ザ・グレート・展開予測ショー

遠い空の向こうに その5


投稿者名:青の旋律
投稿日時:(05/ 2/ 4)

             5



時間がゆったりと流れる。
あれからどの位経ったのだろう?
何も見えない。
何も聞こえない。
何も感じない。
気を抜けば意識すら持って行かれてしまいそうな、純粋な暗黒と鈍重な空気に包まれた世界。
これが死の世界だというのか。
極楽に行けるとは思っていなかったが。
こうして見ると黄泉の国や地獄なんて言ったって実に殺風景なものだ。
鬼や責め苦がない分この方がマシとも言える。
苦痛を感じないのもあれだけの銃撃を受けた事を思えば有り難かった。


”あんたなんかとアシュ様を一緒にしないでちょうだい”


繰り返し繰り返し。
声もないのに響いてくる。
まるで二日酔いの時のように耳に障る。
あの女の言葉だ。
逆ギレしてムチャクチャ撃ち込みやがって。
最後にサングラスを取って綺麗な目を見せたかと思えば
魔眼発動でトドメさしやがった。
アシュ様、か。
いいな、アシュタロスの野郎。
あいつは相当モテただろう。
魔神だしどこかに宮殿か何かもあるに違いない。
両肩に美女をはべらしてジャグジーでテレビか?
くそッ……羨ましい。
どうせあいつも地獄に行ってるんだろうし、見つけたら話を聞いてやろう。
意外と話せるものだ、あいつみたいなタイプは。
学校では委員長タイプ。
それもガリ勉メガネじゃなくてスポーツ万能成績優秀の超優等生タイプ。
万年落ちこぼれの俺とは正反対。
1番嫌いな部類の人種だ。
でも何でも背負い込むから結局追い詰められて自滅するハメになる。
そして心のどこかに全部放棄して自由気ままに生きたいという願いを隠している。
だから俺のようなタイプを実は密かに羨ましがっていたりするのだ。
酒でも酌み交わしたら、案外心の友になるかも知れない。


そういうところはピートも似ている気がする。
あいつもモテるし優等生タイプだ。
性格も良いし正義感に燃えているし強いしと一見隙がない。
でも700年以上生きている割には交友関係が広くない。
15年前までろくに世間に触れていなかったせいもあるが。
俺たちと仕事してこっちに住んでから、ずいぶん丸くなった。
自己中心で欲の塊のような連中と親しむ事で、自分の中の何かが弾けたんだろう。
アシュタロスにはそういう存在がいなかったのだな。
思えば不憫なヤツだ。


そう言えば今日はGメンで特別な捜査をするとか言ってたな。
シロとタマモが招集かけられていた。
あいつら残念がっていたな。
人骨温泉1泊2日の小旅行。
あいつらなら仕事が片づき次第、速攻駆けつけるに違いないが。
着いても誰もいなくて驚いているかも知れない。
向こうに連絡するのを忘れていた。
早苗は俺には絶対に連絡してこないがきっと心配しているだろう。
令子かおキヌちゃんのところに連絡を入れていれば今ごろは事情が伝わっているはずだが。
令子……もう回復しただろうか?
致命傷でなければ、結界で石化は解けるはずだ。
保育園は結界からずいぶん離れているけれど、勘のいいあいつの事だ。
とっくに移動して復活しているに違いない。


”甘いわね。あの子、ルシオラの転生体でしょ?
危険なあなた置いて逃げるわけないじゃない。
遅かれ早かれ戻ってくるわ”


蛍子がルシオラの転生体だなんて、生まれる前から百も承知だ。
ルシオラなら絶対一人で逃げたりはしない事も。
どんなに勝算が薄くても必ず助けにやってくるだろう。
あの時のように。
だが蛍子はあくまで蛍子だ。
『勝てばいい』が信条の美神令子と『生きるためならウ○コを食べてもいい』自分。
生き汚さでは三界でも1、2を争う二人の血が混ざっているのだ。
何より蛍子は頭がいい。
あの年ですでに『今何をすれば一番自分に利益があるか』を考えて行動している。
『パパ、お仕事見せて〜?』と可愛い顔でせがむので現場に連れて行った事があった。
そうしたら仕事上絡んだ女性とのやり取りを令子に逐一報告してお駄賃を稼いでいた。
その駄賃はただでさえ少ない自分の小遣いから出ていたのは言うまでもない。
そういうところは本当に令子にそっくりだ。
だから大丈夫。
ヤツの狙い通りになどなるものか。


一つだけ気になった。
それは蛍子が文珠で消えた事。
あの時発動した文珠の文字は何だ?
一瞬で消える効果なら『消』が妥当ではある。
だが『消』では姿が消えるだけで、別にその場からいなくなるわけではない。
蛍子はあの場から確実に消え失せていた。
それは間違いない。
だから『消』を使ったのではない。
『転』『移』は使いこなせるだけの力がまだ蛍子にはない。
文珠2つ以上の並列発動には相当の精神力と霊力が必要だ。
アシュタロス戦役で2つ並列発動させて以来、日々修行を積んで少しずつ増やしてきた。
5年前に時間移動で20個並列発動という荒業を実現したが、それも過酷な鍛錬の賜物と言える。
『転』『移』でもないはずだ。
とっさの事とは言え『ママを念じろ』と叫んだし、令子を想ったのなら『母』だろうか。
ただ『母』に母親のところへ飛ぶ効果があったのか?
それは知らない。
何せ使った事がないし使いたくもない。
ただでさえ『孫を見せろ』としょっちゅう帰国して会いに来るのに、わざわざナルニアくんだりまで行くなどまっぴらだ。
下手に文珠の事がバレると『孫』の珠を作れとレアメタルナイフで脅されるかも知れない。
いや、息子の俺がそう予測している以上、十中八九そう要求するに違いない。
しかも予測を遥かに上回る規模で。
そんな危険を冒すほど愚かではない。
だが、もしそうなら最高だ。
令子と合流してくれれば何も言う事はない。
もう一つの想像よりもずっと蛍子にとって安全だ。


ルシオラの能力が『覚』で一時的に覚醒したとしたら。
それがもう一つ頭に浮かんだ想像。
強烈な光を放った瞬間に上空へ舞い上がり高速で飛び去る事で説明がつく。
だがもしもそれが確かなら蛍子は……
東京タワーまで飛んで行ったはず……それも展望台の上に。
一緒に夕焼けを見た。
口づけを交わした。
そして永遠に別れた。
そこはルシオラにとって聖域とも呼べる場所。
彼女が目覚めたのならそこしか考えられない。
蛍子は小さい頃から高いところに対する恐怖心がない。
『飛』『翔』で空中散歩によく連れて行ったのと、前世がルシオラという事も大きい。
運動神経もいいから、保育園でも家でもどこでも高いところからジャンプしてあそぶのが大好きだ。
それでも地上150mから250mの場所に生身で立たされたら話は別だ。
あくまで仮定の話に過ぎないとは言え、下手をすると今でもそこで泣いているかも知れない。
確認に行きたい。
矢も盾もたまらず確認に行きたくなった。
だがもう遅い。
暗闇の向こうにかすかな光が灯った。
ずいぶんと暖かい光を出しているが、あれが黄泉路か?
だんだんと大きくなっていく。



”今、行くから。ヨコシマ!”

突然、ルシオラの声が聞こえた気がした。








「! これは魔力ッ!?」

狙撃者が空を見回して警戒心を露にする。
夕焼けの暖かい陽射しが狙撃者と横島を照らし出した。
横島はうなだれたまま煙を上げる国際展示場の入口付近の立て看板にもたれている。
その腰から足にかけては血がたまり、アスファルトには引き摺られた血の跡が続いている。
それは横島の大量出血を物語っていた。

「どこ?」

狙撃者が索敵範囲を空まで含めた広範囲に拡大する。
数分前までの余裕など消え失せ、額からは汗が出るほど緊迫している。
巨大な魔力の発現。
一瞬の事とは言え、あれほどの魔力は計算外だった。
あれがルシオラなら、なるほどアシュ様が部下3魔で決戦に赴いたのも頷ける。
感じた。
上下左右に不可思議な軌道を取っているが、もの凄い速さで動いている。
まっすぐこちらへ来ないところを見ると位置が分かっていないのか、それとも何かの作戦か。
だがどちらにしてもあの男がいる限り、こちらの有利は動かない。
いっそ先手を打って撃ち落してやろうか。

狙撃者のロングヘアが一部舞い上がり、赤い目をした深い緑色の蛇に変わる。
蛇はするすると狙撃者の肩から右腕に降りてきて、見る間に一丁の黒い狙撃銃へと変わった。
魔力の発する方向へ銃を向け、スコープを覗き込む。
高速で動き回る標的が映し出される。
その一瞬の停止もない無軌道な動きは羽虫を想像させたが、同時に狙撃の困難さを感じさせる。
昼間の動きを真似ているつもりなのだろう。
バカな女。

「甘いのよ」

昼間は遮蔽物の多い都市部だったから通用したのだ。
いくら高速であろうとも無軌道であろうとも。
何もない空間に光を放ちながら飛び回る標的を外すわけがない。
トリガーに手をかける。
その時。
スコープの向こうで標的がこちらを向いた。

「何ッ!?」

目が合って、一瞬たじろいでしまった。
再び標的を探す。
無軌道な光の線が光の点となり、目に見えて大きくなっていく。
それは光の主が一直線に近づいてきている事を示していた。
つまり居場所がバレたという事。

「いい的よ」

だがそれは同時に狙撃に最も適した状態。
光に銃口を合わせる。
トリガーを引いた。
瞬間、光はスコープから消えていた。

「なッ!?」

スコープから目を離し中空を見上げる。
あの状態から回避できたと言うのか?

「きゃ〜ッ!!」

狙撃者の左方向で激突音と共に土煙が舞う。
国際展示場前の広場から通路へ続く途中に植えられた植物が斜めに曲がっていた。

「痛たた……」

頭を押さえながら起き上がってくる。
その姿はさっきまであの男に抱かれていた幼女、横島蛍子だ。
だが明らかに違う。
強い魔力を発し、身体から光をほとばしらせている。
そして睨みつけた視線から感じる、圧倒的な威圧感。
持っていた狙撃銃が蛇に戻り、隠れるように狙撃者の腕に絡みついた。

「よく分かったわね。あなたがルシオラ?」

狙撃者の言葉を無視してルシオラが強い調子で問いかけた。

「ヨコシマはどこ? ゴルゴーン」

その言葉に、狙撃者は意外そうな顔をした。




「へぇ、私を知っていたとはね。あなた魔界出身だったっけ?」
「貴女に答える必要なんてないわ」

ルシオラが殺気混じりの視線でゴルゴーンを睨みつける。
その向こう、赤く染まった地面の上にぐったりとうなだれる一人の男が目に入った。

「……! ヨコシマッ!?」
「隙だらけよッ!!」

ルシオラが釘付けになる。
その瞬間を見逃さずゴルゴーンが腕の蛇を投げつけた。

「くッ!」

ルシオラが地を蹴って飛び上がる。
蛇が輪のついた鎖へと姿を変えてルシオラを追いかけていく。
鎖のもう一方の側にある鋭い杭を握ってゴルゴーンが引っ張る。
引き千切れんばかりに鎖が張りつめた。

「捕まえたわよ、お嬢ちゃん」

地上10mほどの高さでルシオラが止まっている。
その右足には鎖が絡まっている。
両者の力はほぼ互角。
だがこのままの状態が続けば、右足が千切れるか骨が折れてしまう事は間違いない。
それでも、ルシオラは横島を見つめていた。
横島は微動だにしない。

「せっかく会えたのに……」

目に涙が浮かぶ。
自分たちに幸せな逢瀬などは訪れないのか。
一度は諦めかけ、10年の時を越えて再び巡ってきた奇跡。
それをこんな形で失うというのか。

「生きていて……ヨコシマッ!!」

祈るような気持ちで五感を鋭敏にする。
消え入るような小さな心音がルシオラに聞こえた。

「生きてる……!」

その鼓動に安堵の表情を浮かべる。
しかしその音は小さく、しかもだんだんと消えつつあった。

「絶対に死なせない……!」

ルシオラは手の中を見た。
『覚』の他にある3つの文珠。
目を瞑り考える。
15年前と異なる結末を迎えるために。
自分を犠牲にした救済は、結局完全な救済にはならない。
自分を守った上で相手も守る。
そうでなくては、全てが終わった時に一緒に笑えない。
だから考える。
ヨコシマがヨコシマらしくあるために。
意を決して目を開く。
文珠の1つを手に取り、右足に絡みついた鎖に押し当てた。

「邪魔よッ!」

珠が光り輝き、鎖の一部を壊す。
そこから鎖を解き右足を抜いて空中へ飛び去る。
鎖は蛇に姿を変えながらゴルゴーンの元へと戻っていく。

「何、その程度!? 拍子抜けだわ」

ゴルゴーンが蛇の状態を見て呆れる。
首の一部が切れているだけで他は無傷だった。

「バカにしているわけ?」

上空のルシオラを見上げて眉をひそめる。
蛇が再び狙撃銃へ姿を変えていく。
ルシオラがさらに1つの文珠を手に取った。
大回りな軌道を描きながらゴルゴーンと横島の間に降り立つ。
同時に深い亀裂が走り広場を分かつ。
ゴルゴーン下のアスファルトが裂けていく。

「甘いわよッ!」

弧を描いて断層から直角の方向へと飛び退く。
着地と同時にルシオラに照準を合わせる。
ルシオラはゴルゴーンに堂々と背を向けて、無防備を晒していた。

「ヨコシマ……」

立て看板にもたれている横島の前に立つ。
Yシャツが元の色が分からないほど赤く染まりきっている。
ジャケットとパンツも赤黒く染まり、かろうじて薄青い色が確認できる。
四肢は力なく投げ出され、ピクリとも反応しない。
片膝をついてしゃがむ。
ゆっくりと包むように両手を頬に当て、顔を起こす。
身体には銃弾が多数撃ち込まれていたが、顔には一発もなかった。
その顔はまるで眠っているようで、死んでいるような土色。
だがかすかな鼓動と身体の温かみが横島の生存を伝えてくれる。
再び出会えた喜びと生きている事が確認できた安堵で目に涙があふれてきた。
だが感慨に耽る時間はない。
涙を拭く。
右手に『谷』、左手に『欠』の文珠を握らせた。
自分の手に残ったのは『覚』ともう1つ。
その最後の文珠を両手で握り、祈るように願いを込める。
浮かんだ文字は『合』。
珠を血のついた横島の口元に持っていく。
口に入れるが飲み込まない。
ルシオラはそっと横島の頬に手を当て自分の方へ引き寄せた。

「ヨコシマ……!!」

唇と唇が重なる。
横島の身体が一瞬ビクリと震え、再び弛緩する。
ゴクリという音と共に珠が飲み込まれていった。






光に向かって走っている。
感覚もないくせに。
あの光の中に、かつて求めていた何かがあるような気がして。

”ルシオラッ!!”

叫びながら光に飛び込む。
声も出ないくせに。
かつて届かなかった何かに、今度なら届くような気がして。


光の中。
そこにルシオラがいた。
しかも……裸だった。





「おぉおぉおッ!!!」

逆くの字になるほどの勢いで跳ね起きる横島に、ルシオラは同じく身体を仰け反らせて回避した。
霊力が横島の身体を包む鎧に見えるほど目に見えて高まっていく。

「おおぉおぉ―――ッ!!!」

獣のような雄たけびを上げ、目を血走らせ、体中から血液をほとばしらせる。
その姿にルシオラは少し距離を置きながら苦笑した。

「こ、こんな事になるとは思っていたけど……ね」

やがて数回の雄たけびの後、肩で息をしながら横島が我に返る。
両手を見ると粉々につぶれた文珠が光を失っていた。

「ハッ……!? 俺は一体……」
「ヨコシマ!? 気がついたのね?」
「蛍子? いや、ルシオラかッ!?」

幼い5歳児の体つきを舐めるように見回す。
脳裏には先の裸体が焼き付いており、どうみても変態の視線であった。
その視線に気づかない振りをしてルシオラが微笑む。
横島に抱きつこうと身体を寄せる。
それに気づいた横島が腰を下ろした。

「やっと会えた……」
「ルシオラ……」

銃声が響く。
ルシオラは力なく横島に寄りかかった。

「ルシオラッ!?」

横島がルシオラを抱き止める。
深い地割れの対岸に、ゴルゴーンが白い煙を出した狙撃銃を構えていた。

「てめえッ!!」
「動かないで。その場一体穴が開くわよ?」

殺気のこもった視線が集中しているのを感じる。
一歩でも動けば撃たれる。
だが、動かなければ治療も反撃もできない。
これ以上、あいつの好きにさせるものか。

「んじゃ、いいもん見せてやるよ」

意識を集中する。
溢れる霊力と煩悩が、不可能を可能にしてくれる。
何の予備動作も必要とせず、横島の前に文珠が4つ現れた。

「喰らえッ! 俺の嬉し恥ずかし初体験ッ!!」

『再』『現』『映』『像』の文字が浮かび、光り輝く。
空中に飛び四方に散って四角を形作ると、巨大なスクリーンに変わった。
そこから流れる映像は……

「いや―――ッ!! 何これッ!?」
「うわーッはッはッ!! どうだッ!!」

それは横島の妄想映像だった。
すでに33を数え、子どもも作っているだけにその内容は描写不可能な成人指定。

「どうだッ!? 実際に経験した者のみに与えられる生々しい実感ッ!! これぞリアルッ!!」
「ふざけんじゃないわよッ!! GTY風紀委員会に見つかったらどうすんのよッ!!」

完全にセクハラ魔神と化した横島に耳まで真っ赤に染めたゴルゴーンが食ってかかる。

「知らんわッ! たとえ削除になったとしても俺は見せるッ! そんな甘い男やないでぇーッ!!」
「バカじゃないのッ!?」
「いいから見れッ!!」
「見るかッ!!」

煽られて反発し、ゴルゴーンが顔を背けて目を瞑る。
その瞬間を横島は待っていた。

「はッ!?」

映像と音が突然消える。
それが作戦であったとゴルゴーンが気づいて目を開けた時、そこには誰もいなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

青の旋律です。第5話をお送りします。
まず謝っておきます。ごめんなさい。GTY風紀委員会という呼称が使いたかったんです。
GS美神的にも問題ないと判断したんですがどうでしょう?
ちなみにあそこはアシュ編前半の山場で「俺はヤるッ!!」と息巻く青旋の
大好きな部分から使わせてもらいました。
それではご指摘、感想、お待ちしています。


今までの コメント:
[ 戻る ]
管理運営:GTY+管理人
Original GTY System Copyright(c)T.Fukazawa