ザ・グレート・展開予測ショー

遠い空の向こうに その4


投稿者名:青の旋律
投稿日時:(05/ 1/29)

          4



空を飛んでいた。
大切な人を守るために。
大切な人が守ろうとするものを守るために。
でも相手はもっと強かった。
倒すだけの力が自分にはなかった。
追い詰められていく心。
傷ついていく身体。
せめて相討ちにでもと思って覚悟を決めたその時。
自分を守ろうと盾になった人がいた。
自分が一番守りたかった、一番大切な人だった。


「パパ…… ママ……」

お尻をペタンとつけた崩し正座で背中を丸めた蛍子が泣いている。
その紫色をした瞳には、つい数分前の光景が焼き付いている。
自分の盾となっている父親の姿。
銃弾をその身に受け苦痛に顔を歪めながらも自分を逃がそうとしていた。
搾り出すようなかすれた声が父親に死が近いことを予感させ、その瞬間目の前が真っ白になった。
頭の中に今まで見たことのない場景が次々と浮かんでいく。
まるで保育園の運動会後に上映された写真スライドショーのように。
そして最後に頭に浮かんだ一つの場景。
それは頭にバンダナを巻いた少年が自分の盾となっている姿だった。


気がつくと蛍子はここにいた。
背中に触れる鉄骨で組まれた柱の他は何もない。
蛍子は最初、自分がどこにいるのか分からなかった。
だがそこから見える景色が自分のいる場所を特定する手がかりになる。
先ほど空中から眼下に望んだ六芒星があんなにも小さい。
見回せば東京中はおろか遠くに富士の山まで見える。
そこは東京タワーの上だった。
それも特別展望台のさらに上、地上270mの地点にある円盤状の場所だった。


「うッ……うッ……」

蛍子は目まぐるしく変わる状況に対し、ただ泣く事しかできない。
生を享けてわずか5年の幼子はあまりにも無力だ。
ただこれだけははっきりしている。
このままでは自分の父親が死んでしまうという事。
このままでは自分も捕まってしまうという事。
それだけは蛍子にも理解できた。

「……ひくッ……ひっく……」

やがて涙も止まり心が落ち着きを取り戻し始める。
その時。

”蛍子ちゃん”

ふいに頭の中で誰かの声がした。


「だれッ……さッ……はなッ、しッ……かけッ……るのッ!?」

肩の辺りを大きく上下させ息を忙しく吸い込むのを何度も繰り返す。
横隔膜が痙攣し言葉が上手く出てこない。
それでも泣き腫らした目で声の主の在処を探す。
日本有数の高層建築物、それもかなりの上部に位置する円柱状のデジタルテレビアンテナ。
本来立ち入りが禁止されているその場所には蛍子の他に誰もいない。

「ぐすッ……」

訳が分からず、泣き止みかけた目に再び涙が浮かぶ。

”蛍子ちゃん、私はここにいるわ”

声の主が優しく言葉をかける。
蛍子は自分の周りの景色が変わるのを感じた。







ふわふわの綿毛が優しい風に舞い上がり、高い高い青空へと飛んでいく。
萌える若草が地面を黄緑に染め、色とりどりの花が咲き乱れている。
視線を遠くへ向けると見えるのは川。
コンクリートで固められていない自然に任せた清流。

「うわぁ〜!!」

蛍子が心躍らせてその中に飛び込んだ。
しゃがんで花の匂いを嗅ぎ、綿毛に息を吹きかける。
そこはまるで蛍子の理想の世界だった。

「驚いたでしょう?」

ゆっくりと蛍子に近づく一人の女性。
艶々した黒髪のボブカット、頭からは2本の触覚が伸びている。
額には金属製のバイザー。
思慮深げな紫の瞳。
肩まで赤く腹部が白い黒地の個性的な衣装。
何より自分を包み込むような優しさを纏ったその雰囲気に、蛍子はなぜか強烈な親しみを感じた。

「ここはあなたの中よ」
「蛍子の……中?」

女性に言われて蛍子はまじまじと周りを見回した。
そう言われれば、この風景には見覚えがある。
保育園からお散歩で堤防へ行くと出くわす風景によく似ている。
よく夢の中で、こんな場所で遊んでいた気もする。
でも何でこの人にそれが分かったんだろう?

「お姉さん……何?」

少し緊張して上目遣いで問いかける。
知らない人に話しかけられてもすぐ答えちゃダメ、と両親や保育士に言われている。
だがこの人は怖い人ではない、安心してもいいと何かが教えている。

「私はね……」

蛍子の目線まで腰を下ろしたその女性は少し視線を泳がして考えた後。

「私はルシオラ。あなたを守る者よ」

蛍子に向かってそう言った。





「るし……おら?」
「ええ、ルシオラ。よろしくね」

ルシオラが蛍子に優しく微笑みかける。
その微笑に蛍子も思わず微笑を返す。

「ルシオラはどうして蛍子を守るの?」

蛍子がルシオラに問いかける。
蛍子にとって見ればルシオラは赤の他人。
両親ならいざ知らず他人に身を守ってもらう理由などないのだ。

「蛍子ちゃん。あなたはまだ能力に目覚めていないから分からないと思うけどね」

ルシオラは先の笑顔を一変させ、少し真剣な表情で蛍子に答える。

「あなたの能力はお父さん、お母さんをも超えるかも知れないの」
「蛍子1番?」
「そう。1番強いの」

それは美神令子の胎内に宿ってすぐに直感した事。
蛍子は遺伝子的に優れたものを持っている。
美神令子の魔神にも屈服しない強い意志、『地球が滅びても自分だけ助かる』とまで言わしめる太い神経。
強力かつバランスの取れた類稀なる攻撃力、属性を選ばずどんな武具、霊具も高水準で使いこなす、ずば抜けた戦闘センス。
横島忠夫の種族に囚われない包容力、周りをいつの間にか和ませる人間性、どんな環境にも対応できる無節操なほどの適応力。
まるで霊力を飴細工のように自由自在に操る霊力制御能力、魔神をも手玉に取る柔軟な発想力、人間とは思えないほど非常識な耐久力。
自分の魔力、霊的機械技術力。
これが合わさった時の総合的な能力は人界でも1、2を争う事になるだろう。
もしかしたら時間移動能力、文珠生成能力なども持ち合わせているかも知れない。
そうなればその力が将来どんなものになるのか想像もつかない。
だがそれも使いこなせての話。

「でもその能力も上手に使えないと大変な事になるのよ」
「みんな死んじゃう?」
「そう。下手をするとあなたのお父さんお母さんもね」
「そんなのヤダ」
「でしょう? だから私がそばにいるのよ」

そしてまた優しい笑顔で蛍子に微笑んだ。
ルシオラの言葉一つ一つに蛍子が反応を示す。
1番と言われて嬉しい。
自分の能力で大切なものがなくなるのはイヤだ。
そんな事になったら、と想像して背筋に氷が走る。
猫の目のように表情がころころと変わる。
ルシオラがその様子を見て目を細める。
自分も子どもの頃があったならこんな感じだったのだろうか。
父と母といろんな事を話しては無邪気に喜怒哀楽を表現したのだろうか。
ルシオラの胸が温かく躍る。
もっと話がしたい。
もっと……。
だが時間はない。
ルシオラは再び真剣な面持ちで蛍子を見た。

「お願いがあるの」
「? なあに?」

蛍子が人差し指を口もとに当てて首を傾げる。

「蛍子ちゃんの力がどうしても必要なの」
「力? 蛍子の?」
「そう。あなたの身体をお姉さんに貸して欲しいの」
「えぇッ!?」

蛍子が驚きの顔でルシオラを見る。

「どうして?」
「あなたのお父さんが死にそうなの。助けるにはそれしかないのよ」
「パパがッ!?」

父親の事を言われて再び驚く。
とたんに涙が目に浮かんで大粒の水晶玉を形成する。
ルシオラは優しい目をして、しかし冷淡な声でたたみかけた。

「泣いてる時間はないわ。お父さんのこと、好き?」
「グスン……」

泣くのを必死にこらえ、大きく一息する。
そして噛み締めた唇を震わせながら開いた。

「好き……パパ大好きッ!!」

水晶玉が弾けて頬を伝う。

「そう……じゃあ、お姉さんに貸してくれる?」

唇を噛み締めた蛍子が強く頷く。
その瞳には強い意志が感じられる。
ルシオラは心から安堵の笑みを浮かべた。
蛍子はやっぱり自分の生まれ変わりだ。
ヨコシマを想う気持ちがこんなにも共感できるのだから。
それがほんの少し羨ましく、妬ましくもある。
でもこれで、自分も安心して逝けるだろう。
もちろんその前に最後の仕事が残っている。

「ありがとう……」

心からの感謝の意を蛍子に伝える。

「そうしたら蛍子ちゃんは少し眠っていてもらうけどいい?」
「えぇ〜……ヤだなぁ〜」

ルシオラの言葉に蛍子が露骨な不満を口にする。
今日はずっと父親の腕に抱かれてろくに遊んでいない。
お昼寝もしたしこれ以上寝るのは御免だった。
それよりも。

「ここで遊んでちゃダメ?」

ここで遊んでいたい。
ふわふわで暖かい草の上で寝転がり、綿帽子を吹き飛ばして追いかける。
土手を転がり降りて花の匂いをかぎ、摘んで花の冠を作る。
川に入って冷たい清流に身をよじらせ、両手ですくって空へ投げかける。
そんな楽しいことが蛍子の頭に次々と浮かんでいた。
ルシオラは考えている。
眠ってもらった方が都合はいい。
万が一の危険もないだろう。
とはいえ起きているからと言って別に邪魔するわけでもない……まぁ、いいか。
今は一刻も早く行動を開始した方がいいのだから。

「わかった。気をつけてあそんでね?」
「うん!」

ルシオラが了承すると蛍子は手を上げて大きく答えた。

「じゃあ、握手しましょ」
「うん、握手!」

立ち上がったルシオラが腰を曲げて蛍子と相対する。
右手を互いに差し出し、握手をする。
その手を通して蛍子の体からルシオラの体に光が伝わった。

「それじゃ、行くわね」
「うん、行ってらっしゃ〜い……あ、ルシオラ!」

手を離し、蛍子を見ながら後ろ歩きで距離を取る。
その姿には名残惜しさが滲み出ていた。
手を振っていた蛍子がルシオラを呼び止めるように走って近づく。
蛍子の目線に腰を下ろしたルシオラの耳に内緒話をするように囁く。

「1つだけお願い」
「何?」
「絶対パパを助けてね」

顔を赤らめてもじもじしながら手をぶらぶら振り回す。
照れ隠しなのだろうが、その顔はすでに恋する乙女のようであった。
ルシオラはそんな蛍子を抱きしめたい衝動に駆られた。
可愛い。
私もこんな可愛い子どもを生む事ができたなら……
そんな思いを必死にしまい込み、笑顔で答える。

「分かった。約束するわ」

小指を差し出すと蛍子もすぐに気がついてルシオラの小指と絡めた。

「ゆーび切ーりげーんまん、はーり千本飲ーます」
「ゆーび切った!」

その時、夕焼けが空一面を優しく覆いつくす。
蛍子がルシオラに無邪気な笑顔を向けて言った。

「蛍子ね、夕焼けだーい好き!」
「え?」
「明るい時はね、すぐ終わっちゃうんだけど……何かすっごく綺麗なんだ〜」

夕焼けを見てうっとりと目を細める蛍子。
その言葉、その姿にルシオラの胸が熱くなる。

「そう。お姉さんも、夕焼け好きよ」

昼と夜の一瞬のすきま……短時間しか見れないからよけい美しい。
今蛍子本体が座っている、この場所からの夕焼けは本当に綺麗だ。
包み込むような母の優しさを感じる、そんな夕焼け。
これからは蛍子がこの場所でヨコシマと見るのだろう。
何百回でも何千回でも。
そのためにも行かなければ。
ルシオラが潤んだ瞳を閉じ、そっと離れて距離を置く。
夕焼けを背にしたルシオラの表情は蛍子には見えなかった。

「それじゃ、行くね」
「うん、行ってらっしゃい!」

蛍子が手を振って笑顔で見送る。
ルシオラはまるで空気のように夕焼けの中にとけて消えた。





ゆっくりと目覚める。
夕焼けの残光が優しく頬を照らしている。
両手を目の前に広げ、感覚を確認する。
右手の平には3つのやや青みがかった淡い光を放つ空色の珠。
もう1つ弱い光を湛える珠には『覚』が浮かんでいた。
目を左右に動かし、周囲を認識する。
全身を見回し、おもむろに立ち上がる。
身長110cm、体重25kgの幼い身体。
一度目を閉じ、カッと見開いた。

「はぁッ!!」

とたんに全身が光り輝く。
空気が避けるように周囲に渦を巻いている。
身体を取り巻く力は魔力に変わっていた。

「ふぅ〜……」

光が輝きを弱める。
一息ついて目的地を探す。
海岸沿いで煙が立っている。

「急がないと……」

爪先立ちで軽く身を揺らす。
肉体を行使するのは実に15年ぶりだ。
まして地上270mからは飛翔しなければ脱出できない。
自分の背に透明な翅をイメージする。
その翅を高速で羽ばたかせる。
瞬間、身体が東京タワーの頂点を越えていく。

「きゃ〜ッ!?」

翅を止める。
今度は自由落下を開始した。
特別展望台を過ぎ、大きく張り出した大展望台に迫っていく。

「きゃ〜ッ!!」

翅を再び羽ばたかせ、頭をタワーの外へ向ける。
寸でのところで回避し、その勢いでタワーから離れていく。

「あ……危なかった……15年ぶりとは言え、情けないわね」

自分に少し呆れて呟く。
15年のブランクもさることながら、自分の魔力に振り回されている。
身体に内包できる霊力許容量を遥かに超えた出力なのだ。
それでものんびりと訓練する時間などはない。

「今、行くから。ヨコシマ!」

飛翔を開始する。
未確認飛行物体もかくやと思われる奇怪なジグザク飛行が夕闇迫る東京の空に消えて行った。



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青の旋律です。第4回をお届けします。
入れ替わっても蛍子が覚醒している事は後で大きな意味を持ちます。
青旋のイメージするところのルシオラはちょっとお茶目な天然ボケさんなので
ルシオラー諸氏の怒りを買わないか少し心配です。
いよいよ物語は佳境に入ります。
ぜひ引き続きお楽しみください。



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