ザ・グレート・展開予測ショー

美神SOS(5)


投稿者名:竹
投稿日時:(05/ 2/25)

「……」


 無言。
 以前に対峙した時はあれほど騒がしかったハーピーとポチは、しかし先ほど事務所前に現れて以来、一言も喋らないままにいる。
 だが、言葉に出さずとも痛い程に伝わってくる殺意と害意が、彼らを“敵”だと教えてくれる。


「……」


 ガキィ!

「くっ……!」
 依然無言のままに再び繰り出されたポチの握る八房の斬撃は、シロの霊波刀と西条のジャスティスによって、何とか防ぐ事が出来た。
「一振りで八つの斬撃……! あれは、矢張り八房なのでござるか? 面妖な、あれは確か里の祠に返された筈なのに!」
「それより……、魔狼フェンリルとなって、女神アルテミスと共に神界に昇った筈の犬飼ポチが、何故こんなところにいるんだ!?」
 現在状況の確認。
 美神誘拐事件の捜査を、オカルトGメンに依頼した横島はじめ美神除霊事務所の面々。そんな彼らの元に現れた、嘗ての強敵ハーピーとポチ。
 事情も語らぬままに突然襲い掛かってきた二鬼に対し、訳も分からず応戦を余儀なくされたのだ。
「多分、アレだろ。ほら、コスモ・プロセッサでアシュタロスが創り出した劣化コピー。もとい、再生怪人」
 西条の疑問に、自分の首に巻き付いているメドーサの例から推測して、横島が応える。
「そ、そうかっ! それなら彼が八房を持ってる事も説明できる。君にしてはまともな推測じゃないか」
「君にしてはってどういう意味だよ……」
 そのまんまの意味です。
「それより、君も戦いたまえ」
「え〜」
「シロ君達が戦ってるんだぞ!」
「……だぁーっ! もう、分かったよ! やりゃいいんだろ、やりゃあ!」
 本来、戦闘などと言う無駄に命に関わる行為は極力避けたい横島ではあるが、西条だけなら兎も角、シロやタマモまで戦っているこの状況で、自分だけ逃げ出すなどと言う事が出来るほど肝が太い訳でもない。
 何の得にもならないのに自分の生命を晒すと言うのも馬鹿らしかったが、言うな、男にはやらねばならぬ時があるのです。女の子が戦っているのを、見捨てて逃げる訳にはいかない。容易く地金を見せる割には、根本のところはしっかりしてて、意外と見栄っ張りなとこのある横島である。
 勿論、ここは東京の一等地。バリバリ街中な訳であって。霊障や妖怪の脅威から市民を守るのがゴーストスイーパーの役目と、職業倫理が働いた訳ではないと言う事もないのだが。
「ったく、しゃーねぇな……」
 ぶつぶつ言いながらも、横島は栄光の手を構え、ポチと対峙した。
「最初から、素直にそうすればいいんだよ」
「るっせ!」
「さて……、しかしどうするか。八房の斬撃は二人掛かりなら受け止められるけれど、その後、驚異的な防御力と瞬発力を持つあの人狼に、どうやってダメージを与えればいいのか……」
 以前、ポチと戦った時は、数人掛かりでも全く歯が立たなかった。西条は、イギリスから帰り、オカルトGメン東京支部に着任して早々、彼に手傷を負わされた事を忘れている程、呑気な性格ではない。
「西条殿! ここは矢張り、拙者が人狼族として……」
「いや、って言うか──」
 では、どうするか。手を挙げるシロを遮って、横島が言う。
「別に問題ないだろ?」
「え?」

ズバアァッ!

 その言葉の真意をシロと西条が聞き返す暇も無く、ポチの次の攻撃が迫ってきた。
 が、それに対し横島は……
「よっ……と」

バシュ!

 何と、八つの斬撃の全てを栄光の手で鮮やかに捌き切ってみせた。
「行くぜっ!」
「せ、先生!?」
 心配するシロの叫びも聞かず、横島はそのままの勢いでポチに向かって突進する。
 ポチはそれを迎撃すべく八房を振り下ろすものの、横島は見事な体捌きで回避すると、ポチに栄光の手の一撃を叩き込んだ。

ズババババ!

「……!」
 チャクラを抉り出す強烈な攻撃を喰らった復活怪人ポチは、断末魔の悲鳴も上げられないままに息絶えた。
「ふう……」
 一方、それを成した横島は何でもないように息をついて見せているが、側で見ていた西条やシロにしてみれば、一体何が起こったのかと言いたいところである。
「へ……?」
「しゅ、瞬殺……!?」
 いえ、別に横島最強物と言う訳ではないんです。
 ただ──
「あ……、そ、そうか……。そう言えば、横島君や令子ちゃんは、都庁地下のシミュレーションルームで、戦闘力を十倍に設定した彼らのデータに余裕で勝利してるんだったっけ……」
 と、言う事です。
 勿論、十倍と言うのは美智恵のハッタリだったかも知れないし、抑も戦闘力と言うのが具体的に何を示しているのか判然とはしないが(魔力? 筋力? 体力? 知力?)、それにしてもオリジナルより劣るとは考えにくい。
 あのシステムは言ってみればビデオゲームのようなもので、百鬼抜きを遂行する上では同じ敵と何度も戦っただろうし、それに連れて突くべき弱点も見えてきて、そのやり方にも慣れてくると言うものだ。
 つまり横島は、ポチとの戦闘を何度も擬似体験していた訳だ。
 そして現在のこの状況──正面からの一対一の真っ向勝負──は、あのシミュレーションルームに限りなく近い。加えて今の横島には、美神の百鬼抜きを阻んだ未知への恐怖と連戦の疲労も無い。
 ……とすれば、この条件でポチが横島に勝てる筈はないのだ。
「す、凄いでござる! さすが先生!」
「と言うか……、そんなに簡単に勝てるんだったら、何でさっき、あんな渋ったんだい……」
 そんな訳でポチを瞬殺した横島に、シロと西条が賛辞の言葉を贈る。西条のも賛辞……のつもり、らしい。
「いや、それはほら。いくらこの仕事長くても、急にデロデロの悪霊に出て来られると、怖い事には変わりないと言うか……」
「?」
「やっぱり実戦は怖いと言うか」
「ヘタレめ……」
「あー、そーだよ! 俺は、ヘタレだよ! どっかの道楽公務員と違って、エリート様じゃないんでね! 悪いか、こら!」
「僕に切れるなよ……。と言うか──」
 そう、そんな事をしてる場合ではない筈だ。



「この……っ、ちまちまと五月蠅いわねっ!」
 絶え間なく襲い来るハーピーのフェザーブレッドを、狐火で必死に燃やし続けているタマモが、悲痛な叫びをあげる。
「起きろ、あいつに壊された事務所の門の残骸の精っ! て言うか、ミニ人工幽霊一号! あの鳥みたいなのをやっつけるのよ!」
 フェザーブレッドの雨の合間を縫って、鈴女が精霊を呼び起こした事務所の門の残骸をぶつけて攻撃しようとするが、自在に空中を飛び回るハーピーにはなかなか当てる事が出来ない。
 屋外戦は、ハーピーの独壇場だった。
「あ、当たらない……! 元が人工幽霊一号だから、普通の人工物に比べて言うこと聞いてくれ易いんだけどなあ」
 だが、大空を縦横無尽に飛び回るハーピーには、それでもなかなか命中させる事が出来ない。
 フェザーブレッドによる敵の攻撃は、タマモの狐火が全て防いでくれているが、そのタマモにしても術を使い続ける事による疲労は溜まるだろうし、その状態で敵が距離を詰めてきたら為す術は無い。
 今の均衡は、あくまでハーピーが遠距離攻撃に終始して、確実に狩り取る為にこちらを徐々に消耗させようと言う策を採っているからこそのものなのである。このままでは、勝機は無い。
「どうしよう、どうすれば……」
 鈴女は考える。
 タマモは、フェザーブレッドを防ぐので精一杯だ。横島、シロ、西条の三人は、犬飼ポチと交戦中。とすると──
「そうだ、おキヌちゃん!」
「え、なあに、鈴女ちゃん」
「ちょっと手伝って!」
「え?」
 鈴女がおキヌちゃんの耳元へ飛んでいき、何やら耳打ちをする。それを聞いたおキヌちゃんは、真剣な表情で頷いてみせた。
「うん……、分かったわ、やってみる」
「オーケー。じゃ、いくよっ! 精霊達よ!」
 そう言うと、鈴女は再び瓦礫達の精を叩き起こし、ハーピーに向かって送り出す。
 その攻撃は、しかし直線的過ぎる単純な動き故に軽々と回避されてしまった。
 が……

ピュリィィィ……!

 おキヌちゃんが、ネクロマンサーの笛を吹いた、
 その音色に乗せた霊波により、元は人工幽霊一号の一部である瓦礫の精達は容易におキヌちゃんと心を通い合わせ、彼女の支配下に入る。
 それによって半物憑き霊化した瓦礫達は、複雑な命令をこなす事も可能となった。そして精霊とは──時に物理法則すら無視した動きをするものだ。

ドガア!

「……!?」
 かわした筈の瓦礫が、とつぜん軌道を変えハーピーの腹部に激突した。
 言葉にならない悲鳴を上げて体勢を崩したハーピーに、更に無数の瓦礫が四方八方から飛来する。

ドガガガガガ!

 おキヌちゃんにしては残酷だなどと思うなかれ。彼女とてゴーストスイーパーの卵、戦わねばならぬ時と場合くらいは分かっているのだ。他人を護る為に、自ら人間爆弾になって神風特攻隊を敢行する彼女である。
「よし、とどめを……」
 瓦礫に押し潰されて落下するハーピーに、タマモが特大の狐火を掲げた。
「焼き鳥になっちゃえッ!」

ゴオォォォ……!

 こうして息絶えたハーピーの遺骸からは、何とも食欲をそそる香ばしい臭いが漂っていたとかいないとか……。流石にそれを食べようとは、シロも横島も言い出したりはしなかったが。




「さて、どうにかなったが……何だったんだ、一体?」
 横たわるハーピーと犬飼ポチ──推測するに、コスモ・プロセッサで創られた復活怪人なのだろうが──の死骸を見下ろして、横島が首を傾げる。
「確かに……、こやつら結局一言も発しなかったでござるし……」
「目の色も、普通じゃなかったわね。正気じゃなかったって言うか……、まるで幻術を掛けられてるみたいだったわ」
「……鈴女、感じるよ。この人達、自分の意思で動いてたんじゃなかった」
 鋭敏な感覚を持つ犬神と妖精は、不気味そうにそう評した。
「鈴女ちゃん、そんなこと分かるの?」
 尤も、おキヌちゃんのこんな質問に、鈴女はこう答えたものだが。
「うん。だって、こんなカッコイイ人なのに、ちっとも食指が動かなかったんだもの」
「そう……」
 ……まあ、この女好きの女妖精の言葉を信じるにしても信じないにしても、彼らの様子が正常ではなかったのは明白だ。
 西条は、顎から手を離して言った。
「分かった。じゃあ、兎に角この二鬼の死体はGメンで回収して調べる事にしよう。それと──横島くん」
「何だよ」
「君が、陰念くんとやらの遺体を葬ったと言う場所を教えてくれないか? いや、僕とて墓を暴くなどと悪趣味な事はしたくないが、令子ちゃんを捜索する手掛かりになるかも知れないからね──」






「少々──急いだ方がよいか」
 魔界、その一角に聳え立つ巨城の最上階で、玉座に座る少年がそう口にした。その身からは、いくら押さえても隠しきれない強大な魔力が滲み出ている。
「は……」
 その前に跪く少女が、緊張した声で相槌を打つ。
「我が望みを叶えるに必要な“道具”──《アマテラス》は手に入れたが、それだけでは足らぬ」
「……」
「時間を無制限に掛けられるのなれば、《アマテラス》さえあれば我が望みを実現すること叶おうが、今の余には時間が無い」
 見たところ、人間で言えば小学生か中学生ほどの姿をしたこの少年。しかし彼こそが、その大いなる野望に共感し、この城に集った者達に、畏怖と尊敬を込めて「ボス」と呼ばれる存在──《ニニギ》なのだ。
 とは言っても、彼が『古事記』や『日本書紀』に登場するあの天孫・瓊々杵尊だと言う訳ではない。仲間内での呼称に便宜上彼がそう呼ばせているだけの話であり、所謂コードネームのようなものである。
 因みに、彼は部下達にも日本神話の神々の名前を付けて互いにそれで呼ばせているが、これは完全に彼の趣味だ。日本土着の神々は、つい六十年前までは人間界の(一応)為政者であった天皇家や貴族達の先祖であり、日本各地に祀られ今も人々や自然と共存している。少なくとも、こんな魔界の隅にまでやって来はしないだろうし、ニニギ達がその“目的”を達成するまでに深く接触する事もないだろうから、勝手にその名を名乗ったところでどこからも文句は出ない。
「とすれば、矢張り──《オオクニヌシ》も欲しいところだな」
 少年の高い声で、ニニギは重々しく呟く。
 彼の年齢は──少なくとも精神的には──見た目通りではない。深大にして英邁、そして、多くの部下を従える程に強く尊大だった。少なくとも、部下達にはそう視えた。
「サクヤ──」
 ニニギは、目の前に跪いた少女の名を呼ぶ。と言っても、やはりこれも便宜上の呼称だが。
「我が望みを叶えるには、矢張り《オオクニヌシ》も必要らしい。……貴様に《オオクニヌシ》捕縛の任を与える。奴を捕らえ、この城まで連れてこい」
「はっ、はいっ!」
 ニニギの言葉に、サクヤと呼ばれた少女(無論の事、彼女も魔族である)は平伏する。その身は、畏怖と歓喜に震えていた。
「時間が迫っている訳ではないが、のんびりしている暇も無い。……急げ」
「仰せのままに──」




 転がるようにして玉座の間を出て行ったサクヤと入れ違いに、剣を持った男がニニギの元に現れた。ここは魔界であるから、もちろん彼も魔族である。
「──《オオクニヌシ》捕獲の命を、サクヤに下されたのですか」
 部屋に入るなり、男は礼を取るのもそこそこに開口一番そう言った。非難するようにも聞こえる口調である。
「ああ、そうだ。……それがどうした、タケミカヅチ」
 玉座にふんぞり返ったままで横柄にそう言い捨てるニニギに、タケミカヅチと呼ばれた男は剣を握りしめて詰め寄った。
「惰弱な人間とは言え、《オオクニヌシ》はあの魔神アシュタロスを倒した男ですぞ。それに、彼を捕縛するとなれば、その周りの人間共とも戦う事となり、下手を打てば人間界に駐留する神族や魔族との諍いを招くやも知れませぬ。そんな危険な任務を、あのような小娘に任せるなど……」
 勢いを付けて、タケミカヅチは一気に捲し立てる。それから導き出される彼の主張は、何の事は無い、要するに自分にやらせろと言う事なのだが。
「まあ、待て。落ち着け。サクヤとて、ただの娘ではない。その程度の事は分かっているだろうさ」
「しかし……!」
「杞憂だよ、タケミカヅチ。まぐれでアシュタロスを斃したとは言え、所詮、人間は人間だ、それ以上ではない。現に、タヂカラオとオモヒカネは《アマテラス》捕獲の任を、見事にこなして見せたじゃないか」
 そう言って、タケミカヅチを宥めるニニギ。
 何だかんだと言って、こいつは暴れたいだけなのだ。彼を人間界へ出せば、サクヤを派遣するよりも面倒となる可能性が高い。悪い奴ではないが、ど近眼なバトルマニアっぷりは困りものである。
「……大国主神を討伐するのは、建御雷神と決まっているではないですか」
「そう言うな、それに──」
 尚も食い下がるタケミカヅチに、ニニギは諭すように言う。
「余とて、サクヤにこの任が果たせるとは、必ずしも思ってはおらぬ」
「え……」
「《アマテラス》はこちらの手元にあるのだ、我らの存在を知れば、《オオクニヌシ》は向こうからこちらへ来てくれるだろうよ。ふ、危険と言えば危険な手だが、こちらにも時間は無い。少々乱暴だが、それで仕方あるまいよ」
「……と、言う事は」
「お主にも、《オオクニヌシ》と戦う機会は来るやも知れぬな?」
 そのニニギの言葉に、タケミカヅチは子供のような笑みを浮かべた。



「あら、サクヤちゃん。お出掛け?」
 ニニギからの命を受け、急ぎ足で城の廊下を歩んでいたサクヤは、自分を呼ぶ女の声に振り向いた。
「オモヒカネさん……」
 そこに居たのは、白衣を着た女──“猛獣使い”とも称される、《オモヒカネ》だった。いや、思比金命は男神なのだが。
 魔界でも有名なマッドサイエンティストである彼女を、知略を以て天照大御神に仕えた思比金命に見立てたニニギの思考は、少々強引だったろうか。しかし実際問題として、ニニギの元に集った部下達で、他に図抜けて頭の良い者が居ないのも事実だ。
 ニニギには、今のところ副将や参謀と呼べるような者が居ない。彼らの組織は、良くも悪くもニニギのワンマン運営なのだ。
「どこ行くの?」
 そして、強いてナンバー2を挙げると言うのなら──科学者として《アマテラス》やその他一切の材料資料を管理・研究し、それによって実質的に彼らの計画の全てを握っているこの女、《オモヒカネ》と呼ばれる彼女こそがそうであろう。
「はい、えっと……ボスからご命令を頂きまして。今から、《オオクニヌシ》の捕獲へ行くんです」
「へぇ……、やっぱり彼も使うんだ。ま、ボスには時間が無いしね」
 興奮した面持ちで質問に答えるサクヤを横目に、オモヒカネは薄く笑った。
 自分の工作の成果かどうかは分からないが、兎も角──《オオクニヌシ》こと横島忠夫は、舞台に上がる事になったらしい。
 力の向かう方向を完全に制御し自在に操れる“文珠使い”は、研究対象としても非常に魅力的だったが、それより何より彼女の心を占めていたのは、横島の苦痛の表情を見たいと言う、歪んだ欲望だった。
 サディストの彼女は、他人の顔が恐怖と絶望に歪むのを見るのが大好きだった。“実験動物”に必要以上の苦痛を与えると言うのが、彼女のマッドと称される一因であると言う程に。そして、横島は彼女の好みに直球ド真ん中だ。故にオモヒカネは、その苦痛の表情に、量・質ともに最高のものをと望む。そして、それを見る為に必要な“材料”は、既に用意してあるのだ。
「よしっ、それじゃあ、サクヤちゃん」
「何ですか?」
「今から出陣する君に、おねーさんから選別をあげよう。私のペットちゃん達、助太刀に連れてってもいいよ」
「え、ほんとですか! それじゃあ、有り難くっ」
 オモヒカネが“ペットちゃん達”と称しているのは、彼女が美神除霊事務所に送り込んだハーピーやポチのような、コスモ・プロセッサの再生怪人達である。アシュタロスの乱終結のどさくさに紛れて各地で捕らえた彼らを、オモヒカネは薬漬けにして飼っているのだ。
「実は、一人で心細かったんですよぉ。でも、折角ボスが私に任せてくれたって言うのに、断るなんて出来ないし……。あっ、いえ、でも、ボスからお力を授かった私が、人間如きに不覚を取るなんて、もちろん思ってないんですけどねっ」
「ふふ、今回のお薬は洗脳はしても理性までは飛ばさない奴だからね。ちゃんとサクヤちゃんの言うこと聞いてくれるからね」
「えへへ、ありがとうございます」
 ここまで来たら説明は不用かも知れないが、彼女達の言う《アマテラス》は驚異的な魂のキャパシティを誇る美神令子、《オオクニヌシ》は力のベクトルを完璧に制御できる“文珠使い”横島忠夫の事だ。
 厳密に言えば、文珠使いは横島一人ではないから、《オオクニヌシ》は必ずしも彼である必要はない。とは言え、他の文珠使いは、神界魔界の要人だ。サクヤ達の手が届くのは、結局のところ横島しか居ないのである。
「それじゃあ、行ってきますっ!」
「ふふふ、はい、行ってらっしゃい」
 オモヒカネに手を振って、サクヤは意気揚々と城を後にした。






『ハーピーやポチの遺体から、薬物が検出された。効果は不明だが、人間界には存在しない原材料を使っているらしい。……それと、陰念君とか言う魔獣の死骸も掘り起こして調べさせたが、彼の血液中からも同様の薬物が検出された。この事から考えて、ハーピー達を令子ちゃんの事務所に差し向けたのは、彼女を攫ったと言う魔族と見て間違いないと思う──』


「……だってさ。どう思います? 神父」
 ハーピーとポチの解剖結果を報告する西条からの電話を受けた横島は、その内容を唐巣神父に告げて助言を待った。
「成程ね……。しかし、この状況で私達に出来る事と言ったら、大して無いよ。せいぜいが、何とかして魔界とコンタクトを取って、美神君を攫った魔族達の事を調べてくれるように頼んでみるくらいしか……」
 西条にハーピーとポチの遺体解剖の結果を待つように言われた横島達は、美神誘拐の件を相談しようと、事務所を離れて唐巣神父の教会へやって来た(鈴女は、人工幽霊一号と一緒に門を修理すると言って、事務所に残った)。
 そこには丁度エミとタイガーも居た為(エミは、むかし神父に世話になった事があるらしく、今も偶に様子見に来ているらしい)、かくかくしかじかと事の経緯を話してどうしましょうと訊いてみたものの、神父やエミにしてみてもこの程度の情報では有効な現状打開策は提示できる筈もなく、八方塞がりの状況は変わらない。
 と言う訳で、ピートやタイガーと雑談しながら、西条からの電話を待っていた横島である。
「そっすかー。う〜ん、妙神山に居るジークにでも頼んだら、何とかしてもらえますかねぇ?」
「そうだね……。残念ながら、我々にはそれ以上の事は……」
 そう言って、最近さらに薄くなってきた頭を掻く唐巣の表情にも、苦悶の色が見える。




「さて……、あそこだね」
 その頃──近くのビルの屋上から、教会を見下ろす影があった。
 サクヤである。
「じゃあ行くよ、《オオクニヌシ》奪取作戦。みんな、準備はいい?」
 獲物を前にして、自分に気合いを入れたサクヤは、後ろに控える“助っ人”達に振り返った。


「幼女萌えーーーーー」
「女なんてーーーっ! 女なんてーーーっ!」
「サッキャーーーーッ!」


「……大丈夫かなぁ」
 どうだろう。

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