ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(9)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 5/26)

唐巣の部屋には、四角い木の写真立てが一つある。
その中に収められた写真に写っている人物は二人。
学生服を着たピートと、その横に並んで立っている唐巣だ。
ピートの高校編入が決まった時に、せっかくだから、と何かの記念になればと思って撮った物であり、写真立てに入れて、ずっと大切に飾っておくつもりだったのだが。
まさか、こんな事で使う事になるとは夢にも思わなかったと、唐巣は手にしているその写真を見つめて、小さくため息をついた。
持ち歩きに便利なように、写真立てに入っている少し大きなサイズの物よりも、ワンサイズ小さい大きさで焼き増しした写真。
その写真を印刷した尋ね人のビラを、教会から少し行った所にある、デパートやら海外ブランドの店舗やらが立ち並ぶ繁華街の掲示板に貼り終えて、唐巣はもう一度、手の中の写真を見つめた。
「・・・・・・」
ピートが行方不明になってから、すでに五日。
何の連絡も情報も無いため、警察は二日前から公開捜査に踏み切っており、何かがあって自主的に行方を暗ましたという線と、営利目的以外の誘拐という、二つの線で捜査は続いている。
まだ師匠から正式に独立してはいないが、それでもかなりの腕前のGSであるピートが行方を暗ますなど、一体何が起こったのかと、西条や、オカルトGメンの隊長であり令子の母親でもあるGS、美神美智恵達も協力してくれているのだが、現在のところ、得られた情報は皆無に等しい。
霊視捜査も、肝心のピートの霊気が現場で途絶えてしまっているために、それ以上は進まず、唐巣達に出来るのは地道な聞き込みとビラ貼りぐらいであった。
焦り、もどかしさ、不安・・・・・・
ありとあらゆる不安定な感情に押されて、もうすでに五日間あちこちを走り回り、疲れを感じていないわけではないが、じっとしている事も出来ない。
とにかく何かをして気を紛らわしていないと、思考がどんどん悪い方へ、悪い方へと傾いていく。
(・・・大丈夫・・・ピート君なら、きっと元気にしてる・・・)
とにかく、どんな形でも良いから、彼の無事を確認したい。
何かとんでもない災いが一緒について来るような事があっても構わない、とにかく、何でも良いから無事に帰って来てほしい。
今いる場所も忘れ、思わずそのまま道端で祈りそうになったその時、ふと、唐巣は視界の端に人の姿を認めた。
掲示板を覗き込んでいるらしい、黒いワンピースを着た女性。
目深に被っているつば広の帽子も、手に持っているハンドバッグも真っ黒と、全身黒ずくめの、まるで、洋装の喪服のようないでたちである。
梅雨明けの、初夏の季節の明るい陽射しに照らされた賑やかな繁華街の中ではかなり浮いて見えるその女性を、唐巣はしばし、何の気なしに見ていたが・・・
「・・・あ。す、すみません」
すぐに邪魔になっていると理解し、慌てて脇に退く。
女性は、軽く会釈して掲示板に近づくと、唐巣が貼った尋ね人のビラを、しげしげと見つめた。
帽子を深く被っているせいで表情はわからないが、ビラにプリントされたピートの写真をじっと見つめているようである。
随分熱心に見つめているその様子に、唐巣は、もしかすると、と、小さな期待を抱いてその女性に話しかけた。
「・・・あの、すみません。どこかでその子を見かけませんでしたか?五日前から、行方がわからなくなっていて・・・捜しているんです」
「・・・ごめんなさい。知りません」
長い黒髪を後ろに払いながら、女性が静かにそう答える。
「あ・・・そう、ですか・・・失礼しました」
期待を抱いた反面で、そう上手くいくわけがない、と考えてはいたが、それでもやはり、少しガックリきて引き下がる。
ピートが失踪して以来、この五日間に何度も感じた、期待と相反する感情を味わいながら、その場を立ち去ろうとした唐巣に、今度は女性の方から声がかけられた。
「・・・この子は知りませんけど・・・ビラ、余分にお持ちでしたら、頂けますか?客商売なので、店に貼って、気をつけておきますけれど・・・」
「え。本当ですか?」
小さな期待を砕かれた後だっただけに、女性のその申し出に、一も二も無く飛びつく。
余分のビラと、焼き増ししておいた写真を小脇に抱えた鞄から取り出すと、唐巣はそれらを女性に渡した。
「すみません。よろしくお願いします。何しろ、本当に手がかりが無くて・・・」
「ええ。わかりましたわ」
相変わらず、目深に被っている帽子のせいで顔はほとんど見えないが、薄い地味な色の口紅を塗った唇が、微笑む形をとったのを見て、唐巣は少しだけ気持ちが救われた。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「はい」
「神父ー。こっち貼り終わったわよー」
唐巣と女性が、お互いに頭を下げて別れたのとほとんど同時に、大通りになっている繁華街の、反対側の端の方から、ビラを貼り終えたエミが唐巣に駆け寄って来る。
エミは、唐巣からさっと離れていった黒ずくめの女の後姿と、少しだけ明るい顔になっている唐巣の表情とを見て、首をかしげると唐巣に尋ねた。
「どうしたの?何かあったワケ?」
「ああ。客商売をしているとかで、店にビラを貼ってくれると言ってもらえたから、写真なんかを渡したんだよ」
「客商売・・・?」
どう見ても喪服のようにしか思えない女の服装や雰囲気はひどく地味で憂鬱なもので、とてもではないが他人とオープンに接する商売をやっているようには見えない。
何か胡散臭いものを感じて女の後姿を見つめ、怪しくないかとエミは唐巣に言いかけたが、すんでのところで思いとどまった。
あの女がどんな奴かは知らないが、とにかく、人捜しをする場合、捜す対象の顔を知っている人間が一人でも多いに越した事はない。
それに、それがこの数日間相当な心労を感じている筈の唐巣の、気休めにでもなるのなら・・・
「まあ神父、安心しててよ。ピートは絶対私が見つけてあげるワケ!」
唐巣の気休めと、自分自身への鼓舞激励もかねて、エミがそう明るく言う。

その背後で、黒ずくめの女−−−加奈江は、そんなエミの明るい声とは対照的な、陰に篭もった小さな声で、呟くように言った。
「・・・絶対、アンタなんかに渡さないわよ・・・」
立ち止まり、肩越しにエミの後姿を見ながら言う。
そして、唐巣からもらった写真を手に取ると、加奈江はピートの部分は破らないように細心の注意を払いながら、一緒に写っている唐巣の姿だけを破り取って、そちらを道端のごみ箱に捨て、手の中に残ったピートの写真に頬を寄せると、うっとりとした表情で微笑んで言った。
「貴方をあんな女になんか渡さないからね・・・あの女・・・思い知らせてあげるから・・・」

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