ザ・グレート・展開予測ショー

遠い空の向こうに その8


投稿者名:青の旋律
投稿日時:(05/ 2/25)

            8
 





仕事を終えてマンションに着く。
エレベータで一気に14Fまで。
鍵を指でクルクルと回しながら広い廊下を歩いていく。
チャラチャラと甲高い音がコツコツという靴の音と和音を奏でている。
さっき見上げた時、部屋の電気は点いていた。
とは言え時間が来れば自動制御でカーテンが閉まり電気が点くようになっているだけ。
別に期待なんてしない。
それでも……なんて微かに淡い期待を胸に秘め。
おもむろに玄関の前に立ち、ノブをひねってみる。
回った。
胸がドキドキ音を立て口元が緩んでいくのが自分でも分かった。

「ただいまー」

玄関のドアを開けるとガスを使っている音と香ばしい匂い。
その音と匂いに誘われて自室に行く前に台所へと足を運ぶ。
L字型のドアノブを押し下げ、押し開く。
何となくこっそりと。

「おぉ、おかえり。早かったな」
「た、ただいま」

目が合った。
フライパンを片手に振り返ったのは腕をまくったYシャツにスーツの下、エプロンというお茶目な出で立ちの男。
慣れた手つきで野菜炒めをひっくり返している。
食卓を見渡すと、そこには大小さまざまな皿。
そのどれもが温かい湯気を立てた料理を乗せ、いい匂いが鼻腔をくすぐる。

「すごいわね。今日はどうしたの?」
「どうしたって……今日は大事な日だろうが」

彼の不満気な声に記憶を反芻しながら台所とつながったリビングルームに足を移す。
脱いだコートを背中折りにたたんでソファーにかける。

「う〜ん、何だっけ?」
「お前ねぇ……」

オレンジ、黄色、赤、緑の目にも鮮やかな野菜片たち。
さも自分こそが1番美味しいぞと主張するように艶のある光沢を放っている。
彼が呆れた声を上げながら完成した野菜炒めを大皿に盛り付けた。
エプロンを外し、パンと手を叩いて私を見つめる。

「さ、完成だ。食べようぜ?」
「うん」

私は素直にそう答えた。



彼が氷のたっぷり入ったボールの中に挿し入れられていたこげ茶のボトルを上げる。
白い紙に婦人の絵を浮き上がらせたシンプルなラベルをしている。
水気を拭き取り使い込まれた銀のソムリエナイフでコルクを包んでいる金の紙を刻んでいく。
そしてコルクが顔を出すと今度はゆっくりとコルクにT状にしたナイフの円錐形スクリューを捻りこんでいった。
小気味いい音。
親指でフタをしても隙間から白く泡立った液体がこぼれ出す。

「おおっと」

手前にあったグラスに落とし入れる。
泡がグラスを一瞬白く染めてすぐにかき消える。
続いて私の目の前のグラスを取り、そこへ静かに注いでいく。
透き通った黄金色の底から止めどなく湧き上がる気泡。
濁りが一切なく、まるで鏡のように私の顔を映し込んでいる。
再びボールの中にボトルを挿し入れ、彼が食卓に座った。

「じゃ、乾杯」
「乾杯」

静かにグラスを合わせる。
照明に透かすとただの黄金色ではなく緑を帯びたやわらかなゴールドだったと分かる。
おもむろに口元に運ぶと、上等の白葡萄を使ったに違いないふくいくたる香り。
デリケートでありながらフレッシュで爽やかさが広がってくる。
口に含むと細かい気泡が弾けるように全体に広がり、思わず目をつぶる。
複雑でエレガントな舌になじむ軽やかな味わい。
心地よいアクセントを伴った長い余韻に浸って目を開ける。

「美味しい……!」
「そっか、良かった」

その様子をじっと見ていた彼が少し安堵したような笑みを浮かべている。
私がワイン好きなのは知っている。
好みがうるさいのも。
もしかして、私好みの1本を探してあちこち駆け回ったのかも知れない。
それを思うと彼の優しさに包まれているような気がして、口元が緩む。
でも、結局のところその理由がまだ分からなかった。

「まだ分からないんだけど」
「おいおいマジかよ。本気で分からないのか?」
「……えぇ、ごめん」

少し驚いた彼の口調。
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
これほどの趣向を凝らしたもてなしを彼がしてくれている。
何か大切な記念日があっての事だ。
決して小さな事ではない、覚えていないはずがない。
なのに記憶の引き出しをひっくり返して探してみても、その欠片すら見つからない。
涙が浮かんでくる。
彼の顔が見られない。
彼がゆっくりと立ち上がって私に近づいてきた。
私の椅子を引いて横にしゃがみこみ目線を合わせてくる。

「ご、ごめん、私」
「黙って」

必死に弁解しようとする私の唇に、彼はそっとフタをした。

「ウン、む……」

さっき飲んだワインよりも刺激的な香りと味が口の中に溢れる。
長い沈黙の後、彼の唇が離れていく。
名残惜しそうな目で見ていると、彼が深く沈みこんで私の足を抱えた。

「え? あっ」

私の背中に手を入れて抱え上げる。
俗に言うお姫様抱っこというものでこの年では実に恥ずかしいスタイルだ。

「バカだなぁ、泣く事ないじゃないか」
「だって……」

見つめ合ったまま、彼がそのままの格好でソファーに近づいていく。
寝かせるようにソファーに私を降ろし、覆いかぶさるように上から見下ろす。

「分からないのも無理ないよ」
「え?」
「今日は……俺が初めて君を好きになった日、だからさ」

にっこりと微笑む彼。
それは分かるわけがない。
彼がいつ私を好きになったかなんて。
私は気がつけばいつも彼を目で追いかけていた。
記念日なんて言い出したら一年中記念しなきゃならない。
少しむくれた私に、してやったりの顔で彼がたたみかける。

「分からなかったから罰ゲーム」
「そんなの反則よ」

上に覆いかぶさっている彼を押しのけて立ち上がろうとする。

「どいて、お料理冷めちゃうじゃない」
「甘いな。ちゃ〜んと冷めても美味しいように配慮済みだよ」

甘く、どこか幼い子どものように無邪気な声。
それがまるで魔力を持ったように私をソファーに再び横たえる。
彼の人差し指が私の胸からお腹までをなぞっていく。
その視線に射竦められて、私はもう動けない。

「じゃあ、こっちを先に食べようか、な」
「……バカ」

彼がゆっくりと私に体重を預けてきた。

「愛してるよ、ゴルゴーン」
「私もよ。―――――」

ヨコシマ、と言いかけて。
頭に別の顔が浮かんだ。
どこか憂いを帯びた寂しげな微笑を浮かべる顔が。
美しい金髪に雄々しい角、瞳には揺るぎない信念を燃やしたヒト。
瞬間、私は全てを理解した。



「違――――――――――うッ!!!!」

持てる力の限りを込めて叫ぶ。
世界の中心で、違うと叫ぶ。
世界はまるで飴を溶かすようにドロドロと消えて行った。

星が瞬く深い夜。
その中において私は愛馬の背にまたがり、黄金の手綱を握り締めている。
目の前には―――――――
さっきまで私の側にいた男。
ボリュームのある胸板、腹筋、腕、太腿などの四肢を強調したコスチュームに身を包んでいる男。
戦隊ヒーローか全身タイツのお笑い芸人さながらの男が、悔しさをにじませた顔でこちらを向いていた。







「何のつもりよッ!!!」

全身を真っ赤にしてゴルゴーンが髪を逆立てている。
その姿はまるで茹で上がったタコそのもの。
虚空から声が響く。

「説明しようッ!! 文珠によって限界を突破した横島の煩悩は、対象者1名を自らの妄想内に強引に出演させ、
まるで実際に体験したかのような感覚を与えてしまうのだッ!!」
「誰の声よッ!!」
「名づけて妄想幻魔験ッ!!」
「うるさいッ!!」

虚空に吼えるタコ女。
その声がどこかのシャウトする声優そっくりだった事までは気がつかなかった。

「惜しかったッ!! もう少しで一気にッ!!!」

心底悔しがり、血の涙すら浮かべて横島はゴルゴーンを見据えた。

「純愛はダメだと言うのかッ!?」
「黙れッ!! このセクハラ中年ッ!!」

視線を再び横島に向け、ゴルゴーンが手綱を鳴らす。
その声に天馬が慌てて目を覚まし首を左右に振った。
その事が彼女の背筋を凍らせる。
ファエトンが眠り込んでいた。
どれほどの時間妄想に引きずり込まれていたのか。
口にはワインの芳醇な香りと味がまだ残っている。
あそこで目が覚めなければ……
顔が再び高熱を発する。

「もうたくさんよ。消えてッ!!」

再び手綱が鳴り、天馬が唸りを上げる。
魔力を噴出し巨大な青白い光の弾と化して高高度まで上がっていく。
そして転がり落ちるように加速度をつけて標的に襲い掛かった。

「まだだッ! まだ続きをッ!!」

横島が気合を入れる。
周りを黄色い光が包み込む。
爆ぜるように飛び、青白い光に正面からぶつかって行った。



太平洋上を2つの光が飛び回る。
一方は青白く巨大で、もう一方は黄色い。
2つはまるでピンボールの玉のように近づいては弾け、遠ざかってはまた近づいていく。
だがその様子をじっと見続けた者がいたならば気づくだろう。
青白い光の動きがだんだんと遅く、光も弱くなってきた事に。

「はぁ、はぁ……」

ゴルゴーンが肩で息をする。
すでに100発以上の霊波砲を撃ち込まれ、そのほとんどが直撃している。
そのたびに天馬が身体のあちこちを吹き飛ばされ、あるいはえぐられていく。
それでも刹那の沈黙の後、天馬は再び白く美しき姿を取り戻し空を駆け出す。
その羽ばたきと嘶きを止める事はできない。
だがゴルゴーンの顔は険しさを隠せない。
修復のたびに魔力が消費されていく。
それは一向に回復する兆しがない。
再び休養する事ができたならそれも可能だが、今の状況では無理に等しい事だった。

「魔力切れならそっちだって……!」

横島を睨みつける。
そして次の瞬間ゴルゴーンは後悔した。
文珠の六芒星を1つでも破壊しておかなかった自分に。







ロス郊外の高級住宅地。
その1つ、飛び抜けて大きな豪邸の前で車を停めた。
エンジンをかけたまま車を降りると入口に立つ二人のうち、一人が駆け寄ってくる。
レフだ。

「ホワイト、ボスがお呼びだ」
「了解。13よ、停めといて」
「分かった」

レフが入れ違いに車に乗り込み走り出す。
やれやれ、仕事は終わったのに。
まだ働かすのかうちのボスは。
私は門の中に歩を進める。
後ろで1つに束ねられた髪が左右に揺れる。
今日は台頭し始めた若手実業家を一人始末してきた。
私の仕事は狙撃。
だが私は白いスーツを着ている。
自分の服を血で汚すようなヘマはしない。
それがポリシー。
サングラスの下の素顔は誰にも見せたことはない。
ボスを除いては。
決して汚れない。
決して染まらない。
そんな私をいつの間にか周りはホワイトと呼んだ。
ちなみにムダに長い襟の黒いYシャツを着ているのは単なる趣味だ。
やけに重いドアがもったいぶりながら開く。
ひどく悪趣味なゴシック調の大広間に入る。
私に気がついて執事のセバが近寄ってきた。

「庭におられます」

やれやれ、あのヒヒジジイ。
私が神経減らして暗殺してきたのに。
少し歩調を早めて大広間の向こう側のドアに近づいていく。
両開きのドアを蹴破る勢いで開け放った。

「うっしゃっしゃっしゃッ!!」

目の前にはひょうたんのような形のプール。
美女で埋め尽くされたその中でタキシードを着たボスが揉みくちゃにされていた。

「た、たまらんッ!! これはヤバすぎるッ!!」

顔いっぱいにキスマークをつけ鼻血と涙を噴出しながら緩みきった顔で笑う。
その醜態はすでにマフィアのボスでも凄腕の殺し屋でもなく、単なるエロオヤジ。
だが呆れる一方、私は戦慄していた。
ボスの発するオカルトじみた力が私にビンビンと伝わってくる。
攻め入る隙を与えないほどに強く。
この男の煩悩は天井知らずか?

「この変態」

吐き捨てるように毒づいた。
その言葉を聞いてかボスの笑い声が止まる。

「遊びは終わりだ」
「え〜〜〜〜〜!?」

ボスが冷たく言い放つと取り巻いた女たちが非難の声を上げる。
だがボスの一睨みで黙りスゴスゴとプールから上がっていった。
女の一人が私を一瞥して敵意を剥き出しにする。

「こんな女のどこがいいのよ」

負け惜しみの声を残して女たちが消える。
ドアが重々しい音を立てて閉まる。
プールサイドには私とガウンに身を包んだボスが残された。

「すまなかったな」
「別に」

視線を合わせないようにして答える。
ボスが白いベンチに座り、私を見ている。

「すっかりおカンムリか」
「別にと言っている。用件は?」

実際それほど怒ってはいない。
ボスの趣味、嗜好は知っている。
それこそがボスの力の根源である事も。

「おい」
「何よッ?!」

振り返るといつの間にか近づいたボスが私の両腕を取った。
私を見てにっこりと微笑む。
その顔はイタズラ直前の子どもの顔。

「それッ!」
「きゃあぁッ!?」

巨大な水柱。
大きさの割に水深があるプールに両腕を掴まれて投げ出された。

「ぷふぁッ!」

水しぶきを上げて息を吸う。
目の前でガウン姿のボスが笑っている。

「何のつもりよッ!?」
「あ〜ッはッはッ……腹が痛いな」
「いつまで腕を掴んでいるのッ!?」

奪い返すように腕を胸に引き寄せた。
濡れてベタついた髪をかき上げ、乱れたスーツを整える。
その様を見惚れるようにボスの視線が私から離れない。

「やっぱりお前が1番美しいな」

私の顔に手を伸ばし、前髪の雫をすくい取る。
おもむろにサングラスをはずして水に沈めた。

「誰にでもそう言ってるんでしょ、ミスターマフィア?」

挑むような視線でボスを見つめる。
分かっている。
ボスが誰にでもそんな事を言わない事は。
言う相手は一人だけ。
それでもあえて試すような言い方をした。

「ハハハ……」

ボスが頭をかきながら笑っている。
否定しないのッ!?

「否定しなさいよッ!」
「いや〜、誰にでもじゃないけどお前一人でもないしなと思って」
「あのね……」

ガウンの襟を掴んで締め上げる。
水を吸って肌に張り付くガウンのチョークは致死量の威力。
みるみる紫斑に顔が染まってくる。

「待てッ……殺す気かッ!?」
「いっそ死になさいよ。女の敵ッ」

絞り出すような声を掻き消すようにたたみかける。
その時、がら空きの脇腹に両手が絡みついた。

「ひゃうッ!?」

とっさに脇を締める。
ガウンを掴む力が緩んでチョークが解ける。
ボスが私を抱え上げるように腰と背中に手をやった。

「殺すならお前の上で殺してくれ」

発言の意味を即座に理解して顔が熱くなる。

「だから誰にでもそう言ってるんでしょ?」
「ハハハ……」
「だから否定しなさいって」

お互いに笑いながらキスをする。
ここから先はボスとその配下の殺し屋じゃない。
ただの男と女。
私のハートはすでにこの男に射抜かれている。
冷酷で残虐で強欲で非道で正直で優しい。
そんな黒髪の東洋人に。

「もう待てない。ここでしよう」
「ここで!?」
「かまやしないさ。誰も見ない」
「バカ……」

白のスーツが剥がされていく。
染まらない私が染められるために。
そうして水の中で生まれた時の姿に戻る。
人はこうして水の中で揺られて生まれたのだろう。
私も母の中で……
母?
頭が白くなる。
思い描いた母は下半身が蛇の姿をしていた。
ラミア。
それが母の名前。
そして私は……



ボスの手が剥き出しの身体にそっと触れた。







「やめて―――――――――ッ!!」

再び大声で叫ぶ。
幻惑が途切れ、瓦解する。
ゴルゴーンは戦慄した。
肩を竦めて怯えるようにうずくまる自分に。
底なしの煩悩をたたみかける目の前の敵に。
ゴルゴーンは横島の霊力がファエトンの魔力を上回っている事をはっきりと認識していた。

「くっそ―――――ッ!!」

横島もまた再び血の涙を流している。

「傲慢で強欲なボスとクールな女殺し屋の愛……完璧だったのにッ!!」
「うるさいわッ!!」

声を荒げて怒るゴルゴーン。
令子ならワサビと醤油で一杯やりたいものだと思うほど、その顔は赤く髪は逆立っていた。

「何考えてんのよッ!?」

ゴルゴーンが髪を変化させた狙撃銃を連発する。
だが激昂する相手の攻撃を食らうほど横島も愚かではない。

「わはははッ! 浮気は男の甲斐性じゃ〜〜ッ!!」

まるでドッジボールの球を避ける小学生のようにアクロバティックな避け方で回避していく。
その顔には余裕すら感じられた。

「!!」

ゴルゴーンが自分を見失いかけていた事に気づく。
深く息を吸い込む。
身体を揺さぶる怒りと熱を一緒に吐き出すようにゆっくりと息を吐いた。

「よし」

冷静な視点で狙い撃つ。
銃弾が横島の周りに陣を形成していた六芒星の一点を撃ち抜く。
その途端六芒星を形作っていた文珠がことごとく光を失い虚空に消えた。

「ちッ!」
「これで最後よ」

両足で愛馬の腹を蹴る。
天馬が前足を上げ腹を見せるように2本足で立ち上がった。
嘶きが天に響けとばかりに重低音を効かせる。

「さようなら」

冷たく言い放って黄金の手綱を鳴らす。
青白い光の鎧を纏った弾丸が高速で飛翔を開始する。
見上げる横島もまた覚悟を決めた顔で精神を研ぎ澄ませた。

「ふぅ……」

これから使うのは神の御業。
人の身で。
何の手助けもなく行おうというのだ。
今まで使った事がある2度。
1度目は神と融合していた。
2度目は竜神の装具を装着していた。
それでもその2度とも後に反動で足腰が立たなくなってしまった。
それは人間の身体で行えば死すら伴う危険行為。
死ぬ事はできない。
あいつにもらったこの身体を無駄に散らす事だけはできない。
だが死ぬほどの覚悟がなければ、目の前のあの女は止まらない。
同化合体した今の身体なら、恐らく死にはしないだろう。
いや、きっと大丈夫。
必ず蛍子とともに令子の元へ帰ってみせる。

「はぁッ!!」

空中に文珠が3つ。
胃袋の下辺りに意識を集中する。
霊力の出力を最大に上げる。
こめかみがピクピクと震え、身体から発する熱で息が苦しい。
文珠に彫刻刀で刻むように文字が浮かんでくる。
そこへ青白い光が弾丸となって迫りこんでいた。

「間に合ッ!?」
「遅いわ」

青白い光の奔流に呑まれて横島の身体が虚空に消える。
今度こそゴルゴーンは勝利を確信した。



「『外』『道』『焼』『身』『霊』『波』『光』『線』―――!!」

何が起きたのか。
全く理解できない表情で。
ゴルゴーンはその様をまるで映画を観るように眺めていた。
愛馬ファエトンが燃えていた。
虚空から放たれた光のシャワーを浴びて。
文字通り燃え上がり、やがて虚空へ霧散した。
薄く太陽が差し昇ってくるのを感じる。
その光に照らされて映し出されたのは横島。
3つの文珠で作られた三角形の中に立つ。
文珠には『超』『加』『速』の文字が刻んであった。

「降伏しろ。命までは取りたくない」

横島がゴルゴーンに投げかける。

「ふふふ……」

ゴルゴーンが笑う。
やはりこの男、規格外だ。
アシュ様を倒したというのも頷ける。
ならば私も。
命を懸けて彼の敵を滅ぼそう。

「うぉあああぁッ!!」
「うげぇッ!?」

血の召喚儀式に横島がおののく。
魔法陣から三度呼び出される天の馬。
その色は……紫色に近い赤。
極限まで魔力を使い切ったゴルゴーンがガックリと肩を落として馬体に身を預ける。

「はぁッ……はぁッ」
「気持ち悪ぃ……」

赤紫の天馬を見て横島が呟く。
息も絶え絶えの姿で馬上に座るゴルゴーン。

「これが本当の最後。飛べッ!」

嘶きもおぞましく、美しさを感じない。
だがその鬼気迫る魔力は先ほどの天馬を遥かに凌駕する。
赤紫の天馬が空へと昇り、滑空するように横島へ突撃した。

「同じ事だぞ」

横島が消えるほどの高速でその場から離れる。
ファエトン上のゴルゴーンでもその動きを把握する事ができない。

「じゃあ、こうしてあげるッ!!」

ファエトンの首が右を向いた。
身体をくねらせて方向を転換し、高速で進撃を開始する。
その方向は横島のいる場所とは明らかに離れている。
だがファエトンに方向を変える意志はなさそうだ。
しばらく見守っていた横島は、突然ハッと気づいて高速で後を追っていった。

「東京を攻撃するつもりかッ!?」

虚空に声だけが響く。
ゴルゴーンは答えない。
口元を緩ませ悪魔的に笑う事で応じた。
みるみる東京湾が迫る。
突破した。
東京タワーが間近に迫ってくる。
その前には横島が立ちはだかっていた。



「そのまま突っ込んで」

ファエトンが唸りを上げて突っ込む。
横島の身体に深々と突き刺さった。

「ぐ、む……ッ!」

腹にファエトンの頭を抱え込んだ横島が呻く。
互いに死力を尽くしている。
自分は文珠に、ゴルゴーンは天馬に。
力をありったけ注ぎ込んでもはや言葉も交わせない。
だが負けられない。

「うおぉおおぉッ!!!」

力を込める。
その時、左肩から声が聞こえた。

「頑張って、ヨコシマッ!」

それは間違う事のないルシオラの声。

「ルシオラ、やっぱり残っていたんだなッ!?」

心臓が高鳴る。
鼓動がビートを刻んで身体中に力がみなぎってくる。

「一気に決めるわよッ!」
「おうッ!!」

ルシオラの声に応えるように気合を入れる。
ファエトンの首を抱えた。

「うおぉおッ!!」

ブレーンバスターのように抱え上げたファエトンを横島が空高く放り上げる。
そして構えた。
右腕を胸の前に立て、左腕を水平にしてクロスさせる独特のポーズ。
8つの文珠が横島の周りに八角形の陣形を組んだ。

「『外』『道』『焼』『身』『霊』『波』『光』『線』ッ!!!」

「きゃあああぁぁああぁああぁあああぁあッ!!!」

ゴルゴーンが燃えながら堕ちていった。







東京タワーの大展望台。
その上に横島が立っていた。
横には幼い少女。
視線の先には横たわった女。
痛々しくも焼け爛れたゴルゴーンの姿だった。
目は白濁し全身の皮膚が黒く変色している。
髪の毛はほとんど焼け落ちショートヘアと呼ぶのが微妙なほど。
その傷がすでに助からないほどの深手な事は誰の目にも明らか。
だがゴルゴーンはどこか安心した表情で微笑んでいた。

「まったく、やってらんないわ」
「あ、あぁ……」

横島はうなだれていた。
どんな理由があっても女に手をかけるのは辛い。
まして極上の美女だ。
それを台無しにするような形で決着してしまったのだ。
ゴルゴーンが横島に微笑みかける。

「文珠使い、ヨコシマ。頼みがあるの」
「あぁ、できる事なら何でも」

膝をついて顔を寄せる。
横島の手をそっと握ってゴルゴーンは呟いた。

「あのヒトの……アシュ様の側へいかせて」







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

青の旋律です。「遠い空の向こうに」第8回をお送りします。
冒頭がおかしいので誤解されるかも知れませんが、あくまで「遠い〜」です。

なお、「ザ・グレート展開予測ショー」で連載中の拙作ですが、下記のサイトで
加筆・修正したものをあらためて連載しています。
これは青旋の友人、黒の衝撃のHPであり、同時掲載はこちらの管理人さんとも
よく情報を交換した上で行っております。
アドレスは載せませんので、もし興味のある方は探してみてください。

 常世の逝かれた仮面堂……Fate/stay night、シンフォニック=レインなど
             ゲーム系SSが中心です。
             ちょっと壊れた店主と店員がお待ちしております。

次回で最終回の予定です。
以上、青の旋律でした。感想などお待ちしています。

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