ザ・グレート・展開予測ショー

World Cat Wars  1


投稿者名:777
投稿日時:(05/ 2/16)

 ある日の午後。日本のとある高校で。



 ――高校生活において、英語の授業ほど退屈な時間はないんじゃないだろうか。

 使い古された机に突っ伏して、教師の話を聞き流しながら、横島忠夫は益体もない思考に身を任せていた。

 ――大体、俺はもうゴーストスイーパーの資格も取ってる。もう、高校なんていつやめてもいいんだ。

 横島の母親は、高校だけは卒業しておけと言っていた。もちろん、それに逆らうつもりはない。退屈な授業の時間潰しをしているだけだ。

 ――それにしても、この授業の退屈さは異常だな。ピートや愛子ですら聞いてないんだから。

 横島の友人である、ピートことピエトロ・ド・ブラドーと机妖怪の愛子は、二人とも優等生だ。成績もよく、何より学生であると言う立場を楽しんでいて、授業も熱心に聞

く。

 そんな二人も、今はあまり集中していない。ピートはなにやら難しそうな分厚い本を読んでいるし、愛子は他の女生徒と手紙を回してクスクス笑っている。

 ――真面目に聞いてる奴、誰もいないんじゃないか?

 教室を見渡す。こっそり漫画を読んでいたり、ウォークマンを聞いていたり。誰も授業に集中していない。

 教師もきっとやる気がないのだろう。注意するそぶりも見せない。

 ――あれ、あの子は?

 陽の当たる窓際の、一番後ろの席で、女の子が熱心にノートを取っている。シャープペンの先についた猫のマスコットが、少女が字を書くたびに小刻みに動いていた。

 ――猫、か。

 丸っこい三毛猫が、クルクルと回っている。少女は、何が楽しいのか、微笑みながらノートを取っている。

 ――今日も平和だなぁ。

 そんなことを思いながら、横島は目を閉じた。










 同時刻。アメリカで。



 首都に近いある州の軍事基地で、二人の兵士が見張りに立っている。

 機密の多い軍事基地、それもここには核兵器が保管されているので、機械による警備も厳重だ。たとえ兵士がいなくとも何者も侵入することはできないはずだが、それでも

彼らは生真面目に職務をこなしていた。

「ご苦労。異常はないか?」

 通りがかった上官が二人に声をかけた。

 無論、上官自身この基地に侵入できるものなどいないと分かっている。挨拶のようなものだ。

「イエス、サー! 猫の子一匹通るものはありません!」

 兵士の一人が、敬礼して答えた。その返答は至極生真面目である。上官はひそかにほくそ笑む。

 一般には知られていない事だが、軍隊というところはどこもユーモアを大切にする。昼夜問わず人の命を奪う訓練を積む彼らにとって、会話にユーモアを混ぜることは人間らしさを維持するために必須のことだ。

 兵士たちはまだ新米だ。まだまだユーモアを理解していない。

 上官は部下に対して、いかにユーモアが大切か教えようと思っていた。すでに仕込みは済んでいる。

「そうかね? では、あれはなんだ?」

 上官が指さした先を見て、兵士の顔がこわばった。灰色と黒の毛に覆われた可愛らしい猫が、馬鹿にしたように座っている。

 アメリカ人の二人に一人が飼っているという、アメリカを代表するプリチーキャッツ、アメリカンショートヘアーである。この子の可愛さ限りない。

「あれは、猫のように見えるのだが?」

「いや、これは……おかしいですね。一体、どこから」

 不思議がる部下に、上官は笑いをこらえるのに必死だった。そう、この猫は上官自身が連れてきたものだ。

「まったく、猫だったから良いようなものの、これが侵入者だったら大変なことになっていたぞ。しっかりしたまえ」

 後で種明かしをしてやろう。そう思いながら部下を叱咤する。こうやって、軍隊にもっとも必要なユーモアが鍛えられていくのだ。

「職務に戻りたまえ。この猫は私が外に連れて行こう」

 そう言って、上官が猫を抱き上げようとしたときだった。

「その必要はない」

 冷たい声が響く。

 上官も部下も、その声が一体どこから聞こえたのか分からなかった。そんな彼らを馬鹿にしたように、猫が口をゆがめる。

「猫が喋るのは珍しいか?」

「妖怪か!」

 見張りに立っていた二人の兵士が銃を抜いた。銃口をぴたりと猫に向け、上官の指示を待つ。

 上官は優秀だった。こういう非常時にこそ、ユーモアが必要なのだと、彼はよく知っている。

「そんな馬鹿なことがあるはずがない!」

 上官はオーバーリアクションで驚いてみせる。これは仕込みである。さぁ部下たちよ、私のユーモアセンスに笑い転げるがいい!

「猫が喋っているのに、語尾がニャーではないだなんて!」

「HAHAHAHAHA!!」

 二人の部下は銃を手から離して笑い転げた。猫は軽く呆然としている。

「――これが訓練をつんだ軍人の姿か……。情けない。目の前にある危機に気づかないとは」

 猫は呆れたように呟いて、右前足を兵士たちに向けた。瞬間、上官が目を光らせて叫んだ。

「AH、MANEKINEKO!!」

「GUHAHAHAHAHAHAHA!!!!!」

 部下たちはもはや満足に息すらできないほど笑い転げている。上官はそんな彼らに満足して、自らの顔にも笑みを浮かべる。ユーモアとは、人を笑わせて二流、自分も楽し

んでこそ一流なのだ。

「死ね」

 冷たい声と共に、猫は右前足を振り下ろした。不可視の力が兵士たちを襲う。

 かつて、ある高名な軍人が言った。笑って死ねる軍人は幸運だと。

 そういう意味で、彼ら三人は間違いなく幸運だった。

「――くだらん。あまりにも弱すぎる。能力を持たない人間は、こうも弱いものか」

 そういう問題ではないだろうと薄々気づいてはいるが、猫は精一杯格好をつけた。猫族は誇り高い生き物だからだ。

「敵はやはり、能力者どもだろうな。クックッ、さぁ、祭りを始めるぞ! せいぜい楽しませろよ、ゴーストスイーパー!!」

 用意してきた台詞を叫んで、猫は基地に向かって疾走する。すでに騒ぎを聞きつけた軍人たちが集まっている。


 
 十分とかからず、基地は一匹の猫によって陥落させられた。









 一時間後。日本のオカルトGメン本部で。



 その知らせを受けた美神美智恵の見せた反応は、一言で言えば困惑だった。『ここ、笑うところ?』とでも聞くように首を傾げる。

 無理もない、と西条輝彦は思う。

 自分も最初、部下がいかしたユーモアセンスを発揮したのだと思い、笑ったものだ。

 西条が真面目な顔を崩さないのを見て、美智恵はそれがユーモアではないと判断した。改めて聞きなおす。

「猫が――何ですって?」

「すべての核保有国の軍事基地に同時に来襲。不可思議な力を使い、すでにほとんどの基地が制圧されました。いくつかの基地では今なお交戦中ですが、形勢は不利とのこと

です」

 西条の言葉に、美智恵は眉間を抑えてため息をついた。

「それを猫がやったというの? ユーモアではないのね?」

「確認しましたが、正式な手順を踏んだ報告でした。各国が国際摩擦を覚悟の上でユーモアセンスを披露したのだというなら、これほど愉快なこともないのですが」

「外務省辺りが何かへまでもやらかしたんじゃない?」

 答えず、西条は肩をすくめて見せた。一体何が起こっているのか、西条自身つかめていない。ただ事実を報告するのみだ。

「神族、魔族からの通達は?」

「『それは人間界のみの問題である』と」

 美智恵が驚いたように眉を上げた。

「嘘でしょう!? 神族も魔族も関わっていない? それじゃあ、人間界の猫が魔族化することも神格を帯びることもなく、人間に襲いかかったって言うの!?」

 アシュタロスとの戦い以降、神界と魔界、それから人間界の結びつきはいっそう強くなった。二度とあんな事件を起こさないよう、世界のバランスが崩れるような動きがあ

れば、すぐに三界が協力して対処に当たるよう体制が敷かれているのである。

 ただし、それはあくまで世界のバランスが崩れるような動きに対してのみだ。

 他の世界に対して何の影響もないと判断された場合、つまり魔界のものが魔界に、神界のものが神界に、人間界のものが人間界に問題を起こしたとしても、他の世界が干渉

してくることはない。

 今回の事件において、神族と魔族は『人間界のみの問題である』と通達して来た。それはすなわち、敵である猫は神族でも魔族でもないということである。神格を帯びたわ

けでも、魔族化したわけでもなく(妖怪化も魔族化の一種である)、もともと人間界にいた猫が、人間たちに攻撃しているということだ。

「実はもともと強かったとでも言うの? ……ありえないわね」

「どうなさいますか?」

 美智恵は目を閉じて数秒思考した。顔を上げて指示を出す。

「まだ指揮権を委任されていないから、対処にも限度があるわ。でも、猫が不可解な力を使うというのなら、それも時間の問題でしょう。多少越権行為になるけど、仕方ない

わ。

 オカルトGメン全隊員に緊急指令を。敵勢力は未知。日本を守ることを第一に考えます。結界の準備と対魔族戦闘のSクラス配備を」

「了解しました」

 一礼して、西条が退出した。部下のいなくなった部屋で、美智恵はふと呟いた。

「猫、ね。なんだか平和よね」








 数時間後。美神除霊事務所で。



「美神さん、美神さーん!」

 珍しく騒いでいる氷室キヌの声に、美神令子は読んでいた本から顔を上げた。

 視線で問いかけると、おキヌがテレビの前でしきりに手招いている。居候の人狼犬塚シロと、同じく妖狐のタマモもテレビに熱中しているようだ。

「どうしたっていうのよ?」

「これこれ、面白そうですよ!」

 興味がわいて、美神は画面を覗き込んだ。画面の中に、一匹の可愛らしい猫が座っている。

「なんだ、猫じゃない」

 画面の中で、猫は演説台らしき壇上にちょこんと座っている。明るい色柄の三毛猫だ。

『我らは宣言する』

 突然、猫が喋り始めた。明瞭な発音とよどみない口調で、猫は朗々と述べる。

『自らを万物の霊長などと称す、愚かな人間たちよ、聞くがいい。

 我は猫の王。誇り高き猫族の、頂点に君臨する者。

 我は宣言する。人間たちの時代は終わったと』

「映画の宣伝?」

 ハリウッド辺りが作りそうな映画だ、と美神は思う。おキヌが楽しげに頷いた。

「だと思います。面白そうですよね!」

 猫の演説は続く。

『我らは何千年に渡り、人間たちの生き方を観察してきた。だからこそ知っている。人間が愚か極まりない生き物であると。諸君らはこの美しき世界を治めるに足る生き物で

はないと。

 これは世界の意思である。世界は人間を見限った。そして選んだのだ。世界を治めるものとして、我ら猫族を。

 世界にとって、我らは正義。諸君らは悪だ!』

「よくあるテーマよね。自然破壊はいけないYO!」

 きっとウィットに富んだジョークとユーモアセンスあふるる映画なのだろうな。美神の好む類の映画だ。

「監督は誰なんでしょうね〜」

 おキヌも楽しみにしているようだ。シロとタマモもこれだけ熱中しているのだからきっと見に行きたいだろう。

 ママも誘って、みんなで見に行くのもいいかな。

 そんなことを思っていると、ふと視線を感じた。窓の外に目を移すと、何匹かの野良猫がいる。まったく、なんて平和そうな生き物なんだろう。

 電話のベルが鳴った。おキヌがテレビに熱中しているから、美神が取る。

『令子、聞こえる!?』

「あ、ママ? ちょうどよかったわ。今、面白そうな映画の……」

『ひのめを連れて、すぐにそこから離れなさい! 猫が狙ってる!』

「ママ? 何を言って――」

 画面の中で、猫が叫んだ。

『我ら猫は、人間たちに宣戦布告する!!』

 窓の外にいた野良猫たちが、一斉に口を開いた。その口の中に、白く光る光体があった。
 

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