ザ・グレート・展開予測ショー

遠い空の向こうに その3


投稿者名:青の旋律
投稿日時:(05/ 1/24)

           3



臨海副都心。
遠くで巨大な観覧車が回っている。
さらに遠くには最上部に球体のついた不思議なビル。
振り向くと逆三角形を並べたような外観の国際展示場。
そこから続く通路と呼ぶには広く平坦な空間。
その真ん中に立った横島は抱いていた蛍子を下ろした。

「パパ、どうしたの?」
「もう追いかけっこはおしまい」
「どうするの?」
「こうするんだよ。見ててごらん」

蛍子の手の中にある文珠の一つで『界』を作る。
横島は目を閉じて胸の前で両手を組み霊力を集中させる。
するとそれに呼応するように文珠が輝きを増しながら空中へと浮遊し始めた。

「うわぁ!」

蛍子が驚きの声で浮遊する珠を見上げる。
そして目を開き両手を天に突き上げ横島は叫んだ。

「『石』『化』『無』『効』『結』『界』!!!」

その瞬間、『界』から光がほとばしった。
帯状になった光が5方向へ広がっていく。
一つは南南西の方角へ。
一つは北の方へ。
一つは北北西の方角へ。
一つは西の方へ。
そして一つは上空へ。
導火線に火がついたかのように何かに沿って光の帯は走っていった。
それは東京各地に散りばめた他の文珠も同様だった。
やがて光の帯は互いに結び合い、一つの形を作り出す。
神々しいまでの清浄感が空気中に満ち、横島は結界が完成したことを悟った。

「よし、これで石化銃弾は封じた」
「もう大丈夫なの?」
「ああ、そうだよ。蛍子、見てみるか?」
「うん、見たい見たい!」

横島が蛍子を抱いて文珠を2個取り出すと『飛』『翔』を発動させる。
2つの珠をそれぞれ靴で踏むように立つと、身体が宙に浮き上がった。
上空へ伸びる光の帯を伝うように上へ上へ。
国際展示場の屋根くらいの高さまで昇ると蛍子は声を上げた。

「うわぁ! すご〜い!!」

東京中を覆うようにに巨大な光の六芒星が現れていた。
空まだ高い真夏の午後5時ではあったが、その瞬きは地上に落ちた満天の星のようであった。

「綺麗だね〜、パパ!」
「そうだろ〜? 苦労したもんな、蛍子」
「うん。疲れちゃった」
「よし、行こうか」
「うん!」

横島が高度を下げながら結界の中心である都心に向かって行こうとした時。
爆発音が響いた。
国際展示場の逆三角形一つが崩れ落ちる。

「ああッ!!」
「きゃあッ!!」

爆風に背中を押されるように地面へと叩きつけられる。
横島は蛍子を庇うように肩から落ちて転がった。
そのまま蛍子を守るように背中から包んでしゃがみ込む。
その瞬間、足元に銃声と衝撃が走った。

「……うぐッ!」

横島が苦しそうに呻く。
『飛』『翔』の文珠が砕けている。
銃弾はそのまま横島の革靴を貫通していた。
開いた穴から赤黒い液体が流れ出している。
さらに爆音、爆風、衝撃波が横島の五感を麻痺させていた。

懐の蛍子が心配そうに父親を見上げた。

「パパ、大丈夫? 痛い?」
「そりゃ痛いよ……蛍子、パパお願いあるんだけど」
「何?」
「蛍子の珠、1つパパにくれないかな?」

蛍子は手の中の文珠をもったいなさそうに見つめた。

「え〜〜〜」
「いや、蛍子? また創ってあげるから……」
「分かった、いいよ」
「ありがと。それじゃそれをパパに飲ませて?」

父親の言葉に蛍子が目を丸くする。

「えぇッ!? パパ珠飲むの?」
「そう……痛いから早くして蛍子ッ」

軽く半泣き状態の父親の口に文珠を入れる。
文珠は横島の口の中で光を発し、ゴクリと喉音を立てて飲み込まれていった。





深緑のロングヘアにサングラスをした女性が通路に降り立った。
未だ轟く熱風に黒のレザージャケットをはためかせながらも意に介さない足取り。
白く煙を上げる拳銃を右手に、ブーツの音を響かせ展示場方面から横島に近づいていく。
視界が定まらず気配を探ろうと首を振る横島の後頭部に、ゆっくりとした動作で銃口を押し当てる。
横島が一瞬ビクリと痙攣して動きを止めた。

「アジな真似をしてくれるじゃない」
「お、なんだ、女だったのか。てっきりどっかの劇画に出てくるような屈強な奴だと思ってたぜ」
「あら、女をバカにする気?」
「いや、女の強さはイヤと言うほど知ってるから、むしろ納得かな」
「何か褒められている気がしないわね。今すぐ撃たれたいの?」
「狙撃者なら遠くから狙えよ。こんな距離から撃って恥ずかしくないのか?」
「アシュタロスを出し抜いた男が相手なのよ。どんな手段だって使うわ」
「アシュタロスを呼び捨てか。という事は、アシュタロスの残党というわけではないんだな」
「失礼ね。今さらアシュタロスなんて関係ないわ」

狙撃者が吐き捨てるように呟く。
横島はその言葉に落胆の表情を浮かべた。
心のどこかにアシュタロスの残党による復讐を期待していた。
アシュタロスの件で狙われたなら、個人的恨みの延長上の話だ。
神族だろうが魔族だろうが人間だろうが、叩き潰せば終わる。

アシュタロスの残党ではない。
それは神・魔・人いずれかの種族が蛍子を危険と判断し排除に動いた事を示唆していた。
もしそれが現実のものとなったのであれば。
これからは今までのような平穏な日々は送れなくなるに違いない。
他のGSとさえ、敵対する事になるのかも知れない。
だがそれでも令子と蛍子、そして自分を信じる仲間を守らなければ。
蛍子は肩を抱く父親の腕に力がこもるのを感じた。

「それで? 何の用だ?」
「別にアンタに用はないわ。そのルシオラの転生体に用があるのよ」

狙撃者のサングラスに隠された瞳が横島を突き抜けて抱かれた蛍子を突き刺す。
その殺気だった視線に蛍子がビクリと震えた。

「なぜ蛍子を狙う?」
「なぜ? 簡単な理由よ」

横島の問いをまるで的外れだと言わんばかりに狙撃者はせせら笑った。

「その子が生まれたからよ」






アシュタロスは突如神界・魔界と地上を断絶して行き来を封じた。
自らがエネルギー結晶を手に入れる間、敵対勢力である神・魔族が手を出せないように。
配下だった当時の私たちは魔界でデタント推進派に動かされた軍と対峙していた。
忠誠を尽くしていた私たちを魔界に置き去りにして、アシュタロスは地上へと出向いたのだ。
それでもアシュタロスが勝利し魔界に凱旋する日が来るのを信じて私たちは戦った。
数ヶ月後、異界間のアクセスを封じていた妨害霊波が消滅した。
一番最初に入ってきたのはアシュタロス戦死の報だった。
組織として後ろ盾を失った私たちは軍に圧倒され、ついには追放同然で地上へと追いやられた。
そこで知ったのはアシュタロスが創ったばかりの下級魔族3魔のみというわずかな手勢で決戦を挑んだ事。
アシュタロスの真の望みが自らの消滅だった事。
それは彼の唱えた今世界の破滅と新世界の創造という野望に賛同し長年忠誠を尽くしてきた私たちを愚弄するに等しいものだった。

この恨み、憤りをどうしてくれようか。
私たちは考えた。
アシュタロスの魔神としての名を汚し、かつ再び魔界で勢力を盛り返す。
この二つを同時に成立させる妙案が、アシュタロスの遺した兵鬼の復活だった。
アシュタロスの遺産を手足の如く使役し、魔界で破壊の限りを尽くす。
魔界の盟主たる魔神として、これほどの汚辱はあろうか。
そして計画は始まった。
それがこれほどの時間を必要とするものとは、その時誰も知らなかった。

まず第一に究極の魔体が挙げられた。
かつて完成すればいかなる神・魔族をも凌駕すると言われていたがアシュタロスの戦略変更に伴い凍結されていた。
だがアシュタロスが劣勢に際して自らの命を放棄して起動させたという。
その攻撃は一撃で島を吹き飛ばし、防御はいかなる攻撃も通さない。
しかし未完成なそれは防御に関し致命的な欠陥を残しており、最後にはそこを突かれて撃破され太平洋に沈んだ。
回収し欠陥を改善すれば無敵の戦力になるのは必定。
私たちは太平洋中をくまなく捜索した。
だが結局見つける事はできなかった。

続いて挙げられたのは決戦兵鬼『逆天号』。
神・魔族混成の精鋭部隊を壊滅させ、断末魔砲の威力は人間界一の防御結界を誇る妙神山を跡形もなく消し飛ばしたという。
時間移動能力者である美神美智恵によって中破された後、回復したがアシュタロス復活後は行方が知れない。
南極の異界空間に建造されたバベルの塔の中にあるかもと飛んでみたが、アシュタロス亡き後異界空間を
開く術がなく、捜索は打ち切られた。

そして最後に挙げられたのがルシオラ・べスパ・パピリオだった。
アシュタロスの最新作だけあって能力に無駄がなく出力も桁違い。
3魔揃っての戦力は言うまでもないが単体でもGS程度なら束になっても敵わない程の力を持っている。
上記2つに比べれば遜色もするが、量産すれば十分戦力になり得るだろう。
だがルシオラはアシュタロス打倒に加わり戦死。
生き残った2魔のうちべスパは魔界軍へ、パピリオは再建された妙神山へ。
デタント推進派の目が光る2つの場所に、私たちは近づく事ができなかった。

唯一手に入りそうな存在がかつて千年もの昔にアシュタロスが創った下級魔族メフィストだった。
アシュタロスの虎の子であるエネルギー結晶を飲み込み逃亡し、転生してGS美神令子という人間になった。
時間移動能力者としても有名で、かつて暗殺にハーピーが出向いたが返り討ちにあっている。
その強さは並みのGSなど足元にも及ばない程でアシュタロスを打倒したGSの主戦力ともなった。
魂を取り出して外装を整えれば戦力になるかも知れないとの調査報告がなされ、いよいよという時になって。
美神令子の力は見る間に衰えていった。
毒グモに受けた遅効性の毒が10年の長い時間をかけて表面化したらしい。
瀕死に陥り美神令子の魂が消えかけるまでに至って、私たちは今回も失敗だったと諦めざるをえなかった。
そのままで行けば美神令子は確かに死ぬはずだったのだ。


時間移動の波動が観測されたのはその直後のことだった。


波動による時空の揺らぎが収まるや否やの刹那。
それは起こった。
美神令子の消えかけた魂が息を吹き返すように活性化していった。
霊力も全盛といわれた頃よりは衰えていたがそれでも人間としては格が違うレベルにまで戻っていた。
さらに観測を続けた調査班が不思議なものを発見した。
美神令子の魂と隣り合う小さな魂。
それは美神令子がその身に宿した新たな人間の命だった。
そしてその魂が転生したルシオラのものであると判明するのに、そう時間はかからなかった。

その後、転生した魂が以前の能力に覚醒し始めるのが5歳以降という調査結果がまとまる。
蛍子と名づけられたその子どもの魂を奪う日は、彼女の5歳の誕生日に決まった。



「この5年間、ずっと見ていたのよ。あなたたちをね」
「趣味悪いな。出歯亀みたいな真似しやがって」
「あなたのバカ親っぷりには笑いを越して呆れたわよ」
「放っといてくれ。せっかく生まれた愛娘を愛してどこが悪い」
「ふ〜ん? その愛情って、本当に娘に対してのものなの?」
「何?」
「まぁいいわ、どうせもう意味ないし。そんなわけでもらっていくわよ」
「猫の子じゃあるまいし、ハイそうですかって渡せるか」
「だから石化させて持って行こうとしてたんじゃない。それを無効にしてくれちゃって本当におバカさん」
「……蛍子をどうするつもりだ」
「私は連れて行くだけよ。あとはヌルが何とかするわ」
「ヌル? ヌルが生きていたのか?」

横島がその名に反応する。
プロフェッサー・ヌルとは懐かしい名が出たものだ。
その名を聞いたのは遥か昔、16世紀くらいだったろうか?
令子の時間移動能力が暴発して迷い込んだ異国の地。
若きドクター・カオスが身を寄せる小国。
そこは人造モンスターが闊歩して魔法が権威を持つファンタジーな世界だった。
国王に取り入り城内でモンスターを量産する研究者。
それこそがプロフェッサー・ヌルだった。
その正体は八本の足一つ一つに異なる力を宿すタコの魔族。
知力に優れ、地獄炉を用いて己が能力を最大限に引き出し令子を圧倒した。
だが死闘の末、カオスに額を打ち抜かれ、暴走した地獄炉と運命を共にしたのだった。
それが生きていたとは……?

「いいえ、生き返ったのよ」
「コスモ・プロセッサの力だな」
「いいえ、違うわ」

アシュタロスの話になり狙撃者が冷たく否定する。
横島にはその態度が過剰とも思えた。

「ヌルは、切られても新しい足が生える強い再生力を持っているわ」
「知ってる。切られた足は騎士ゲソバルスキーになるんだろ」
「よく知ってるわね。だから死体の一部を培養したの」

魔族脅威のメカニズムと言うべきか。
つくづく魔族の生命力には恐れ入る。
感心する横島の後頭部の銃が強い力で握られた。

「お話はおしまい。それじゃ御機嫌よう」
「待てよ。殺す相手の名も知らず死ねというのか?」
「そうよ」

狙撃者はゆっくりと引き金を引いた。





弾着の瞬間、衝撃と共に目から星が飛び散った。
数秒間の空白を置いて後頭部に焼け焦げるような感覚と痛み。
あまりの苦しみに体温が下がり、息が止まりそうになる。
だが抱きしめた蛍子は温かく、心臓の音は優しかった。
この温もりを失うわけには行かない。
魂の奮い立つ音が聞こえた。



「な……なぜッ!?」

狙撃者がたじろぐ。
彼女の拳銃は万に一つの可能性もありえないほど確実に命中している。
後頭部に押し当てたまま引き金を引いたのだ。
そして実際に弾丸は後頭部に撃ち込まれている。
脱力してうつ伏せに崩れ落ちたこの愚かな人間は間違いなく死亡しているはずだった。


「ぐ……がが……」

体内の全器官を再起動させる。
心臓の稼働率を上げ血液循環を促進させる。
脂肪を燃焼させエネルギーを作り出す。
気力が全身に行き渡る。
気がつくと五感は全て鋭敏さを取り戻していた。


「痛ぇじゃねぇか……!!」

横島が蛍子を抱きしめたまま上体を起こす。
その顔は苦痛に歪み、目は血走り大粒の涙がこぼれている。
だがその様子を見る限り、致命傷を負ったようには見えなかった。

「あなた本当に人間!?」
「あんだけベラベラ喋ってりゃ誰だって対策の一つも出来らぁ。人間ナメんなよ」

首だけ狙撃者に向け、横島は睨みをきかせた。
後頭部から霊力の高まりを表す淡色の光が漏れている。

「まさかッ!?」
「そうさッ! サイキック・ソーサー!!」

生物が自然に持っている霊的防御力。
横島はそれをコントロールする能力に優れている。
微弱な力も集束すれば強力な盾になる。
それがサイキック・ソーサーであった。
今ではさらに小さく集束する事が可能になり、肉体のどこにでもモーションなしで発生させる事ができる。
そこ以外の防御力が致命的に落ちる欠点は変わらないが、体のどこを狙うかはっきりしていれば十分有効な防御手段といえた。

「そんなもので……!」
「そんなもんだからこそだよ……!」

狙撃者が一瞬動きを止める。
それを見逃さず横島は蛍子を離し狙撃者に肉迫した。

「蛍子……走れッ!!」
「パパッ!?」
「手に珠を持っているな?」

蛍子は狙撃者から横島をはさんで正反対の位置に立って手の中を見つめた。
手の中には4つの文珠があった。

「うん。あるよ?」
「それを使いなさいッ! ママを念じるんだッ!!」
「うん、分かった。パパは?」

蛍子が顔を上げると、父親は狙撃者と数センチのところに顔を近づけて睨み合っていた。
横島の胸、心臓に一寸違わない位置には銃口が突き付けられている。

「今度はどう? 化物さん」
「へぇ〜、近くで見ると綺麗じゃないの」
「それが最後の言葉ね。さよなら」


銃声。
蛍子は父親が狙撃者に倒れこむように崩れるのを見た。
涙を流しながらその場に立ち尽くす。

「パパッ! パパッ!!」

だが横島の手は狙撃者の銃を持つ右手首を握ったまま放さない。
振り向き蛍子に向かって叫ぶ。

「蛍子……ッ! 行けぇッ!!」
「なッ……こいつ……ゾンビかッ!?」
「パパッ!! パパッ!!」

搾り出すような父親の声を聞いて、蛍子の中の何かが悲鳴をあげた。
その瞬間、文珠の一つが輝きを放つ。

「放せッ! この死にぞこないがぁッ!!」

狙撃者が横島の手を振りほどいて蛍子のところへ近づく。
蛍子の姿は光の中に消えていた。
その光景を見て横島は安堵の表情を浮かべた。

「令子のところへ行けば……」

横島の体内で『耐』の珠が消えた。
とたんに体中に激痛が走る。
いくら防御力を集束しても銃弾が体に命中した以上、ダメージは免れない。
それを『耐』の珠でごまかしていたのだ。
ゆっくりと膝から崩れ落ちる。
うつ伏せに倒れたまま、横島は指一本動かす事ができなかった。

周囲を探し戻ってきた狙撃者が横島に拳銃を向けながら見下ろす。
少し呆れたような声で話しかけた。

「やってくれるわね」
「諦めたか?」
「まさか?」
「令子のところへ行けばもう手出しはできないぜ」

この状況でも横島は勝気な姿勢を崩さない。
令子の安否も未確認なのに弱気な顔は見せられないのだ。
だが狙撃者は鼻で笑って吐き捨てた。

「甘いわね。あの子、ルシオラの転生体でしょ? 危険なあなた置いて逃げるわけないじゃない」
「何だと?」
「遅かれ早かれ戻ってくるわ。その頃は石化無効結界も消えているし、何の問題もないってこと」
「そんなことはない」
「あなた、本当にあの子のこと愛しているの?」

横島が否定する声に被せるように狙撃者が重ねる。

「なぜそんな事を聞く? さっきもそんな事を言おうとしていたな」
「あなた、文珠使いでしょ? それで美神令子の命を助けたわけでしょ」
「それがどうした」
「その力があれば、過去に行ってルシオラを助ける事だってできるんじゃない?」
「……!」
「ルシオラを愛しているならするわよね、普通。違う?」

それは文珠で時間移動能力を使えるようになった時から離れない。
純粋で乱暴な願い事。

「違う。それは、違う」
「何が違うのよ。ルシオラへの愛が違うってこと?」
「違う。俺は……今でもルシオラを愛している」
「だったら」
「でも過去へ行ってルシオラを救うのは違う」

今だって時々夢に見ることがある。
あの時どうして……と。
あの歴史が変えられるなら変えたい。
だがそれはすでに決まった過去。
消えない事実。
それを変えるのは今の世界を否定する事になる。
ルシオラがどうして死ななければならなかったか。
死を賭して何を残したかったのか。
彼女には守りたいものがあった。
彼女には残したいものがあった。
そのために最善を尽くした。
その彼女の気持ちまでも否定する事になってしまう。
それではたとえ生き残った未来があったとしても、ある意味彼女は死んでいる。
そんな未来ならばいらない。

「あの時も今も、出来得る事を精一杯やってきたんだ。その先が悲劇であったとしても……」

自分とルシオラは互いに想い合い、互いのために命をかけた。
その絆、その想いは決して消えはしないのだ。

「自分の都合で全てをリセットするのはアシュタロスと同じだ」

そこまで横島が言って狙撃者が口をはさんだ。
我慢も限界とばかりに言い放った。

「あんたなんかとアシュ様を一緒にしないでちょうだい」
「アシュ様!?」
「あ……」

横島が狙撃者の一言に反応する。
見ると思わぬ失態に狙撃者の耳までが赤くなっている。
横島は先程のアシュタロスに対する過剰反応と合わせて、自分の想像が間違いないことを確信した。

「お前、やっぱり……!?」
「うるさい黙れッ! 死ねッ!!」

照れ隠しなのか激昂した狙撃者が倒れたままの横島を蹴り飛ばす。
そして間髪入れずに拳銃を発砲した。



うつ伏せに倒れた横島はもう動かなかった。



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青の旋律です。第3話をお届けします。

時間移動のくだりについて。
決して逆行モノの否定ではありません。
GS本編の「ストレンジャー・ザン・パラダイス!!」に出てくる10年後の
横島クンがルシオラ救出に乗り出さなかった理由付けをしたかったんです。
実際は雑誌掲載時にルシオラが出ていなかったからでしょうが、歴史的に
言ったらアシュタロス戦役を経験しているはずですからね。
ぜひ一読して感想をよろしくお願いします。


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