ザ・グレート・展開予測ショー

遠い空の向こうに その7


投稿者名:青の旋律
投稿日時:(05/ 2/19)

              7



夜空に大きな青白い巨大な球体が尾を引いて流れ落ちてくる。
その目的地である東京タワーを目指して。
闇を飲み込んで迫るそれをルシオラが見上げた。

「ルシオラ! タワーの破壊はまずい!」
「分かったわ!」

立っていた円柱状アンテナを蹴って飛び上がる。
今度はイメージ通りに飛翔がコントロールができた。
その事に一人ほくそ笑む。

「何、笑ってるんだよ」
「ふふ。い〜のッ」
「何だそれ?」
「……! 来たわッ!!」

笑顔を一瞬で厳しい表情に変えてルシオラが空を睨む。
隕石のような青白い光が目の前に広がっている。
みるみる迫ってくる。

「はぁッ!!」

飛びながら突き上げた両手から霊波砲を連続して撃ち出す。
全弾直撃、爆発。
東京タワーの遥か上空に巨大な爆雲が巻き起こる。
カウンター効果も手伝い、その威力は本来の数倍に跳ね上がっていた。
究極の魔体を撃った最後の一撃に匹敵するかも知れないほどに。

「なッ!?」

爆煙を振り払うように青白い光の壁がせり出してくる。
青白い光が弾け、巨大な馬体が露になった。

「でけぇッ!!」

横島が驚く。
実際に接近すると、ゴルゴーンの駆る天馬は現存する馬よりも遥かに巨大だった。
その姿は片目が吹き飛び首はえぐれ、四肢のうち二脚が消し飛んで羽は片方ちぎれている。
それでもなお、その突進は止まらなかった。

「避けろッ!!」
「きゃぁッ!!」

身体をねじるように右方向に向きを変える。
だがすでに手遅れだった。
強烈な体当たりがルシオラを吹き飛ばすべく近づいてくる。

「『回』『避』ッ!!」

ルシオラの周りを飛ぶ文珠が2つ輝く。
右手を誰かに引っ張られるようにルシオラは右側に引き寄せられた。
その直後、掠めるように天馬が通り過ぎていく。

「あ、危なかっ……きゃッ!!」

高速の突進による衝撃波がルシオラを襲う。
空気の塊をぶつけられたような圧迫感。
肺が空気を取り込むのを拒絶する。
頭が真白になり意識が飛ぶ。
ルシオラは反時計回りに回転しながら堕ちていった。

「ルシオラッ!!」
「……はッ!?」
「大丈夫かッ!?」
「え、えぇ……大丈夫よ」

頭を押さえて瞬きをしながら状況を確認する。
都会のビル群に突っ込もうとしている自分を認識する。

「堕ちるぞッ!」
「わかってるッ!!」

ルシオラが体勢を整え、滑空するように東京湾方向へ流れる。
その後ろでゴルゴーンが叫んだ。

「遅いのよッ!!」

ルシオラの死角になる斜め後ろ上に天馬が急接近する。
その姿は攻撃を受ける前の白く美しい勇壮な馬体。

「なッ!?」
「復元したのかッ!?」

振り返るルシオラと横島が驚愕の声を上げる。
地上を走るように動かす四肢が迫ってきた。

「蹴りがくるぞッ!!」
「大丈夫ッ!!」

緩急自在にスピードを変えて羽虫のように脚の間をすり抜ける。
今度はルシオラが天馬の後ろにつく形になった。

「はッ!!」

右手の平から霊波砲を撃ち出す。
今度は一撃をピンポイントで天馬の首に。
どんな生物でも首が落ちれば終わり。
たとえ魔族だろうと神族であろうと。
黄色い光の矢が天馬に突き刺さった。

「どうしてッ!?」
「うそだろッ!?」

爆煙が吹き飛ぶ。
ルシオラと横島は驚愕の声を上げた。
ゴルゴーンが振り返り余裕の笑みを浮かべている。
天馬がなおも動き続けている。
首から上のないその姿は死を呼ぶ首なし馬『コシュタ・バワー』を想像させた。
高速で離脱し、首のない天馬から距離を置く。
そして再び視界に天馬を置いた時、その首にはしっかりと頭が乗っていた。

「あ〜〜ッ! ワケが分からんッ!!」

横島がルシオラの意識の中で頭を掻きむしる。

「不死身かよあの馬ッ!?」
「いいえ、違うわ」

横島を落ち着かせるようにルシオラが否定する。

「傷ついてるし、修復して魔力は確実に落ちてる。ただその魔力が桁外れなだけ」
「って事は持久戦か」
「それも無理よ。こっちが保たないわ」

ルシオラが腕を組み右手をアゴに当てて考える。
結論はすぐに出る。
アゴから右手を離し、右肩にいる横島に不敵な笑いを向けた。

「こうなったら持てる最大の攻撃をするしかないわ」

右拳を強く握り、力を溜め始める。
その顔には勝利を確信した絶対の自信がみなぎっている。
視線を天馬に向けた。
高速で飛翔を開始する。

「ヨコシマッ! 意識を高めてッ!!」
「おぉッ!!」

ルシオラが叫ぶ。
応じた横島が霊力の出力を上げていく。
その眼前には、敵意剥き出しの白い天馬が殺気をたぎらせた視線を向けている。

「うおおッ!!」

横島の意志に従うように3つの文珠がルシオラの前に三角を形作る。
ルシオラが左手で手首を支えた光り輝く右拳を突き出す。

「はぁッ!!」

3つの文珠に『極』『大』『化』の文字が浮かび上がった。
開かれた手の平から放たれた霊波砲が三角形の中心を射抜く。
発射時の数倍の大きさに膨れ上がった巨大な奔流が天馬を包み込む。
その一撃は花火か対空砲火のように夜空を黄色く明滅させる。
空を覆うほどの爆雲が消える。
そこに天馬の姿はなかった。
その乗り手たるゴルゴーンがいる他は。

「あいつ本気で不死身か……?」

横島が忌々しいと言わんばかりの口調で呟く。
ギリシャ神話のゴルゴーンは不死身で知られている。
だが実際に不死身な生物などいない。
アシュタロスでさえ、何度も復活すると言うだけあって死ぬのだ。

「でも、これで決まりよ」

ルシオラが右手に力を込めながら接近していく。

「あいつは魔眼を使うぞ」
「今の私に魔眼は効かないわ」

石化の魔眼。
見入った相手を石と化す、数ある呪縛でも最高位とされている魔の瞳。
だが手札が割れていれば対抗策も容易い。
状態変化に特化した霊的防御力を纏わせておけば石化は防げる。
防御に使う維持霊力は高いが、今の霊力ならおつりがくるほどだ。
まして……
ルシオラが空中でその動きを止める。
置いた距離はどんな抵抗も虚しい絶対有利の間合い。
サングラスが片方割れて水晶のような眼を覗かせているゴルゴーンを捉える。
ゴルゴーンは体中から煙を出してうずくまるように虚空に放り出されている。
髪は乱れ顔は汚れ、黒のレザーコートはボロボロに破れあちこちから血のついた白い肌が露出している。
もはや抵抗する力も感じさせないその姿はまさに満身創痍。
勝敗は決している。
だがルシオラに容赦する気配はない。
ここでトドメを躊躇すれば、また何度も蛍子を、ヨコシマを狙ってくるだろう。
完全に消滅させなければ。

「ここまでやるとはね。恐れ入ったわ」
「言い残す事はある?」

ゴルゴーンが悔しさをにじませた表情でルシオラを見つめる。
ルシオラの間合いが絶対不可避の距離である事を悟っていた。
冷たく乾いた声でルシオラが言い放つ。
ゴルゴーンは左肩を押さえてギリと奥歯を噛み締めた。
それは先に自分が最終通告した時と同じような冷酷な声だった。

「……そうね。あなた、どうやってその男の子どもに転生したの?」
「? どうやってって……」
「俺の霊基にルシオラが混じったから……じゃなかったっけ?」

意表をつく形のゴルゴーンの問いにルシオラが困惑の表情を浮かべる。
横島が15年前に想いを馳せる。
確か令子がそんな事を言っていたような。

「やっぱり分からないわよね」

ため息1つこぼしてゴルゴーンが視線を左に落とす。
そしてすぐにルシオラに向け直した。
その視線にルシオラが異質なものを感じる。
背筋に1本の寒気が走っていた。
ゴルゴーンの石化の魔眼はすでに認識している。
状態変化に対して防御力が増している今の自分には効かない。
それは分かっている。
なのにどうして……
戦慄するルシオラにゴルゴーンが微笑みかけた。

「石化の本質って知ってる?」

おもむろに片方だけぶら下がっていたサングラスを外す。
その瞬間にルシオラは全てを悟った。
だが遅すぎた。

「吸収よ」

ゴルゴーンの両の眼が冷たく光り輝いた。



「あぁッ!!」

全身の皮を引き剥がされるような痛みを伴いながら身体から霊力、魔力が奪われていく。
代わりに接着剤でも流し込まれたのか。
足が、腕が、凝固したように動かない。
これが石化現象の本質。
対象の霊的エネルギーを極限まで奪い去る。
それによって抜け殻同然の肉体が凝固し石と化していたのだ。
ちょうど水分を完全に抜き取ったミイラのように。
これなら高めた霊的防御力すら吸収するエネルギーの1つに過ぎない。
霊力、魔力の高い相手ほどこの力の餌食になるだろう。
だがこのままでは霊力に変換したままの横島が存在ごと吸収されてしまう。

「ヨコシマッ! 合体を解いてッ!!」

動かない身体で懸命に叫んだ。
反応がない。
すでに吸収されてしまったのか。
そんな事はない。
絶対にヨコシマは死なせない。
目をつぶり薄れゆく意識を額に集中させる。

「はぁあぁッ!!」

カッと見開く。
瞬間、ルシオラだったその姿が横島に入れ替わる。

「……はッ!?」

焼けるような痛みで意識を取り戻す。
眼前には魔眼を解放したゴルゴーン。

「やべッ!!」

未だ状況が把握しきれない。
だがこの状況がとんでもなく危険な事は分かった。
そして逃げようにも身体が全く動かない事も。

「文珠ッ!!」

浮遊している文珠の一つが輝く。
太陽が現れたかのように夜空が白く染まった。

「うッ!」

至近距離で『閃』の光をまともに浴びたゴルゴーンが顔を背ける。
その一瞬の隙をつく。
焼き切れんほどの意識の集中。
そして発動したのは『離』『脱』の2つだった。
後ろから引っ張られる感覚を味わいながら、横島が片仮名のコの字のような姿で飛ぶ。
かろうじて視認できる距離で、2つの文珠は砕けて消えた。

「ルシオラ? ルシオラ!」

何度もの呼びかけにもルシオラは応じない。
だが同期したままの姿が全てを物語る。
ルシオラの存在は消えていない。
大丈夫。
何も恐れる事はない。
横島が視線を目の前に移す。
再びその威風堂々たる雄姿を晒した白き天馬と、その背に乗った主を見据えた。

「応えないわよ? ルシオラはこの子のお腹の中だもの」

ゴルゴーンが天馬のたてがみを撫でながら余裕の表情を浮かべている。
天馬が嬉しそうに首を上下させた。

「ルシオラを再び失った気分はどう?」

その言葉と共に突き付ける憎しみと恨み。
愛しい人を殺した仇、横島忠夫。

「なんだ、結局アシュタロスの仇討ちか」

少し拍子抜けしたような表情で横島が片眉を上げた。

「だとしたら……どうするわけ?」

ゴルゴーンが真開いた目と声色で凄む。
手の内はほとんど曝け出した。
これほどの相手は三界でもそういない。
だからこそ、これ以上の戦闘は不要だ。
早々にケリをつけてこの場を去らなければならない。
全身から圧倒的な殺意を叩きつける。

「デートをしよう! ゴルゴーン」

挑発的な剣幕を流して横島が珍妙な提案をする。
その態度にゴルゴーンが一瞬顔色を失くす。

「脳ミソに青カビでも湧いたんじゃないの?」
「いや〜、お互いに大事な人を殺された者同志、仲良くなれるかな〜っと」

頭をかきながら笑顔で答える横島。
心底呆れた顔をしてゴルゴーンが吐き捨てた。

「要するにルシオラの事はもうどうでもいいんでしょ? あなた」
「どうでも?」

その言葉に笑顔が止まる。
一瞬で素の表情に戻りゴルゴーンを見つめる。
眼光の迫力に気圧されたゴルゴーンがゴクリと唾を飲み込んだ。

「俺はあいつに生かされた」

死を迎えていた自分を文字通り命を与えて生かしたのだ。
その結果自らが死に至る事も重々認識した上で。

「今の俺はもう俺一人の命じゃない。あいつの命も背負っているんだ」

それは蛍子が生まれてからも変わらない。
蛍子がたとえルシオラそのものであったとしても。

「ルシオラはここにいる。いつだってずっと」

親指をそっと左胸に押し当てる。
脈打つ鼓動は自分のもの。
だが同時にルシオラのものでもあるのだ。

「だから死ぬわけにはいかない。たとえルシオラがお前に奪われていたとしてもなッ!!」

横島の絶叫と共に文珠が輝きを放つ。
『煩』『悩』『限』『界』『突』『破』の6つが横島を中心に光の六芒星を形作る。

「煩悩パワー、リミットブレイクッ!!」

周りの空気が研ぎ澄まされたように鋭くなっていくのを、ゴルゴーンは戦慄と共に感じていた。



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青の旋律です。第7回をお届けします。
魔眼の解釈はやっぱりアノ作品からアイデアもらってます。
ではどうぞ。


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