ザ・グレート・展開予測ショー

プロメーテウスの子守唄(4)


投稿者名:Iholi
投稿日時:(00/ 5/22)

「まあ、どの道、私はこの話に乗る積もりはないからね。」
「どうしてなんです? なぜ、そんなに頑なに断るんですか?」
「そうですよ、美神さん。」
ピートとキヌのもっともな問い掛けに対し腕組みして伏し目がちに俯く美神に、皆の視線が一心に集中する。
部屋中に張り詰めた緊張感を暫く楽しんだ後、美神は顔を上げて口を開いた。
「……まあ、色々引っ掛かる処は幾つか有るのよね……まず、私の時間跳躍能力自体、現在封印されている事、なんだけど……」
「あの魔族の小娘どもの自爆コードを解除したこの儂にかかれば、その様なプロテクトなどお茶のこさいさいじゃ。」
「……そうでしょうね。」
以前、七百年前のヨーロッパに跳躍した後、小竜姫の手解きに依って美神の時間跳躍能力は封印された。些細な切っ掛けでその能力が発動したい為の用心である。
またアシュタロス騒動の際に、GS側に投降したルシオラとパピリオの自殺コードを解除する事が出来たのは、ドクターカオスの魔法科学に依る処が大であった。
「まあ、それを差し引いて考えても、何よりの不安定要因は、この計画の要である処のカオスの薬ね」
「何じゃと! 」
そう叫んだカオスが両の拳を机に叩き付けると、ティーカップが一斉に騒いだ。
「それは一体どう云う意味じゃ、美神令子?」
「美神さん、幾らドクターカオスでも安全かどうか分からない様な危険な薬を仮にも仲間である美神さんに勧める訳は無いじゃないですか。」
「そうですよ、幾ら、カオスさんでも、ねぇ。」
「イエス・幾ら・ドクター・カオス・でも。」
「……お前ら、幾ら幾らって、それこそ一体どーゆー意味じゃい?」
横目で控えめに視線を送る三人にイジけたまなざしでささやかに反撃するカオスには構わず、美神は話を続けた。
「理由は簡単よ。例えば、カオスが自称『百パーセント確実に効果のある』毛生え薬を発明したとするわ。」
一同、眼を丸くする。
「時間跳躍から毛生え薬ですか。何だか話のスケイルが……」
「おキヌちゃん、他人の話の腰を折らないの。身近な事例の方が分かり易いでしょ。それに、実現の可能性という点では、そう大差ないし。」
「は、はぁ、そんなものですかぁ……。」
「でね、その薬の被験者第一号に唐巣先生が選ばれたとしたら……ピート、あんたは先生に薬を勧める?」
「え? はい、えーと、うぅーーーーん……」

やや、長い沈黙。

やおらカオスが弾かれた様に立ち上がった。
「こら、ヴァンパイアハーフの若造! 何を黙りこくっておるのだ? そんなにこの儂の錬金術師としての才能と実績が、信用ならんと云うのか?」
「まあ、そう云う事ね。時間跳躍なんてスケイルを大きくすると実感が湧かないけど、理屈は同じ事。バリバリ現役の頃のあんたならともかく、今のあんたの作った薬じゃねえ。危険性から云うと、私の能力が考慮されている点で…まあ、少ーしはその薬の方が毛生え薬よりマシかもね」
哀れ、ミもフタも無い美神の物言いの前に『(自称)ヨーロッパの魔王』としてのなけなしの威厳とプライドを完膚無き迄に打ち砕かれたドクターカオスは、塩の塔の様に真っ白になってその場に立ち尽くしている。ちょっと指で突つけば崩れてしまいそうだ。
すかさずキヌとピートが間に割って入る。
「美神さん、そんな言い方って無いんじゃないですか? カオスさんが可哀想です!」
「そうですよ、もうちょっとカオスさんの気持ちも察してあげたら……」
「じゃ、そんな危なっかしい薬を飲まされそうになった方の気持ちも、察して欲しいわね。」
「そ、それはそうですけど……」
「分かった……」
「……へ?」
いつの間に神妙な顔付きに変わっているカオスは突然ソファの腰掛けると、自分のカップか空である事を確認し、慣れた手つきで例の試験管のコルクを片手で器用に外すと、未だ半分ほど紅茶が残っている美神のカップにその中身をぶちまけた。
「こーなったら儂自身がこの時空超越内服液でもって過去へ行き、この計画を完遂してみせようぞ!!」
カップを取ろうとするカオスのその腕をキヌとピートが押さえ付けて阻止する。
「やめろ、貴様ら、放さんか! この計画、にはな、儂の『魔王』と、しての尊厳が、かかっておる、のだぞ!!」
「駄目です、ドクターカオス、時間跳躍能力の、無い貴方には、危険過ぎます!!」
「そうですよ、み、美神さんも、カオスさんを止めて、下さいよぉ!」
腕組みを外して、美神がその身を乗り出す。
「カオス、ちょっと待ちなさい!」
「ええい、あそこ迄儂を侮辱しておいて、何を今更邪魔だてするか、美神令子!」
「よくも私のカップにそんなモン入れてくれたわね! これ、高かったのよ!!」
三人揃って、ソファから滑り落ちた。
「そいつは悪かったなあぁ!! そのまんまじゃと飲みにくくて大変なんじゃ!!」
これが『魔王』の最期の言葉になるかもしれない、そんな時だった。

応接室の扉が無造作に開け放たれる。騒がしい足音と共に部屋に入って来たのは、
「美っ神さーーーん、おっくれて、すっみませーーーん!!」
横島だった。全速力で走っていたらしく、入って来るなりガニ股で屈伸運動をする様な姿勢で呼吸を整えていたが、何とも珍しい客人達に気付いたらしく、呆け面を下げて皆に近付いてくる。
「あれ、カオスとマリア、それにピートとは、これまたえらく貧相な組み合わせだな。」
「かぁっ、貴様だけには言われたくは無いわい、この欠食児童! 今はこの儂のだなぁ、この儂の『ヨーロッパの魔王』としての名誉がだなぁ、…… 」
横島に噛みつくカオスだが、若者二人に両側から片羽締めを食らいつつ顔から半ベソをぶら下げておいて、魔王も名誉も有った物ではない。
対する横島も心の中で、
『……またどうせ下らない発明を美神さんにコケにされたか…いや待てよ、無理矢理おキヌちゃんとピートに押さえ付けられていると云う事は、まさかひょっとして、おミソの方が…あーあ、とうとう来るべき時が来ちまったか…でも安心しなカオスの爺さん、遺されたマリアの面倒は俺達がバッチリ看てやるからなぁ。……』
などと随分と失礼な事を考えていたが、そんなこんなで呼吸が整うと唐突に強烈な喉の喝きを覚えて思わず唾を飲んだ。甘い紅茶の香りに誘われる様に応接机の上に視線を移すと、白いレイスのテイブルクロスの上にキヌお手製の丸いバタァクッキィの入った木製のボールに半透明なガラスの砂糖入れに赤いティーポット、それに着席している人数に一脚足りないティーカップが置いてあるのが見える。
その中で取り分け横島の目を惹いたのは、大輪の薔薇の花と唐草模様をあしらった薄手の白磁のカップの縁に綻(ほころ)んだ、赤い花弁の如き口紅の痕だった。カップの小綺麗な模様と云い、少し派手目の紅色の綻びと云い、横島の確信を揺るがす物は何一つ存在しなかった。
他の連中に目を合わせないよう漠然と天井を眺めながら、吸い寄せられる様に目標に接近していく。
「あーーあ、走って来たから喉が喝いたなあ…あ、こんな所に美味しそうな紅茶があるぞお!」
「あっ……」
横島の元『栄光の右手』は神速の早業で目的のカップを掠め取る。そして妨害が入るよりも先に目的を果たさんと、紅色の目標めがけて漫画のタコ入道の様に尖らせた唇を走らせていった。微かに残った紅茶の芳香と温もりを彼女の唇のそれと錯覚させながら、あまり堪能している時間が無い事を少々嘆いた。
「ごくっ、ごくっ、…あぁーーー、ごっつあんです!!」
名残り惜しそうにカップから口を外してからそう吐くと、間も無く自分の身体の急所目がけて飛んで来るであろう美神の必殺の一撃に備えて、予想される打撃ポイントをずらす為に微妙に身体の角度を変える。何の情けも慈悲も容赦も躊躇も無い美神の攻撃を何もせずにまともに食らえば、多分死ぬ。美神令子とはそう云う女であるし、そうしてまで果敢にセクハラ行為に挑む横島忠夫もまたそういう男である。

しかし横島を襲ったのは、彼にとっては予想外の一撃であった。
それは美神の、驚愕とも憐憫とも取れる何とも微妙な表情だった。いや、美神だけでは無い。いつもならばこんな時には出来の悪い兄の醜態を他人に観られた妹の様にバツの悪そうな苦笑いを浮かべている筈のキヌも、青ざめた顔に戸惑いと焦りが見て取れた。
視線を横に泳がせると、カオスやピートの顔にも同じ様な表情が浮かんでいた。尤も普段からカオスは肌の色が浅黒くくすんでおり、またピートは生まれつき血色が良くないので、二人とも顔色の変わり具合は良く分からなかった。
『……となると、人造人間のマリアは一体、どんな顔してんだ?』
状況の不可思議さよりも目先の素朴な疑問に心を奪われて、更にその隣に視線を移そうかと横島が思った瞬間、不意に視界がほやけて色彩が滲んだ。追い射ちをかける様に鼓膜に圧力を感じ始める。部屋を満たしていた紅茶とクッキィの甘い匂いも、初夏の日差しの心地良い暖かさも、庭先の樹木の梢で愛を語らう小鳥達の囀りも、足の下から自分を引っ張り続けている筈の重力さえも、徐々に横島の感覚から損われていく。ただ、肺の中の感覚が麻痺している為の妙な息苦しさと、割れ鐘の様にこめかみに響く動脈の拍動と心臓の動悸が、逆にはっきりと浮かび上がって来る感覚だった。
『……こ、これは……』
横島の脳裏に呼び覚まされたのは過去の恐怖の体験の記録。自分自身がこの世界から永久に消失してしまう、そんな冗談の様な事件。どう云う訳か最悪の結果だけは免れたのだが、あの時は最期の最期、本当に駄目かと思った。
『……いや、まさかな……』
無論そんな馬鹿げた想像は一蹴する筈だった。しかし、擦り硝子の様な視界の中に飛び込んで来る幾つもの人影、そして遥か遠くから微かに響いてくる自分の名を呼ぶ声…全ての状況は、これがあの悪夢の再現である事を横島に示していた。

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