ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(5)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 5/22)

ピートは、血を吸わない主義の吸血鬼だ。
そう聞くと驚く人間が世間にはまだまだ多いが、実際の吸血鬼は、物語の中で恐ろしく語られてほど血に飢えた種族ではない。
吸血鬼の食事は、人の生き血を吸う行為自体が必要不可欠なものという事ではない。精気を得る事が目的なのだから、わざわざ人の血を吸わなくても、他の方法で他のものから精気を得る事は十分出来る。たまたま人間の血を吸う事が一番手っ取り早かったというだけの事だ。
人間と共存したいから吸わない。人と馴れ合う気はないが、実際状況として人間は敵に回さない方が良いから吸わない。血よりも普通の食べ物の方が好きだから血なんか吸わない・・・
個々の吸血鬼によって理由は様々だが、ピートの場合、その理由は一番先にあげたものである。
いかにも『人間の間で語り継がれている邪悪なイメージの吸血鬼』である男を父親に持ち、その父親に関して色々な意味でかなりのコンプレックスを感じていたのだ。人間との共存を願い、父親とはどこまでも対照的な性格のピートにとって、『食欲』を満たすための吸血行為はむしろ、自己嫌悪すら引き起こす行為だった。
「・・・っ!」
「ピエトロ君!?」
絶対美味しいと言ってくれるものと、本気で信じ込んでいたいたのか、突然吐き出されて、驚いたように加奈江が身を乗り出す。
(血・・・人の血・・・まさか、人殺しでも・・・)
食欲を満たすための吸血行為をした事はないが、人の血の味は知っている。
アシュタロスの件で南極に向かった時のように、やむを得ない事情で人の血を吸った事はあるし、吸血鬼の本能と言うか、直感的に何となくわかるところもある。
さっき口に含んだこのスープは、間違いなく人間の血液だ。
少し薬の味がするのは、凝血阻止剤でも入っているのだろう。普通、血液は空気に触れると凝固するが、白磁のスープ皿の中で、蝋燭が作り出すオレンジ色の光に照られされて赤茶色っぽく見える血液は、液体の姿を保っていた。
「これ・・・人間の血・・・!?」
おとなしくしていようと決めていたピートだが、思わず声が大きくなり、加奈江を睨みつけるように見て言ってしまう。
「そうよ。AB型、嫌いだった?」
加奈江は平然としていた。
ピートが突然スープを吐き出した事で少し驚いたのか、さきほどまでの満面の笑みは消えているが、それでも穏やかな、微笑のような表情のままで平然と聞いてくる。
「そういう問題じゃありません!こんな物、一体どうやって・・・!」
「輸血用のを買ったんだけど・・・」
「え・・・」
そう聞いて、とりあえす加奈江が誰かを傷つけて得た物ではないと知り、少しホッとする。加奈江は、けろりとした様子のまま続けた。
「やっぱりダメ?生き血とは味が違うの?固まらないようにお薬を入れたのが悪かったかしら」
おそらく、こちらが吸血鬼である事までは調べていたが、血を飲まない主義だとは知らなかったのだろう。
「あの、違うんです、僕は・・・」
なので、ピートがその事を伝えようとした、その時。
「ごめんなさいね。とりあえずこれで・・・」
加奈江は銀食器の中から肉料理用の大きなナイフを取ると、無造作に自分の手首を切った。
「わあああっ!」
目の前で見せられた、あまりに無造作な加奈江の行為に、思わずピートの方が大声をあげる。ピートが慌ててナイフを持った方の手を掴み、止めたので傷は浅かったが、それでも少し切れた傷口からは赤い血が流れ、白い皮膚の上をスウッと一直線に走った。動脈はさすがに避けて切るつもりだったようだが、それでもまさかこんな行動に出るとは思わず、精神的な衝撃のせいで、ピートは小さく息を切らしながら言った。
「・・・僕は、血を飲まないんです。普通の物で、大丈夫ですから・・・」
「そうなの?・・・血は、嫌いなの?」
「そうなんです!」
きょとんとした様子で聞いてきた加奈江に、思いっきり大きく頷いて見せる。
すると、加奈江は案外素直に受け止めてくれたようで、少し太めの眉がキュッと、申し訳無さそうに謝る形に寄せられた。
「そうだったの・・・。ごめんなさいね、知らなかったから。嫌いなものを勧めちゃったりして・・・」
「あ・・・いえ」
静かに謝られてしまい、自分も少しきつく反応し過ぎたかと思って、声のトーンを落とす。
「ごめんなさいね。すぐ片付けるわ」
そんなピートに優しく笑いかけると、テーブルにかけられていたテーブルクロスを掴む。そしてそのまま、加奈江はクロスの四方を引き寄せ、風呂敷で物を包む時のような感じで、テーブルに乗っていた物全てをひとまとめに包んだ。
当然、上に乗っていた皿やコップやフォークなどはそのままであり、ガチャンカチャンと派手な音を立てている事からも、割れていっている事は容易に想像出来る。
白磁器の皿に銀食器、切子細工のガラスコップ。
ピンキリあるので具体的な値段はわからないにしても、一揃えすれば多分、六ケタは下らない。テーブルクロスも全体に細かい花模様の刺繍が施されており、その丁寧な作りから見て、おそらくそれなりの値段はする筈だ。
「・・・」
それらを「片付ける」と言って無造作にフイにしてしまう加奈江の姿をピートが呆然と見つめていると、その視線から彼が言いたい事を汲み取ったのか、加奈江はにっこり笑い、小首を傾げて言った。
「貴方は何にも気にしなくて良いのよ。だって、貴方の嫌いなものが一度でも入った食器で食事なんて、させられないわ」
あの、どこまでも優しげでいて掴み所の無い笑顔が、加奈江の顔に戻っていた。
「待っててね。すぐに代わりを持ってくるから」
テーブルに並べる時には本当に丁寧に扱っていた品々をテーブルクロスごとまとめ、まるでごみを出しに行くような感じで、ひょいと手に下げて加奈江が出て行く。
「・・・」
一連の加奈江の行動を、呆気に取られて見ていたピートは、改めて彼女の恐ろしさを知ったような気がした。
自分に対する、一種の陶酔のような感情。
顔を合わせるたびにやたら擦り寄ってくるエミの行動にもあれはあれで困っていたが、そんな明け透けな愛情とは全く違う−−−正反対とさえ言えるかも知れないもの。
多分、ピートが人の生き血が飲みたいと言えば、加奈江は嬉々として人殺しに出向くだろう。
「・・・」
ピートの背筋に、本日何度目かの寒気が走る。
自分にこんな感情を向けてくる相手を見たのは、初めてだった。

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