ザ・グレート・展開予測ショー

こどもチャレンジ(4)


投稿者名:逢川 桐至
投稿日時:(05/ 2/ 9)



「僕は明日戻るつもりだ」

 鉄仮面を付けた男がそう言った。

「娘さんは……確か、令子くんだったか、彼女はどうするんだい?」

「僕は親としては失格だ。 令子は たとえ誘った所で付いては来ないだろう。 かと言って、僕がこちらに残るのも難しい。 だから、こちらの知人に預ける」

「な… 君の都合は判るが」

 仮面の男……美神公彦の答に、首から十字架を下げた眼鏡の男……唐巣和宏が猶も食い下がる。
 首を振って、公彦は話を続けた。

「いつか、令子は妻と同じ道を歩もうとするだろう。
 美智恵はその時の為に、神父……あなたへの紹介状をしたためていた」

「それじゃ、美智恵くんは自分の死期を…」

 眉を顰めた神父に、公彦は頷いた。

「知って居たのだと思う。
 だから神父、遠からずあなたを訪れるだろうあの子の事をお願いしたい」

「判ったよ。 私に出来る限りの事はしよう」





 こどもチャレンジ 4





「すんませぇん。 唐巣神父は いらっしゃいますかぁ?」

 礼拝堂の中にまで聞こえてきた、大きな、けれど子供っぽい高めの声。
 片付けを終えて一息ついていた彼の元に、そんな来客が有ったのは3時を過ぎた頃だった。

「唐巣和宏は私だが、お嬢さん達、何のご用かな?」

 ギギっと少し軋んだ音を立てて開けた扉の向こうには、スタイルのいい、だが中学生くらいの少女と、如何にも小学生に見える少年とが居た。

「えっと、神父にお願いが有って来たんすけど…」

 答えたのは少年の方。
 よく見れば、立ち位置も彼の方が前に居る。 どうやらイニシアチブは、彼の方が取っているらしいと気が付いた。

「ふむ…
 取り合えず中へどうぞ、二人共。 話は座って聞こうと思うんだが、どうかね?」

 頷いて素直に付いて来る二人を、神父は応接間へと誘(いざな)った。

「貧乏所帯でね、大した物は出せないが…」

 そう言って、神父は二人の前にお茶を出す。
 40を越えた彼は未だに独身で、そんな作業も手慣れた物だ。 残念ながらあまり懐事情は良くなくて、出せたのはグラム単位ではなく1袋当たりいくらの安いお茶だったが。

 遠慮無く喉を潤す少年に対し、少女は居心地悪げにただ座っている。
 それを見て、神父は横島の方へと話し掛けた。

「で、私に何の用かな?」

「彼女のコトなんすけど…
 神父に預かって貰えないかと」

「…はい?」

 聞き違いかとばかりに聞き返すが、彼は平然としている。
 隣に座った当の本人も訂正を入れない事から、どうやら空耳の類いではなさそうだと納得した。

 尤も、小学生がナチュラルに口にする様な話ではない以上、事情は詳しく訊かねばなるまい。

「えぇと…
 そう言えば君達の名前を聞いていなかった、訊いてもいいかね?」

「横島忠夫っす」

「小笠原エミ」

 すぐに返った答えに、どうやら素直に訊き出せそうだと言葉を続ける。

「で、預かって、とはどう言う事なのかな?」

 対して、横島は簡潔に現状を語った。

 あらかじめエミに確認しての、家出娘としての身の上話。 そこから続けての、彼女が呪殺者として身を立てようとしたが、今日、彼自身がそれを邪魔してしまった事。 その結果として、エミの身の安全自体、ヤバい事になってしまったと言う事まで、端折ってとは言え一通り打ち明けた。

 これには、さすがの神父も少し退いた。

「そ、それはまた、何と言うか凄い話だね…」

 しかし、話の流れで彼ら自身が発して見せた霊波の事を考えれば、一概には嘘とも思えない。
 共に、少なくとも見習いGSとしてなら、充分過ぎるだけの力量を持っていたのだ。 何とも、信じ難い事に。

 ただ…

「それで、何故、私なんだね?」

 彼が、不思議に思うのは当然だろう。

 初めて会った、自身は見た事も聞いた事も無い子供達だ。 しかも話題の当人は、神父自身の信仰とは対極に有ると言ってもいい呪術者。
 エミの師匠が故人なのは聞いたが、横島のソレは聞いていない。 あれだけのチカラが有るのだ、独学とは考え難い。 ならば、相談すべきはまずそちらだろう。 …相手が、たとえ遠く離れた大阪に居るのだとしても。

「そうっすね。
 俺が聞いた神父は、いい人過ぎて貧乏だけど、どんな相手にも真面目に取り合ってくれる人格者って話で… 前歴とか信仰とかだけじゃなくって、本人を見て判断してくれる筈だってのと。
 やっぱり聞いた話だけど、祈るのも呪うのも媒介が違うだけで根本は一緒だって言うから、弟子にってのは難しくないんじゃないかって思ったし。
 それと、あっちこっちに顔が利くって話だったから、ヤバい事情の方もどうにか出来るかも知れないし。 それと…」

「ちょ、ちょっ、ちょっと待ってくれないか。
 その話、誰に聞いたんだね?」

 求めていた答とは少しズレた、矢継ぎ早に返されたその理由に、神父は慌てて言葉を挟んだ。
 その言葉は、何か過大評価にも思うが、それにしても妙に具体的に過ぎる。 何よりまず、それが気になるのは当然だろう。

 横島にしてみれば、自分がかつて目の前で見た、彼の行動や発言も込みで話しているのだ。 自然、具体的にもなる。

「えっ?
 あ、美神……さんっすけど」

 素で美神令子の名を挙げ掛けて、慌てて口篭った。
 自分がなんでここを訪ねるつもりだったのか。 それすらもつい、今この瞬間まで失念して居たのだ、どうにも困った事に。

 が、その逡巡は いい方向に働いた。

「…そうか、君は美神くんの知り合いだったのか」

 当然、神父の言った『美神くん』は、娘の令子ではなく、母親の美智恵の事である。

「本当に惜しい女性を失くしたよ。
 彼女の一人娘の事も気掛かりなんだが、今はまだ整理が付かないみたいでね…」

 それを聞いて、横島は青くなった。

 美智恵が亡くなった事になったばかり、且つ、神父の弟子になっていない。
 それはつまり、イコールでナイトメアの時に見た髪の短いヤンキー少女の時期、だと言う事ではあるまいか。 
 ただでさえキレると恐い彼女が、いつでもキレてる状態なのだ。 下手に話に行こうものなら、どんな目に遭った事か。 直接相談しに行かずに済ませてラッキーだったなぁと、胸の裡で思わず溜め息を零してしまった。

 その様子に、美智恵の死去を知らなかったと踏んで、神父は言葉を続ける。

「後で一緒に行って見るかね?」

「そう、っすね。
 で、困った事があったら神父を訪ねてみる様にって言われてて…」

 この部分は事実だ。 まだ、ほんの半月程前の話。
 今の自分が、ではないが、自分がそう言われたのもまた確かだった。

 話し終えると、その事には納得いった様だ。

「そうか、彼女がそんな事を…
 ならば君の頼みも、そうそう無碍には出来ないね」

 考え込むように息を洩らすと、神父は目を閉じて黙り込む。

 そんな二人の横で。
 エミはエミで、色々と困惑していた。

 彼女が横島の提案に乗ったのは、はっきり言って後がもう無かったからだ。 自棄になって居たからだとも言える。
 だが実際の所、無駄に終わるだろうとも思っていた。

 まともな人間なら、自分の様な脛に傷を持つどころか、傷だらけと言っていい小娘を、わざわざ引き受けようなどとは思うまい。
 それが、どうもとんとん拍子で、そう言う事になりそうな按配だ。

「先に公彦くんに頼まれた令子くんの事も有るしなぁ」

 ぽつりと小さく呟いたのは、聞かせる気の無い独り言。

 美神公彦は一通りの手配を済ませ葬儀と初七日を終えると、また元のジャングル暮らしに戻って行った。

 その帰りしなに会った時に、頼まれた彼の娘の事。 いつか、自分の下にGS見習いとして来るだろう少女。
 今はかなり生活共々荒れており、彼女の気持ちの決着が着くまで待っている様な状態だった。

「…そう、だね」

 神父の開かれた瞳には迷いが無く、その口からは穏やかな声が零された。

「私に出来る事なぞ、高が知れているんだが」

「いいんすか?」

 彼の言葉に、横島が我が事の様に喜ぶ。

「外聞も有るし、ここで私が引き取るなら引き取るで、GS志望の遠縁とでもしなくちゃならないんだが、それで良ければ」

 どうせ、GSとして美神令子の面倒も見る事になるのだ。 目の前の少女と共にでも、構わないのではないかと思えてきた。 友人が口にした予定よりも早いが、近い内にこちらから会いに行って、エミと一緒に指導して行く事にするのも良いのではないか、と。
 歳の近い競う相手がいると言うのも、そう悪い事ではないだろう。

 それに、なにより…

「真っ先に私の元に来たと言う事は、他に手立てが無いんだろう?」

 切迫しているのは彼の目にも明らかで、何より事情が事情だった。

 人格者であり、神の僕でもある神父だが、同時にGSとして後ろ暗い方面にも多少は通じている。
 騒霊被害は、身分の貴賤無く降りかかるものだ。 なれば、一定以上の技量を持つ彼に、救いを求める者の中にも、アンダーグランドの人間が相応に居たとしても、それは別段不思議な事ではあるまい。
 横島の記憶に有る美神の様に、臆面も無い付き合いが有る訳ではないが、神父とて警察関係にも犯罪方面にも少なからず顔は利く。

 それに、一応だが門下と言う事もあり、六道の助けも頼めなくもない。
 後が恐いので、これは出来るだけ最後に回したい手段ではあるが。

「ホントに… ホントにそれでいいワケ?」

「あぁ。
 何程の事が出来るかは判らんが、君さえ良ければ、ね」

 眼鏡の奥から真っ直ぐな視線を向けると、神父はすぐに柔らかく微笑んだ。
 慣れない事に戸惑って、エミは思わず目を背けて呟く。

「だって、私は…」

「神の救いの手は、等しく誰にでも与えられるべきモノだ。
 何より、私の目には君の本質が邪悪には見えないよ」

 邪なチカラに頼る者が、全て邪な訳ではない。
 自身、たとえ禁忌に触れようとも人を助ける為ならばと邁進して、その結果 破門されたと言う経緯の持ち主だ。 不幸の中で、精一杯生きようとした彼女を責めようなどとは思えない。
 少々陳腐な表現になるが、彼にとって憎むべきは罪であり、責められるべきは人ではないのだ。 この少女の更生に己が手が要ると言うのなら、惜しむものなど欠け片も無かった。

「で、どうだろう、この話? 君としては、だが…」

 ・

 ・

 ・

「ほいじゃ、エミさんの事、よろしくお願いします」

 教会の入り口で、横島はエミと並んで立つ神父に頭を下げた。

「ああ、任せたまえ。
 それより、君こそ一人で大丈夫かね?」

 まだ陽は高いとは言え、それでも5時に届こうとしている。
 帰り着くのは暮れ落ちてからになってしまうだろう。 8時やそこら大した事無いと思うやも知れぬが、今の横島は小学生なのだ。

「問題無いっすよ。
 そいじゃエミさんも、また」

「アンタには世話になったワケ」

「まぁ、ほら。 俺にも責任、無い事も無いし…」

 横島は、身体は12でも、中身は18なのである。

 いかに非凡な経験を重ねていても、目の前にいるのは15歳かそこらのエミなのだ。
 21歳になった時の彼女を知っているだけに、彼の目にはまだまだ子供に見えた。

 自分の事をそっちのけにしてしまったのは、だからその所為もあったのは間違いないだろう。
 感覚的には、タマモやシロに接するのとなんら変わりなかった。 いいとこ二人より ほんの少しだけ年上かな、くらいにしか感じていない。 …ムチムチなボディーラインの片鱗は、既に見せ始めているにしても。
 そんな対象未満の美少女が、泣くほど困っているのをほっておけなかっただけ。

 照れ臭そうに、気にするなとジェスチャーする。

「それでも、私は助けられたワケ」

 そう言って、スッと近寄ると、腰を屈めて彼の頬にキスをした。

「なっ、ななななな…」

 何をされたか気付いて、慌てて後退る。

「プッ… くくくく、何照れてるのよ」

「い、いや、ほら、俺、まだ小学生だし…」

「別に大した意味なんか無いわよ、ちょっとしたお礼なワケ。
 けど、そんなに慌てるなんてね… おたくも、もうちょっとそう言うトコ見せてた方が、子供っほくていいと思うワケ」

 ホントにおかしそうに笑う。

「それに、横島くん」

「なんすか?」

「にやけてるよ、顔」

 神父の言葉にハッとなる。
 確かに、横島の顔はにやけていた。 アンドロイド化された後の、どこぞの風呂屋の息子の様に。

「そ、そんな事よりっ!」

 確実に上がってきた霊力ごと、ほほの照りを抑え込んで横島は続けた。

「ちゃんと、収入は得て下さいよ。
 エミさんは女の子なんだから色々と物入りもあるし、まだ成長期なんだから食事だって重要なんすから」

 ほっておくと、人助けの為に自分の生活を破綻させてしまう様な人だ。
 実際、横島の知る未来では、栄養失調で倒れた事が有る。

「どう言う事なワケ、それ?」

 不審げに口を挟むエミと、心当たりがアリ過ぎて苦笑いで黙り込む神父。 その双方を見遣って、横島は言葉を続けた。

「神父が『いいひと』だってのは、言うまでもないっすよね」

 自身の事でその実感が有る彼女は、こくりと頷く。

「ただ、この人はいいひと過ぎて、きちんと報酬を受け取れない事がまま有るらしいんすよ」

「ナニよ、それ」

 聞いてないよ〜、と ばかりに、じろっと睨み返す。
 ただエミとしても、自身に選択肢なんか無かった事を理解しているから、それ以上は口に出来ないしする気も無い。
 神父の口からは、「ははははは…」と虚ろな笑いが零れている。

「まぁ、そんな訳で、エミさん自身も目を光らせといた方がいいですよ。
 食事に困ったりなんて、イヤでしょ?」

「あ、当たり前なワケっ!」

 やおら、拳を握る彼女に、

「つう事で頑張って。
 そいじゃあ、さいならっ」

 と言って、脱兎の如く逃げ出す。

「ちゃんと、最後まで責任取るワケ〜っ!!」

 と怒声を上げながら それでも笑顔のエミと、どこかまだ引き摺ったままではあるが 穏やかな目をした神父とが、彼の遠くなっていく後ろ姿を見えなくなるまでずっと見送っていた。





「神父さん?」

「なにかね?」

「それなりに我慢は出来るけど、マジ赤貧のどん底は勘弁なワケ」

「…ぜ、善処しよう」





 【つづく】



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……ぽすとすくりぷつ……

 もうむちゃくちゃでござりますがな(笑)
 コメで展開予想していた方もいらっしゃいましたが、この様な決着に(^^;
 横島は現在 小学生ですから、出来る事なんか たかが知れてますしね。 親達がなんか底知れない連中だと知っては居ますが、どうにか出来ると言う確証は彼には有りませんし。 …まぁあの両親なら、どうとでも出来たんですが。

 あ、前回書いた同じ歳って、美神とエミの話ですからね(^^; 共に御歳15。 冥子は原作中で提示されているので、美神より一つ上の16歳。 くどいけど、横島は現在12です。

 …予定より展開が遅いんで、10回よりちょっと伸びるかも(苦笑)

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