ザ・グレート・展開予測ショー

遠い空の向こうに その6


投稿者名:青の旋律
投稿日時:(05/ 2/11)

           6



「やってくれるわね」

ゴルゴーンは自嘲の笑みを浮かべていた。
魔力の残り香を辿る。
一直線に東方向へ向かっている。
この位置からでも見えるあの鉄塔へ。

「使いたくないんだけど……」

ポツリと呟く。
頭の中に大切だったヒトの言葉が浮かぶ。

『お前の血に染まった姿を見たくはないのだよ。ステノー』

それはいつの事だったろう。
もうずいぶん昔の話。
若かりし頃の自分。
血気盛んにあちこちを荒らしまわった。
あのヒトのためなら傷つく事など怖くはなかったし、それが勲章だとも思っていた。
そんな時にあのヒトが言った言葉。
それからは全く使った事がない。
あのヒトが地上に消えて二度と会えなくなってからも。
あのヒトの真実が私たちを欺く行為だったと知ってからも。
それがあのヒトへの最後の忠節、愛情だと信じてきた。

だが任務にしくじるよりはマシだ。
あれを使えばルシオラが無傷で手に入る事はない。
粉みじんになった魂をつなぎ合わせる作業が待っている事は間違いない。
ヌルのネチネチとした非難めいた視線を浴びる自分が容易に想像できた。
しかもあれをやると疲れる。
それはもう2、3日は活動に支障をきたすほどに。
今回ならばしばらくの間、足腰立たず寝込む事になるだろう。
だが任務にしくじるよりはマシだ。
あのヒトに会えなくなるよりは、ずっとマシだ。
手にした狙撃銃が蛇に戻り、すぐさま鎖の付いた杭状の短剣に変わる。
逆手に構えた短剣を自分の首に近づけて、深く大きいため息をついた。

「ハァー……」

意を決して気合を入れる。
力強く握り締めた短剣を首に突き立て、一思いに挿し入れる。

「うぐぐッ……!」

強く、深く。
震えるほどの動悸。
一瞬目の前が暗くなる。
さらに首を刈り取るようにえぐっていく。

「かはぁッ!!」

勢いよく吹き出た血液が空中に漂う。
その量はバケツ一杯分にも及ぶほど大量。
何かを伝うように流れ、ゆっくりと形作っていく。
やがて丸と幾何学模様を組み合わせた円陣がゴルゴーンの前に現れた。
その中心線がまるで目蓋を開くように押し広がっていく。
中から蹄のついた脚が顔を出した。
やがて巨大な体躯が完全に現れると、それは後ろ足2本で立ち上がった。
轟音のような嘶きが周囲に響き渡った。







「夜景もなかなかのもんだろ?」
「そうね。悪くないわ」

特別展望台の上の円柱状のアンテナ。
横島とルシオラが並んで座り眼下に広がる東京の夜景を眺めている。
『全』『快』の柔らかい光が二人を包み込んでいた。

「大丈夫か? 傷は……」
「ええ。弾も残ってないし、もう大丈夫よ」
「そうか。良かった」

横島が一安心の表情を浮かべる。
蛍子の身体に傷でも残ったら一生の問題だ。
それこそ髪の毛一本ほどの傷でも残すわけにはいかない。

「ヨコシマこそ大丈夫なの?」
「ああ、もう平気だけど、何で?」
「何でって……あんなに出血してて」
「ああ、あれね。全部煩悩パワーで回復した」
「どういう構造してるのよ……」

それはルシオラの狙い通りだった。
復活の鍵は筋金入りの煩悩パワー。
作戦は見事成功して『欲』の煩悩パワーが横島を蘇らせる。
やはり横島の煩悩は並じゃないと感心した。
しかし細胞一つ一つに活力がみなぎるほどとまでは思っていなかった。
その化物じみた能力を目の当たりにして心中複雑なルシオラだった。


「ルシオラ、その、まだ、大丈夫なのか?」

横島が微妙な言い回しで問いかける。
それはルシオラの覚醒があとどのくらい保つのかを言っているのだが
聞こえ方によっては早く去って欲しいと受け取られかねない。
ルシオラがそれを見抜いて少し意地の悪い笑みを浮かべた。

「何それ。あ〜、早く消えて欲しいんでしょ」
「バ、バカ。違うだろッ!」
「ふふ。分かってる」

あえて逆を言い、あわてて否定する様を楽しむ。
幼い5歳児の姿でも、その姿は小悪魔、いや悪魔のそれだった。
からかわれたのに気づいて横島が少しムッとして顔を背ける。

「大人をからかいやがって……」
「ふふ。ごめんなさい」
「いや、いいんだけどさ」

ルシオラがすぐさま笑顔で謝る。
その屈託のない瞳に怒る気が失せる。

「ヨコシマがあんまりにも変わらないから、嬉しくなっちゃって」
「そうか? もう33のオッサンだぜ?」
「ううん。ヨコシマは変わらないわ」
「そうか……」

その言葉が横島には嬉しかった。
失くして、亡くして、変わったと思っていた。
15年は長い。
いくら変わりたくないと心で思っていても。
あの頃の気持ちを保つことはできない。
だがそう言われて、姿こそ違えどあの頃の二人に戻れた気がした。

「文珠の効力はもう少し続くみたい。だからまだ大丈夫よ」
「そうか。良かった……」

安堵する。
結局のところ、それは一時的に過ぎない。
それでも今、この瞬間にルシオラが存在している。
そんな夢がもう少し続いてくれるのだ。
ならば今こそ、あの時言えなかった事を伝えなければ。
横島がルシオラに向き合うようにしてまっすぐ見つめる。

「ルシオラ……俺」
「待って。すごい魔力を感じたの」

機先を制してルシオラが人差し指で横島の唇に蓋をする。
視線鋭く見据えるのはネオンも鮮やかな東京湾方向。
髪の毛の数本が立って、まるで以前の触覚のように揺れた。
暫しの沈黙の後、集中を解いてため息をつく。

「消えたわ。見失っちゃった」
「あいつ、何者なんだ? 知ってるのか?」

横島がルシオラを覗き込むように問いかける。
アシュタロスの元部下ならルシオラの元同志という事になる。
少なくとも向こうはルシオラをよく知っていた。
ルシオラが15年前に誕生したてで地上に攻めてきた事を鑑みると可能性は低いが
知っているならこれ以上の情報はない。

「面識はないけど、知ってるわ。ゴルゴーン・ステノー、蛇の化身の上級魔族よ」
「蛇女ッ!? まさかメドーサと関係が?」
「それは分からないわ。土偶羅様のデータ管理を手伝った時に見ただけで詳しくは知らないの」
「そうか……」

メドーサを思い出して少し身体に震えを覚える。
幾度となく交えた刃。
幾度となく退けた野望。
だが自分たちは一度だってメドーサを実力で倒してはいないのだ。


乳のデカいネーちゃん。
最初の印象はそれに尽きる。
自分も完全な素人でまるで相手にされていなかったし、別次元の話だった。
よく考えてみればあの時点で小竜姫と令子を相手に互角以上の戦いをしていた。
無知というのは恐ろしいものだ。
GS資格試験の時はメドーサの息がかかった雪之丞、陰念と戦うだけで命懸けだった。
勘九郎は令子ですら右手一本しか取れなかった。
たまたま飛んだサイキック・ソーサーがメドーサの周辺に当たった時は心底震えてアレが縮み上がった。
メドーサとまともに戦う事になった香港での一件は、終始メドーサのペースで引きずり回された。
いきなり勘九郎に襲われて、香港に飛んだら令子が捕まって。
依頼主の小竜姫は力になってくれないしピートは腹に風穴開くし雪之丞は勘九郎に圧倒されるし絶対に死ぬ気がした。
緊迫した状態に置かれた事で『栄光の手』が発動する幸運にも恵まれたが。
あの時だって令子はじめGSの面々による総力戦でようやく追い返せたに過ぎない。
人造魔族ガルーダもメドーサが一枚咬んでいた。
怪鳥音を響かせて繰り出す攻撃はグーラーを一撃で倒す強力無比の威力。
おキヌちゃんの機転とネクロマンサー能力がなければどうなっていたか。
月での決戦。
その時ですら一方的にメドーサに押されていた。
竜神の装備でギリギリ持ち堪えていたが、あのまま押し切られたらやられていただろう。
メドーサが倒れたのは単なる幸運だった。
今でもあの時のメドーサと戦ったら勝てるか分からない。

ただし、それも復活前の年増モードの場合。
コギャル変化後のメドーサと互角以上に戦えたのは当然。
長年培ってきた戦闘勘というべきセンスを持たないメドーサは最大の武器を失った抜け殻に過ぎないのだ。
あの時アイツは最初に俺を狙わなかった事を悔やんでいたが、そうではない。
コスモ・プロセッサで蘇ったメドーサも同様。
非情に徹し任務遂行を優先するプロ中のプロとしての自覚を失い、感情に任せ力押しに傾倒したメドーサなど敵ではないというだけだ。
格好だけならケバい化粧で露出満点いけいけネーちゃんのメドーサよりもパンチラコギャルのメドーサの方がいいが。
もっとも、ワンレングスでサングラス、レザーコートに控えめな化粧のゴルゴーンの方が断然いい。
ゴルゴーン。
ギリシャ神話で伝えられる蛇頭の怪物。
英雄ペルセウスが首を取った事で有名だ。
その瞳に見入られた者はことごとく石化して果てたとか何とか。
あの時結界が起動してなければ魔眼で即死だったのか。
危なかった。

そう言えばメドーサ絡みで色気のある話は多い。
GS資格試験の時は小竜姫に額キスされた。
グーラーとも抱き合ったりキスをしたり。
初ディープキスの相手はメドーサだ。
……はっきり言って気持ちよかった。
令子ですら、まだあの境地には至っていない。
うむ、年増恐るべし」



「へぇ〜、ディープキス」

露骨に不快感を前面に出してルシオラが横島を睨む。

「はぅッ!?」

横島が驚愕の表情を浮かべ、首が捻じ切れんばかりの勢いで横のルシオラを凝視する。
今の妄想を聞かれていたッ!?
いつの間にか妄想を口に出してしまう癖が未だに直り切っていなかったのか。

「あッ、いや、それは認めたくない自らの若さゆえの過ちというか、ディープ・インパクトというか」
「何うろたえてるの? 別に怒ってないじゃない?」

ルシオラがにっこりと笑みを浮かべつつ横島の左頬に右手を添える。
瞬間、2本の指が万力のように頬を締め上げた。

「いでででででッ!!」
「全ッ然、何とも思ってないわッ!!」
「めちゃめちゃ思ってるやないかッ!!」
「どうせ私がやっても気持ち良くないですよッ!!」
「やった事ないってか痛ぇってッ!! ごめん、すんませんッ!!」
「ヨコシマのバカッ!!」

横島の左頬がコブとり爺さんのコブのように垂れ下がるに至ってようやくルシオラの手が離れた。
両頬を膨らましながら腕組みをして横島に背を向ける。
頬をさすりながら、横島はそんなルシオラが愛しく思えた。
愛情に包まれた視線を感じてルシオラが振り向きながら悪態をつく。

「何ニヤニヤしてんのよ」
「放っとけ。ブサイクは生まれつきじゃ」

苦笑しながら悪態で返す。
その姿にルシオラが笑みを浮かべた。

「くすッ 本当にヨコシマは変わらないね」

ルシオラがまっすぐな瞳で横島を見つめる。
瞳から伝わってくるのは純粋な愛情。
横島もまた、ひたむきな視線で応える。
ルシオラの小さな身体が包み込まれた。

「今は私だけを見て……」

腕の中で、胸の中で、ルシオラは泣いていた。
すすり泣くように小刻みに震えている。
15年ぶりに再会した恋人が浮気心全開でニヤケていたら、それは悲しいだろう。
自分の愚かさがあらためて浮き彫りになった気がした。

「ごめん、ルシオラ……」

強く抱きしめる事で気持ちを伝える。
痛いほどの抱擁。
そこに溢れんばかりの愛情を込めて。

「痛いよ、ヨコシマ……」

訴えるルシオラの声が、それでも嬉しそうに聞こえたのは気のせいではないと横島は思った。







背筋に強烈な寒気が走る。
怒気、殺気、狂気、覇気。
様々な感情を収縮した鉄の棒を背中に突き通すような感覚。
横島とルシオラが瞬間的に離れ、立ち上がって戦闘態勢に入る。

「ものすごい魔力よ。近づいてくるッ!!」
「どこだッ!?」

眼下の夜景都市を見渡して五感を全開にする。
何かが近づけばハエ一匹も見逃さない集中力が、しかし何の異常も感知しない。

「ここよ」

声は意外なところから聞こえた。
東京タワー地上270mに立つ二人が、微かに顔を見合わせて上を見上げる。
白く巨大な体躯。
四肢を疾走するように動かし、同時に背中から生えた羽を羽ばたかせている。
その姿は気品を感じさせるほど白く美しく、羽ばたく翼は疲れる事を知らない。
血気盛んな鼻息、剥き出しにした白い歯、長い顔の横についた瞳が眼下の人間を敵として攻撃命令を待っている。
その手に黄金の手綱のようなものを持ち、微妙に上下しながらゴルゴーンが羽の生えた白馬にまたがり見下ろしていた。

「気配は下からしたわ。一瞬で上へ来たのね」

ルシオラが悔しそうな顔をにじませる。
油断していたわけではないが、ここまでの接近を許してしまった自分に腹が立つ。
加えて相手の魔力。
十分力を抑えているのが分かるのに、今のままでも圧倒するほどの力を解放している。
戦慄に足が震えるのを感じて、横島の足にしがみついた。

「ペガサスだよな? あれ」

少し感動したような表情を浮かべ小声でルシオラに話しかける。
ペガサス。
人間の記録ではゴルゴーンと同じくギリシャ神話に登場する。
要するに羽の生えた馬だ。
自由に空を飛ぶ事ができ、大神ゼウスの雷鳴と電光を運んだ事もあるという。
その姿は勇壮そのもの。

「すげ〜……カッコいい」
「あのね……ヨコシマ?」

押し倒すような魔力の圧力を受け、殺気の視線を浴びながらも横島が無邪気な言葉を紡ぐ。
ルシオラが少し呆れた声を出した。
馬上のゴルゴーンが呆れた声で口を開く。

「相変わらずとぼけた男ね」
「よぉ、いい馬乗ってんな」

横島が右手を上げて軽い挨拶をする。
それは久しぶりに会った友人に取るような気さくな態度だった。

「それに乗ってアシュ様とデートとかしたのか? こう、花畑かどこかをさ」
「するかッ! アシュ様って言うなッ!!」

横島の態度にゴルゴーンが冷静さを一瞬で崩し反論する。
その豹変ぶりにルシオラが目を白黒させる。

「え? どういう事?」
「知らんのか? あいつな……」
「言うなッ!!」

耳まで真っ赤にして半泣きで抗議するゴルゴーンを見て横島がニヤリと笑う。
またも煽られた事に気づく。
怒る衝動を必死に抑え込んで口を開く。

「これ以上あんたたちに付き合うのはゴメンだわ」

怒りを静めるようにため息をつき、吐き捨てるように言い放つ。

「これが最後よ」

疲れた声で口からこぼれたのは決して承服するはずのない要求。

「降伏しなさい」

冷たく乾いた声。
それはゴルゴーンの最後通告だった。

「答えは聞くまでもないだろ?」

おどけて首を左右に振りながら横島が答える。

「GSは悪魔の言いなりにはならない……知らないのか?」

右手の親指を突き出して首を掻き切る仕草をする。
横島の足にしがみつくルシオラもまた、呆れて肩を竦めるポーズで応じた。

「本当におバカさん……」

深いため息をつく。
呆れ果てた顔に嘲りと同情を禁じえない笑みを浮かべた。

「さようなら」

両脚で馬の腹を軽く蹴る。
馬が天地を揺らすほどの轟音で嘶きながら二本足で立ち上がり腹を見せるようなポーズを取る。
その瞬間解放された魔力に横島とルシオラが後ずさる。
二人の目の前に広がった青白い光が尾を引いて遥か上空へと上っていく。
それが横島にジェットコースターの開始直後の上り坂を想像させた。

「ヤバイのが来るッ! 逃げようッ!!」
「ヨコシマ」

『飛』『翔』で逃げようと文珠を2つ生成する。
空中に浮遊するその2つを見て、ルシオラがしがみついた足を引っ張る。
横島が視線を下ろしてルシオラと目を合わせた。

「ヨコシマ、アレできる?」
「アレ?」
「南極で美神さんと合体したアレよ」
「同期合体か? 魔族との合体はした事ないぞ?」

対象の霊力と共鳴する事で急激な霊力増幅を可能にする同期合体。
その力は究極の魔体を破壊するほどに強力。
あれから15年経った今においても、人間の持ち得る最高、最強のオカルトパワーである事は間違いない。
だがあの時とは違う点がある。
魔族であるルシオラとの合体は可能なのだろうか。
人間と魔族とは霊基構造が違うという。
かつて魔装術で魔族化した陰念と勘九郎は外見も壮絶に変わっていた。
否応なく存在する種族の違いという厳然たる事実。
魔族と人間の子どもであるバンパイア・ハーフなどはどうなのか疑問は残るが今は確かめる時間もない。
もっとも霊破片程度の大きさなら、吸収されてしまう。
15年前の自分が正にそうだ。
破壊された霊基構造をルシオラが自分のを代用して修復してくれた。
その時埋め込まれた霊破片は一時的に力を発揮してくれたが後に吸収され、完全に消滅した。
今現在も何かしらの影響を及ぼしているという事実はない。
となると合体するとルシオラを吸収してしまう……?
思考の迷宮に入りかけた横島をルシオラがため息一つして現実に戻す。

「あのね。蛍子ちゃんは魔族?」
「あ、そうか」

忘れていた。
今のルシオラの身体は蛍子のものだ。
発しているのは魔力だが、蛍子の中のルシオラの能力が『覚』で取り出されているに過ぎない。
蛍子の霊基構造は3歳児検診の時点ではっきり人間のものであると診断されている。
魔族との合体が可能か、という疑問に対する結論は出ないが、少なくとも今のルシオラとの同期合体は何の心配もない。

「たぶん、それが現状で一番の戦法だと思う」
「そうだな。よしッ!」

横島がスタンスを肩幅ほどに広げてルシオラの真後ろに立つ。
空中に出現した2つの文珠を一つずつ掴んだ。
一度腕をクロスさせた後、左右に開く。

「『同』ッ! 『期』ッ!!」

展開した両手の文珠から光が伸びて胸の位置で合流する。
合流した光がルシオラに注がれていく。
文珠を通して自分が霊力に変わっていく感覚が足から伝わってきた。

「霊力変換ッ!!」

足が消えていく。
足もないのに崩れず立っているのは不思議だが、感覚としては足は既にない。
太ももから腰が消えていく。
男として最も敏感な部分が何も感じなくなるのは少し寂しい。
考えているうちに胸から肩にかけてが消えていく。
頭が消え始めた。
目の前のルシオラが黄色く光り輝いている。
その中に飛び込んでいく。
やわらかな光に抱き包まれて、自分がルシオラの一部になる気がした。







地上から15kmほど上空。
成層圏と呼ばれる空気の対流もない穏やかな空間に一頭の白い天馬が佇んでいる。
馬上のゴルゴーンが見下ろすと六芒星とネオンが煌めく大都会。
その中の一点が一際強く光り輝いている。
やがて衝撃波のような強い波動が伝わってきた。

「すごいじゃない」

それは人間の出力としては桁外れだ。
アシュ様を殺したという合体技を出したのだろう。
だが答えは出ている。
かつて三界を自由自在に駆け巡った天馬の戒めを解く事がどれほどのものか。
眼下のバカどもは思い知らねばならない。
今にも飛び出したい気持ちを抑えつけられた天の馬が今か今かと小刻みに揺れる。

「行くわよ」

黄金の手綱を握る手に力を込めた。
口にする事なく久しくしていた言葉を告げる。
それは神話で伝えられる人界に落ちた太陽神の息子の名前。

「ファエトン」

黄金の手綱を勢い良く鳴らす。
その一言を待っていたかのように嘶きが成層圏を震わせた。
青白い光の玉となって地上へと落下を開始する。
尾を引いて流れていくそれは巨大な隕石の飛来を髣髴とさせた。







空気が震えている。
東京タワー最上部の細い鉄塔がギシギシと音を立てる。
張りつめた弓の弦のように凛として、研ぎ澄まされた刃の切っ先のように鋭い波動。
その中心にルシオラが立っている。
穏やかな表情で目を開く。
周囲を認識し、全身を見回す。
すらりと長く細い手足、170cmはありそうな身長は15年前のそれだ。
両肩と腰の両側に文珠のような光を放つ球体を纏わせ紫の線が入った身体のラインを強調した白い装束。
その周りには、まるで原子核の周りを飛ぶ電子の如く文珠が飛び回っている。
一度目を閉じ、カッと見開いた。

「はぁッ!!」

全身が黄色い光で輝く。
先の覚醒時とは比べるべくもない、桁違いの出力。
それはまるで自分が太陽になったかのような感覚。
そして同時に湧き上がる、ヨコシマと一体になった事への喜び。
今この時において二人を分かつ物は何もない、という安心感。
この一瞬の全てが愛しい。
溢れる感情を噛み締めるように、胸に両手を当てた。

「……ルシオラ?」
「……ん?」

沈黙を破るように右肩の球体から横島が声をかけた。
何か問題があったのか、苦しいのか。
ルシオラは少しくぐもった声で応答した。

「泣いてるの?」
「うん、嬉しいの」

その顔は安らかで、幸せそうな笑顔だった。



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青の旋律です。第6話をお送りします。
ゴルゴーンがどっから見てもアレなんですが、決してクロスオーバーじゃないんです。
当初思い描いていた姿からどんどんずれていって気がつくとアレに……言い訳です。すいません。
6話では開き直ってしまい、むしろ似せる方向で描写しています。
こういうのがどうなのかが正直良く分からないので、その辺も含めて感想、ご指摘をよろしくお願いします。




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