ザ・グレート・展開予測ショー

センチメンタル


投稿者名:tara
投稿日時:(05/ 1/25)


悪魔よ、汝の名は


数多の熟しかけた愛の果実が

ガランドウのレプリカにすりかえられてしまった


地に堕ちたそれをどれだけ咀嚼しても

決して種は見つからないだろう


愛し合う人々の袂を分かち

二人の間にそっと終焉を添える


げに恐ろしきはお前の美しさ


良心の悪魔よ







汝の名は







………………
…………
……

うずくまっていた横島の肩が動いた。
けたたましいタクシーのクラクションで目を覚ます。俯いたまま目を開けると体がオレンジ色に染まっていた。
ゆっくり顔を上げると西日。世界に厳粛を強いる曙光とは正反対の、想起を促す母性の光。

「もう、こんな時間か」

横島は遥か下から打ち寄せてくる人々の喧騒に耳を傾ける。他愛のない話やそうともいえない話、
勿論聞き取れないし内容にも興味なんてなくて、ただもしかしたら、と彼女の声を探した。
さっきもそうしている内に寝入ってしまったのに。

「ハハッ」

全部一ヶ月前からの焼き直しみたいで、なんだか面白かった。
立ち上がろうとして腰を浮かしたが、やはりもう一度コンクリートに座り、鉄筋に背を預ける。
背中と違ってお尻はあったかい。



「……………」

さっきから彼女の声を探しているけど聞こえるはずはないし、きっと聞こえても気付きはしない。

日を追うごとに薄れていく彼女の容姿がなんだか自分を責めているようで。

死に物狂いで記憶をかき集めても、出来上がるのはいつもモンタージュ。

全体像は思い出せるが注視した瞬間にそこから溶け出して、焦ってまた全体を見るとあの子になっている。





「なぁルシオラ」

横島は立ち上がり、目を細めて西日の光源を見据えた。

ここは都会のジャングルに生えた一本の大樹。

ここは彼と彼女の聖域。

それでも横島は思い出せなかった。

目が焼けるほど光源を睨みつけても、砕けてしまうほど残滓の入ったジュエルケースを握り締めても。





「好きだって言われたよ」

ただひたすらに彼女を裏切るまいと、そう誓ったあの日から横島の記憶から彼女は薄れていく。

一つ、また一つと消えてゆくたびに坂道を転がる罪悪感は重さと速度を増していった。





「俺はきっと」

流れを止められた水が腐ってゆくように、行き場を失った感情は美しい思い出をトラウマに変えてしまう。

それでも良かったのに、それが愛の証明なら甘んじて受け入れたのに、横島は気付いてしまった。

今まで自分を突き動かしていたソレが何なのか。





「その子のこと、好きなんだ」

自分を苦しめると思っていた言葉はストン、とお腹の下に収まった。

驚きはしない。

分かっていた。

ずっと前から終わっていたのだ。

押し上げられるように涙がこぼれ出す。





「ゴメン」

いつ、どこですりかえられてしまったのか今はもう分からない。

ただ愛の証明はもう、

義務に変わってしまっていた。





「ゴメンなあ」

止まらない涙が瞳を潤して目を刺す西日にフィルターを掛ける。

角ばった無機質な街が丸みを帯びてゆき、真っ赤な空に融けた。

曖昧な境界線は砂浜のようで、西日を反射する高層ビルの窓は水面の煌めきを思わせる。





「ゴメンな、ルシオラぁ…」





『またね、ヨコシマ』





「あ……」

ジュエルケースの蛍がやんわりと輝いて、消えた。





「あああああぁ……」

かつてない程の自己嫌悪に、やりきれなくて空を仰いだ。








「あああああぁあああぁぁぁぁあああああッッッッッ!!!!!!!」

自分の青臭いセンチメンタルが彼女の残滓を地上に縛っていた。













横島はぼやけた視界でもう一度夕日を見据え、途端、津波のようなノスタルジーに飲み込まれた。

あの時の鮮烈な美しさは二度と取り戻せなけれど、ただ胸を打つ切なさがそこにはある。

もう涙は出なかった。





「ああ、またな」

振り返って歩き出す横島の影法師を頭半分の太陽がめいいっぱいに伸ばす。

足を止めずに揺れる自分の分身を見ながら、敢えて己惚れた。



この長い影は彼女がくれた正真正銘最後の後押し。

たとえ声も容姿も擦り切れてしまっても、失われはしない。






もう二度と忘れない、永遠のイメージ。


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