ザ・グレート・展開予測ショー

俺とアイツとこの温もり


投稿者名:浪速のペガサス
投稿日時:(05/ 1/17)






 世界は美しいけれど、優しくない。
 幼い頃にそれを自覚してから何年経っただろう。
 けれで人の想いはどこまでも暖かくて、人の温もりはどこまでも優しい。
 それはきっと、俺が感じている以上に。
 優しさ。温もり。安心感。
 優しさに絶望しかけてた俺を包み込んでくれるもの……。
 ―――それはきっと……











  “俺とアイツとこの温もり”












 「貴方と逢う時って、いつも唐突ですわ」


 不機嫌そうに言いながらも、その心の奥に相当の照れ隠しを交えながらぶっきらぼうに言う彼女は、彼を見ずに前を見据えていた。
 彼女からしてみれば悪態の一つもつきたいところだろう。当然だ。彼女は否定するが、彼女の本心はいつでも彼と共にいたいから。
 だけど、彼はいつもいるわけではない。寂しさは、何もよりも辛い。彼もそのことを分かってる。


 「悪ぃな。俺自身、あんまりにも安定しない自分に嫌気がさしてるんだわ」


 これは彼の本心。幾分か嫌味くさく聞こえる部分は、彼なりの誤魔かしでもある。
 こちらもこちらで前だけを見て、彼女の方を全くと言って良いほどに見ていない。
 だけど彼は、そして彼女は自覚している。自分達は心の中で見つめ合っていることを。
 それを表に出さないのは、二人とも別々の理由からだけど。

 温もりを忘れてた男の子。
 自分を殺し続けた女の子。

 並んで歩く二人の歩き方は、違うはずなのになぜか二人で並べる。


 「つくづく思うんだけどよ」
 「なに?」
 「お前と歩くのは、少しコツがいるな」


 はにかんだ笑顔で頭をかき、頬を紅く染め。彼はポツリと呟いた。たった一言だけのその言葉は、彼ら自身の象徴。

 彼は背が小さい。だけど歩幅は大きくて、彼女は追いつけない。
 彼女は背が高い。だけど歩幅は小さくて、彼はいつも前にいる。

 そんな二人が並んで歩けることはきっと、互いに互いを想い合い、理解しあっているからだろう。良いも悪いもひっくるめて全部。




 「俺たち、並んで歩けるな」





 突然に微風が吹き、その長い髪を右手で抑える彼女。流れてくる甘い香り。
 自らの記憶の中にある幻のような、求めて止まない存在。
 全ての始まりとなった愛する人の残像が隣を歩く彼女の姿に重なって見える。



 それは、ずっと歩んできた、そしてこれからも歩み続けるであろう道のりを示してくれた存在。







 今でも鮮明に思い出せる自らの旅路の始まり。
 選んできた道のりは、もはや正しいのか間違ってるのかも分からなくなった。
 寂しさなら、いつかはきっと忘れると思って励んだ自分自身への鍛錬は一層の切なさを抱かせ。
 いつしか迷走へと名を変えたそれは、自分自身の本当の強さを求めた理由すらも希薄にさせた。

 この手は、大事なものをあまりにも置いてきて落としてきて。もはや誰かに触れることさえ許されない存在にまで堕ちた。
 この眼は、あまりにも現実というものを見すぎたせいで、この世界には優しさなんぞ欠片もないことに気づいてしまった。

 だけど。
 それでも。

 彼女はこの手をつかんでくれる。自分の手が汚れるかもしれないにも関わらず。
 この眼に睨ませたものを、優しさと言う名の絵の具で綺麗に塗りつぶしてくれる。


 何も言わない。何も聞かない。
 ただ手を握る。いつもどおりにしてる。
 悪態をついて。ただ普通に接してる。


 その行為がどれだけ自分に救いを与えてくれただろう。
 自分を「伊達雪之丞」として見てくれたことにどれほど涙を落とすことをこらえたろう。




 思わずじっと彼女を見つめ続ける彼。
 普段の彼らしくない態度、そして先ほどの言葉から、彼女は少し不機嫌な顔になる。


 「嫌味ですの?」
 「そんなんじゃねーよ。ただ…」
 「ただ?」
 「俺たち幸せだなって、さ」


 馬鹿、と一言だけ呟き彼女は頬を真っ赤にしてうつむいた。その瞳は、垂れ下がった前髪に遮られよく見えない。
 その姿は、普段の傲慢さは欠片も無く。一人の女の子そのものだった。




 クラスメイトには決して見せないであろう姿。
 普段の彼女からは誰も想像がつかないような、女の子そのものな姿。
 彼以外には知ることが出来ない、彼女の親友や両親ですら知らないであろう姿。
 だけどそれこそが彼女の本当の姿そのもの。





 彼女が自分を殺して生きてきたのを、彼はいつの頃だかに知った。もしくはその言動から、自分自身で気づいたのかもしれない。
 人の不幸に大小を測るつもりなど彼には毛頭なかった。それは決して驕りとかじゃなくて。純粋に彼女を一人の人間として受け取れるから。
 彼は自覚していないだろうが、それは彼女が彼に対して行っていたこととまた同じだった。
 そして彼は思う。ならば俺もコイツといつまでもいよう。コイツが俺と一緒にいて、いつまでも自分らしくいてくれるようにしよう。
 それがきっと俺なりの恩返しで、俺たちなりの愛し方。俺が許される為の、アイツが自分らしくいる為の。そして幸せへの道だから。


 「……いきなり、何を言うかと思ったら…」
 「幸せじゃないのか?」
 「………じゃない………」
 「?」
 「幸せに決まってるじゃない、この鈍感!」


 真っ赤に染めた顔をさらに真っ赤にさせ彼女は叫んだ。
 それを聞くと彼は綺麗な笑顔を浮かべ、ぎゅっと手を握る。
 ますます持って彼らしくないその姿に驚く彼女。満足げにそれを見つめて、彼は一言呟いた。








 「幸せだな、俺たち」











 この手がたとえ汚れていても。二本ともしっかりと残っていて良かった。
 君がこの手に触れてくれるから。君をこの手で触れられるから。
 この眼がたとえ真実しか見えずとも。しっかりと世界を見れて良かった。
 君のいるこの世界も見れるから。君の姿を目に焼き付けれるから。











 彼女のその顔を見て、思わずキスをしようとして雪之丞は少しためらった。
 やっぱり、なんだかんだ思いながらも躊躇が生まれてしまうのを彼は自覚してる。
 いきなりのことにきょとんとした顔になり、その後笑顔を浮かべたかおり。
 雪之丞の頬に手を当て眼を閉じ、己の唇を彼のそれにゆっくりと当てた。
 一瞬眼を開き、ゆっくりと眼を閉じると、彼もかおりの頬に手を当てる。
 二人はその手から伝わるもの。その口から伝わるものに酔いしれる。



 共有し合う確かな優しさ。
 互いに伝え合う互いの体と手の温もり。
 身体中と自分達の周りをも包み込む安心感。



 ゆっくりと。余韻をかみ締めるようにして二人は唇を離した。


 



 ―――ねぇ、ママ
 ―――もう二度と、絶対になくしたくない大切な人ができたんだ
 ―――間違った旅路の果てにたどり着いた、かけがえの無い人なんだ

 ―――ねぇ、ママ
 ―――あなたを忘れたこの世界で
 ―――コイツは俺に色々なものを思い出させてくれました



 ―――だからきっと幸せにします

 ―――だからきっと幸せになります





 ―――祝福していてください






 あの日自分から母親を奪ったこの世界は、美しかったけれど、けっして優しくはなかった。
 だけどこの世界は同時に、こんなにも優しい人を自分と出会わせてくれた。
 確かに感じる優しさ、温もり、安心感。


 「かおり」
 「なに?」


 この汚れた手につかんだ、汚れなき君をいつまでもつかみ続けられるなら。
 俺はきっとこの世界でも、生きていける。
 この優しくない世界で、温かくて優しい君を見続けられるならば。
 ―――――俺はきっと…


 彼女の髪をゆっくりといじりながら、その感触に心地よさを覚えて。
 その手にあるものを確かめる。
 その目に見えるものを確かめる。




 「いや、なんでもねぇ」




 俺とアイツとこの温もり。
 さぁ行こう。こんなにも優しくない世界で、優しい君を連れ。
 こんなにも汚れた俺だけど。こんなにも汚れない君を愛して。








 「ほら、置いてっちまうぞ」






 歩こう、どこまでも。
 歩幅の違う二人だけど。
 肩寄せあって歩きながら。




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