成さなかったことにも説明が付く――」

「でも、結界の中にいたときは殺されなかったんスよね? それはどうなんです?」

 横島は納得が行かないのか、首を傾げたまま尋ねた。

 その問いに、令子が答える。

「いえ、それで正しいのよ。横島クン、覚えてない? あんたもエミに呪いをかけられたことがあったじゃない。

 結界が張ってあっても、呪いの精霊はやってくるのよ。

 それさえ撃退すれば呪いは呪術者に帰る。Gメンがそれくらい考えないわけない。

 だから、呪いの精霊は来なかった。それがすなわち、この一件が呪いでないという事の証明――」

「早速その線で調査を進めてみるわ。

 まったく、ずっとオカルトGメンで仕事してたせいで、勘が鈍ったみたい。呪いじゃないだなんて発想が出なかったわ。

 おキヌちゃん、ありがとう」

 それだけ言うと、美智恵は忙しなく立ち去ってしまった。

 唖然と見送って、令子は気の毒そうに呟く。

「ママ、急がしそうね〜。他にも面倒な仕事、抱えてそう」

「問題が一つ解決して、よかったですね」

 そんな中、横島はまだ納得していないように、首を傾げていた。

「20人以上が犠牲になってるとか言ってたな……。

 そんなん、オカルトの力に頼らず、出来ることなんかなぁ〜〜??」









 結果的に言えば、三日後、犯人がわかった。

 犯人は18歳の元女子高生。一年以上前に学校を辞めた少女だった。

 彼女は友達の多い社交的な娘で、学校を辞めてからも友人たちと連絡を取り合っていたらしい。

 犯行の対象として選ばれた恋人たちは、おそらくその友人たちから漏れたものだろうと推測される。

「推測? 自白は取れてないの?」

 令子の言葉に、美智恵は首を振った。

「自殺したのよ。犯行に使われた葉書とかインクとかがあるから、犯人であることは間違いないでしょうけど」

 美神令子除霊事務所に、美智恵は事件の報告に来ていた。

 令子たちは多少事件の経過が気になっていたこともあって、おとなしく説明を受けている。

「犯人の名前、やっぱり美奈子さんだったんですか?」

 美智恵がまた首を振る。その表情に、どこか悲しげな影があった。

「いいえ――美奈子っていうのは、犯人の娘の名前だったわ。

 二ヶ月前、最悪の手紙の噂が広まる少し前に、亡くなってる」

「恋人に裏切られた、って言うのは?」

「彼女は高校時代恋人がいたんだけど、妊娠したときに捨てられたみたいね。

 高校を辞めて一人で育てるつもりだったんでしょうけど……」

 けれど、娘は死んだ。

 恋人に裏切られて。死んだ美奈子。

 歪められた情報。

「何で、最悪の手紙なんて事を?」

 答えず、美智恵はバッグから一冊の本を取り出した。

 黒い装丁の、見るからに妖しげな本。

 見ると、中に付箋の入ったページがあった。そっとめくる。

「これって……」

『死者復活の儀式』

 それが、ページの内容だった。

 何度も何度も、読み返されたようなあとがある。

 内容は、こういう類の本ならよくある、おどろおどろしい儀式。

 本を作ったものは、きっとこんなこと誰もしないとでも思っているのだろう。

 実際、普通はやらないし、できない。

 仲のいい恋人に殺し合いをさせて、その裏切られた魂を生贄にせよ、なんてことは。

「それを贈った、彼女の元恋人は、ゴーストスイーパー志望だったそうよ」

 美智恵が、吐き捨てるように言った。

 この本が彼女に贈られたのは、おそらくまだ彼女が幸せだった頃だろう。

 彼女に対するプレゼントなんかじゃなく、夢を語るための小道具だったのかもしれない。男がただ家に忘れて行っただけなのかもしれなかった。

 男は、多分こんな本のことなんて忘れているのだろう。

 けれど、彼女にとっては。

 それは、幸せだった頃の思い出だった。

 唯一の、すがるべき希望だった。

 だから――実行した。

 その時、彼女の心にあったのは、きっと怒りでも悲しみでもなかったに違いない。

 そこにあったものは、おそらく――。

「その元恋人って奴、どうなったの?」

 令子の声には、怒りを押さえ込んだような、冷たい尖りがあった。

「生きてるわよ。何も知らず、幸せにね。

 法的なことに関して言うなら、彼には何の罪もないわ」

 彼ははたして、知っていただろうか?

 自分の捨てた恋人が、そこまで深い気持ちを抱ける女だったことを。

「納得できないわね……」

 苛立たしげに、令子が舌打ちした。

 何も言わないが、おキヌと横島の顔にも、不快感が宿っている。

「同情はしたいけれど、でも、どうにもならないわ。

 人を殺したのは、彼女なのだから。

 それも、殺し方としては最悪に近いものよ。恋人同士で殺し合いをさせる、なんて」

「それだけ――深かったんでしょう」

 気持ちが深かった。

 他の何も見えなくなるほどに。

 しんみりとした空気が満ちる。

 まだ仕事が残っているのか、美智恵が帰り支度を始めた。そんな母親に、令子がふと尋ねる。

「ね、ママ。その子の名前は?」

 美智恵は、呟くように、その名を答えた。

「――愛、よ」

 その名を持って生まれたから、なのか。

 恋人に対する深い愛情を。娘に対する深い愛情を。

 深い、深い、愛情を抱いた。

 そんなに深い気持ちは、抱かなくてもよかったのに。

 もし裏切られたら。もしいなくなってしまったら。

 深い気持ちを抱いていただけ、深く傷つくのに。

 愛情は、どんな気持ちよりも、強いのだから。

 どんな力よりも、強いのだから。

 それは――呪いよりも。

 
 



 

 

 後日談ではあるのだが。

 数日後、都内である男が死んだ。

 男は、恐ろしいものでも見たかのように、目を見開いてショック死していた。

 その時彼と共にいた者は、Gメンの取調べに対して、こう答えた。

 赤ん坊を抱いた高校生くらいの女が、突然現れて、彼に微笑みかけた。

 驚き固まる彼に向かって、女はこう言った。

 ――愛している、と。

 その言葉を聞いた途端、彼は絶叫を上げて事切れた。

 気づくと、赤ん坊を抱いた女は消えていた。

 調書を取ったGメン隊員は、どこか神妙な顔をした、妙齢の赤毛の女性だった。

 そんな彼女に、証言者は聞く。

 愛しているといわれるだけで、人は死んでしまうのかと。

 彼女は答えた。

 愛情は、呪いよりも強いのだと。







 そして、都市伝説『最悪の手紙』は、いつの間にか人から忘れ去られた。

 

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