ザ・グレート・展開予測ショー

永遠のあなたへ(3)


投稿者名:馬酔木
投稿日時:(00/ 5/19)

その日は確かに、霊的に何か良くない気配を感じてはいた。
しかし、多少の不吉な感じぐらい、この稼業をしている者はわりと日常的に感じるものだ。
それでも何か引っかかるものを感じていた唐巣は教会の講堂で、日課である毎日の礼拝を普段よりさらに丁寧に済ませると、いつものように夕食の支度に取り掛かった。
四十を越えた男がエプロンをして包丁片手に台所に立つと言うと、世間一般ではどんなイメージを持たれるかは知らないが、唐巣の場合、その姿はかなり板についている。
多少前髪が後退している気配はあるが、黒ぶちの丸眼鏡がハマったようによく似合う、おっとりした感じの男性だ。エプロンを着けていると家庭的な感じが加わるせいか、その穏やかな雰囲気がますます強調されるようで、なかなか良い感じである。そして、唐巣は料理の腕前の方も結構なものだった。
その性格上、弟子がいるからと言って人に色々身の回りの事までさせるのは好きではなく、むしろ、他人の世話を焼く方が好きな気質だ。その上、長い事一人暮らしをしていた経験もあり、唐巣の家事の腕前は玄人裸足になっていた。
今日の献立は自家製のトマトを使った野菜スープと、トマトソースのパスタ。
ピートが半分吸血鬼なのでニンニクは駄目だが、それ以外の好き嫌いは無いので助かっている。スープの味見をしたところで、ふと壁にかけた時計に目をやると、時刻は六時を少し過ぎた辺りだった。
(ピート君、今日は遅いな・・・)
今日はまだ帰って来ていない彼の弟子、ピートの顔を思い浮かべる。
今日は別に手伝ってほしい仕事があるわけではないが、いつもなら五時前頃には帰っている筈なので、不吉な予感の事もあり、少し心配になる。
ピートは部活には入っていないし、学校からこの教会までの距離も、さして遠いわけではない。
(横島君かタイガー君の勉強に付き合っているのかな・・・?)
転入生(正確には中途編入)で、それまで学校の類のものにちゃんと通った経験の無いピートだが、成績は抜群に良い。
真面目で努力家な性格な上に、もともと天才肌な素地があるからだろう。
英語や数学は良いとして、日本史や古典に関しては、正直、唐巣は心配していたのだが、編入試験で校長を驚かせて以来、ピートの成績はずっと一位だった。
なので、テスト前などになると、クラスメートでGS弟子仲間でもある横島やタイガーから頼み込まれて、勉強に付き合う事がある。
まだ期末テストには間があるが、今回は早めに頼まれているのだろうか。
それとも、どこか寄り道に付き合わせられているのか・・・。
それも良いだろうと、唐巣は、過ぎるほど生真面目なピートの性格を思い返して、少し笑った。ちょっと悪い事を覚えるのも、それもまた経験だ。唐巣自身も、これでいて若い頃は結構やんちゃだった。
昔の自分の、結構な無鉄砲ぶりを思い返して、つい笑ってしまう。
夕食を作りながら、そう呑気に構えていた唐巣が少し戸惑い始めたのは、七時を回った辺りだった。

「・・・はい。こちら、美神除霊事務所です」
夜の八時。
都内の一等地に建つ、決して大きくはないが煉瓦造りで風格の漂うビル。
その二階にあるオフィスで、今日の仕事の書類を整理していた所長、美神令子は、電話を取ると長い赤毛を手で後ろに払いながらそう言った。本人に特別な意図はないのだが、何せ妙齢の美人なので、そんな自然な仕草も何となく色っぽい。
オフィスの電話はいつもなら助手のキヌが出てくれるのだが、今は夕食の片づけをしてくれているので、オフィスにいるのは令子一人だった。
美味しい食事の後の、程よい満腹感と口に残る幸せな余韻を感じながら、ゆったりと椅子に腰掛けていた令子は、電話の向こうから聞こえた相手の声に、何か緊張しているような気配を感じて、ハッと背筋を伸ばした。
「・・・先生?どうしたの?急に・・・」
師匠−−−唐巣からの、不意の電話。
それ自体は特に驚くべき事ではないが、唐巣の声に何か常ならぬものがある事を、聡い令子は感じ取っていた。
『いや。その・・・ピート君、そっちに行っていないかい?』
「ピート?来てませんけど・・・」
『そうか。ありがとう。邪魔したね』
「え?あ、ちょっと先生・・・」
突然の質問の意図と、何か焦っているような口調の理由を尋ねる前に、電話は切れてしまう。その切り方も、いつもの唐巣らしくない−−−妙に急いでいる感じがあった。
「・・・様子が変ね・・・」
普段の令子なら、大金が絡みでもしない限り、人の事をいちいち気にしたりはしないのだが、唐巣の妙な感じがひどく気にかかり、眉を顰めてそう呟く。
その時、半分開け放しになっていたオフィスのドアの向こうから、赤いバンダナの少年が顔を出した。
「美神さん。俺、そろそろ帰って良いスか?」
令子が雇っているバイト助手で、一応GSである少年、横島忠男だ。
いつも、帰る前にする簡単な掃除を済ませたところなのだろう、手にはちり取りと箒を持っている。女性に対して煩悩剥き出しのどーしょーもない性格ではあるが、こういう仕事はわりとこまめにやるところがあった。
「横島君。あんた、今日は学校からバイトに来たわよね?」
「え?ええ、はい」
オフィスルームの隅にある掃除用具入れにちり取りと箒を戻しながら、横島が頷く。
「じゃあ、ピートがいつ帰ったか知らない?さっき先生から、こっちに来てないかって電話があったんだけど」
「ピート?・・・俺とタイガーとで一緒に帰って、教会の前の曲がり角で別れたんですけど・・・」
突然聞かれたせいか、きょとんとした顔で横島がそう答える。
嘘をついている気配は無いし、そもそも、こんな質問で横島が嘘をつく理由も無い。
(何か・・・あったのかしら・・・)
妙な胸騒ぎを感じて、とうに暗くなった窓の外を見やる。
翌朝令子は、西条経由でピートが昨夜から行方不明だと言う事を知らされる事になる。

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