ザ・グレート・展開予測ショー

雨(21)


投稿者名:NATO
投稿日時:(05/ 2/ 2)

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「護」の文殊。
「結/界」や「防/御」の二文字より、この一字のほうが強いのは、「イメージを具現化」するという能力の特性ゆえだろう。
その字をこめるために作られたそれは、霊力の収縮率も明らかに高い。
それはもう、片手で文殊を作りながらアシュの攻撃をいなしてもう片方の手をつないだ相手と痴話喧嘩できるほどに。
全員が口をあけながら眺めるしかない状況の中。
「間に合った、ようだねぇ」
意外な、声。
振り向く。
悠然と立つ「蛇」が、いた。
「なんだい。そろいもそろって」
「……あんたが、横島君を?」
「他に誰がいるってのさ」
「……」
不敵な、笑み。
「理由なんて、気にしてる場合じゃないんじゃないかい?」
「!」
「このままじゃ、あの女狐に坊や、取られちまうよ?」
「「「「「そっちかい!!!」」」」」


戦場の中心で痴話喧嘩する。
一目で下手なコメディと分かるタイトルを繰り広げるタマモと横島。
「優柔不断!朴念仁!煩悩男!超弩級鈍感!」
「……俺だって、俺だってなぁ!」
「何よ!」
「……」
詰まってしまう、横島。
実は、痴話喧嘩と言えど、横島はほとんど反撃していない。
そもそもコイツが口で勝てるわけもなく。
何よりいっていることが全て事実「らしい」のだ。どうしようもない。
「らしい」というのは、未だ本人は納得していないからで――どうしてくれようか、この男。
ただ、そろそろ横島も「反撃」に出るようだ。
「だいたい何時まで手握ってんのよ!離しなさいっ!このドスケベ!」
「なっ!……お前のほうから握ってきたんだろっ!」
「何時の話よっ!」
「昨日の夜っ!忘れたとは言わせねーぞっ!」
「だからってそれからずっと握ってる馬鹿がどこにいるってのよっ!」
「お前が「俺の結論がでるまで離さない」ったんだろうがっ!こっちはトイレ行きたいのも我慢してっ!」
「それはこっちの台詞よっ!大体この私が必死にした告白「まだわからない」とか言って逃げるやつが悪いんでしょ!」
「なっ……。お前のほうこそ「駄目だと思ってた」とか泣いてたくせにっ!大体「優柔不断なのは分かってるから、何時までも待つ」とか言ってたろっ!」
「だからって普通それ鵜呑みにして抱きしめるぐらいでごまかそうとするっ!?朴念仁のくせにジゴロのスキル身に着けてどうすんのよっ!」
「……っ!こっちが必死で考えて傷つけないようにとっ!じゃあどうしろってんだよっ!」
「決まってるでしょっ!「好きです」って正直に言えばいいのよっ!だいたい――」
ああ、そろそろ砂吐きたくなってきたので「優柔不断!」とか「かわいくねーなっ!」
とかのバカップルのじゃれあいは割愛させていただきたい。
――筆者としては、黒き邪悪な蛇に締め付けられ、力を奪われながら呆然と立ち尽くすアシュタロスが哀れになってきた。
というわけで、次の断章へ進む際、このバカップルの掛け合いは流して欲しい。
書いてみたくなっただけなのだ。心より謝罪する。
「手つなぎながらシスターなんて口説いてっ!しかも成功してるんじゃないわよっ!」
「うるせー!男ってのはそういう生物なんじゃっ!」
……うるさいのはお前らだ。

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「……っ!というわけでアシュタロスっ!今度こそお前の最期だっ!」
「「「「「「……」」」」」」
「……私の登場とか、なんだったのさ」
「ああ……。忘れてた。ありがとな。メドーサ」
「……ふ、ふん。別に、あんたのためじゃない」
視線をずらすメドーサ。
再起動するメンバーたち。
「ど、どういうことっ!」
「と、とにかく今は……えっと、どうすればいいんです?」
「わ、私が知るものかっ!闇狼くん?なにか……」
「俺に振るなっ!そこっ!美神母っ!」
「わ、私!?ええっ!?」
明らかに狼狽し集中力を乱すメンバーたち。
――ぜんぜん再起動していない。
「そ、そろそろ何とかしてくれないといろいろ崩れそうなんだが。話とか腰とか身体とか……」
バアルが悲鳴を上げる。
「なにやってるんです?みんな」
横島。
「こんな大事な場面で取り乱すなんて美神らしくないわね」
タマモ。
「「「「「お前等に、言われたくないわっ!!!」」」」」

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もちろん、そんなことをしていればバアルの呪縛も弱まる。
声一つ立てず、「蛇」を断ち切り、アシュタロスは今の「要」へと攻撃を仕掛ける。
「うわっ!」
間一髪で避ける「横島」
違和感。
「コイツ……心が、ない?」
「コピーの際、エラーがあったらしい。そいつは、ただの抜け殻だ」
バアル。
力を奪い続けたため、色濃く見える疲労の影で明らかな怒りを放っていた。
「滅ぼそうとした人間に命を弄ばれる。……いい気味だわ」
令子。やはり、彼女にとっても、あの事件は決して快いものではなかったのだろう。
真実を知る横島が顔を翳らせる。
アシュタロス。
はずした初撃から、体勢を立て直し、弐発目。
「遅いっ!」
横島の霊波刀。
放たれた霊波を、「分断」する。
「なっ!」
いかに以前に収束率が劣るといえ、霊波を「切る」ことなど神剣にも不可能だ。
「……ほう」
霊気の流れを「支配」する横島にのみ、与えられた技。
「今楽にしてやるっ!アシュタロスっ!」
アシュタロスが、初めて見せる「回避」
横島の攻撃が、神魔の本能さえ脅かしうることの証明。
切り札を隠し持つ唐巣はともかく、美神にとってその光景は、決して弟子の成長に対する喜びのみで語れるものでなかった。
だが、それでも相手は「魔神」
身体能力をいかし、簡単にかわしていく。
そして。
――厄介な相手だと判断すれば、すぐに次の対象へと目標を変化させる。
これも、この「アシュタロス」がプライドも自我も持たない証明だった。
「……くっ!」
美神。結界の構成を死守するため、動かなかったのが仇と成った。
だが。
「九尾の力!なめんじゃないわよっ!」
この国の「神」の一柱。
その力を「なぜか」取り戻した彼女が、防御に回る。
基本的に彼女の力も「五行」に基づく。
明らかに格上の神魔にも、対応できた。
「何してんのっ!さっさと何とかしなさいっ!」
力をいなしながら、タマモが声を張り上げる。
「わーってるっ!」
アシュタロスの後ろに回りこむ、横島。
霊波刀を振りかぶる。
かわされる、一撃。
「いまだっ!シロっ!」
「承知でござるっ!」
いかに魔族といえど、力を奪われている以上、上級の妖であるシロの攻撃なら……。
だが。
「……なっ!」
再生。「蛇」の呪縛がなくなり、宇宙意思の力が再び流れ込んできているのだ。
生半可な攻撃では、無意味。
「次は、私の番さねっ!」
主と共に堕天した神槍・トライデントが黒色の刀身を鈍く輝かせる。
「アシュタロスっ!あんたの望み、今なら分かる。……楽にしてやるよっ!」
「やめろっ!」
バアル。一瞬、動きを止める。
その隙を、見逃すはずもなく。
また、その攻撃を、「彼」が黙って見過ごすわけもなく
「……横島っ!」
とっさにメドーサを突き飛ばす、横島。
体制を、変える暇もなかった。
「魔神」の一撃は、防御する間もないまま、横島を貫いた。

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焦燥、絶望、悲嘆、驚愕。
それぞれが、それぞれの感情を爆発させながら、今見たものを信じることが出来ず。
横島の体。向こうが、突き抜けていた。
「横島!横島っ!!」
真っ先に飛び込む、タマモ。続く、シロ。
メドーサでさえ、驚愕のまま、歩み寄る。
なお、追撃を加えるアシュタロス。
放たれる霊波。
眼前に迫る、強大な「力」
思わず目を閉じる。
来るはずの、衝撃。だが。
恐る恐る、目を開く。
――彼女達を守るかのように、横島の周囲から柔らかな光が放たれていた。
「修/理」
横島自身、自覚していたわけではなかっただろう。
「理を、修める」
転じてモノをあるべき状態へと戻す意味を持つそれが、横島の状態に合わせて起動する。
治すわけでも、癒すわけでもない。
ただ、理において全てを真へと成す。
そして、彼の「真」なる姿。
かつての「罪人」としての己でなく。
「迷い人」としてのそれでなく。
全てを受け入れ、「流れ」を知り、「魔」を受け、力は「神」の如く。
それでいて、己は失うことなく、守るべきものを、全力で守る。
その根本は、「人」のままで。
「半魔」としての「神みたいなもの」から「真の神」へ。
「現人神」の呼称で、肉体を持ったまま魔族となった「人」横島忠夫は、こうして生まれた。
第一声は、永く語り継がれたという。
「あーー死ぬかと思った!」

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「起/動」
投影される映像は同じ。
だが、そこにいままでの狂気はない。
全てを受け入れることを選んだ圧倒的な強さの男が、そこに立っていた。
周囲は、この「少年」に完全に飲まれていた。
外見も、笑顔も、手に持つ剣も。
何一つ変わらないはずなのに、何もかもが違う。
近くに居たはず、いまも何より心の内側に入り込んでくる存在でありながら何より遠く、貴い。
「ただの少年」に、誰一人、声を掛けられるものはいなかった。
「……いくぞっ!アシュタロスっ!」
霊波刀を、構える。
何も変わらない。だが、違う。
「ま、まちなさいっ!」
ようやく令子が搾り出した一言。
「あんた一人で、どうにかできる相手じゃないわっ!」
「……大丈夫ですよ。美神さん」
高みからの、声。それでいて、決して冷たくはなかった。
「こんな「抜け殻」に、俺は負けません」
笑いかける、顔。
ただ、その何気ない仕草に、抵抗できない何かを叩き込まれる。
「美神さんは、そこで結界を。俺が、アシュタロスを叩きます」
片手を振り、シロタマとメドーサに下がるよう命じる。
「強き者」に従う生き物の習性か、おとなしく、後ろに下がる。
――圧倒されて、従わざるを得なかったのかもしれないが。
アシュタロス。
霊波砲は無効化されると分かっていたのだろう。
魔神の身体能力で突っ込んでくる。
霊気も、運動能力も、相手が上。
それなのに。
横島は、「いなした」
衝撃一つ感じないまま、すれ違うように突き放されるアシュタロス。
なにが起こったのかさえわからず、追撃。
無造作に突き出された霊波刀に、霊基の塊の拳がそらされる。
――そして。
開いた片手で、「強/力」の二極文殊を握り締めた拳が、アシュタロスの無防備な腹に炸裂した。

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いける。
そう思った。
とりあえず、封印。
いままでの横島の状態では取り込まれ、暴走するだけだったろう「アシュタロス」という「役割」をバアルは、横島に「封印」するつもりだった。
だが。
これなら。
霊力も体力も明らかに劣るにも関わらず「精神力」が桁違いに高い。
これならっ!
「そのままだっ!横島君。徹底的に弱らせろっ!」
ところどころ崩れ落ちそうになる体を必死で維持しながら、バアルは叫んだ。
「美神とやらっ!封印の変更だっ!ヤツを、霊力核にするっ!」
「……どういうことっ!?」
「横島君に、アシュタロスの核を、取り込ませる!」
驚愕。
それがどういうことか、分からぬわけではなかった。
「な、なに勝手なこと言ってんのよっ!あれは、私の丁稚よっ!」
種族が「魔」になる。ということ。
つまり。
「魔界になんか、行かせるもんですかっ!」
「こっちがお断りだっ!」
心外、というふうにバアルも怒鳴る。
「あんなの魔界にいれたら、人口が急騰して神魔のバランスが崩れまくるわっ!」
「「「「「……」」」」」
妙に納得してしまったメンバー達。
「とにかく急いで術式を造りなおせっ!横島君とて「一応」人間だ……チャンスは、一度!」
その一度すら。
魔神との死闘を演じ、消耗を続ける以上、成功率は減少し続けていた。
傍目には、横島が有利でも。
結局は、スペックが違いすぎるのだ。
友を輪廻の輪から完全に解放する「好機」
――これを逃すわけには、行かなかった。

22
「……」
無言、片方は余裕の無さゆえに。
片方は、その機能を持たぬが故に。
ただし、双方にある感情は、同じだった。
戸惑い、恐怖。そして、愉悦。
命を掛けた戦いの中にしか得られぬ、根源的にして究極の快楽。
相手の力が分からぬというスリル。
負ければ「存在」の終焉。
明らかに下の存在が対等に渡り合ってくるという戸惑い。
明らかに上の存在と対等に渡り合えるという戸惑い。
「自分にならできる」という自信。
他の何者も目に入らぬほど、それは対象を狂わせる。
だが。
それを味わわぬわけではないのに、横島はどこまでも「横島」でありえた。
「……逃げろっ!タマモ」
その「舞」に魅入られていたタマモが怒声から我に帰る。
巨大な霊波が、迫っていた。
慌てて避け、感謝の視線を送る。
愕然。
――横島は、こちらなど見てもいない。
隣にいたシロ、メドーサも驚愕の瞳で横島を見つめていた。
あの死闘のなか、「部外者」の気配を探り、気遣う余裕さえ持っているというのか。
自分より格上のものと戦いながら、けっして「戦う理由」を置いてけぼりにしない男。
体温があがり、体が火照っていくのを感じた。
目は、どこまでも「敵」しか見てはいない。
それなのに、彼は全てを掌握していた。
流れを読む能力ゆえといってしまえば容易いのだろう。
だが、そんなこととは関係なく。
死闘の相手、「敵」が羨ましくなるほどに真剣な瞳を注ぐ彼は。
――たまらなく、美麗で、絶対だった。
普段の彼にそんな言葉など嫌味にすらならないのだけれど。


――もちろん、それを見て面白くないと言う人間は当然いるわけで。
タマモを見つめるシロ。
「……なにが、あったのでござる?」
「……え?」
とりあえず、誤魔化す。
「とぼけても無駄でござる。拙者でなくとも、先生に何かがあったのは、女狐が絡んでいることぐらい瞭然でござる」
――失敗。
「さ、さあ?きっと、「贖罪」でもしたんじゃないかしら。ほら、教会の「総本部」だし、「懺悔」聞いてくれる優秀な「スタッフ」もたくさんいたことだし」
シロが知らなさそうな言葉を選んで、誤魔化す。
「拙者は、「タマモ」がなにをしたのか、聞いてるのでござるが?」
――失敗。
「美神どのやおキヌどのも、さぞ聞きたいと思うでござる」
追撃。
冷や汗が、流れ落ちるのを感じた。
あぶらあげはもちろん。
まともな食事さえ、厳しいかもしれない。
それなら横島に集ればいいか。
そんなふうに考え、息をつく。
――恐る恐る横を見ると……。
「……」
シロが、ジト目で睨んでいた。
「怖がったり、にやけたり、忙しい女狐でござるな」

24
戦闘は、膠着状態に入っていた。
動かないのではない。
どちらの攻撃も、調和の中に組み込まれているのだ。
それは、神域にまで尊められた不可侵の戦い。
属性なら「魔」である両者は、その本質の「戦闘」において神聖なまでに昇華され。
誰もが息を飲み、動くことさえ憚られるような「舞」
だれが、想像し得ただろうか。
「横島忠夫」という男が、ここまでの成長を見せることなど。
運命という言葉に綴れば、彼は決してそれを認めようとはしないだろう。
だが、そうとしか言い得ないほどに、彼は異常で、絶対だった。
宇宙意思の、イレギュラー。全ての呪縛から解き放たれた、アシュタロスの最も望んだ形。
それを意図せずして手に入れた彼もまた、何かに導かれるように変化を遂げていく。
「強く、強く」
望むのは、自責か、己への猜疑か。
かつてはそのどちらかであったろう自傷にも似た「成長」も今は。
――「敵」と向き合う。
あるいは義父かも知れず。
あるいは「世界」を否定するもう一人の己かも知れず。
憎むことも、恨むことも。「否定」することの出来ない「敵」
それでも、対峙する横島に迷いはなかった。
無言で剣を振る。
憎しみも、恨みもなく。
諦観でも、惰性でもなく。
己が戦う場を、己の意思により、他の全てを廃し。
戦乙女の台詞。
「戦士」
彼は、そんなものではなかった。
対峙する魔神とて、もちろん違う。
将でなく、兵でなく。
それでも、振りかざす「死」に意思を込め。
「……なんなのよ」
美神。
他の全てのメンバーの、代弁でもあった。
「なんだってのよ」
かろうじて、見える速度。
遅いならもちろん早すぎても隙は出来る。
だからこそ、最も戦いに適した速度。
リズムに合った、「舞」
本能のみの顕現であるアシュタロスも、そうあるからこそそれに付き合う。
小細工も、探り合いもない。
最も適するが故に相手にも読まれ、最も適するが故に他の手を使う暇などなく返され。
一瞬ごとの命のやり取り。
それなのに、目を離すことすら出来ず、魅入られる。
不意に、泣き出しそうになるような光景だった。

25
バアルによって魔族のアーカイブから記憶情報をロードされたとき、望んだことは「本物と同じ死」
命を弄ばれる。
屈辱など感じはしない。ただ、絶望。
魔族の本能として、悦楽から力を貸していただけのアシュタロスが感じていたこと。
叩きつけられるように、理解させられた。
取り憑かれたように「コピー」を蹴散らしながら、自分もまたこれらと何も変わらないことを痛感する。
無数にある全てが、破壊するたび己を傷つけた。
侮蔑し、嫌悪していた人間の一人。
自分を殺したものにもう一度殺されること。
それだけが、天上の光のように心にあった。
だが。
見下した人間の一人から、教えられたことがあった。
くだらないと切り捨てるには、その男の目は傷つきすぎていた。
自分は、「弱い」
横島忠夫よりも、西条輝彦よりも。
悔しいとは、思わなかった。
むしろ、見極め、見届けてやりたいと思えるほどに傷ついた目。
横を見たとき、バアルもまた同じ目をしていた。
自分だけ、取り残された。
自嘲気味に、そう思った。
だからこそ、見届けよう。
アシュタロス。自分の「弱さ」に勝てなかった、もう一人の自分の姿。
その残骸に、「彼等」がどのような祝福を下すのか。
――その思いの下、迎えにいった空港で「横島」に魅入られてしまうのは、甚だ予想外であったのだが。

26
不可侵の、戦い。
その空間を引き裂くように。
「……美神令子っ!結界はっ!?」
バアルの、声。呆然としていたのは一瞬だった。
「とっくに出来上がってるわよっ!」
「いいか!一度だっ!」
「分かってる!」
今なら。
アシュタロスの消耗と、横島の消耗。
アシュタロスが霊力核に封じ込められ、横島がそれを取り込めるぎりぎりのライン。
全ては、術者である美神にゆだねられる。
そして、彼女は。
「私は、美神令子よっ!」
こういう場面には、矢鱈滅多らに強かった。
「あんたたちっ!失敗したら、どうなるかわかってるんでしょうねっ!……いくわよっ!」
単純な、魔術ではなかった。
神術、陰陽術、白魔術、黒魔術。
混ざり合い、本来なら反発どころか術として成立さえしないようなそれを。
彼女はくみ上げ、まとめていく。
もちろん、要をなすのが世界トップクラスの術者であったのも一因だろう。
だが、それを差し引いてなお、その結界はバアルや闇狼を唸らせるのに十分なものだった。
発動させるぎりぎりまで、横島はアシュタロスと戦い続ける。
逃げるタイミングの指示さえしないのは、彼女の助手への信頼だろうか。
バアルは、感心したように見つめていた。
ふと、横を見る。
彼女の母親が、冷や汗を流していた。
「……おい」
気付いたのか、美智絵が小さく首を振る。
心なしか、顔が青い。
あわてて、辺りを見回す。
唐巣、西条。結界には加わっていない人狼や妖狐まで。
――やばいんじゃないだろうか。
このままでは受け取り先の横島まで、霊力核にされるような。
術の影響が顕現し始め、アシュタロスが苦悶にうめく。
横島も、心なしか青ざめているような。
「お「――の下、ここに美神令子が命ず!魔封環!」」
言葉と共に、構成している霊基を奪われ、消えていくアシュタロスと横島。
それでもしっかりアシュタロスが霊力核になるのを見計らい、バアルは「慌てて」美神を止めに入った。
――結論から言えば、半分結晶化しかけた横島を、何とか救出することに成功。
「結果的に見るならば」すべてうまく運んだといっていいだろう。
「ああ、あいつなら、殺したって死にゃしないわよ」
彼女の言葉に、バアルは圧倒的な力をもつ神魔が人間にたびたび敗れ去るわけを理解できた気がした。

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