ザ・グレート・展開予測ショー

ゆっくり歩いて!


投稿者名:とおり
投稿日時:(05/ 2/13)



「長老も変な事を言うものでござる」



一人、夕暮れの西日が差した田んぼのあぜ道を歩きながら、シロはそう思う。
里が夕焼けで真っ赤に染まり、夏の盛りの青みがかった緑が栄える昼間とはまた違った姿を映し出す。

里も最近の暑さで農作業を行う時間以外では人影もまばらだが、さすがに日中の暑さが幾分和らいできて、この時間の散歩は心地いい。
杉の木からは足元に長い影が伸び、日を背にしているためか黒一色の姿が、周囲の赤と対象をなして印象的だ。

遠くの山々に目を移すと鳥たちが家路に付き隊列を組んでいる様子が見える。
足元の田んぼにはすくすく育つ稲穂、その田んぼの中や周囲の森で息づくさまざまな生き物たちの気配がする。
夕暮れの寂しい時間、蛙とヒグラシの合唱が、それに混じるように鳥たちの呟きが耳に劈く様な印象を与え、その気配をいっそう鮮やかにしている。



「横島先生は、とても大事な方でござる」



ひっそりと、人間との争いを避けるために結界で封印された里だが、そこには確かに村人−正確には人狼だが−が築いてきた風景が、息遣いがあった。

営々とした暮らしで築かれたそれは、今はいっそ人間の田舎よりもよほど「らしい」かもしれない。
茅葺でふいた屋根の家、耕作に使う古めかしい農機具、稲作に使う貯め池や水路、水車。
山間にあるゆえか棚田も多く、また行き来に使う為の農道も普段踏み慣らされている所以外は草が生い茂り、時折キチキチとバッタが道を横切る。

道も舗装などされておらず、もちろんまっすぐに伸びてなどいない。
土がむき出しで風の強い日は砂埃が舞うし、雨の日などはぬかるんで困ったものだが、不思議とアスファルトで綺麗に舗装された道よりも好きだった。
確かに自分の足で踏みしめているという実感があるからかもしれない。



「お前にとって、どのようなお方なのじゃ・・・か」















――――――――ゆっくり歩いて!――――――――

















この村はまるで時間から取り残されたように、ずっと変わらない。
それはシロが生まれる前から。
だが、シロはこの里が、生まれ育ったこの村が大好きだった。

何をするにも不便であるし、いちいち手がかかる。
風呂を沸かすにも、何かを伝えるにも、畑仕事に出るにも、食事を作るにも。
いや、不便で何事も自分でしなければならない分、より愛着が湧くのかもしれない。

今日にしても、朝に長老に呼び出しを受けたかと思えば、長老宅の薪作りを手伝わされたのだった。
これから冬に備えて徐々に蓄えていかなければならず、人手が要る事なので他の村人と一緒に手伝いをしたが、周りも見知った顔ばかりである。

せせこましい、という人もいるかもしれないが、小さい頃から父と一緒に可愛がってもらった人たちばかり。
群れの中でシロは安心できるくらいで、気になりはしない。

薪作りの最中はただ黙って仕事をしているわけではない。
手を動かしながらも、お互いの話をしながら和気あいあいと作業を進めるのだが、勝手知ったるなんとやらで、いきおい話す話題も限られてくる。
そんな中で、シロについての話になった。

シロは里の者の中でも特に、人間の里に下りる事が多く、里の者はシロの土産話を楽しみにしている。
いつもはシロが里で何人違法ハンターを捕まえただの、ICPOの捜査でどれだけ活躍しただの、小生意気だけれど信用できる仲間が出来ただの、そういった周りの出来事などが主な話題だ。
しかし今日はシロ自身の話になった。

たびたび話に出てくる「横島」との事についての話である。
犬飼の事件の際にシロが交流を持ち、霊波刀を師事した人間。
里の者も事件以来付き合いを持っていた。

シロは「横島」の事を先生といって慕い、本当に嬉しそうに話す。
今日もシロの話に横島との散歩の話が出てきたので、一人が水を向けたのだ。

可愛がっているシロの嬉しそうな様子を見ていたかった事もあるだろうが、なにより長く対立してきた「人間」との間がうまくいっている事が、人狼の里の者たちには嬉しかったのかもしれない。


「シロ、横島殿とは相変わらず、毎日散歩に出かけておるのか」

「そうでござる。毎日、朝に迎えに行って、先生と一緒に歩くのでござる」

「しかし、毎日人間の横島殿がよくシロの散歩に付き合えるものだ」

「?」

「そうだな。シロのあれは散歩というよりは全力で走る、というのが正解だからな」

「まあ、横島殿は人間というよりは物の怪といったほうがいいかもしれないが」

「あの体力は人間の物ではないな、案外われらの血が入っているのではないか」

「確かにそうだ」

「フェンリルのノミにやられた時も、たくさん血を流されていたが、すぐに回復していた」

「おお、そうだったな。全く、あの時は驚いた」

「なんでも、美神殿には毎日あれ以上の折檻を受けているそうじゃ、強くもなるだろう」

「でもなければ、シロの疾走に付き合えるはずもなかろう」

「そうだそうだ」

「はっはっは」

笑いがおこる。
シロは薪を乾燥しやすいよう適度な大きさに切る作業の手を止め、言い返した。

「みな、ひどいでござるよ。横島先生はれっきとした人間でござるし、毎日快く散歩に付き合ってくれるでござる」
「・・・まあ、たまにもっとゆっくり走れと言われたりもするでござるが・・・」

言ってからシロは、自分の間違いに気付くが、里の者たちもくすくすと笑っている。
おのおの、作業の手を止め、材木や地面に腰を下ろし汗を拭きながら言う。

「それみろ。歩けでは無く、走れであろう」

「うむ、シロがゆっくり朝の散歩をしている所など想像も付かぬ」

「まったくじゃわい」

「迎えに行くにしても、起きてもおらぬ横島殿を無理やり引っ張り出しているのでは無いか」

「そうに違いなかろう」

「・・・みな、拙者の事をなんだと思っておるのでござるか」

あまり事実と違わないが、見透かされたような事を言われるのは不思議と悔しいもので、シロは言い返したくなったが、結局うまい言葉が見つからなかった。

「拙者は先生の一番弟子だから、いいのでござるよ」
「先生はなんのかんのいいつつ、結局はつきあってくれるでござるから」

「全く、シロは相変わらずじゃな」

シロが答えになっているような、いないような事を言っていると、不意に言葉がかけられる。
納屋の影から出てきたのは長老だった。
その手にはとうもろこしがざるに乗せられており、茹でたばかりなのであろう、湯気が立っていた。

「さあさあ皆の衆、これでも食べて腹を満たしてくれ」
「美神殿がシロに持たせてくれたドックフードもあるでな」

「おお、ありがたい」

「ほれ、シロも食べろ。しっかり食わんと、大きくなれんぞ」

「拙者はもう大きいでござるよ。それに、そんな事を言われなくとも大丈夫でござる」

「何を言うか、ついこの間までおしめをしていたくせに」

「うむ、肩車などもしてやっていたではないか」

「・・・いつの話をしているのでござるか」

周りの大人と話すといつもこう言われてしまう。
こそばゆい限りだが、自分としてはもう「子供ではない」という意識がある。
しかし、大人たちはそうは思わないらしい。

これは年少者には仕方ない事だが、少しばかり不満げな顔をしていると、長老がとうもろこしを持って、隣に腰を下ろした。
周りの大人たちも、おのおの好みの物を取り、食事を取っている。

「はっは、シロ。そんな顔をせずにこれを食え。甘くてうまいぞ」

「ありがとうございます、長老」

艶やかな黄色い実にかぶりつくと、口の中にジュッと甘い汁が流れ込んでくる。
塩を少し振りかけてあるため、甘さと塩辛さが口の中で混じり合い、鼻腔には新鮮なにおいが立ち上る。
夢中になって食べていると、長老がこちらを向きながら話しかけてきた。

「シロ、確かにお前はもう立派な群れの一員じゃ。子供ではなかろう。だが、全く大人と言うわけでもないのじゃ」
「いろんなことを感じ、たくさんの経験をして、ゆっくりと大人になればよい」

「ふぇ、おじゃるふぁ(で、ござるか)・・・」

「そうじゃ。お前は街に出て、いろんな方と知り合い、仲間と思える人たちもたくさん出来たであろう」
「その方たちと一緒に、大いに学び遊んで、見聞を広めることじゃ」
「経験を積み、そこから学び取れ。それがお前を父上のような立派な人物にしてくれよう」

「・・・」

シロは長老の言葉を聴きながら、ふと横島の顔を思い浮かべていた。
里を出て、最初に知り合った人。
いきなり人狼の子に出会って普通面食らうであろうに、騒ぎはしたものの、結局受け入れてくれた。
霊波刀の修行にしてもそうだし、その後の戦いも、最後まで一緒に戦ってくれた。

思えば、あの時からいろんな人間たちとの縁が出来た。
美神、おキヌ、神父、エミ、冥子、ピート、タイガー・・・。

始まりが牛丼を盗もうとしていたというところに思い至り、少し気まずく笑っていると、長老はこう言った。

「横島殿のことを考えておったか」

「・・・長老、なぜわかるのでござるか」

「ほっほ、年の功というやつじゃよ」

長いひげを右手で包み込むように上から下にさすりつつ、長老はなにか考える風に視線を移しつつ、間をおいて言った。

「ふむ」
「のう、シロ」

「なんでござる、長老」

「横島殿はお前にとって、どのような方じゃ」

「どのような方、でござるか」

シロはキョトンとして、長老にそう返した。

「左様。いやなに、お前の話に横島殿の話が出てこない事のほうが少ないでのう」
「人狼の我らは今、当たり前の様に人間と交流しておるが、つい最近まではそうではなかったのはお前も知っておろう」

「そうでござったな・・・」

「横島殿は、いつの間にか我等の間にも溶け込んでおる」
「不思議な方じゃがの、お前はどう思っておるのか、気になったのでな」

「で、ござるか・・・」

シロもまた、考えているのであろう、視線を落とす。
だが、考えるというよりは確認したといったほうが正しいのかもしれない、数瞬を置いてシロは答えた。

「先生は大事な、仲間でござる。それ以外にはないでござるよ」

落としていた視線を長老の目に戻し、はっきりと言う。
そんなシロを、長老は優しい目で見つめ返す。

「そうかそうか。そう思えるという事は、全く嬉しい事じゃな」

長老は答えを聞くと満足したように腰を上げ、大人たちの所へ行った。
シロはとうもろこしを食べながら、大人たちと話をする長老を見て、思う。

「長老も変な事を聞くでござるな」










散歩の道すがらシロは、先ほどの長老との会話を思い出していた。

「どのような方、でござるか・・・」

長老の言葉を思い起こしながら、ふと自分の影を見つめると随分長く、まるで影がその存在を主張しているように感じられた。

「お前も、そう思うでござろう?」

影に向かって、そんな事を呟く。
シロにとって、横島は大事な仲間。
頼りになる先生。
当たり前で、考えはそこから先には進まなかった。






散歩を終え、食事も済み。
風呂に入って、一日の汚れと疲れを落とす。
シロはこの時間が大好きだった。
肌に感じられる暖かさが、染み入ってくるように自分を癒してくれる、そう感じるからだ。
一人で入るには少々贅沢かとは思うが、たっぷりの湯を張って、ゆっくりと時間を掛けてつかっていた。
立ち上る湯気が、窓から夜空に吸い込まれていく。
夜の風の匂いが、心地いい。

湯の中で、また長老の言葉を思い返す。
昼間からなんとなしに気になっている、言葉。
別に変な事は無いのだが、なぜだろうか、反芻する様に頭に残っている。

「横島先生、今頃どうしているでござろうな・・・」

今日もまた美神の裸を覗こうとして事務所の壁にぶら下がっていたり、お金が無くておキヌにご飯を作ってもらっているのだろうか、浴槽の淵に腕をかけ、そこに頭を乗せつつ、そんな事を思う。

とにかく横島を見ていると飽きる事が無い。
いつも何かばたばたとしていて、大騒ぎになるのだが、横島の顔を見ていると、それもどうでもいい気がしてくる。
どたばたとして、へとへとにはなるのだが、最後には笑ってしまえるのだ。

「結局、横島先生は先生でしかないという事でこざるか」

長老の言葉に、シロなりの考えをまとめて、湯を上がる。
桶でお湯を汲んで体にかけると、大分長い時間つかっていたせいか、湯は少し冷めていた。








体を拭き、布を体に巻き、部屋に上がる。

ふと、部屋の中を見渡す。
誰もいない、静かな部屋の中。

ランプの明かりがほうと照らしている。
空気がシンと張り詰めて、なぜだろうか、緊張をしているようにも見える。

シロは布を巻いたままで、入り口にずっと立っていた。

古い畳で、障子も何度も張替えた。
柱の一つには、昔のたけくらべの後が残っている。
天井にはいたずらで書いた落書きの後がある。

今聞こえるのは虫たちの奏でる音と、風が通り抜けていく音だけだ。

この部屋で、家で。
父や母と過ごした時間。
あちこちに残る、におい。


こうまで静かになる事は無かったが、なぜだろうか、寂しさは無かった。
その中で聞いたさまざまな音が、シロの耳には聞こえてきていたのかもしれない。

「ふふっ」

シロは笑った。
不意に、横島の顔が浮かんだからである。


「全く、先生は」


―――よう、シロ―――

そう言って、部屋で横になっていても不思議じゃない。
そう思った。


この家の中に、横島がいることが、全く。

不思議じゃない。

そう、思えた。





―――トクン。



―――トクン、トクン。




シロは、突然強い鼓動を感じた。
胸から振動がそのまま伝わってきそうなほどに。
部屋を改めて見回す。

当たり前だが、そこに横島はいない。
だけれど。
今度ははっきりと、横島を感じている自分がいた。

この家の、この部屋の。
畳のシミや、土間のすす。破けた障子。
使い古した鍋や、茶碗。
父や母との暮らしのにおいの中に、横島がいる。

いつの間にか、横島がいる、のだ。




「ああ」
「そう、そうでござったか・・・」




気が付けば、頬を伝って胸に涙が落ちていた。
とめどなく流れる涙、そのままに任せていた。

「拙者は、先生が・・・」

そうつぶやくと、ただ泣いていた。

今、思えたこの気持ち。
心の中に、すっと入ってきた、先生。
経験した事は無いはずなのに、不思議と暖かくて懐かしい、この気持ち。

嬉しくて、ただ、泣いていた。





翌日。
長老に東京に戻る旨を伝えると、シロは村を後にしていた。
いつもは一番早い手段で戻るのだが、今回はゆっくり戻る事にした。

昨晩、自分の気持ちに気付いた後。
いろんなことを考えた。

もし受け入れられなかったら、どうしよう。
そう思うと、胸が苦しかった。血の気が引いて、足元がすくんできた。
怖くて、怖くて。

でも、伝えようと。
例えどんな結果に終わっても、苦しい思いをしたとしても。

その相手は。
横島がいいと、思った。

気付けた想い、嬉しさと一緒に。
ゆっくり歩いていこうと、決めたのだった。








東京に着いて、事務所まで。
その道がいかにも遠く、こんなに距離があっただろうか――――――歩きながらシロは感じた。

一歩一歩、確かめるように歩きながら。

土などもう、ほんの少ししか残っていない、アスファルトで固められた道。
無機質な建物、里とは違った狭い空、ビルの下や道の脇に、申し訳なさそうに植樹されている木々。
自然の息遣いの代わりに、人間たちの息遣いが感じられる、大きな街。

見慣れたはずの風景。
それら全てが、ジッと息を潜めてシロを見守っているようだった。




夕暮れ時。
もう、事務所はすぐそばの所で、シロは足を止めた。

引き返す事も出来る。
そもそも、独りよがりな思い込みではないのか。
頭にそんな思いがもたげる。

鼓動も早くなり、音が聞こえてきそうだ。
手も震え、足も動かない。

「父上・・・」
「拙者に、勇気を」

今はいない、父に。
少しだけ、背中を押してもらって。

意を決して、歩きなれたはずの道を、また歩き出す。
いつものタバコ屋の角、電信柱が目印。
そこを曲がれば、事務所が見える。


足が重い。
時間が遅く感じる。
今まで経験したより、ずっと遅く。

角を曲がり切った時、視線の先には、横島が、いた。


「先生!」


事務所の前、芝生の真ん中にレンガを敷いた道に、横島はいた。
さっきまでの胸の高鳴りが嘘の様に引いて、今はただ横島を見ていた。
じっと、見つめていた。

「おう、どうしたシロ。もう里から戻ってきたのか?」

横島はキョトンとしてシロを見ている。それもそうだ、しばらく里帰りすると言っていたのに、3日もしないうちに戻ってきたのだから。

「先生!」
「先生、先生!」

「なんなんだ、シロ」

横島は困ったように答える。

シロはゆっくりと、横島に近づく。
緊張は、もう、無い。

「先生、先生・・・」
「拙者、どうしても先生に伝えたい事があって・・・」
「それで、戻ってきたのでござる」

「伝えたい事?」

普段にもまして、しっかりと横島を見据えて、シロはそう言った。

「伝えたい事、でござる」

繰り返し、そう言う。
まるで、自分の中の想いを確かめるように。




伝えたい想いを、確かめるように。





横島を前にして、想いがあふれる。
だけれど、搾り出すようにして、言葉にした。


「拙者、先生が」
「・・・大好きでござる」


「好きなので、ござる」



「・・・えっ」

突然の、シロの言葉。

「拙者、先生は群れの仲間。大事な仲間だと、そう思っていたでござる」
「でも、その想いは少し違うのだと」

「拙者にとって先生は、一番近くにいて欲しい」
「いや、もう一番近くにいる人なのだと、気付いたのでござる」

横島は驚いていた。
だが、シロの真剣な表情に魅入られ、ただ聴いていた。

「最初に出会ってからもう数年がたったでござるが、これからも、ずっと近くに」
「もちろん、いい時もあるでござろう。悪い時もあるでござろう。でも」
「嬉しい想いも、悲しい想いも」
「・・・先生と一緒が、いいのでござる」

「ずっと一緒に、たくさんの事を、感じたいのでござる」


シロは一気に、そう言い終えると。
にっこりと微笑んだ。

こみ上げてくる、喜び。
伝える事が出来て良かったと、シロは全身で感じていた。


「・・・そうか、シロ」
「・・・なんて、言ったらいいのか・・・」


横島は、シロの言葉を聞いて。
シロと同じ様に。シロを見つめていた。

「・・・ありがとう・・・」

横島は、そう言うと、シロを抱きとめた。
ゆったりと、包むように、手をまわして。

シロの長い、白銀の髪を撫でる。
髪の流れに沿って、何度も、何度も。

シロは、横島に身を任せて、その胸の中で静かにしていた。
横島の体温を感じながら、鼓動を聞いていた。








「シロ、お前には伝えなくちゃいけないことがある」

横島はシロを体から離すと、肩に手をかけながら、言った。

「俺には、昔想い人がいた」
「その人は、今の時間みたいな夕暮れが好きでね・・・」
「だけど、その人はもういないんだ」
「これからも、その人のことを忘れることは、無いと思う」

「先生・・・」

シロは、横島を見上げる。横島の視線の先には、何が映っているのか、シロにはわからない。

「俺は、その人と」
「やっぱり、一緒にいたいと。一緒に、色んなことを感じたいと、そう思ってたよ」
「そう、シロが今言ってくれた事と、同じ様にね・・・」

「・・・・・」

シロは、黙って横島の言葉を聞いていた。

「だから。シロが、俺の事を」
「一緒に、たくさんの事を感じたいと言ってくれた事」

「本当に、嬉しいんだ・・・」
「でも、今はこの気持ちが、どういう物なのか。俺の中でも、よくわからない」
「だけど、きっと答えは出すから。シロの想いに、きちんと答えたいから」

「少しだけ、待っていてくれるかな・・・」

横島は言い終えると、肩から手を離した。



シロと横島、お互いの距離は近くて。
シロは、こう、言った。

「先生、拙者・・・」
「拙者は、そんな先生だから」

「真正面から、答えてくれた、先生だから」
「好きになったんで、ござるよ・・・」

横島の胸に飛びついたシロは、今度はぎゅっと抱きしめて、離さなかった。
まるで、もう逃がさないといわんばかりに。

「先生」
「答えを、待っているでござる」

「ああ・・・」

横島も、シロを抱きしめて。
シロに貰った暖かい気持ちを、シロの暖かさを、感じていた。


いつまでそうしていたろうか。
気がつけば、夕日が、落ちようとしていた。



「待っているでござるよ・・・」




――――――拙者は、ゆっくり歩いて、いけるのだから。





夕日の美しさに心を引かれながら、シロはそう、想っていた。





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