ザ・グレート・展開予測ショー

LOVING LIVING


投稿者名:新木鈴美
投稿日時:(05/ 2/ 9)

 「そんなんじゃないですってば」


 彼女は携帯電話の向こうの相手に怒鳴っている。私はそんな彼女の姿をぼうっ・・・と見てた。
 
 電車が真上を通るこのトンネルは、短いけれど中は広く、壁は怪しい落書きで一杯。でも音は良く響いた。 だから、彼女の声は相当大きく聞こえてるんだけど、彼女はそんな事を気にする様子はまるで無かった。多分、会話に集中しているからだろう。

 彼女の横を通り過ぎる人は皆、彼女の顔を見て、見惚れて去ってく。何故ならここはずっと留まるには不自然だから、あくまで駅に向かう通過点に過ぎないから。

 ・・・でも、私はここにずっと立ち止まっていた。彼女の顔が良く見える丁度この場所で、薄汚れた地面に腰を下ろして。彼女が来る以前からずっと今日まで。


 「だから・・・時間に遅れたのは・・・だからそうじゃなくて!」

 怒鳴っている。でも、表情は決して険しいものじゃない。声音にも全く相手を非難する響きは無い。
 
 ・・・怒鳴る、と言う言葉には語弊があるかもしれない。大きな声で「喋っている」というべきだろうか。

 「私は横島さんとは、違うんです」

 感情を押し殺したかのような声―――でも表情は、柔らかかった。笑顔とは少し違う。
 
 どこか・・・そう、穏やかだった。まるであの日、ここで電話していた私みたいに。 

 「私は・・・」

 ―――だけど。

 「・・・横島さんだけ・・・他の人なんて愛せないんです・・・馬鹿」

 ―――私とは違う。

 先ほどまでの声とは比べ物にならないほど小さな声。その声を紡いだ表情。頬を赤く染め、目を細め、俯きながら―――。浮かべたその表情こそ、まさに。



 『笑顔』と、呼ぶにふさわしい輝きを持っていた。



 私はその言葉を聞くと同時に、彼女の前から消える事にした。きょろきょろと辺りを見回す彼女の姿を確認して。きっと私を探してくれているのだろう。

 でももう大丈夫だから。

 私は何度か振り返った。諦めて慌しく走る彼女の背中が見えた。
 

 「ありがと」


 私はそう呟くと・・・あの日、「彼」に会いに行った自分と彼女を重ね合わせる。


 ・・・今度は彼女のようになれたらいいなあって。

 
 そう思った。










 ・・・彼女の帰りが遅かった。電話を睨みつけて、俺はずうっと待ってる。整理された部屋を背に、あぐらをかいて、腕を組み――ー電話が鳴ったらすぐに、出れるように。

 「・・・うーん」

 携帯に電話しようか。いやいや、もしも、何かの用事で遅れているとしたら・・・。でも、俺は彼氏で彼女は彼女・・・と言うことは、これは電話するにたる理由では。いやいや・・・もしも・・・いやいや・・・。

 何度となく繰り返す思考。受話器を上げた事、数度。

 もしかしたら、その間に電話があったのかも。だとすればもうすぐ帰ってくるかな。そうじゃなかったらまた電話くれるはずだもんな。

 ・・・深い深い泥沼の思考。
 
 時計を眺める。午後七時半。本来ならもう仕事も終って、とっくに帰って来ている時間の筈だった。


 まさか――ー何かの事故にでもあって・・・!?


 最近は世間も物騒だから・・・もしかして、何か事件に巻き込まれたりなんて・・・。それとも、自縛霊に同情したりなんかして―ー―きゃあっ!てな事に。

 考えれば考えるほど不安はどんどんどんどん深まっていく。慌てふためいて、受話器を上げて、ダイアルを押すー――。ダイアルを押す・・・押した。押しちゃった。


 ぷるるるる。ぷるるるる。がちゃ。
 

 着信音が響く。そしてすぐに、彼女の声が響く。

 『あっ、・・・横島さんですか?』
 
 「・・・おキヌちゃん!?どうしたの!?こんな時間まで・・・もしかして事故とか事件に巻き込まれたとか!?変質者に襲われたとか!?怪我の具合は!?」

 それとも―――。

 『は、はあっ?えっと・・・自縛霊さんとお話をしてたんですけど・・・』

 ―――「だ、大丈夫なの!?」

 『大丈夫です、良い人ですよ』
 
 「そ・・・」

 そっか―――と脱力してしまう身体。思わず受話器を落としそうになって慌てて空中で掴む。

 『あ、心配してくれたんですか?ふふっ』

 笑いを含んだ悪戯っぽい声が、受話器の向こうから聞こえてきた。表情だって頭に浮かぶ。きっとこんな顔。

 「・・・」

 何か面白くなかった。


 (そうだ、心配してた。もしかしたら、もしかしたら・・・って考えるだけでぞっとした。おキヌちゃんが「また」あの時みたいにいなくなったら―――って!)


 「いいやっ、心配なんてしてないっ!もしかしたら浮気でもしてるんじゃないか、って思っちゃったり!」

 ・・・思っても無い言葉が口から出た。しまったっ―――と、考えるよりも先に、彼女の声が聞こえてくる。

 『な、何を言ってるんですか!』

 慌てふためいたような声、思わず受話器を耳から離す程大きな声量。「冗談だよ」と次いで言おうとしたが何となく言葉が出ない。

 『浮気なんてする訳ないでしょう!?』

 当たり前だよ。俺は、おキヌちゃんの事信じてる。だけど、言葉を繋げない。意固地になっている自分がそこにはいた。

 『そんなんじゃないですってば!』

 「何でそんなに慌ててるの?」


 もしかして―――本当に。 


 『だから、時間に遅れてるのは、この自縛霊さんを成仏させてあげようと思って・・・』

 「つまり、俺よりもその自縛霊さんの方が大事だったと」

 ―――俺は本当に馬鹿だなあ。彼女が通りすがりの困った人を助けないような女の子じゃないって知ってる癖に、こんなことを言う。
 
 『だから・・!』

 「いや・・・ごめん・・・っ、さっきのは違う、えっと、そんなこと言いたいんじゃなくて」

 やっと、素直な声が出た。本当に言いたい言葉が。そうだ、何してんだ俺。


 でも、それなのに―――。


 『私は横島さんとは、違うんです』

 彼女はさっきまでの声とは違って、小さく、呟くように言った。感情を押し殺すかのような響き。

 
 息が止まった。声が出ない。

 
 何となくここで紡ぎ出した言葉は、別れを招きそうな気がして。





 ―――電話越しに聞こえた、柔らかな、声。





 『・・・横島さんだけ・・・。

 他の人なんて愛せないんです。』

 ・・・馬鹿』















ずきゅーーーーーん。















 電話はそこでプツン、と音を立てて、切れた。一瞬意識が遠のいて・・・切られた受話器をそっと台に載せ、俺はしばし呆然と空を仰いだ。
 
 ―――痒い訳でも無いのに頬を掻く。

 (・・・あー・・・効いたぁ・・・)


 室内の冷めた空気が酷く心地良く―――胸に彼女の言葉が突き刺さり、ずっと、そこに留まっている。ゆっくりしている暇は無かった。近くまででも彼女を迎えに行こう、と玄関に向かって歩き出すために起き上がろうとしたが、体が揺れて、畳床に突っ伏す。

 (・・・反則だろー)

 自然、口元は緩んでいた。





 その横島の声の一部始終を、隣の部屋から耳を側立てて聞いていた小鳩さんが叫ぶ。
 
 『やった・・・横島さんとおキヌちゃん、別れたんだわ!』

 と、鍵を閉め忘れてた横島の部屋の中に忍び込んで、彼を慰める妄想に囚われながら、帰ってきた二人に三つ指ついちゃったりして・・・。

 そんなこんなでしっちゃかめっちゃかになるのは、また別のお話。





 追記。

 「あー・・・恥ずかしかったなぁ・・・」

 ぱたぱたぱた、と慌しく走っている彼女。白色の吐息が風に散って街の空気に溶けていく。懸命に走る彼女に通行人たちは、怪訝そうに顔を向けた。でも彼女はそんな事を気にする様子はまるで無い。
 

”何であんな事言えちゃったんだろう・・・。ああ、もう。すぐに切っちゃったけど、怒ったりしてないかなあ。

 横島さんの馬鹿。どうして素直に、『心配してた』って言ってくれないの? 

 もしもこの場所が横島さんの部屋に引っ越す前の、私の事務所の中の部屋だったら、絶対に、ぐるぐるぐる・・・って回ってます。布団を抱いて、回ってますよ。


 ―――また、思い出しちゃった。


 絶対に、帰ったら怒ろう。折檻しちゃいます。お手製ハリセンで、頭を何回もすぱんっすぱんって。
 
 何回も、何十回も―――そう何百回でも。


 ―――っと。
 
 何百回も・・・はかわいそうかな。頭がおかしくなっちゃうだろうし。せめて、十回・・・ううん、十回でも多いかなぁ。九回、八回、七・・・・・・三・・・そう三回くらいで・・・。それぐらいなら。

 決定です。三回、ハリセンで頭を叩きますよ!横島さん、覚悟してくださいね!





 ・・・あれ?何で、ハリセンで頭を叩くんだっけ・・・。
 
 ・・・ま、まぁ、良いやっ。とにかく、ハリセンで頭を叩きたいの!





 ・・・あっ、横島さん。・・・迎えに来てくれたんだ。嬉しい。ご褒美にハリセンで頭を叩くのは無しにしてあげよっ。その代わりに別のご褒美をあげちゃいますけどね。きゃっ、何考えてんだろ私。

 ・・・まあとりあえずそれは部屋に帰ってから、ってことで。うふふ。”


 「横島さんっ、ただいま!」 

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