ザ・グレート・展開予測ショー

雨(22)


投稿者名:NATO
投稿日時:(05/ 2/25)

27
「……終わったか」
それは、誰の台詞だったか。
それぞれが、それぞれの意思で。
あるものは殺されることを願い。
あるものはひたすらに真理を求め。
あるものは望まずながら心の底を暴かれ、絶望のうちで昇華をとげ。
また、あるものは。
「そうか。いや……いい。妻と娘には内密にな。……全て、私の一存か、なかったことにしようと思う」
電話先の男が、何事かつぶやく。
「彼は、負けたんだ。少なくとも、この件については」
それだけ言うと、彼は受話器を置いた。
「六道頭首、か。結局私も、腐った人間の一人というわけか」
つぶやくように言うと、彼は笑った。
その様子を、ドアの外でうかがっている妻に、気が付くこともなく。
彼女は、知っていた。
彼がこの部屋を出れば、何事もなかったかのように振舞うことが出来ることを。
そのための、書斎だった。
冷徹で非情な六道頭首としての立場。
それを外に持ち出さぬために、彼はおどけた機械と冗談のような罠で家族の侵入を阻む。
だが、本当は。
彼自身が逃げ出さぬためにこそ、この罠はあるのかもしれない。
全てを知りながら、それでも知らぬよう振舞う良妻は、氷のような無表情で、ドアの外に立っていた。

28
「……」
アシュタロスが、自分の中にいる。
その感覚は、不思議なことに決して不快ではなかった。
「その霊力核が、君自身に同化するまで早くて数百年は掛かるはずだ。まあ、君のことだから、それも分からないけどね」
バアル。
事が終わると、闇狼はいつの間にか消えていた。
「……そうすか」
「でも、本当に良かったの?これでもう、ルシオラ復活の可能性は……」
令子の言葉を無言で制す。
「いいっすよ。……最初から、そんなもんなかったんです。自分の中にいる。そう思ってれば、汚されることもない」
タマモが、少し顔をゆがめる。
幾人の「ルシオラ」を、彼は殺してきたのだろうか。
事情を知らないメンバーすら彼に気圧される。
「おそらく、君はこれからさらに神魔に狙われることになると思う。懐柔、吸収、単純に殺害。ありとあらゆるものから、君は君自身と、君のそばにいる者を守らねばならない。
押し付けておいてなんなのだが……できるかね?」
他に方法がなかったわけではない。
それでも、最善であった方法。
――被害者が、彼一人で済むのだから。
「……やりますよ。やらなくちゃ、アイツに顔向けできません」
アシュタロスを倒す。超える。
彼はあらゆる意味でそれをなさねばならない。
だが。
「一度、約束したことすから」
決して、後ろ向きな決意ではない。
守るものを守り。
戦うものと戦い。
全てを受け入れる。
彼の真なる姿。
「……」
だれもが見惚れるような、静かで力強い決意。
「ああ。出来るだけ、力になろう」
バアルは、そう言い残して。
「さて、私も帰るとするかね」
「……メドーサ?」
「なんだか知らないけど、アイツが自分の一派に迎え入れてくれるっていうんだ。再就職先としちゃ、悪くないだろ?心残りは、まあ、あるけどね」
いいながら横島に近づいて。
「ま、これで許してやるよ」
静かに唇を合わせた。
「二度目さね」
そういいながら呆然とそれを見つめる連中を笑いながら見渡して。
「それじゃあ、また」
あとに残ったのは。
立ち尽くす女性陣。
にやけて見つめる唐巣と西条。
しばらくの、間。
――彼がこの間どうなっていたかは、差し控えたほうがよいだろう。
肉塊が転がっていた。

29
「さて!玖珂とか言うヤツのところ乗り込むわよっ!」
張り切る美神。
おきぬも戻ってきて、事務所は久々にフルメンバーだ。
「別にいいけど。……それで、どうするつもり?」
狐のまま、横島の膝の上で転がるタマモ。
――なんかもうどうでもよくなったらしい。
「はい!横島さん、お茶ですよー」
ぞくり。
おきぬがテーブルに湯飲みを。
「あっ!!」
わざとらしい掛け声と共に湯飲みが横島のほうに「投げられる」。
「うわっ!!」
慌ててタマモを守る横島。
「熱っ!」
腕とズボンに煮えたったお茶が直撃する。
「ご、ごめんなさいっ!私、うっかりしてて。すぐ拭きますねっ!」
「い、いや、いいよ、自分で拭くから」
「……そのまえに冷やしてきなさいよ」
ズボンの前を拭こうとする手をさりげなく肉球で叩き落としながら、タマモが言う。
しっかりおきぬとにらみ合いながら。
「あ、ああ」
その空気に耐えられなくなった横島がそそくさと洗面所へ逃げた。
――この事件の一番の変化。
横島の強さなどではなく。
「……最近、タマモちゃん、横島さんと仲いいわねぇ」
「別にぃ。今まで散々機会があったのに、ものにしなかった誰かさんが悪いんじゃない?」
「……へぇ。どこまでいってるの?」
「ご想像にお任せするわ。まあ、だれかさんの初心な頭が考え付くことは、一通りやってるんじゃないかしら」
「……ふぅん」
聞き耳を立てている人狼と経営者。
洗面所から帰ってきたのに、でるにでられない横島。
そう。
この件で横島の内面に触れたのが彼女だけである上、他のメンバーが蚊帳の外だったため。
「事務所内対抗横島争奪戦」においてタマモが思いっきりリードしてしまったのだ。
それに危機感を感じたおきぬとシロの猛烈な妨害。
いわゆる「修羅場」が日常的に起こるようになった。
当然美神も。
「美神殿?その仕事の配置表、少々無理がござらんか?」
「そ、そうかしら?」
「それでは美神殿と先生は常に一緒になるでござる。戦力が偏りすぎるでござるよ」
「そ、そうかもしれないわね」
そそくさと配置表を机にしまう。
――どうやら変える気はないらしい。
ソファのそばではいまだにおきぬとタマモのいがみ合いが。
部屋の外では。
「ど、どうせいっちゅうんやー!」
なんでこんな状況が引き起こされているのか。
タマモに教えられても「納得」はしていない横島では微笑み一つで自体が収拾するなど露ほどにも思えず。
寒い廊下で立ち往生していた。
「同情すべきか、どうにも分かりかねますね」
もっともな人工幽霊一号の呟きは、だれの耳にも入りはしなかった。
――結局、ラスボスに乗り込むのはまた後日になったらしい。

30
一方。
「君か」
「……ええ」
西条、闇狼、そして。
「唐巣君。君は、何時から気付いていた?」
「関与、という意味なら最初から確信していました。協力という意味ならメドーサが現れた頃でしょうか」
「あなたの協力を求めようとした僕を引き止めたのも、神父ですよ」
「だろうとは思っていた」
六道頭首。
この国の、霊的事業の統率者。
西条は、まず彼に助けを求めようとした。
闇狼は、最初からこの家と関わろうとはしなかった。
知らないはずがないのだ。
これだけの大事業を。
これだけの成果を。
「宝条君は、元は東京の地下にいた。彼の望みで外したのだが……まさか霊基片を持ち出されているとはね」
「余計な話は結構です。あなたなら彼を研究所ごと叩き潰す機会などいくらでもあったはずだ。……横島君を研究対象にしたことをとやかく言うつもりはありません。なぜ、タマモ君を?」
「彼女はもともと生きていてはいけない存在だ」
「あなたは、霊獣の保護について否定的ではなかったはず」
「……」
「いったい、どんな取引があったのです?玖珂と、あなたの間に。……いや、国と、GS協会トップとの間に」
そこで初めて、六道頭首は眺めていた池から顔を上げた。
日本風の庭園。
鯉が、主の下にたむろしている。
石橋の、上。
空を見上げる。
三人の、男の視線。
おそらく、一人だけ、全てに気付いているものがいるはずだ。
彼の助けがなければ、自分はここにいない。
もはや記録から消えた事実。
かつての相棒が、あの頃の瞳のまま自分を見つめていた。
分かっていたことだ。
だからこそ、出来たのかもしれない。
それでも。
「どうして、敵にまわったのだ?唐巣」
返ってきた答えは、昔、与えようとした地位を蹴飛ばされたときと同じだった。
「組織は、嫌いだ。考え方も、行動も。虫唾が走るんだよ。君が、友人であることとは別にね」

31
「君だけかね」
静かに鉢植えの木々を眺めながら、玖珂はつぶやくように言った。
「……」
横島は、無言。
「関係ないとは思うが、家のものは皆出払っておるよ。いるのは、そこの二人だけだ」
憎しみにも似た視線が、横島を射抜いていた。
「今朝。六道のほうに三人ほど来たと聞いているが……。その様子じゃ、お前は何も聞いていないのだな」
「……」
「聞きたいか?」
初めて、横島は玖珂を見る。
「お前にとって、どうでもいいことかもしれん。だが、聞く義務もまた、ある」
「……なぜ、タマモを?」
鉢植えの木々。
月の光を受け、萌える新緑が美しく輝く。
「例えば、だ」
それを眺めながら、玖珂はおもむろに視線を横島にうつす。
「私が、何かやりたいことがある。だが、もうすぐ私は死ぬ。部下にたくせるような事ではない。……どうすればいいと思う?」
「……」
「貴様は、まだ本当の「敵」というものと戦ったことがないのだろう。あまりにも幼稚で、短絡で、自分と同じ立場にいることさえ疑わしくなるような下らぬ凡百の「敵」とは」
「それは、俺たちのことか?」
「……そう、思うかね?」
初めて、玖珂は笑った。
横島に注いでいた視線を持ち上げ、欠けることのない月を眺める。
「最後に戦ったのが、お前たちのような敵。強い敵であったことに、私は感謝している。私の人生を、屑との闘争で締めくくりたくなかった。それが、神にさえ刃向った貴様らに挑んだ理由の一つかもしれんな」
「私の言う敵は、もっと薄汚いところにうごめいている。もしくは、白々しいまでに光る場所だ」
「……」
「やつらを一掃するのが、私の使命だと思っていた。だが、どうやら違うらしい。ならば、もう一つのことだけは、自分の意思で成し遂げたかった」
「……」
また、視線を横島に。
「私の望みは、霊獣、神獣と呼ばれるものどもを、わが国に公式に迎え入れることだ」
衝撃。
横島の目に、動揺が広がる。
それを確認するように眺め、玖珂はまた少し笑った。
「なぜ、とは聞いて欲しくないな。それは私のことだ。だれにも言うつもりはない」
「だったら、なぜタマモを」
押し殺したような、声だった。
嘘、ではない。そんなもの、もはや必要がないのだ。
だが、言われた言葉は到底信じられるものではなく。
「先の問いの、答えだ。私は、もうすぐ死ぬ。残るのは、愚か過ぎるほどに愚かな敵だけだ」
「どういう……」
横島の問いをさえぎるように、視線に力を込める。
「いま、私はいくつかの悪事を集めている。……「悪人」として、墓場に行くためにな」
最も、理由はそれだけではないが。含み笑いを残しながら、言う。
気が付いたのか。横島が、びくりと震えた。
「……そういうことだ。この計画が成功しようと失敗しようと私のしたことの全てを「敵」は悪とするだろう。どんな理由をつけても。例えば、霊獣を一匹、生贄にしようとしたことも含めてな」
まして、最近政府が動いた特別指定の犯罪者だ。
注目度は高く、無知ゆえの殺害指令さえ、玖珂の命令に置き換えかねない。
それは、もちろん霊獣に対して指示を与える側の理解さえ深めうる。
つまり。
「それがきっかけになり、あとは私の意志を知るものがほんの少し後押しすればよい。霊獣は一気に認められ、流れさえ違わなければそのまま定着できるだろう。何しろ、有史以来共に存在してきた連中なのだ」
この国では、神すら研究対象になりえた。
それは、神が人にとって禁忌ではないということに他ならず。
信仰すらしていない龍神、異国の猿神に国が土地を提供し、所有権を認めるということからも分かるように、彼らに法的な意味での「拒絶」は少ない。
「同じ民」として認めるまで、あと少しなのだ。
無知ゆえの崇拝でなく、力に対する汚い欲望ではなく。
死後の救いを求めるわけでもなく。
ただあるがままを受け入れてきた国の人間だ。
「文明社会」の一員としての神々を認めることもまた、不可能ではない。
どの宗教の神々であったとしても、この国でなら。
法と政の世界で生きてきた男ゆえの、この「国」を愛し、その身をささげてきた男ゆえの、「現場」とは、横島とは違った意味での「無差別」が、そこにあった。
「統計を見ても、この国に来る外国人犯罪者の百、いや千分の一すら、人を殺めたものも著しく危険にさらしたものもいない。その数少ない事例すら、霊、つまりは人間のほうだ。神や、神獣の件など、アシュタロス事変と、せいぜいフェンリル位だ」
「アシュタロス事変の被害は、相当なものだったはずだ」
とにかく、反論せねば。取り込まれる何かを感じた。それに。
当事者の一人。横で力なきものが死んでいくのを見ていたからこそ、軽視できるものではないことを知っている横島。
「だからこそだ。あの件についての報告は、明神山、GS教会の双方から来ている。世界がこのままであることへの適応不全。悪であることへの葛藤。ならば、「ただの神」であれる場所を、われわれが提供してやればよい……時間は掛かるだろうが、この国なら可能だ」
「力」が、神である国。
そこにあるのは尊敬であり、また、親しみと憧れでさえあるのだ。
災害すらも手の届かぬものとして畏敬しながら、操れると祈祷する国。
「……なぜ」
問いではない。言わないと、宣告されたばかりだ。呟き。
「もちろん、それは神が利用され、使われていくことすら意味する。受け入れるということは、綺麗なだけではない。だが、それこそが溶け込むということだ」
「私は、きっかけが作りたかった。……ある意味では、敗北してよかったかもしれん。「握りつぶされない程度」の失態にとどめることが出来た。死した後のわれわれに対する攻撃として使われるには手ごろにすんだのだからな」
成功していれば、その「成果」だけを奪われ、手段は握りつぶされる可能性があった。
「失態」だからこそ、意味を持つカード。
横島は、同調していく自分を抑えられなかった。
それこそが、望みではなかったか。
「有史以来人と神の結婚など……」
西条の、言葉。だが、実際には人ではないものが人として生活できる基盤はこの国、世界中にさえ、ない。
GS協会に「ナンバリング」されることはあっても市役所に「登録」されることはない、愛するもの。葬式すら、開くことは許されなかった。
存在していないものに、死はないのだ。
思考に沈んでいく横島を止めたのは、玖珂の一言だった。
「……九尾が死んでいたなら、事はもっと簡単に進むはずだった」
「……っ!ふざけんなっ!!」
呟きのように、嘆息された言葉。
だが、横島を激怒させるのに十分な言葉。
「目的のためなら、目的さえ良ければ、なにが犠牲になってもいいってのかよ!……何様のつもりだっ!!」
掴みかかろうとする横島。
後ろの一人が押さえつけようとする。
弾き飛ばされた。
吹き飛ばされた先で、もう一人の書生がびくりと震える。
何とか抑えた横島を、玖珂は笑いさえ含めた冷静な瞳で見下ろしていた。
「裏切り者が、言わなかったか?十のために一を切り捨てるものこそが、人々を導く資格を持つ」
「うるせえっ!」
これが、玖珂と横島の違い。
同じ思想を持っていても、進む経路が、たどり着く先さえ、違うのだ。
「犠牲は、どのような場合においても仕方のないことなのだ。虐げられているのは、何も法の守らぬものだけではない」
「だから見捨ててもいいってのかよ!」
「違う。見捨てざるをえんのだ。その恨みも、憎しみも、全ては私が背負おう。地獄などというものがあるならそ奴らの妄執をすべて贖おう。それこそが、私の立つ場所だ」
玖珂は、迷わない。
常に最適を選んでいるからだ。
「最も多く」が、助かる道。
それが、たとえ見えざる小数に、どれだけの痛苦と屈辱を強いているとしても、それが、どれだけの恨みを買うものと知っていても、躊躇わず、隠れず。
横島とは違う、しかし「強さ」
「教えてやる。お前の考え方で救えるのは周囲の一握り。そういうのを、ただの自己満足というのだ」
周囲から、救うもの。
たとえ周囲の少数に、殺されるほど憎まれることになっても「多数」を選ぶもの。
どちらが正しいといえないが故に、決して相容れぬ「強さ」と「信念」
だからこそ、最後の敵に玖珂は横島達を選んだのかもしれない。
「お前とて、一人と世界なら、その答えは出たのだろう。なぜ、拒絶する?お前の力なら、守れるものはもっと多いはずだ」
静かに、だが、確実に玖珂の言葉は横島をえぐった。
「一人と、世界」
あの過去が今なお彼の心を抉り続ける最大の理由。
最後の最後、タマモの告白に、答えを返せなかった元凶。
自分は、命より大切な相手を作ることが出来ても、全てからその者を守ることは出来ない。
自身で証明した、そして、後悔していないことこそが何よりの後悔足りえる、事実。
もはや、何も考えることは出来なかった。
霊波刀を、構える。
二人の書生が、息を飲む。
ひとりは、近づこうとし、霊気にはじかれ。
ひとりは、そのあまりの空気に、体を動かすことさえ出来なかった。
ただ、横島と。
「私を殺すか。自身の信念を守るために?それとも、ただの八つ当たりに?……それも良かろう」
玖珂のみが動くことを得る。
ここで横島が玖珂を殺せばそれは強い弱いではなく、自身の「正しさ」が証明されるのだ。玖珂には、笑みさえ浮かんでいた。
書生の一人が、無理やりに近づこうとし、苦悶を浮かべる。
周囲の盆栽は粉々に砕け散り、空間さえが異常な霊気にゆがんでいく。
横島は、構えた刀を――。
「やめてっっ!!」
飛び込み、横島にぶつかり、転がる。
砕けた植木鉢の破片の転がる、土のうえ。
勢いをつけて飛び掛ったソレは、破片に切り裂かれ、鮮血が滲み、土を這う。
横島忠夫という人間の決定的な敗北と、信念の崩壊。
止めたのは、小さな、そして横島にとって今、何より大きい少女だった。

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