ザ・グレート・展開予測ショー

〜 『キツネと羽根と混沌と』 第24話 〜


投稿者名:かぜあめ
投稿日時:(05/ 1/31)






〜turning appendix.1 『創世紀戦争』







                   ◆



ソレは、気付いた時からすでに壊れ始めていた。

音も無く、目にも見えず・・・しかし確実に壊れつづける。守ろうとする者を嘲笑い、抗う者を蹴散らして・・。
叶わぬ希望に溺死する、仔羊たちの群れ。全てが泡沫に等しいなら、何ゆえ、彼らは足掻くのか?

無機質な輪は、ただ廻る。

・・・グルグル、グルグル・・。ただ、廻る。


―――――――――・・。


斬撃が血化粧を生んだ。暗い、滴の色。
自分がこうやって剣を振るうのは、すでに何度目になるだろう?西条は、皮肉げな顔でそう考えていた。
眼前の男がワラウ。
脳天にめり込んだ、黒い銃弾を払い落とし・・・静かに、低く腰を落とす。

「やってくれるじゃないか・・。冷や汗が出たぜ」
「お互いさまだ」

唇を歪めると、西条は獣のように地を蹴った。

加速する。凄絶な攻勢で低空を翔び、彼は霊刀を閃かせる。
イーターの至近に迫った刹那、その動きは、一切の無駄なく水平から垂直へ・・。円弧を描き、剣閃ごと、西条の体が宙を舞った。

「―――――――ぐ・・・・おぉっ!!!」

地響きじみた衝撃音。
防御したはずの間下部が、まるで冗談のように吹き飛ばされ・・・瞬間!

「なめるなっ!」

黒腕が伸びる。蛇を象る喰らう者の刃が、西条の剣撃を遮断した。
せめぎ合う2つの凶器。打突部が摩擦し、火花を散らす。

「ここまでスリルを覚えるのも久しぶりだ・・。楽しませてくれるじゃないか?」

「・・それなら、ついでに『あの醜い姿』にでも戻ったらどうだ?今のままでは窮屈だろう?」

抑揚なく言い放つ西条に、間下部は思わず苦笑した。
・・・失念していた。台詞の内容そのものではなく、西条がその事実を把握していることを。

「ご忠告、痛み入るよ・・と言いたいが、その必要はない。腑抜けきった今の貴様には、この器のままで十分だ」

スピードをトップギアに上げ、黒爪を薙ぐ。払う。打ち落とす。
3連撃を捌きながら、西条は心外そうに嘆息した。

「腑抜ける・・?一体、何のことやら」
「妖刀を持った人狼ごときに、以前不覚をとった・・そうと聞いているが?」

「・・・。」

絶え間ない激しい攻防の中、一瞬、空隙のような静寂が訪れる。押し黙る西条とは対照的に、間下部はかすかに眉を上げ・・・

「あの程度の愚物相手にてこずるとは・・・らしくもない。偉く間抜けなやられ方だったそうじゃないか」

抉り取られた隻眼が、疼く。3年前・・西条に追いつめられた時・・自分は心の底から歓喜に震えたものだが・・
今では、それが見る影もない。失望したく口ぶりで、間下部は旧友に笑いかけた。

「・・知人の前で狼の生首を飛ばして、何になる。そういうのは、もう懲り懲りなんだ」

吐き捨てる西条を、間下部は愉快げな視線で一瞥した。わずかながら言いよどむ声。彼は、その小さなためらいを見逃さない。

「抹殺(イレイズ)よりも、数で押しての捕縛を優先した、というところか。・・やはりお前は変わったよ。
 相変わらず、Gメンに傾倒しているのも・・感心できないな?」

――――・・ボコ・・・ッ。

足先の床が、奇妙な音を立てる。見れば、間下部を中心として、動力室の地面全体が陥没していた。
まるで巨大な質量を持つ何かが現れたかのように・・・一帯を、重い振動が鳴哭する。
・・息を吐き、西条は間下部の懐に飛び込んだ。

――――――・・。


「『神』とは、人が造り出したモノ。神という存在を定義し、名を与え、それに意義を見出した・・。
 お前の好きな考え方だったな?」

「・・・。」

「だがそれ故に、神は人にとって『完全なモノ』として補完された存在だ。そこに欺瞞など有り得ない」


薄闇に光る、獰猛(どうもう)な瞳。揺らぎのない強靭な意志と、明確な意図が込められたその視線に・・
西条は不快な感情を垣間見た。

「今の、この欺瞞に満ち溢れた世界を見ろよ。主神どもの定めた正史一つ、掬って(すくって)みても・・濁った灰汁しか残りゃしない」

「欺瞞、か・・。お前の口から、そんな言葉が飛び出すとはな・・」

込み上げてくる、渇いた笑いが抑えきれない。
しかし、言葉とは反して・・・その問いかけは、西条の心に大きな波紋を呼び起こした。

神々が定めた歴史の綻び(ほころび)。それは禁忌だ。触れることの、禁忌。

ユダヤ、ゾロアスター、バラモン・・。
宇宙の創造主とされる主神よりも、遥かに成立年代の古い、旧神たちの存在・・。
一部の例外を除き、彼らは皆、大勢内での発言権の大半を剥奪されていると聞く。いや、そもそもからして・・そんな神々が存在すること自体が・・

「主神たちは、今、必死さ。
 『我々があらゆる生命・神魔の祖だ』、そう声高に謳っておきながら、実質はその主張に矛盾する神魔の山。
 疑問を抱き始めた人類の目を欺こうと、隠蔽工作にヤッキになっている」

イーターは・・・
肩をすくめて、懐から一枚のMOを取り出すと・・それを西条に向かって投げてよこす。
間下部の手元を離れたディスクが・・西条の掌に収まった。

「・・・・?」

「・・もしも、ココを生きて出られることがあったなら。
 そいつを使って、神界のメインシステムにハッキングをかけてみるといい。コード0483・・・面白いものが見られるぞ?」

「コード0483?ゾロアスターの神々に関する記述か・・」

うめくように呟き、西条が虹色の光磁器面を見下ろした。無言の時間。屈折した光が・・・彼の瞳孔を、深く突き刺す。


「もしも・・・」


言いながら、喰らう者は笑った。

「もしも、お前が真実を知りたいと願うなら・・その時は、全てを疑うことだ。神も、悪魔も、Gメンも、人間も、全て・・・・」

目に映るモノ、耳を揺らすモノ、お前の存在に触れるモノ、全テヲ――――――――。


                         
                            ◆



『ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!』


哄笑が闇から溢れ出した。
黒い人形を形成する、硬質の表皮が、ドクドクと脈打つように蠢き出す。それはイーターにとって、恍惚を伴う、至福さえ言える瞬間だった。

「・・・・・。」

力無く倒れ伏す神薙美冬は、苦しげに、浅い呼吸を繰り返す。無残に引き裂かれた制服の一部と、床に染み渡る赤い液体。
全身を傷だらけにしながらも、ガラス細工のような彼女の美しさは、何一つとして損なわれていない。

・・・つくづく、人形だ。
ため息をつくと、イーターは神薙の胸元に足を重ねた。踏みつける形で、そのまま、じょじょに過重を加え・・

「・・・・っ!・・は・・・っ・・・あ・・・っ・・!」

傷口を抉られ、少女の体がビクン、と跳ねる。

――――『無様だな・・。一時は天上において、至高の座の末席にその身を置いていた主神の一人が・・・落ちれば落ちるものだ』
「・・!?・・何故・・・貴方が、それを・・・・・」

神薙の顔色が、変わる。信じられないものを見聞きした・・そう言わんばかりに瞳を見開き、震える腕に力を込める。
すでに限界を迎えたその肉体が、彼女の期待に応えることはなかったが・・。

・・・・。


『かつて、この世界に・・・一つの大きな戦があった。』


無感動な声音が、吟ずるように神薙の耳元へと降りかかる。

―――――かつて、この世界に・・・一つの大きな戦があった。

それは、現代の古文書に記述される、光と闇・神と魔の闘争とは、全く枠組みを異にする戦い。

『言わば、旧き《世界》と、新しい《世界》の代理戦争だな。
 既存の善悪の概念、価値観、大勢の覇権・・・・それら全てを書き換えるために、キリストや、サタンを初めとする新興の神・悪魔が起した大反乱」

「・・・・。」

絶句する神薙に、分体は壮絶な笑みを送ってみせる。のっぺらぼうの、黒い面・・・しかし、彼はたしかに笑っていた。

『結果は・・・まぁ、俺が詳細に語る必要もあるまい?負け組のアンタが一番よく分かっているハズだ。
 旧き神々は、その玉座を追い落とされ、かくして現大勢の時代が到来した。それまでに築かれてきた歴史は全て抹消・・つまりは、無かったことにされたわけだ。」

《無かったことに》・・それは、ひどく奇妙な響きだった。
『あってはならないもの』『ありえるはずのないもの』。その中心に、安寧な世界が築かれる。
滅びた者の墓碑銘にその印は無く、永らえた者も皆、縛られる自由にその口を閉ざした。

生きながらにして、その存在を消し去られる・・。
それは、旅人が道すがら、予期せぬ拾いものをするのと・・同じことだ。

すなわち、”死 ”という名の拾いものを。

『―――――アシュタロスの究極の魔体・・・アレも、元を正せば、お前達が生み出した技術の一端だろう?』

「貴方は・・・・・・・一体、どこまで・・・・っ!?・・・あぁっ!!!」

顔を上げようとする神薙の表情が・・苦痛に歪んだ。
異論をはさむ余地など与えない、そう言うかのように、さらに、添えられた足に力が加わる。

『アシュタロスは、現主神が創り出した後発の魔神・・・旧世界との関わりなど、あろうはずもない。
 それが何故、魔体の存在を知りえたのか・・?』

「・・・・。」

『裏切り者が、居るということさ。内部から大勢を侵食し、転覆を画策する、旧き神々の生き残りが・・』

旧主神の王。
その力と知性ゆえ、現大勢内でもサタンの側近にまで昇りつめ・・・・
そして、自らが王位に返り咲くためならば、あらゆる犠牲をも容認する。

ゾロアスターの、全ての闇を統べる破壊の化身・・。

『人間界に降臨した、アシュタロスの魔体。それを見て、お前は気付いてしまった。
 あの叛乱の糸を、裏から手引きした者の存在と・・・その盲執に 」
  
《彼》は狂人だ。過去の栄光に魅入られ、ただただそれを追い求めるあまり、破滅の道をまい進する。
その道は、彼に最悪の選択肢を提示しつづけた。
同胞とも言える、魔神アシュタロスを死へと追い込み、あるいは、かつての仲間を踏み台にして・・・

・・・混沌の尖兵と成り果てることにさえ、何の呵責も感じようとはしない。


「・・私の過失です。彼を・・父を止めることの出来なかった、私の過失・・・」
『咎める者がいなければ、罪などというものは存在しない。結果的にお前は《正しかった》のさ。あべこべなことだがな・・』

うわ言のように繰り返す神薙に、イーターは冷然と言い放った。
・・少女が双眸、鋭く細まる。

「それでも私は・・・目を覚まさせねばなりません。ぬるま湯に浸かった、世界の目を」


つぶやきに、世界が呼応した。

――――――閃光が走る。アクアブルーの燐光を放つ、圧倒的な輝き。死を司る呪氷が視界を走り、冷気が空間を飲み込んだ。

神薙に触れる、分体の一対が、息も吐かぬ間に凍りつき・・そして弾ける。

『これは・・・?』
「私の霊気は、あらゆる存在を凍てつかせる・・。炎を・・、音を・・、光さえも、私の前では抗う術を持ち得ない」

瞬間、視界を闇が支配した。否、凍りついたのだ。世界を覆う光そのものが、凍る。
後に続く、闇さえも凍てつき・・ガランドウの無だけが広がった。
術式による、通常の結界とは明らかに一線を画する、完全に現世から隔離された不可侵域。

「絶対氷結領域 コキュートス・ヘイズ。正真正銘、私の奥の手です・・」

弱々しく立ち上がる神薙を見つめ、人形は小さく鼻を鳴らした。
眼前に広がる、現実とは思えない幻想的な光景。彼女の言葉通り、炎が、光が、闇が・・本来ならば、凍ることなど有り得ざるものが、
次々と冷気の嵐に吸い込まれていく。

『・・やはり、まだ余力を残していたか。しかし・・・参ったね、コイツは正直、予想以上だ」

外部からの、あらゆる干渉を遮断する、コキュートス・ヘイズ。
この領域内でなら、神薙美冬―――――――否、魔神ドゥルジは、無制限にその力を解放できる。
現に、今、この時も・・・彼女の内在霊気は、爆発的な勢いで上昇を続けていた。

「投了することお勧めします。もはや、そのような小細工など、何の効力も持ち得ない」

ルシオラの仮面を指差しながら、静かにドゥルジは言葉を紡ぐ。楽しげなイーターの声が・・さらに、笑った。

『知っているか?小細工ってのは、根本的な解決策にならないから、小細工なのさ。 
 切り札・・後半のお楽しみ・・・・・ソウイウモノダロ?』

ヒトの形が、崩れる。

醜悪に歪んだ黒い皮膚が・・・風船のように膨張し・・中央に輝く黄色の単眼。
緩慢なフルートの流れに身を任せ・・・身の丈、数百フィートに達する巨大な肉塊が、氷の大地に根を下ろした。
肉塊が叫ぶ。

『キサマの存在は・・・危険ダ・・。分体デアル俺ノミナラズ・・イズレ、本体である間下部 紅廊ニモ、強大無比ノ障害トナルはず」

「・・・・。」

『魔神ドゥルジ・・・貴様ニハ、ココデ舞台の幕カラ降リテモラウ・・!!!!!』

次の瞬間、イーターが動いた。その蠢きに呼応して、大気と重力が・・・引き裂くような悲鳴を上げる。

本能的に分かる。この怪物は、『違う』。霊力、破壊能力・・・・そんな《些細な》要素など歯牙にもかけない。
人間とも、神とも、悪魔とも、攻性生命としての『格』そのものが、まるで桁違いなのだ。

・・・ドゥルジは、悲しげに眉根をよせた。

「なるほど・・喰らう者の正体が、ようやく掴めました。それが貴方の選択なのですね。混沌を、『神』を屠るための・・」

『《神》!?《神》だと・・!?オレや、あいつの・・・オレたちの運命を弄んだ化け物共がか・・・!!?
 それが、神の正しさだと言うのなら、オレが奴らを殺してやる!!!殺してやるぞ!!!!!!』

理性を失い、半ば暴走しかけたその自我に・・・少女は何事かつぶやいた。
不意に気付く。
もしも、今の言葉が、間下部 紅廊の奥底に眠る、自らも知らない本心なのだとしたら・・彼もまた、西条と同様・・・。

・・・・。

ドゥルジは、そこで思考を中断した。

「貴方は・・悲しい人ですね・・イーター。・・チェックメイトです」

巨大な黒塊の攻撃が、少女に届くことは、ついに無かった。
半瞬後、コキュートスの冷気が・・・天を突き抜ける、イーターの巨体を氷結させる。

『――――――!?・・バカナ・・・・一体、いつの間に・・・・・こんな・・・こんな、ことが・・』

「私の冷気は、『氷』という名の概念そのもの。貴方の敗因は、ソレを物理法則内に収まる現象と、勘違いしたことです。
 氷結するのは、目に見えるものだけとは限らないでしょう?」

言いながら、ドゥルジは、空間に唯一残った時計へと目を向ける。
ひしゃげた長針。へし折れた短針。それらを理解し、イーターの声が恐怖に震える。


『まさか・・・刻・・・を、時間を停止させたというのか・・?バカナ・・そんな・・そんな規格外の力など、有り得るはずが・・』

「いいえ、有り得ます」

凛とした声が、空間に反響した。
分体が絶叫を上げる。全てをかき消す、死の氷壁が、黒い肉塊の巨躯を穿つ。
やめろ、とイーターの唇がそう動き・・・・

そして、暗転―――――――・・。


「これが貴方の言う・・・・かつて、至高の座に身を置いた者の、力ですよ」


神薙が、かすかに腕を振るう。
それが間下部 紅廊の分体・・・黒い人形の最期だった――――――。


『あとがき』

あああああ!!!?時間が・・・時間がないです!!あとがきを書くのも、時間との勝負です(笑
とにかく、ここまで読んでくださった読者の皆様、ありがとうございます。なんというか・・・内容については、色々ごめんなさい(泣
このシリーズ、本当に物語を形成する上でのバックボーンがたくさんありまして・・・
「アレを書かないと、ココとココが一本の線につながらない・・・うお!?でもここでコレを書いちゃうと、あの問題が・・」
みたいな、試行錯誤+暴走を繰り返す毎日です。
今回明かされなかったナゾはまた後ほど・・明かされる機会だ出ますので・・・・その・・・。
本当にすみません・・(泣

最期に一つネタバラシを。イーターの正体・・『緩慢なフルートの流れ』ってところで、クトゥルー神話を齧ったことのある方は
気付いてしまうかもしれません。
それでは〜また、次回お会いしましょう(汗)次からは横島が出ずっぱりです。

                   

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