ザ・グレート・展開予測ショー

遠い空の向こうに その2


投稿者名:青の旋律
投稿日時:(05/ 1/18)

              2



横島は蛍子を右手で抱いて走り続けていた。
その一方の手では文珠が生成されている。

「これで8つ目だよ? 本当に持てる?」
「うん、大丈夫だよ」

こぼれんばかりにたくさんの文珠を両手で抱え持つ蛍子。
淡い微光を湛えるそれを、まるで宝物のように大事そうに眺めている。
その顔に横島の口もとがほころぶ。

「パパ、綺麗だね〜」
「そうだね。でもパパにはママと蛍子の方が綺麗で可愛いな」
「え〜? 蛍子もパパ大〜好き〜!」
「も〜、そんなに抱きしめたら首が絞まるじゃないか〜」

バカ親ぶりを発揮しながら走る。
しかし頭の中は複雑な思いで一杯だった。

令子はどうなったのだろうか。
15年前の悪夢が繰り返されてはいないか?
令子が簡単に死ぬはずが無い。
令子は絶対に生きている。
そう信じたいが、15年前に大丈夫と言って死んだ女性の事を考えると不安は消えない。

「ママは大丈夫だよ」

蛍子が笑顔で父親に語りかけた。

「だって蛍子分かるもん。ママは大丈夫」

その無邪気で自信に満ちた表情に、横島の不安が解けていく。

「そっか……蛍子はママの事分かるもんな」
「うん。ママの事いっぱい分かるんだ!」
「そうだな。ママを殺せる奴なんているもんか!」

あの強欲で傲慢で金に汚くて金が大好きで、誰よりも現世に執着しているクソ女を殺せる奴なんていない。
魔神アシュタロスでさえ、完全に抹殺する事ができなかったのだ。
まして令子と蛍子は10ヶ月以上もの間一緒にいたという深い絆で結ばれている。
蛍子が大丈夫というなら、きっと大丈夫だ。

「しかし……」

横島は自嘲の笑みを浮かべた。
狙撃者の事を考える。

「どこのどいつが……って、当てはまる奴多すぎるんだよなぁ……」

前世が魔族メフィストでありながら魔族を捨て人間になり、今世で祓った妖・魔は数知れず、魔神をも唸らす人界一の猛者。
一方で各業界のドス黒い部分にも精通し、裏の顔も広い美神令子。

前世で恋仲になった魔族を離反させ魔神に殺され、今世でも恋仲になった魔族を離反させ、さらには魔神殺し。
文珠という人界でも稀な能力を持つ一方、一時的とは言え魔族の味方としてテレビに出演し人類抹殺を宣言した事もある自分、横島忠夫。

この時点でも自分たちの子どもが狙われるには十分だ。
身代金でも取るなら100億は下るまい。
しかしさらに蛍子には、魔神に創られた下級魔族ルシオラの転生体というオマケが付く。
ルシオラは創られて間もなく神・魔のデタント派を壊滅に追いやっている。
その上人間との共存を願い魔族を離反、自らの創造主を抹殺する手助けをした。

考えてみれば、ここまで危険な連中も珍しい。

「まるでハルマゲドンの起爆剤だもんな」
「何? ガラガラドン?」
「いや、三匹のヤギのガラガラドンじゃなくてね……蛍子は初めて会った人が怖そうだったらどうする?」
「ん〜、話してみる。でも怖かったら話すのやめる」
「そうだよね。まず話してみないとね〜、優しい人かもしれないもんね」

そう。
強大な力を持つからといって、自分たちはその力を必要以上に誇示したりはしない。
別に破滅や混乱を望んでもいない。
そもそも今日の出かける先は妙神山。
その目的は蛍子の能力を見極める事だった。
令子と自分の子というだけで霊能に関し天性の才を持つは必定。
その上ルシオラとしての魔力が加われば、蛍子の秘める能力は未知数。
その力が暴走すれば、たとえ子どもだからといっても許されはしない。
自我の確立と心身の充実のバランスがある程度取れた5歳という段階で一度能力を確かめる。
そのために事務所も休み、誕生日祝いも兼ねて人骨温泉一泊を含めた日程を組んだのだ。

だがこうなった以上、妙神山に助けを求める事もできない。
狙撃者が神族だった場合、妙神山の立場が危うくなる可能性もあるのだ。
他のGSも同様。下手をすると巻き込んで業界での未来に影響が出る。
自分で狙撃者の正体をつかみ、その上で戦うなり安全な場所に逃げ込まなければならないのだ。
だが自分は狙撃者を見ていない。
口惜しくも狙撃の瞬間すら察知する事が出来なかった。

「蛍子はママを撃った奴の顔、見た?」
「ん〜、顔はわかんない。おっきな口で『さようなら』って言った」
「今のままで、そのおっきな口の奴見える?」
「いるよ。さっきからあのビルで蛍子たち見てる」
「どこどこッ!?」
「あそこ」

蛍子が横島の肩越しに見えるビルを指差す。
横島が視点を合わせると同時に、一瞬もの凄い殺気を発し狙撃者は姿を消した。

「ぬおおおッ!!」

フィギュアスケートの大技の如く体を無理やりひねり横っ飛びを敢行する。
その直後、一瞬前にいた場所のコンクリートが爆ぜた。
蛍子の後頭部と背中を手で覆うようにしながら背中向きに落ちた横島はすぐに体勢を立て直す。
五感を全開にして狙撃者を探すが気配はすでに消え去っていた。

「何でもっと早くに言わないのッ!?」
「だって聞かれなかったもん」
「あのね……」

脱力してあぐらをかき、顔を押さえうなだれる横島。
蛍子は少し反省した顔で父親の頭を撫でた。

「ごめん、なさい」

上目遣いで見る蛍子の頭を撫でる。

「怒ってるんじゃないよ。ただ、蛍子が無事でホッとしてるだけ」

優しく言い聞かせると蛍子の顔も笑顔を取り戻す。

「今度は気づいたら教えてね?」
「うん、わかった」
「よし、行こうか! えいえい!」
「おー!」

蛍子と蛍子の目線にしゃがんだ横島が右手の握り拳を高々と掲げる。
再び蛍子を抱いて、横島は走り出した。







「蛍子、アイツいる?」
「ん〜……」

横島の肩に隠れるようにしながら、肩越しに後ろを見る。
そのまま首を動かさず、左から右へと視線を巡らす。

「わかんないよ〜」
「そうか、ありがと」
「うん……でも、きっと見てるよ蛍子たちのこと」
「見られてる? 分かるのか蛍子?」
「うん。何かチクチクってするもん」

認識範囲が確実に拡大している。
それは能力の覚醒が始まった証拠だ。
神族も魔族も五感は人間のそれを遥かに凌駕している。
それは時に千里眼と呼ばれたりデビルイヤーと呼ばれたりする。
覚醒し始めた蛍子がこれなら、狙撃者は蛍子の位置が丸分かりなのかも知れない。

「まずはあの厄介な石化銃弾を何とかしないとなぁ……」

品川区に辿り着いた。
モノレールに沿って都心へ走っている。
横島は自分があの場所へ向かって一直線に進んでいる事に気がついた。

「……! 何やってんだ俺は」

今は感傷に浸るような事態ではない。
そう思いながらも足はその場所を目指していく。
まるでそこに行けばどうにかなるような気がして。
山手線の入口を通り過ぎる。

「山手線かぁ」
「蛍子乗った事ないよ」
「そうだよな。蛍子は車ばっかりだもんな」

横島は、たとえ大きくなっても蛍子を山手線を含めた電車には乗せたくなかった。
あの鮨詰め乗車の悲惨さは、済むなら一生体験させたくはないのだ。
まして蛍子は痴漢・悪漢の絶好のターゲットになる。
自分がその車両に乗り込んでいたなら、どんな手を使ってもそばへ近づくに違いない。

(昔はよくやったなぁ…… ターゲット探して一日中グルグルと……)

走りながら過去のバカ英雄伝を回想する。
その時、横島の頭に何かがひらめいた。

「どうだ? ……いや、いける!」

声を上げて自問自答する父親に蛍子は少し怪訝な表情を浮かべる。

「どうしたのパパ」
「いい事、思い浮かんだんだよ、蛍子」

方向を変えて目黒区の方へ足を向ける。
蛍子は通り過ぎた道路の上に文珠が落ちているのを見つけた。
それは鈍く光っており何かの文字も浮き出ているようだったが蛍子には何の文字か分からなかった。







下北沢。
小さな店がいくつも集まる商店街を大勢の男女が歩いている。
その隙間を縫うように横島は駆けていく。

「ねぇーパパーお腹すいたよー」
「……え? ああ……もうそんな時間か?」

蛍子を抱いている反対側の手でスーツのポケットから携帯電話を取り出す。
蛍子と一緒の時は腕時計はしない。
抱っこしたり腕にくっついたりする時に危ないからだ。
時間は午後1時を回っていた。
令子への狙撃からすでに3時間も経っている。
軽食関係の店はたくさんありそうだ。
カップルが手に手に何かを持ちながら歩いている。
だがそんなところで買っている余裕などない。

(……これをするのはとても虚しいのだが……)

横島は眉間にしわを寄せて苦悶の表情を浮かべる。

(だが……愛する蛍子のためだ!)

意を決して文珠を大事そうに握っている蛍子を見た。

「文珠を2つ、パパにちょうだい?」
「いいよ。どうするの?」

文珠をもらった手を後ろに隠す。

「パパが魔法で食べ物を出してあげるから、手を出して」
「うん、わかった!」
「チチンプイプイ、食べ物よ出てこい!」

すると、蛍子の手の平に大きな黒い球が現れた。
それは具のないシンプルな塩の握り飯だった。

「すご〜い! パパ魔法使いだね!」
「ふふん、どうだ、恐れ入ったか?」
「おいし〜い! でも具がないね」
「そ、そうか? まあお腹一杯になればいいじゃないか、アッハッハ……!」

美味しそうに食べる蛍子を見ながら、横島は少し冷や汗を浮かべて走り続けた。
後ろに隠した手の中では、『握』『飯』の文珠が鈍く輝いていた。

下北沢を抜け新宿方面へ進路を取る。
横島の通った道の片隅に、『化』の文字が浮かんだ珠が転がっているのに気づく者はいなかった。





新宿区に入る。
新都心の高層ビル群の中を走りぬける。
横島はまたもその道中で文珠を一つ道端に転がした。

「パパ、珠どうするの?」
「え? ふふん、まだ秘密」
「ふ〜ん、ケチ」
「悪い人をやっつける時に教えてあげる」
「わかった。早くやっつけてね!」

蛍子が横島の首に抱きつく。
その締め付けに横島は一瞬息が止まりそうになる。
しかしそのニヤケた顔はバカ親そのものであった。






横島の左肩に微かな寝息が響く。
豊島区に入り、程なくして蛍子は眠りに付いた。
朝から一時も止まらぬ逃亡劇を余儀なくされ、振動激しい父親の肩にしがみ付き続ける。
今日5歳になったばかりの幼子にとってそれがどれほどの過酷な状況か、横島の心中は察して余りあるものがあった。
それでもなお、走る速度を緩めるわけには行かない。

本郷通りを田端方向へ。
ここでも文珠を一つ道に落として行った。



台東区浅草寺。
言わずと知れた観光名所。
仲見世はもとより駅から続く通りは全て人によって埋め尽くされている。

「パパ、すごい人だね〜!!」
「蛍子、まだアイツに見られているような感じする?」
「するよ〜」
「それでいて撃ってこないわけか……プロだな」

他の人間に危害を加えたくないため撃たないのか。
確実に仕留めるため、射線上に障害物のちらつくこの場では撃たないのか。
それとも……

「上等だ。余裕かましているのも今のうちだぜ、なぁ蛍子?」
「うん、そうだね」

蛍子の返答に横島は大きく頷く。
蛍子はただ父親の同意を求める質問に合わせただけなのだが。

(蛍子は頭が良いな。こりゃ将来は六道女学院だな)

バカ親思考を働かせていた横島だった。

「よし、行くか!」
「うん!」

横島は境内の隅に文珠を転がすと、加速をつけて浅草を後にした。




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青の旋律です。第2話お送りします。
東京在住ではないのですが、地図と首っ引きで書きました。
次回でその理由が明らかになる予定です。

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