ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(4)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 5/19)

午後十時。
全面を白で塗装され、華麗な流線型の浮き彫りの上に金箔を乗せられた、綺麗なドア。
ピートはそのドアの前に立つと、一度深呼吸して一歩後ずさってから、反動をつけて勢い良くドアを殴りつけた。
「っ!!」
拳がドアと接触した瞬間、ドアから全身に向けて軽い電流のようなショックが走り、弾き飛ばされてその場に尻餅をつく。恐らく、外側から結界を張られているのだろう。精霊石の鎖のせいで人ならぬ強さを誇る腕力も封じられているのか、結界の衝撃よりも、殴りつけた瞬間に感じた手の痛みの方が強く感じられた。
「ったたた・・・」
顔をしかめ、手をさすりながら起き上がる。もう一度、今度はゆっくりと手を差し伸べてドアに触れてみると、やはり、パリパリと小さな放電のような光がドア全体から発された。多分、内側から抵抗すればするほど、結界の出力も強くなるのだろう。加奈江が入って来る瞬間、入れ違いにドアをすり抜けて逃げる事も考えていたのだが、これでは無理そうだ。
もっと別の方法を考えなければ、と、そう考えて部屋の天井を仰いだその時、ドアの向こうで掛け金が外れるような音と、人の足音がしたのを聞きつけて、ピートは急いで立ち上がるとベッドに戻った。
加奈江の正体がよく分からない以上、彼女の前では一応大人しくしておいた方が良い。
そう判断していたピートは、ベッドの端に腰掛けて、加奈江が来るのを待った。
「・・・今晩は。ごめんなさいね。一人にして」
白い扉をゆっくりと開けて、燭台を手に持った加奈江が顔を出す。
出入り口のドアは二重か三重になっているらしく、加奈江が部屋に入ってきたのはピートが彼女の足音を聞きつけてから二、三分が経過した後で、掛け金や鍵を外す音も、数回にわたって聞こえていた。
帰宅途中に、最初に彼女を見た時と同じ、相変わらずの黒いワンピースに、眼鏡の下の優しそうな笑顔。
加奈江はピートが大人しくしていてくれたのが嬉しいのか、その顔を見てにっこり笑うと、片手に持っていた荷物を部屋のまん中にあるテーブルの上に置き、もう片方の手に持っていた燭台を使って、部屋のあちこちに置かれている燭台やランプに明かりを灯し始めた。
「ごめんなさいね・・・食事の支度に時間がかかっちゃって・・・」
にっこりと、こちらに向かって笑いかけながら言ってくる。
その加奈江の笑顔は、表面だけ見る分には優しくて穏やかな良いものだ。
図書館で司書なんかをやっていそうな、知的な感じの美人だし、立ち居振舞いもそう極端に何か破綻しているわけではない。
しかし、どことなく物憂い感じのある喋り方や、その目から感じ取れる暗い感情−−−そして何より、立ち居振舞いがどうであれ、この人に誘拐されて連れて来られたと言う事から、ピートはどうしてもその笑顔を良いものとしては受け取れなかった。
少し構えるような固い表情で加奈江の動向を見つめながら、ベッドに腰掛けてじっとしていると、明かりを灯し終えた加奈江は部屋にあるテーブルの上に、食器を並べ始めた。
「待っててね。すぐ食事にするから・・・」
そう言ってテーブルの上に並べているのは、白磁器の皿に銀食器、切子細工が見事なガラスコップと、見るからに高そうな者ばかりである。
フランス料理の高級レストランのように、それらをきちんと並べ、まずはスープ皿に何かのスープをよそうと、加奈江は相変わらずの優しい笑顔でピートを見た。
「お待たせ・・・」
別にこっちは待っていたも何もないのだが、勝手にそう言って椅子をひくと、座るように目で促してくる。ピートとしては、得体の知れない相手からの得体の知れない食事など、正直いらなかったのだが、とりあえず加奈江の様子を見るために、黙ったまま立ち上がると大人しく椅子に座った。
大体、大人二人が差し向かいで食事をするのに丁度いいぐらいの四角いテーブル。
ピートがスープ皿の前に座ると、加奈江は向かいの椅子に腰掛けて、食事をするよう薦めた。
「どうぞ・・・」
「・・・」
燭台の蝋燭やランプの光に照らされたテ―ブルの上。目の前のスープ皿には、赤茶色っぽく見える具の無い液体がよそわれていた。
はっきり言って、胡散臭い。
しばらくスプーンで意味も無く皿の中をかき混ぜたピートは、加奈江がにこにこと機嫌良さげにしているのを見てから、なるべく角が立たないように尋ねた。
「・・・あの・・・これ、何のスープですか・・・?」
「貴方が一番美味しいと思ってくれるものよ」
黙っていたピートが話しかけてくれたのが嬉しいのか、さらににっこりと笑いながら、加奈江は無茶苦茶曖昧な答えを返してきた。
そしてそのまま、「後は食べてのお楽しみ」と言わんばかりに黙ってしまう。
「・・・」
こちらが食べてくれる事を期待して、ニコニコと笑っている加奈江を前に、ピートはまたしばらく、意味も無くカチャカチャと皿の中でスプーンを揺らした。
(どうしよう・・・)
たとえ中身が毒入りだろうと、大抵の物には耐性があるが・・・。何か、何かはよく分からないが、嫌な感じがしてたまらない。
しかし、目の前の加奈江はピートが食べてくれる事を期待し、きっと美味しいと喜んでくれると勝手に信じきっているようで−−−
食べてみて、お世辞でも美味しいと喜んで見せたら、加奈江は油断するかも知れない。そうすれば、何か隙が・・・
そう考え、ピートは思い切ると、得体の知れないスープを一口、口に含んだ。
「・・・!!」
そして直後、ピートは口の中に広がった鉄の味に、むせ返るようにして口に含んだ液体を吐き出した。
加奈江が用意した、「貴方が一番美味しいと言ってくれるもの」。
それは、人間の血だった。

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