ザ・グレート・展開予測ショー

はぐれ狼(後編)


投稿者名:tara
投稿日時:(05/ 2/ 4)




ふと、場に幾筋もの光が差した。
二人して森の天井を見る。
霞から顔を出した月の光が木々の間をすり抜け柱となったようだ。

「なぁ、ポチよ」
「なんだ」

犬塚が視線を俺に戻し強く見据える。
ああ、コイツも俺が帰れないことを承知して尚、諭そうとするのだろう。

「何故、八房を持ち出した?ソレは外に出してはならん物だ!人も、人狼も、ただではすまんのだぞ!?」
「何故か、だと?これは異なことを言う。人狼の誇りの為だ。それに……もう手遅れだ。何人か仲間も切ってしまった。長老も皆も許しはしないだろう」

だから最後に甘えることにした。
こんな答え方をすればコイツもきっと俺を守ろうとするだろう。

「馬鹿者ッ!!長老はお前の育ての親だろうが!慈悲深き狼が子を捨てるはずあるまい!!それに拙者もタロウもライもテツもッ!青年団の連中だって皆お前の様子がおかしいと心配しておったのだぞ!!確かに仲間を切った罪は重いが、全員息はある!!まだ間に合うだろう?」
「……良く見てみろ、そこの三人がタロウとライとテツだ。弱っちいくせに突っ込んでくるから上手く手加減できなかった」
「ッッッ!!!!……いいから里に帰るぞ。一緒に謝ってやるから!!!!」

そうだ、弱っちいくせに、震えてるくせに俺を止めようとした。

『ポチッッ!!八房を台座に返せ、まだ間に合うから!!』

俺を恐れるのではなく、俺が出て行くことを恐れていたのだ。
狼の強さは個々の能力の高さに因るものではなく、あくまで仲間の為に命を賭けられる心の強さ。

『そうだ!こんな馬鹿な真似、お主らしくも無いぞ』

如何に優れた力を持っていようと一匹では生きてゆけない。
だからこそこいつ等は命を懸けて俺を止めようとしてくれた。

『何も一人で決めちまうことはないだろう?友達じゃないか!』

この三人も犬塚も父上と同じ眼をしていた。
甘っちょろいくて、純粋な、遺伝を超えた人狼の証。
俺がかつて手放して、今尚求め続けるモノ。




目を開けると最早見慣れた天井があった。
のそのそと起き上がり廊下に出ると一面の雪景色、肌に噛み付いてくるような寒さに驚く。
振り返って部屋の中を覗いてみると知らない間に囲炉裏に火が入っていた。
どうやらまたタロウの母上がおせっかいしてくれたらしい。

『おはよう。こんなにたくさんどうしたの?』

土間ではタロウの母上が朝ご飯の支度をしており、玄関には野菜と猪肉がおいてあった。

『おはよう、ポチちゃん。ライちゃんのお母さんとテッちゃんのトコのおじさんがね?いっぱいとれたからお裾分けだって』

いっぱいとれるわけない、今は冬、里中の人がお腹を空かしている時期だというのに。
それでも正直、まだこの地での狩りに慣れていない俺にとっては有難かった。

『……そっか、後でお礼言わなくちゃね』

一昨日も同じことがあって返しに行ったところ余っているとの一点張りで受け取ってもらえず、それどころかライの家では朝ご飯をご馳走になって、テツの家では干し肉をお土産にくれた。
また返しに行っては逆に迷惑を懸ける事になる。

『さぁさ、出来たわよ。冷めないうちに頂きましょう』
『うん、いただきます』

飯を食った俺は午後から狩りをしに雪山に入った。
これ以上他から食料を貰っていては冗談抜きで俺以外の誰かが餓死をする。
そんなことになったらありがた迷惑で無く、普通に迷惑である。

適当な獲物を探して歩を進めると小気味良い音がした。
誰も踏んでいない新雪を独り占め出来るのが楽しくて走り回る。
辺り一体踏みまわった頃には真っ白な雪が橙色に染まっていた。
どうやら日が暮れてしまったようでそろそろ帰らないとまずい。
遊び呆けてしまったことを後悔しながら踵を返すと、小山のような影が俺に襲い掛かってきた。
避けようとするも焦って深雪に足を取られ、思いっきり頭に一撃をもらってしまった。
気が付くと何時ぞやと同じ状況、雪の上に倒れ葡萄酒色の血が白を汚してゆく。

(『もう間違えてなるものか!!』)

思ったより早くやってきた誇りを証明するチャンス。
あの人たちに迷惑をかけないように、コイツに思う存分傷つけられて殺されて、俺は救われる。
そう思いたいのにーー

『ヒィッ!』

再び振りかぶった獣の殺気を受け体中から脂汗が噴き出した。
今だって頭が割れるように痛いのに、あんな太い腕でもう一度小突かれたら本当に頭が割れるのではないか。

『ギャンッッ!!』

頭は割れてない様だが耳から血が勢い良く流れてゆく。
小山が凶悪な顎から涎を垂らしながら徐々に近づいてくる。

『あ、あ、あーー』

あのでかい口に四肢を噛み千切られて、生きたままねっとりと喰われるのだろうか。

『た、た、たたたッーー』

ッッ!!
馬ッ鹿野郎がッ、何を言うつもりだ!?
ありえないほど無様で惨めでも二度目ならそれは本心だぞ?

『たす、たすけーーーーいあッッ!!!』

怖いなら、痛いならとっとと気を失えよ俺ッ!
何度後悔したら気が済むんだよッ!!
あの人たちにまで失望されたらもう俺はッッ!!!

『誰か助けて、タスケテ、たすけてぇッッッ!!!!!』

ああああああああああ。
どんなに求めても望んでも、二度も捨てれば還ってこないのに。

『たすけー、ウがッッーー……』

緞帳が降りるように狭まる視界の片隅に皆の姿が視えた。
願わくば、もう二度と目覚めませんように。

しかし。
目を開ければもう見たくなかった天井があった。
ゆっくり起き上がるとまたも周りからざわめきが聞こえてきて、情けなくて死にたくなった。
またも俺に近づいてくる足音で一斉にやむ。
片目の潰れた長老を見てあまりの罪悪感に脳内が沸騰しそうになった。

『ごめんなさいッ、お、俺はーー』
『ポチよ』
『はッ、はい!すみませーー』
『ポチ、我らは家族であろう』
『ッッ!!』

ざわめきではなく、すすり泣く声だった。
おばちゃんたちも、おじさんたちも、友達も、みんな泣いてくれている。

『お前の怪我を見れば分かるぞ、幼いその身でよくそんなになるまで我慢出来たものじゃ。
じゃがな、ポチよ。お前の強さはよっく分かったから次は疾く我らを呼べ!!!』
『でも俺、人狼のくせにーー』
『ポチよ、生きていてくれればそれでいいのじゃ』
『あーー』

タロウの母上が泣きながら俺を抱きしめる。
犬塚たちも泣きべそをかいて宝物にしていた玩具をくれた。

『お主に犬飼の姓を授けよう。代々受け継がれてきた里守の姓じゃ。子供ながら立派な気性、間違いなく良い武士になる。たくさん稽古をして将来里と我らを守ってくれ』
『あ、ああー、ぁぁあああぁぁぁぁぁぁああんッッ!!』

嬉しくて、悔しくて、またも泣いた。
みそかす程の誇りも持てないこの俺を誰もが守ってくれる。
まさか勇敢でもなく、虚勢ですら最後まで張り通せなかった逃避の産物を買いかぶってくれる。
見かけだけが人狼の俺の為に美しい貴方たちが命を投げ出してくれる。
そして俺は彼らに何も返せやしないのだ。




「里に帰って何になる?俺は人狼の誇りの為なら何度でも同じことをするぞ」
「この石頭め!!!二言目には誇り誇りと!仲間の命を危険に晒す行動に誇り何ぞー「俺達には!!!!!」ーッッッ!?」
「命よりも大事なものがあろうが!!!」
「ポチ?」

父上たちや里の皆を思い出す。
全ての人狼が最初に最後に望む本能行動を俺は常に見せられてきたのだから。
父上たちの美しい最後を誰にも間違ってるなんて言わせはしない。
誇りを失った人狼が人狼であるとは決して思えはしない。

「三人がそこに転がっているのは何故だ!俺と言う同族を見捨てられぬ慈悲深さ故だろう!!!俺達はこれを誇りと呼ぶのではないかッ!!??お前はこれを無駄死にと言おうとしたのだぞ!!!」
「ポチ……」

涙が出ていた。
里の皆と暮らした数十年で俺は十分過ぎるほど感じていた。
十年来の友を斬れてしまったことで確信していた。
誰も彼も眩し過ぎて、その閃光は俺の醜い心根を照らし出し更に深くへと焼き写す。
一度捨ててしまった誇りはもう二度とこの胸に戻ることは無く、俺のどす黒い瞳にあの光は灯らない。
ならばせめて、皆の誇りだけは守ってみせる。

「何度斬りつけてもそいつ等は本気で刀を振るおうとしなかった!お前と同じで一緒に謝ってやるからって!!俺はッ、俺はそれでも斬り続けたのだ!!どいつもこいつも優しすぎて人間も仲間も傷つけることが出来ぬ腰抜けなのだから!!だったらお前たちの昏い願望は俺がすべからく叶えてやる!!!」

「……ポチッ」

「死ぬほど腹が減っても子ウサギを喰わぬのは何故だ、人間に狩場が荒らされようと襲わぬのは何故だ、異国から来た俺を皆が守ってくれたのは何故だ、お前が摺り足でわざとでかい音を立てたのは何故だ、どっぐふーどを旨そうに食べる若者たちを見て年寄り衆が悲しそうにしていたのは何故だッッ!!??誇り高き人狼だからであろう!!!!」

「……ポチッッ!!」

「誇りよりも仲間の命を取り、それがまた誇りであるが、結果その誇りも野性の無い暮らしの中で失われるやもしれん!!狼王への先祖返りは人間たちに戦争を仕掛けるようなものだが、同族を切り捨てるような外道が目論んだ事なら失敗しても里の皆には被害は及ぶまいて。犠牲はその三人でもう十分、これ以上仲間を斬りたくはない、頼むから邪魔しないでくれ!!!」

「ポチィィイッッッ!!!!!!愚かな友よッ!最早手加減はせんぞ、腕を一本貰う!!!」

「犬塚ッッ!!!!」

「黙れッ、行かせはせん!!!!」

これほど猛り狂ってもこの身に打ち付けられる犬塚の闘気は清廉さを失わない。
本気のコイツを相手に斬り合っては十合持つかどうかは分からぬが、武士の血が騒ぐ。
だが再び愛刀を構えようとした所で、里の家々に明かりが灯りそこいらで声が上がった。
残念だがもう時間切れのようだ。
犬塚との勝負にこれを使いたくなかったのだが仕方がない。

「……悪いが、使わせてもらうぞ」
「くッ、八房!!!」

犬塚は刹那怯んだがすぐ刀を構え、ありえない距離を一足で詰め飛び込んで来た。
剣を合わせたが最後お前の人生は終わるが、無駄死にでない事は俺がよく分かっているぞ。
お前の死は俺の決意を新たにさせ、里の皆も在るべき未来を模索する為重い腰を上げる。
どう転んでも人狼にとって悪いようにはならない筈だ。




『なぁ、ポチ。お前に頼みがあるのだが』
『なんだ犬塚?』
『生まれてくる子供に名を付けてくれないか?』




人狼の里、木漏れ日に包まれまどろんでいられた俺の宿り木。

一振りで八つもの太刀筋を生み出すこの魔剣ならば、戸惑いを挟む隙もなく一瞬でこの木の枝を全て切り落としてくれる。

休む場所を失った俺はひたに狂って先祖返りを謀るだろう。

「おおおおおおおおおおおおッ!!!」




『……シロが良いな。男子だろうが女子だろうが里の人狼たるに相応しい誇り高き人狼になるだろう』
『成るほどシロか……これは良い名じゃ!!礼をいうぞ!!』

俺を救った人狼たちの色。




「ッーー、すまんッッ!!!!」
「があああああッッ!!!!!!!」

ああああ、犬塚の霊力が流れ込んでくる。

成るほど、このようにして体外から栄養を摂取するのだな。

霊格が上がったようだ。


んんんん?犬塚を斬ったというのに悲しくないぞ。

成るほど成るほど、魔族因子の志向性を助長して狼王まで至るのか。

感情が希薄になったがまぁ構わん、俺はヘタレだからそっちの方がやりやすい。




ただ、俺よ、努々忘れるな。


我が名は犬飼、人狼の守人。


異端である俺を受け入れてくれた愛すべき白い人狼たちに恩返しを。


俺の為に逝ってしまった美しき黒い人狼たちに鎮魂を。


この身を誇り高き人狼たちに捧げるのだ。





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