ザ・グレート・展開予測ショー

フォールン  ― 13 ―


投稿者名:フル・サークル
投稿日時:(05/ 1/29)




「――――愉快だ」

 両手で髪をゆっくりと撫で付けながら、男は薄笑いと共にもう一度言う。

「本当に、愉快だ」



 研究所での捜査が終わりGメン達が引き上げると、神内もコーポレーション本社ビル内にある彼の執務室へと戻っていた。

「何がそんなに面白かったのですか?」

 彼直属の男性秘書に訊ねられ、神内は自分の目の前にあった数枚の書類を彼の方向へと差し出す。
 それを取り、目を通して秘書は言った。

「数時間前の緊急手配に対応して我々の調査機関がまとめた、横島忠夫の潜伏先見通し一覧ですね」

「そうだ。実に面白いだろ?」

「ええ・・・面白いほどに・・・杜撰な隠れ方ですね」

「そういう事さ。こんないい加減な潜伏先を、本気を出した彼らが手掛かり一つ掴めずにいる」

 そこまで聞くと秘書の口元にも笑いが浮かんだ。

「つまり、それらは“彼らには見付けられない”場所だと言う事ですね」

「そう。しかも、捜査を現場で指揮し、見付けられません・手掛かりもありませんと随時上に報告しているのは誰だと思う?」

「先程研究所にお見えになった・・・」

「私は彼に会って来た・・・・・・実に、愉快だったよ」



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 一通り所内を回った後、事務的に捜査協力への礼を言って撤収しようとする西条。
 その彼を神内が呼び止めた。

「もう少しお話して行きませんか?私としては、あなたと個人的にお話してみたい事が色々ありまして」

「・・・せっかくですが、ご覧の通り勤務中でして・・・一応ですが有事でもあります」

 露骨に「何を馬鹿な事言ってるんだ」と咎める表情を浮かべつつ背を向けようとする西条に、神内は続けて声を掛ける。

「捜査にも関連する話ですよ?・・・それとも“捜査の逆方向”に、ですかね?」

「何だと・・・?」

 西条の顔色が変わる。振り返った彼に神内はにっこりと微笑みながら続けた。

「こう考えましょうよ?捜査内容について協力者から問い合せがあった時、現場の責任者が可能な限りで説明するのは何の問題もないのだと」

 問題は、確かにない・・・・・・この男と二人で話をするのが「嫌」なだけだった。



 応接室に案内された西条は苛立だしげに言った。

「・・・話があるのなら、あまり時間を取らせないでくれたまえよ。僕は、一刻も早く先に出た部下達と合流しなければならないのだからね」

 西条のそんな様子と対称的に、神内は微笑みを崩さずゆったりとソファーに腰を降ろすと――その間、一度も彼から視線を外さなかったが――とぼけた口調で返して来た。

「おや?・・・むしろこのまま貴方が行かれない方が、捜査は進むのでは?」

「・・・・・・無能だと、言いたいのかね?僕を侮辱する為に残したのか?」

「とんでもない。貴方は極めて優秀だ・・・その事は疑う余地さえない」

 神内は立ち上がり、近くに用意されていたお茶菓子のトレーを持って来る。
 まっすぐ座っていたソファーには戻らず、わざと西条の背後を回り込みながら言葉を続けた。

「思慮深く、現状を把握し先を読む・・・それでいて勇気に満ち、決断力と行動力を併せ持つ。そして、それらが発揮される所では常に、美しく強靭な貴方自身の意志が介在される・・・優秀ですよ、貴方は極めて優秀です」

 テーブルの上にトレーを置く時、西条に顔を近付け囁く様に付け加えた。

「・・・ただ追うべきと指示された者を追い、見つけ出し捕まえて、それで事足りる連中なんかよりずっと優秀なんです」

「何の話をしている・・・?」

「フフ、僕の妄想ですよ。そのつもりで聞いていて下さい」

 軽く笑いながら神内はソファーに戻った。深く腰掛けた彼は前かがみに西条を見て、話し始める。

「私は今まで思い違いをしていた様です・・・私が彼女を手に入れる上で厄介な存在となるのは、やはり横島さんだけではなかった」

「・・・気に入らんな」

 西条はスティックケーキの袋を手で弄びながら喋る神内を不快げに睨んだ。
 神内は顔を上げてその視線に応えた―――感情の見えない、カメラの様な機械的な目。

「僕が失念されていた事もそうだが、そんな事よりも・・・・・・“手に入れる”だと?彼女は誰かの手に渡ったり所有されたりする物品なんかじゃないぞ。・・・自分の意思と心とを持った自分自身の主、人間だ」

「クスクスクス・・・ただの言い回しじゃないですか。海外生活が少し長過ぎたのでは?」

「君の発言はとても、言葉のあやだった様には見えん」

 神内は口元に笑みを浮かべたまま言葉を続ける―――細めた目の中の光は、冷たいままで。

「ハハッ、彼女に自分の心がある・・・当り前じゃないですか。もし私がそれを無視しているのなら、何故私にとって彼が最大のライバルだと言うのです?貴方は十分ご存知の筈ですが」

 西条は無言でコーヒーを一口啜る。多くは神内の指摘通りだった。
 実際、西条もまた、横島を自分以上に美神にふさわしい相手だとは認めていない――普段口にする程に馬鹿にしてはおらず、その能力や人格を認め、信頼している部分があるとしても。
 それにも関わらず、やはり彼にとっても横島は最大のライバルだった。

 その理由・・・「彼女の心はどこにあるのか」、それこそが最大の問題だったから。
 しかし、今は―――――

「彼女は、私でも貴方でも・・・彼でもない。誰の思惑とも関係なくその心は存在する・・・だから臆病な私達は色々と策を凝らすのです。違いますか?」

「私達とは、僕も含めているのか?・・・僕がどんな策を凝らしていると?」

「・・・その横島さんですが」

 神内は西条の問いに直接答えず、手元のスティックケーキを口に放り込んで少しもぐもぐしてからコーヒーを啜り、間を置く様にゆったりと続ける。

「彼女を軸にして彼女の近くにいる男達を見た時、彼だけは私達と違う・・・何もかも。まず、彼の心は彼女を、彼女だけを見てはいない・・・そして、彼女はそんな彼を他の誰よりも見ている、彼女自身がそれを認めなかろうがね・・・その、彼女自身が認めてないって所が話を面白・・・いや、ややこしくしているのですが」

 そう、認めたくはないが、最も彼女の心に在るのは彼だ。だからこそ、自分が彼に勝っている様々な要素を差し置いて、手強いのだ。
 西条にとってそれは誰かに教えられるまでもない事だった。

「そして、私達はそれ故にただ一つ、彼と目的を共有出来る事がある・・・彼が彼の選んだ相手と結ばれる事ですよ・・・彼女以外の、ですが。つまり、その相手とは・・・」

「ルシオラ君だと言う事か・・・つまり君はやはり裏で何かやっている訳だな?そして、僕までもが本来の任務を放棄してそれに加担していると言いたいのか?」

「フフッ、任務?貴方達の任務とは霊的秩序の維持、事件を解決し被害を防ぐ事。この話の一体どこにそれらの目的と反するものがあるのです?意味も考えずルールを遵守し違反項目を数える事と目的を果たす事とは別物・・・・・・そして、貴方はその事をよく分かっている」

 そこで一旦言葉を切り、神内は沈黙した。黙ったまま西条の顔を控えめにだが覗き込む。
 やがて、口を開き唐突に呟いた。

「―――――貴方は私と同じです」

 再び西条は彼に剣呑な視線を放つ。

「一体どこがだね?彼女を“手に入れる”などと口にする者と・・・」

「その心根までとは言ってません。考える所が同じだと言っているのです・・・そして、選び取る行動が。しかも、貴方はそれを一公務員の立場にいながらもすんなりと実行に移してみせた――あらゆる障害をクリアし任務と両立させながら。これが貴方の優秀さです・・・極めて、優秀だと言う他ない」

「それに何か証拠でも・・・・・・あるのかね?」

「フフ・・・だから、私の妄想ですって。さっき申し上げた通り」

「・・・何度も言うが、僕は勤務中なんだ。事実の確認ならともかく、君の見た夢の話に付き合わされるのならここらで失礼させてもらう」

 口ではそう斬り捨てたが、神内が実際の所どこまで情報を握っているのかは西条にも窺い知れない。
 ――これ以上不用意にこの男と関わるのは危険だ。心の中で警報が鳴る。
 立ち上がり扉へ向かった時、背中に神内の声が掛かった。

「要は、似た者同士、仲良くして行きませんかって事ですよ・・・その次第では、彼女を手に入れるのが貴方でも私は構わないんです」

 その言葉に、西条は背筋を中心として全身へ虫唾が走るのを感じた。
 誰かが誰かを想う事、求める事、側にいたいと思いそう在る事・・・この男にとってはそれらの感情や絆も全て、自分のゲームにおける駒の動きに過ぎないのだ・・・
 際限なく自分の版図を拡大して行くゲームの。

「・・・やはり君と僕とは、全く違う人間・・・いや、全く違う生き物らしい。一体、人を何だと思ってるんだ・・・っ!?」

 溢れそうな嫌悪感を堪えながら背中越しに毒づく西条に、神内はしれっと問い返す。

「おや?彼女を手に入れたくはないのですか?・・・そう望んでないと?」

「・・・何度も同じ事を言わせるな・・・彼女は・・・・・・」

「貴方こそ、何度も言い方で誤魔化さないで下さいね。意思を尊重する・・・心を大事にする・・・それってつまり、“心までも手に入れないと満足出来ない”って事なんですよ?―――人間は貪欲ですね」

 激しい勢いで扉の閉まる音、続いてずかずかと廊下を踏み鳴らす音が室内に響き、やがて消えて行く。
 その余韻の中で神内は、扉を見つめながらクスクスと小さく愉快そうに笑い続けていた。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



 何度目かの入力ミス。
 報告書を作成中の西条は舌打ちして間違った箇所のある項目を丸ごと削除し、手書きの文書を机の隅に押しやると、背もたれに深く身体を預けて息をついた。
 モニター上に開かれた書面――彼の今手がけていたページには随所で神内の名前が躍っていた。

「・・・僕はお前とは違う・・・・・・違うんだ・・・」

 オカルトGメンのフロア内ではこの時間でも結構人が動いていたが、片隅でマシンと向かい合っている西条の呟きを耳にする者はいない。
 西条は画面を眺めながら繰り返した。

「絶対に、違う・・・」

 だが・・・その違いは他人の目に見えるものだろうか?自分で「違う」と思い込むだけなら誰でも出来る。

 西条は僅かに口元を歪めて苦笑する。ここに両者を知る客観的な第三者がいるなら、間違いなくこう判定を下すだろう・・・
 神内と西条、二人の意図する行動、そして、その目的は概ね同じだと―――実際、当の横島達にとっても、二人は似た様なものでしかないのかも知れない。



―――初めは、もっと気軽な話だったのにな。

 西条は思い返す・・・二年以上前、まだ十代の横島が西条に「霊的エネルギーを貯めておけそうな場所」がこの辺にないかと訊ねて来た時の事を。

「ない事もないが・・・何に使うんだね?見た所、令子ちゃんに黙っての話の様だが?」

 俺の中にあるアイツの霊体を使ってアイツを復活させる。西条の問いに横島は意外な程あっけなく答えた。
 どんな方法でかは未だハッキリとは決まってないが、いずれにしても大量のエネルギーが必要になるだろう。

「ふっ、待てなくなったかね?それとも、やはり自分の子供としてじゃ不服かね?まあ、君じゃあこの僕と違って、その母親となる相手の女性を見付ける事からして無理難題だろうからね。賢明な判断かもしれんと言えるな」

「貴様な・・・・・・」

 いつも通りの毒を飛ばしながらも、西条の答えは決まっていた。
 元々、あの戦いの時から、「横島とルシオラ」の為に奇妙な程協力的であったのが彼だ。
 彼女が莫大な取り調べ事項をさっさと切り上げ、拘禁措置を受けず横島の許へ行ける様にするのに、彼が世界GS協会へどれだけ工作したのか。
 パピリオの反乱を(自分がそれで重傷を負ったにも関わらず)どの様に揉み消したか。

 「正義」を信条とする生真面目な彼にしてはらしくない逸脱行動であったかもしれない。
 何故、そこまでしたのか?・・・やはり、自分の恋敵としてもっとも性質の悪い敵を排除する事が第一の目的だと言えただろう。
 だが、それとは別に、「その二人」そのものにも思う所があった。

 アシュタロスの道具としての生とその意味しか持っていなかった彼女に自由と彼女自身の生をもたらす為だけに、無謀なまでの戦いを選んだ彼。
 そうして与えられた自分自身の生きる意味を、彼と彼のいる世界の為に投げ出す事で全うさせた彼女。
 彼は世界の為に、そして彼女の選んだ生の為に・・・・・・彼女を見殺しにした。

 西条は「この二人」の持つ美しさに自分の美意識が屈服するのを確かに感じていた。
 その上、横島が今また「彼女を取り戻す」為に新たな賭けに出たのだ―――高貴なる者・紳士たる者ならば、それを前にどう振る舞うべきか。



「・・・・・・これが、違いだ。お前には、美意識がない・・・彼らの姿に何かを共感し、畏怖する所が・・・」

―――その事は、本当の意味で「違い」だと言えるのか?



 国内のあらゆる霊的事例を整理したファイルの中からめぼしいものを幾つか横島に紹介した――件の廃ホテルもその内の一件だった――その時、西条はまだそれがここまでの大事になるとは思っていなかった。
 横島が霊気を集めるのに吸引済の危険な悪霊や妖怪を使用する事、それが空間を軋ませる程の量となる事などは全くの予想外であり、後日、横島からの話にて知る破目となったものだった。

 ――いや違う。予想外の展開になった・・・と言うだけの話じゃない。
 この2年で煮詰まった部分もあるだろうが、この事態へ進行する背景には横島の精神状態があり、それは話が持って来られた時点で今日に至る渇望感や覚悟であった筈だ。
 あの時、「軽い話だ」と感じた自分の見定めが・・・彼と言う人間への見定めが間違っていたのだ。西条はそう考え直した。
 ・・・・・・あるいは、その事態の重さすら度外視して・・・



「ただ、違う結末を見てみたいと・・・思っていたのか・・・?」

―――その、「美しい二人」の。

 西条は苦笑いを浮かべながらも気怠げに額へ手をかざし、こめかみを押さえる。ますます、「彼とは違う」と言えなくなったかも知れない。
 他人を動かす事で見る、自分自身の利益とも結びつかない自己満足の為の夢。

 煙草をまた一本、咥えて火を点ける。深く煙を吸い込み、吐き出すと、曇った目付きのまま背凭れから身を起こしてマシンへと向き直った。
 削除した項目の打ち直しを始める―――突然、無性に、今すぐ「彼女」に逢いたくなった。



   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―



「また、お出掛けですか?」

 コートを羽織った神内に、ファイリング中の秘書が声を掛けた。

「ああ。話をもっと『愉快に』してやりに行こうと思ってね」

「本当に楽しそうですよ、最近の社長・・・で、今度はどちらまで?」

 ニンマリと笑ってウィンクまでして見せた神内に、秘書は吹き出しながらも行き先を確認する。

「ある時は世界に背を向け水を下から上に流す愛で魂燃やす若人の、数少ない味方として名乗りを上げたりとか?」

「・・・今夜の内に横島忠夫と接触されますか?」

「またある時は傷心の彼女の許へ、忙しくって慰めの言葉一つ掛けられない彼に先駆けて電光石火の愛を・・・って感じかな?」

「その後、GS美神事務所行きですか」

「まったく、私と来たら24時間で“愛”ずくしだよ・・・まあ西条さんに済まなく思う必要もないだろう。彼は私と違ってとてもモテるそうだからな」

「社長はルックスや会話能力、そしてその地位にも関わらずあまり女性と御縁がないですからね・・・失礼ながら」

「いや、全くその通りさ。見てくれがどうだろうと、普段黙って突っ立ってるか、せかせか歩き回って仕事の指示しか口にしない様な奴をもてはやす程、女性の目は甘くない・・・そして、どうでもいい女にまで色気を出しマメに振る舞える程、私に無駄な時間や余裕はない」

 最後に「自分の車を出すから運転手は必要ない」とだけ告げると、神内はドアに向かって早足で歩き出した。


「では、番狂わせに出るとしよう・・・何もかも掻き乱してやろう・・・・・・・・・全ては私の手の中だ」









   ― ・ ― 次回に続く ― ・ ―



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