ザ・グレート・展開予測ショー

〜 『キツネとチョコとラブソングと』 前編 〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(05/ 2/14)




―――――甘くて切ないチョコの味☆ 
     セントバレンタイン・・。それは恋する乙女がシンデレラに変わる、魔法の日なの!!?ウヒャッ!!!―――――



・・なんていう書き出しで始まる、陳腐でチープなキャッチフレーズを・・・


「・・・・・。」

横島忠夫は半眼で、口から血を吐きながら見つめ続けていた。

場所は、言わずと知れた彼の住処のアパート前。微妙に不衛生で、微妙にうら淋しい。ついでに言うなら、女っ気なし。
傍目から見ても、完全に終わっちゃってる彼の姿を、小鳥たちがチュンチュンと祝福している。

「・・いや、まさか小鳥に面と向かって馬鹿にされる日が来るとは思わなかったけど・・。
 にしても、何なんだよ・・。朝っぱらから頭悪そうな広告だな、オイ」

自室を後にし、郵便受けに手を突っ込むと・・・予想通り、上記のようなチラシの山、山、山。
うんざりした顔でため息をついて、横島は、クシャクシャとその紙クズを丸めてしまう。

・・嗚呼、登校前からイヤなものを見た。

何を隠そう、今日のこの日は『聖バレンタイデー』。
独り身の獣たちにしてみれば、かの世界恐慌を生んだ、ブラックサーズデーよりも荒んだ、残酷なアニバーサリーだ。
去年、失恋し、連載を一時休止した『かぜナントカ』とかいう作家には本当に厳しい。
寒いっ!ひもじいっ!!凍えてしまいそうだっ!!!ギブミーチョッコレートッ!!!!

・・・閑話休題。

「・・って言っても、こう毎度毎度だとこっちの方も慣れてくんだけどな・・。大体、好きでもない女からチョコなんてもらって嬉しいのかねぇ」

気のない様子で、そうぼやく。
・・おいおい、それは枯れすぎだろ、というつっこみもあるが・・。

なんだかんだで最近の彼は、ずっとこんなスタンスで日々を送り続けていたりする。
相も変わらず、性欲だけは旺盛だが・・こと、恋愛に関してはノータッチ。以前のようなガツガツした感が無くなり、女性からの評価は上がっている・・
・・にもかかわらず、当の本人がそのことに気付かないという悪循環。

生まれてこの方、モテた試しなど一度もなく、これからもその手の話題とは無縁であろう・・・。
そう思い込みつづける彼の周囲では、今日も数多の女性たちがヤキモキしたり、特攻をかけたり、爆砕していたりするのだが・・・

――――――――ちなみに、これは余談。
そんな彼の変化が・・実は、蛍と、恋と、そして1つの悲しい別離から始まったものであると・・・・
・・そう知っている者は、数少ない・・。


「・・腹いせに、給料はたいてコンビニのチョコ買い占めてやろうかなぁ・・・」

・・まぁ、経緯はどうあれ、結果的にこういう困った人格が形成されるに至ったわけである。


―――――「・・横島は、ちょこれーとがキライなのか?」

「あ〜今日なんかは特になぁ・・。同情でもらう義理チョコとか、もう自分自身がいたたまれなすぎて、
 『ハレハ〜レ!!ハレハ〜レ!!』とか叫びながら、全裸でサバンナの荒野を疾走したくなったりして・・」

「?ぜんら?」

「・・美術のモデルの時に、1回やっただけなんだけどさ。コレがなかなか、振り子のようにブツが揺れて、OH!グッジョブ・・って・・・へ?」

いや、もうそれは変態の域に突入していると思うが・・。
不意に声が聞こえた。綺麗だが、まだ舌足らずな、幼い声。そのくせ、口調だけは妙にぶっきらぼうで愛想がない・・。
それは横島のよく知る声だ。

「?スズノか?どこだ?」
「・・・・・こっち」

キョロキョロと首を動かす横島の目線よりも少し・・・訂正、大分下。そこには一人の少女がたたずんでいる。

銀色の長い髪に、サファイアの瞳。
ぼ〜っとしていて、何を考えているのかイマイチ分からない・・そんな無表情がトレードマークの、11・2歳の女の子。
血縁関係にはないものの、彼女はタマモと姉妹同然に育てられた妖狐であり・・・
その他、色々と複雑な経歴の持ち主だが、今ではすっかり事務所のマスコットキャラとして馴染んでいる。

「・・・・。」

それはそれとして・・。なんだか、ちょっと教育上よろしくない発言を連発してしまったような気が・・。
じーーーーー。
痛い視線が突き刺さる。

「・・・さっきのは無しな」
「?それよりも、横島はちょこれーとがキライなのか?」

「・・へ?い、いや・・別にそんなことは・・」
「でも、キライだと言っていた・・」

「え、えーと・・その、アレは一種の言葉のアヤというか・・モテない男のグッドジョブ・・って、そっちじゃなくて・・」
「・・そーか。横島はちょこれーとがキライなのか・・」

目に見えて沈む口調。しゅんとした顔。その手に握られている小さな『ラッピング』。
思わず横島が後ずさる。

(や、やばい・・?)

いや、分かってはいるのだ。さすがにスズノが、異性として自分に好意を寄せているのではない、ということは。
きっとまた・・おキヌちゃんか、タマモあたりに吹き込まれて・・普段のお礼に、と用意したものに違いない。
そういう意味で受け取る分には、全くもって構わない・・むしろ歓迎すべきことなのだが・・

で、でもなぁ・・何ていうか・・オレが毎年もらえるチョコレートの絶対数って、それはもう笑っちゃうぐらい少ないわけで・・
例えば、『今日は依頼のせいで、事務所の面々と連絡がつきませんでした』、みたいなことが起こったりすると、
下手をすればコレが、今年手に入る、唯一にして最後のチョコ・・なんて展開も十分有り得るわけで・・・

そんな状況で、10歳くらいの女の子からチョコ受け取って、『ウッヒョーーー!!」とか絶叫する高校生の図。
それって・・それって・・・

・・・ロリコンじゃん。

「・・・・・。」
「い、いやいやいやいや!!んなことないぞ?なんていうかアレだよ、スズノからもらえるチョコは特別っていうかさ・・。
 あまりのことにちょっと気が動転しただけで・・。う、うーうー・・嬉しいなあっ!!スズノからのチョコだぁっ!ウッヒョーー!!」

ロリコン確定。
涙ながらに飛び跳ねて喜ぶその姿は・・・なんだか、三界一の幸せ者、といった風情であり・・・

「・・そーなのか。そこまで感謝されると、ちょっと照れるかも」
「そ、そか・・。ハハッ・・・うん、良かった良かった・・・・うぅ・・・」

朝から倒れこむほどの疲労を覚える横島だった。


―――――――・・・。


「それで、お前はこの後どうすんだ?もう事務所に帰るのか?」
「ううん・・。これから、西条のところにも行こうと思う」

・・そいつはいい。
横島の顔が邪笑に歪む。『ついでにこれも』、と西条用のチョコに、何かメモのようなものを添付して・・
そこには乱雑な文字でこう。

《ロリコン公務員 見参!!僕は10歳くらいの女の子にハァハァしちゃう、変態なのでした。ヘヒャッ!!》
記しつつ、横島は上機嫌そうに頷いた。

「んじゃな。オレは学校行くから、また事務所で」
ポンポン、とスズノの頭に手を置いた後・・・そのまま横島は歩き出し・・。やがてその姿は道の向こうへと消えてしまう。
そこで、スズノがようやく口を開いた。

「ねーさま・・横島、行ってしまったぞ?」

次の瞬間、茂みがガサガサ。つづいて、凄まじいボリュームのナインテールが飛び出してきて・・

「ちょ・・ちょっと待って・・!髪が木の枝にからまって・・」
びょーん、びょーん。何故かゴムのように伸びる長い金髪。

「追いかけるくらいなら、一緒に渡せばよかったのに・・」
「だ、だって・・スズノはまだ子供だからまだ拒否されたりはしないだろうけど・・。私の場合はちょっと意味合いが違うし・・。
 つまり、少しでも成功確率を高めるための戦略が・・・」

何かブツブツつぶやいているタマモに、スズノは軽く首をかしげて・・

「『ぎり』だと言えば大丈夫だと思う・・」
「・・でも、それだと後につながらないから」
相変わらず、計算高いのか小心者なのかよく分からなかった。びょーんびょーん・・絡まった髪はやっぱり取れない。

「・・きっと上手くいく。この間、横島もねーさまのこと、可愛いって言ってたから」
「え?ほ、ホントに?」
少し考えて妹がそう言うと、姉がガバッっと顔を上げ・・・・

「・・・・キツネに戻ったねーさまは、ブルドッグやパグ並みに可愛いって・・・」

「・・・・・・・・・・・・。」

「・・・ねーさま、泣いてるの?」


                           
                        ◇



――――CASE.1


「う〜む・・先刻は勢いでああ言ったものの、よく考えると義理チョコってのも悪くないかもな・・」

スズノからもらったチョコを眺めて、横島は感慨深げに独りごちた。
そう・・1年前はアシュタロスの件でゴタついていて気付かなかったが・・・自分はこれで、女性の知り合いが案外多かったりするのだ。
普段、付き合いのある人物だけをざっと挙げてみても・・・・愛子、小鳩ちゃん、魔鈴さん、隊長、(ひのめちゃん)。
事務所の仲間たちをカウントから外しても、コレだけ居れば、全くもらえないということは無い気がする。

「うお・・なんか、俄然、生きる気力が湧いてきたかも・・。いいな、義理チョコ!お手軽だし、お返しに気ぃ遣わなくていいし・・。
 それでバレンタインの気分が味わえるなんて最高じゃん!!」

・・本気で言ってるあたり、この男の恐ろしさが窺えた。

「・・・んぁ?」

・・・と。ノロノロ通学路を歩く横島の足にブレーキがかかる。
通常の土地より、わすかに開けた教会の庭園。数秒の間、見つめた後・・そこが知人の家宅であると、ようやく気付く。

「ありゃりゃ・・今年も変わらずご盛況なことで・・」
苦笑とともにつぶやくと、横島は傍ら(かたわら)のポストへ目をやった。
送りつけられたチョコレートの山で、パンクしかけた四角い箱。同じ郵便受けなのに、横島宅のそれとは、状態において一線を画する。

「ピ●チュウとラ●チュウぐらい違うかな・・」

でも作者はピカ●ュウの方が好き(イヤ、マジで)。

―――――――・・。

「あれ?横島さん?朝からココに来るなんて、珍しいですね・・」

前方から上がったのは、これまたやはり、聞き覚えのある声だった。
玄関を降りてくるクラスメートに、横島は片手をヒラヒラ振って・・・・・

「よっ!ピート・・このMr.バレンタインめ」
「は?」

ピーとの脳裏に一瞬。
いかがわしいシルクハットを被り、素敵なマントをなびかせ、『ギブミーチョッコレートッ!!ギブミーチョッコレートッ!!』
・・と、ボケ老人のように繰り返す、《Mr.バレンタイン》なる、おっさんの姿が現れるが・・・

「あぁ・・そういえば今日は・・」
しかし、すぐさま理解したのか、頬かきながら、横島の元に駆け寄ってくる。
ポストの惨状を目の当たりにし、『う・・』とわずかに息をつまらせ・・・

「・・なんだか、年を追うごとに増えてるみたいですね。今年も修理に出さないと・・」
「今、ディスプレイごしに、お前に殺意を持った読者は・・決して少なくないと思うぞ?」
ぼそり、と横島が口にした。

・・それにしても大した量である。ピートに無断で物色して見たとこと・・・出るわ、出るわ・・。
ぎゅうぎゅう詰めの包装が、ボトボトと取り出し口から溢れ落ちる。多分、10や20では効かないだろう。

「うっわ〜すげえわ、こりゃ。海外便まであるじゃねぇか・・」
「ちょ・・ちょっと、横島さん・・それは・・」

何故か感心したような横島の視線。それをさえぎり、ピートがしどろもどろに応対する。
見られると、よほど都合が悪いのか・・彼はバツ悪そうに顔をしかめて・・

「もしかして・・故郷に残してきた恋人、とか?」
「え?い、いや・・そんないいものじゃありませんよ。それに、コッチの方は・・ほら」

海外便は2通あった。ピートは、その片側を取り出すと、あっさり横島の前に差し出してみせる。
発送者の名前は、アン・ヘルシング。

「あぁ・・あの迷惑娘ね・・。元気そうだな」

言いながら、遠い目で横島は空を見上げた。
海を越えてやって来たという少女。予告なしに拉致監禁されたり、ゴリアテ呼ばわりされたり、思いっきり殺されかけたり・・。
それも、今となってはいい思い出だ。・・いや、もちろん皮肉だが。

「あの時はマジでヤバかったもんなぁ・・。で?そっちの方は?」
「う・・やっぱりこの程度じゃ、誤魔化せませんか?」

話を逸らそうと試みたささやかな抵抗。それも一言で失敗に終わる。
小さくため息をついた後、ピートは観念したかのように白旗を揚げた・・。

「・・幼なじみ、なんですよ。昔、ちょとした事情で父が城に預かっていた・・」

「女の子だよな?・・ってことは、やっぱりその子も・・」

「えぇ、とある高名なヴァンパイアの家系の・・娘さんです。
 アドリアン・ファーレンハイツ・ツェペッシュ――――――俗称、『アルカード・ヴァンパイア』。
 そのファーレンハイツ家の末裔にあたる、貴族の出だとは聞いているんですが・・」

「・・って・・メチャクチャ有名どころじゃねぇか・・」

《アルカード》、アンデット内で高位に位置付けられるヴァンパイアの中でも・・伝説的な知名度を持つ、一個体だ。

貧弱極まりない、横島のデータベースにも幾つかのヒット件数が見当たった。
曰く、『十字架が効かない』
曰く、『ニンニクが効かない』
純潔の血でありながら、日差しを浴びても、平然と活動を継続できる・・。
ただでさえ、倒しにくい種族だというのに・・これではほとんど手がつけられない。

「そうなんですよ・・。だから僕も・・小さい頃は苦労しました・・」


――――――――「ピートくん、ピートくん!見て見て!私ね、お料理作ってみたの。えへへ、手作りだよっ食べて食べて〜」

「・・っ!?え・・――――――ちゃん!それ、ニンニ・・・」

「うん!あのね。ニンニクもね、味わって食べると美味しいの。ハイ、あ〜ん」

「い、いや・・あ〜んって・・。え、遠慮するよ・・僕、ご飯はあとで・・・・・」

「えいっ☆」

メキャッ♪

「ぐほぁっ!!」

「もうっ♪ピートくんってば、照れ屋さんなんだから〜大好き!」

「・・って違・・・っ・・ごほぁっ!!もがっ!?もがぁあああああああああああああ!!!!!」

――――――――・・。


「・・・・・・。」

何かイヤな思い出が頭を掠めたのか・・・ピートは額にびっしり汗を脂汗をかいて・・・
横島は思わず、こめかみを押さえた。

「なんか・・お前も結構、苦労してんのな・・」
「だから言ってるじゃないですか・・。そんなにいいものじゃないって・・。横島さんにも経験あるでしょう?」
「あ〜・・」

そういえば、自分にも、『幼なじみの少女』とカテゴライズできる知り合いが1人いた。
大阪に住んでいたころの、たしか自分の初恋の相手で・・・。彼女と作った思い出といったら・・・

――――「横島っ!」ドガァッ!!! 「横島ぁっ!!!」 ボゴォッ!? 「このド阿呆!!」 ゴボァッ!!?

・・・ひでえものだった。

「・・・うん。実際、ロクなもんじゃないかもな・・幼なじみなんて」
「・・・ですよね」

彼にしては珍しいほどの、遠慮のない物言いだ。
困ったような笑みを浮かべて・・・ピートは、そのピンクの包みに目を落とす。
宛名に書かれた、几帳面で、しかしどこ可愛らしい筆跡。それは紛れもなく、幼年期を共に過ごした、あの少女のもので・・

「・・だけど、ときどき感謝もしてるんです。こうやって、毎年チョコレートを送ってきてくれて・・以前は、手紙のやりとりなんかもしてたんですけど・・。
 日本に来たばかりの頃は・・正直、それが心の支えでした・・」

「?」

ためらいがちなピートの声に、横島は小さく眉根を寄せる。
『以前は』・・妙に含んだ言い回しだが・・。それなら、『今』はどうしたというのだろう?

「1年前・・ちょうど、アシュタロスの件が片付いた時かな・・。
 急に音沙汰が無くなって・・。こんな風に、チョコレートは忘れないみたいなんですけどね」

「・・心配か?」

「心配というか・・・彼女、少しお節介なところがありましたから。何か厄介ごとにでも巻き込まれたんじゃないかって・・不安なだけです」

そこで、ピートは言葉を切った。
チョコレートにいつも必ず添えられている、パステルカラーのメッセージカード。
隅から隅まで・・びっしりと文字で埋め尽くされたそのメモには・・・
細々とした日々の出来事や、ちょっと驚かされるような失敗談・・・本当に、色々な事件が綴られていて・・・
自分の知らない、彼女の暮らし。自分とは別の、彼女の時間。

だけど、その締めくくりの一言だけは・・・いつだって、どんな時だって、決まっているのだ。
もう、ずっと・・耳にタコが出来るほど・・何度も聞かされたその言葉。

”大好き ”

もうお互い、子供じゃないのに・・・。これは、どういった意味での《好き》なのだろう?

・・やっぱり心配なんじゃねぇか。
呆れ顔で冷やかしてくる横島に、ピートはかすかに苦笑して・・・

「側に居る時は、意識なんてしないのに・・居なくなってみると、何だか文句が言いたくなる・・。
 幼なじみって、そういうものだと思いますよ」

少しだけ照れくさそうに、そう言ったのだった。

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