ザ・グレート・展開予測ショー

はぐれ狼(前編)


投稿者名:tara
投稿日時:(05/ 2/ 4)



夜の森に散る火花。
達人同士が織り成す美しい剣戟のリズム。
二人とも昂ぶりを声に出さずひたすらに切り結ぶ。
あれ程騒がしかった獣たちもいつの間にか息を潜めて場を窺っていた。

もうどれくらい時間が過ぎたのか。
視界の殺された闇の中では時間の感覚が酷く曖昧だ。
俺にはもう悠長にしている暇は無い。
いつ村の連中がやってきてもおかしくはないのだから。
ただ、出来ればもう少しこの刻に浸りたい。




今でもあの日の出来事が悪夢となって俺の心を蝕んでいる。
父上の言うことも聞かずに街に入り込んで、挙句無様にも捕まってしまったこと。

『アオーーーーーーーゥン、ゥァオーーーーーン』

惨めで、情けなくて、それでも怖くて、助けを呼ぶ為に喉が潰れてしまう程吠え続けた。
やがて地平線に土煙が上がり、蹂躙される大地の叫びが伝わってくる。
昼下がりの大通りに警鐘が鳴り響き、人々は皆家に閉じこもった。

『ガハハッッ!!大漁大漁ッ!!野郎共ッ、一匹残らずぶっ殺せよ!?あいつ等の毛皮はマニアに高く売れるからな!!』
『『おおおおおおおッッ!!』』

俺を捕らえた男たちが何か戯けた事をいっている。
草原の王者たる人狼が、鉛の弾何ぞに当たると思っているのか?
ペーパーナイフで死にはしてもそんな覚悟の無い武器で誇り高き我らを殺せはしない。

『ぎゃあああああッッ!!』
『ヒンッッ!!』

銃声の後に断末魔が聞こえた。
ほらみろ。
街の入り口に横たわるのは二つの人間だったモノたち。
ウェアウルフは霊波刀を持たぬ代わりに圧倒的な身体能力を誇る。
群れを成してやって来る仲間の先頭にはやはり父上が居た。

『ヒューゴ!!無事か!?』
『父上ッ!!みんなッ、たすけてーーアグッ!?』

オリの外からライフルで喉元を突かれのた打ち回る俺に目もくれず、リーダーらしき男が下卑た笑いを上げる。
涙目で父上に助けを求めるも、父上は俺を一瞥したかと思うと血走った眼で男を睨み付けた。

『ほほ〜、あんたこのクランの長だね。成るほど親子で見事な黒毛じゃないか?』
『黙れ外道が!!!!』
『飛び掛って来ない所を見ると頭も悪くないようだな。抵抗するんじゃねぇぞ?野郎共!!!!』

鼻をつんざく硝煙の匂いーー

『え』

ーーアレクさんが、倒れる。
何をしているのだろうか?
あんなの目を瞑ってても当たらないっていつも言ってたじゃないか。

ーーケルウィンさんも、倒れる。
あんなのより奥さんの張り手の方が危ないって言ってたじゃないか。

ーーサイモンさんも、
動いた!!が、俺を見て苦笑いして、倒れる。

『ひぎッ!?』

途端頭に鈍痛が走り立って気が付くと地面に横たわっていた。
どうやらこめかみの辺りを殴られたようで、流れ出した血が目に入ってしまいそうになる。

『抵抗するなッつッてんだろうがあああぁぁぁああ!!!!!』

何度も瞬きもしながら見上げると激昂して顔を真っ赤にした男が俺に銃を突きつけていた。
血を流した俺を見て皆の目が怒りで歪んだが、やはり微動だにせず鉛を浴びて倒れていく。

『そうそう、馬鹿なこと考えずにいい子にしてな?』

ああ、なんて愚かなことだろうか?
今更自分の立場に気付いた俺が、俺なんかを守る為にただあっけなく命を捨てる仲間たちが。
ああ、なんて美しいのだろうか?
止まって見える銃弾を甘んじて受け、呻き声一つ漏らさずに苦痛を貪る。
まるで誇りに殉じた褒美を貰うかの如く。

そして俺は何をしていたのだ。
人間なんぞに捕まって恐怖に慄き、赤子のように泣いて助けを求めた。
黙して死にゆく仲間たちに比べ、少々強く殴られたくらいで惨めな声を上げてしまった。
駆けつけてくれた皆に礼を述べるでもなく、謝罪するでもなく、『たすけて』と言った。
今だって一人が怖くて皆に『逃げて』と言えないし、舌を噛み切ることもしたくない。

いとおぞましき脆弱な精神。
誇りを手放したこの時俺と戦士然とした彼等の間には、同族とは思えないほどの断崖のような隔たりがあった。

『ヒューゴ』

銃声が飛び交うこの場にあって、父上の声は罵声でも怒声でもないのに鮮明に俺の耳に届いた。

『ちちうーーー』
『お前で最後だ。小僧はいい値で売ってやるから安心して死にな?』
『ヒューゴ、生きていてくれればそれでいい』

鼻をつんざく硝煙の匂い。
最後に見た父上の漆黒の瞳は、いつもと同じく威厳と慈愛の輝きに満ち満ちていた。




(クッ!!)

脳天に迫る圧迫感を感じ刀を上段に構え、やはりやって来た衝撃に耐える。
すぐさま刀を横に薙いで相手の得物を弾き、体当たりをかまして距離を取った。
今のはかなり危なかったが、どこか楽しんでいる自分が居た。
視界を除いた感覚が物を言う夜の死合い、我らで無ければとうに気が狂っているだろう。

コイツは確かに村一番の剣士。
コイツと試合って一本取る事は稀だ。
それでも俺は村で一番コイツと剣を合わせてきた。
互いに知り尽くした剣。
故にひとたび剣を交えれば、永遠とも思える長さの戦士の喜びを味わえる。

先ほどは不用意に突きを放ってしまった為、あっさり横を取られて渾身の上段を喰らいそうになった。
防ぎはしたものの相変わらずの馬鹿力、未だ握力が戻っていない。
次の初手はどう攻めようか、小手先で手数を稼ぎ握力の回復を待とうか。
いやしかし、邪道のまかり通る相手ではないか。
いやしかし、先手を取ればなんとかーー

と、そこで俺の心地よい緊張感は台無しにされた。
前方から聞こえる土の粒子が擦れる音。
集中し過ぎて逆に気が付かなかったが、これではこちらが先手取り放題ではないか。

(…………)

そうだった、コイツは滅法強いが小手先は一切扱えん不器用な奴だった。
もう呆れると言うよりーー

「……ククッ」
「ッ!?…………ははっ」

俺の零した嘲笑の意に気付いたようで情けない声が返ってきた。
相手の剣気が収まった気配を感じ、仕方なくこちらも刀を下げる。
先ほどは俺もコイツも昂ぶっていたから殺しあえたが、この雰囲気ではそうもいかない。
どうやら機を失したようだ。

「相変わらず下手糞な摺り足だな。というか、摺り足と呼ぶにもおこがましいぞ」
「すまん、小手先はどうも、な」
「どうもではあるまい、……最後の勝負が台無しではないか」
「…………最後、か」
「……………………」

俺とて最後にはしたくないが、人間の縄張りは岩山を喰い散らかし精霊の宿る百年樹を薙ぎ倒しながらすぐそこまで迫っている。
この冬を越す頃には里は人の目に晒され、我らは新しい世界で生きることを余儀なくされるだろう。
人に迎合され野性を失って尚、果たして誇りは保つことが出来るのか。




その後日本に密輸された俺は嗜好者の手に渡ろうかという所、自力で逃げ出した。

鉄の籠から抜け出す為に間接を全部外し、芋虫のように顎の力だけで体を引き寄せて山中へ這い入る。
慣れない異国の土の匂いはただただ幼い俺を疲弊させるばかりで、見たことも無い木々が俺の異邦さを際立たせ、より孤独感を煽った。
それでも力を振り絞って進んだが、何処に向かって何の為に進んでいるのか分からない。
やっと水溜りを見つけたものの、顎が外れてしまっていたらしい。
舌で水をすくっても口を閉められないから、喉を潤す寸前で殆ど零れ落ちた。
極め付けが水鏡に映った自分の姿。
艶やかな黒毛はぬかるんだ土にまみれ、嘘くさいこげ茶に染まっていた。
誇り高き人狼が、人に攫われ、値を付けられ、醜く這い回り、泥水に舌を出し、あまつさえ親譲りの自慢の毛皮を貶めてしまった。

気が狂ってしまったのだろう、水溜りに頭から飛び込んで体を擦り付けていた。
だが俺が飛び込んだことで、微かに純度を保っていた水は沈殿していた泥と溶け合って濁水に変質している。
洗えば洗うほどに品格を落とす黒に気付いた俺は、ゆっくりと意識を失った。

目が開けると知らない天井があって知らない奴らに囲まれていた。
人間に追いつかれてしまったのかと一瞬狼狽したが、全員尻尾があるので同属であるらしい。
やっと仲間に会えたのが嬉しくて急ぎ体を起こすと周りからざわめきが走った。
どうしたのだろうか?
俺はどこかおかしいのだろうか?
寝ている間に体を洗ってくれたらしく、自慢の毛並みも黒光りを取り戻している。
故郷では皆俺の毛色を褒めてくれたというのに。
不安に押しつぶされそうな俺の方に足音が近づいて来る。
皆の声がやんだ所を見るとどうやら上位の人狼のようだ。

『おはよう異国の人狼よ、気分はどうじゃ?』
『あ………』

余りの美しさに思わず目を見開いてしまった。
そこには見たことも無い真っ白な毛並み。
人に畏れを抱かせる黒と対極の、純白。

『……うう』
『?』

皆と一緒に色々な所を旅したが、どの狼も黒とか灰色ばかりだったから。
ここはもう、俺の居た世界ではないということだから。

『ひぐッ、うッ、ええぇぇぇぇぇええん』
『…………』

人目もはばからずに泣き腫らす俺をその人狼が撫ぜ出して、次第に腰が引けていた他の人狼たちも集まって俺の傍に腰掛けた。

『何があったのかは知らん。が、我らは誇り高き人狼の一族、同族を見捨てたりはせぬ。
行くと所が無いのならばこの村に居れ。守るべき者も守ってくれる者も居らぬなら我ら一同家族と思えば良かろう。
……どうする?』

顔を見ずとも皆が優しい眼差しをくれているのが分かった。

『えぐッ…うッ…おねがい、します』

もう二度と触れることは出来ないと思っていた温もりがそこにはあったから。
もう一度仲間を守れる機会を貰えるのなら俺はーー

『あい分かった。それでは今日からお主の名はーーー』



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