ザ・グレート・展開予測ショー

式姫の願い-6- 魂の色


投稿者名:いすか
投稿日時:(05/ 1/17)

「ねえ、ちょっとちょっと……見て見てあの人!」
「うわぁ///」
「いいなぁ……」

 ……と、いったような言葉が先程から私の耳に何度も飛び込んできます。すれ違う女学生
らから例外なく好奇の視線を向けられ、かといって目線があったと思うとすぐに顔を反らさ
れてしまいます。どうしたものでしょう。

「私はどこかおかしいのでしょうか? 人間の一般的な行動・仕草のイメージを再現できて
いると思うのですが」

 私には彼女らに注視される原因が不明なので、恥ずかしながらも隣を歩く熾恵オーナーに
助言を求めました。振り返ったオーナーの表情は何故かとても満足げな物でした。

「ふふふ〜♪ 幽一さん本当にわからない?」
「はい。ここまで露骨に注視されるとさすがに落ち着きませんし、原因がわかれば改善した
いと思います」
「幽一さんには無理よ〜」

 きっぱりと言い切られてしまいました。やはり私は擬似人格を持つ存在にしか過ぎず、人
間社会に溶け込むことは無理なのでしょうか。このままではオーナーの足を引っ張ってしま
うことに……。

「あのコたちはね〜、幽一さんがカッコいいから気になっちゃうのよ〜♪ いくらがんばっ
ても〜、外見を変えるのは無理でしょ〜♪」
「は?」
「注目されなくなるのは無理だから〜、あきらめて早く慣れてね〜」

 オーナーが言うには、今の私の容姿は大抵の女性が良い印象を持つであろうものらしいで
す。良い印象を与えるはずなのに、なぜ目をそらされるのでしょう? そう尋ねるとオーナ
ーに苦笑しながら「宿題ね〜」と言われてしまった。それくらいは自分で調べろということ
でしょう。私が人間のように振舞えるようになるのは、まだまだ先のことになりそうです。

「ところでオーナー? 今はどこへ向かわれているのですか? 電車を降りてから随分歩い
ていますが……」
「姉様のところよ〜。お家も決まったし〜、幽一さんのことも紹介したいからね〜」
「オーナーの姉上ですか。さぞかしお美しい方なのでしょうね」
「血は繋がってないけど美人よ〜。幽一さん見惚れちゃうかも」
「はは。それでは粗相がないように注意しておきましょう」

 オーナーに先導していただき、長い山道を経てようやく家屋らしきものが見えてきました。
おそらくあそこにオーナーの姉上がおられるのでしょう。




          ◇◆◇



 ……。

「……というわけなんです〜……姉様? 聞いてます〜? もしも〜し?」

 ……はっ。い、いけませんいけません、私ともあろうものが。

「あ、はい。聞いてますよ。熾恵さんの住居が決まって、こちらの方がその屋敷を管理して
下さるんでしたね」

 うう、か、顔があわせられない。無愛想な女だと思われてしまったでしょうか。熾恵さん
が連れてこられたこの男性、渋鯖幽一さんは人工的に作られた幽霊のような存在だったそう
です。熾恵さんの霊力により実体を持つまでになったそうなので、霊体が皮を被っていると
いう点では私たち神族と似たようなものでしょう。

「問題なしです(ぐっと握り拳)」
「何が問題ないの、姉様?」
「あ、いえ! な、なんでもありませんよ!」
「? 変な姉様?」

 変……そうですね、挙動不審で変な女ですよね。渋鯖さんもそう思われたに違いありませ
ん。情けない自分に泣きそうです。

「改めて紹介するわね〜。この妙神山の管理人で竜神の小竜姫姉様よ〜。ね、私の言った通
りだったでしょ?」

 何が言った通りなのですか、熾恵さん!? く、熾恵さんも老師と同じように私のことを
おっちょこちょいの早とちり女と思ってたんですね。それでもよりにもよって渋鯖さんに、
わざわざそんなこと言わなくてもいいじゃないですかー!

「渋鯖幽一です。熾恵オーナーから聞き及んでおりましたが、これほどの方とは想像してお
りませんでした」

 ああ……やっぱり呆れられてしまいました。自業自得とは言え、死んでしまいたいくらい
悲しいです。

「ふふ〜♪ 幽一さん惚れちゃった〜?」
「恐れ多い。竜神様という点を差し引いたとしても、これほど美しい魂と姿見を持つ方は私
には分不相応ですよ」
「えっ?」

 渋鯖さんは今なんと言われたのでしょう? 空耳でなければ……。

「謙遜しないの〜。ほら、姉様も自己紹介して〜」
「あ、妙神山管理人の小竜姫です。この度は義妹がお世話に……」
「いえ、こちらが礼を言いたいくらいです。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。あ、お茶煎れ直してきますね」
「あ、お構いなく」
「少し待っていてください」

 平静を装いながらそそくさと部屋を出て深呼吸。動悸が激しい。空耳かもしれないのに、
いまだかつてないほどに心臓がばくばくいっています。心を落ち着かせ、淹れ直したお茶を
もって客間へと戻ると、襖ごしに二人の話し声が聞こえました。聞き耳はよくないと思いな
がらも、その場で膝をついて会話に意識を集中します。

「どう〜幽一さん? びっくりした?」
「オーナーには驚かされてばかりですね。人間の貴女が竜神である小竜姫様と姉妹関係にあ
るとは本当に驚きました」
「ちゃんと美人だったでしょ〜?」
「ええ。オーナーとは趣が違いますが、大変お美しい方ですね。彼女の清らかな心は触れて
いてとても心地よいです」

 頬が熱くなるのが分かります。渋鯖さんに好印象を持ってもらえたことが分かり、嘘のよ
うに心の澱が消えていくのがわかります。

「幽一さんはそんなこともわかるの?」
「はい。私は外見よりも魂の有り様を見ることが得意なのです。容姿の美醜もある程度は分
かりますが、小竜姫様のような澄んだ魂は初めてです。勿論、オーナーも綺麗な魂をお持ち
ですよ」
「とってつけたように言われてもね〜」
「はは、申し訳ありません。しかし、残念ですね」
「ん〜?」
「どうやら私は小竜姫様に嫌われてしまったようです」

 え?

「どうしてそう思うの〜?」
「理由は知りえませんが、小竜姫様は私と顔を合わせようとはされませんでした。やはり幽
霊の私と神族の小竜姫様では格が違うせいでしょうが」

 そ、そんなこと……。

「んー、そんなことないと思うわ〜。幽一さんだって〜、姉様がそんな差別をする人じゃな
いってわかってるでしょ〜?」
「そうなのですが……他に原因が思いつかないのです。気づかないうちに私が無礼なことを
してしまったのかもしれません」
「そんなことありません!!」

 気づいたら襖を開けて叫んでいました。盗み聞きをしていたという負い目はありますが、
この誤解だけは解いておかないと絶対後悔すると思ったのです。

「この小竜姫、天命に誓って差別などはいたしません! 渋鯖さんが無礼をはたらいたなど
もってのほかです!」
「では、何故ですか? 何故、小竜姫様は私と顔を合わせようともしなかったのですか?」
「そ、それは……その///」

 渋鯖さんの真剣な顔が、純粋に疑問を解決したいものだと分かっていても、私は彼の顔が
向けられると俯いてしまいます。誤解は解きたくても言葉が出てきません。

「幽一さん、いったでしょ〜?」
「は?」

 息苦しい沈黙を拭ってくれたのは熾恵さんでした。渋鯖さんも熾恵さんの言葉の意味が分
からないのか、疑問の声をあげます。

「ここにくる途中にもいっぱい会ったじゃない。幽一さんと顔を合わしてすぐ目をそらしち
ゃう女のコ♪ 姉様も同じよ〜。幽一さんがカッコイイから照れてるのよ〜」
「お、熾恵さん/////!!」

 自分でも顔が真っ赤になっているのがわかります。ふと、渋鯖さんの様子を伺うと唖然と
した表情で私のことを見ていました。あうう、は、恥ずかしくて死んでしまう。どうしよう
もなくなって、私はただただ俯くばかりです。どうしてくれるんですか熾恵さん!

「その……なんと申しますか。小竜姫様」
「は、はい」

 しばしの沈黙の後、渋鯖さんが私に声をかけてきました。熾恵さんは楽しそうに私たちを
観察しているようです。

「まず、貴女のような方を上辺の態度だけで判断し、不快な思いをさせて申し訳ありません
でした。私の認識力不足です。お許しください」
「い、いえ! 私の方こそ不躾な応対で申し訳ありませんでした」

 正座のまま深々と頭を下げる渋鯖さんに、私も謝罪の意を込め頭を下げる。熾恵さんはな
おも、にこにことした表情のまま湯飲みを傾けている。

「私は多少、見目が良いらしく人に注目されるとオーナーに言われていたのですが、まさか
小竜姫様ほどの美しい方にそう見ていただけるとは思わなかったのです」
「は、はい///」

 他の人から「美しい」と言われてもこれほど嬉しいと思ったことはない。舞い上がり気味
の心を押さえつけ、渋鯖さんの言葉を待った。

「私の容姿で良い印象を持っていただけたことは嬉しく思いますが、私は小竜姫様の容姿は
勿論、それ以上に貴女の魂の輝きが美しいと思いました。高貴にて純粋、しかるべき強さを
兼ね備えた澄んだ心が、大変印象的でした」
「あ、ありがとうございます/////」
「そんな小竜姫様に気に入っていただいたことは大変恐縮ですが、それはあくまで外面的な
ものに対してだと思います。私の魂など人工物に過ぎません。貴女のような……」
「ち、違います!」

 渋鯖さんの言葉を聞き終えるのを待てず、彼の考えを否定しました。恥ずかしいですが、
否定してしまった以上、言うしかありません!

「わ、私だって男性の容姿が気にならないことはありませんが、それより貴方の素朴で暖か
い心に惹かれたのです! 断じて、外見だけに惹かれたわけではありません!!」

 言っちゃった……/////
 顔を俯かせたままで対面に座る渋鯖さんのほうを伺い見ると、熾恵さんは笑みを深くして
喜んでいるようでしたが、渋鯖さんは口元を右手で抑えて何か考え込むような表情をしてい
るように思えました。やっぱり、初対面でこんなこと言う女なんてはしたないと思ってるの
でしょうか。

「その……オーナー」
「な〜に〜?」
「おかしいです」
「何が〜?」
「何故か……こう……居ても立ってもいられないような感覚、というのでしょうか。まるで
自分が自分でないような」
「……ふ・ふ・ふ」
「? オーナー?」
「幽一さんはね〜、今、本当に嬉しいのよ〜♪」
「嬉しい、ですか? ですが、喜びという感情とは心理パターンの波形が……」
「んー、『嬉しい』って言うよりは『幸せ』かな? 初めて外見じゃなくて中身を見てもら
えて、それが姉様に受け入れられて、幽一さんが心の底から喜んでるのよ〜」
「えっ……」

 喜んでる? 私の気持ちに?
 ふと渋鯖さんと目が合ったが、どちらともなくすぐ目を反らしてしまった。私だけではな
く渋鯖さんも。

「な〜んだ〜♪ ふたりとも両想いなんじゃな〜い。お付き合いしてみたら〜?」
「オーナー!?」
「な〜に〜、幽一さん姉様のこと嫌いなの〜?」
「いえ、そんなことは……」
「姉様は幽一さんのこと嫌い〜?」
「そ、そんなことはないです///!」
「じゃあ、ふたりともお付き合いするのはイヤ?」
「……」

 熾恵さんの言葉に、渋鯖さんが何か考え込んでいます。私は何も考えることなどできず、
ただ渋鯖さんの口が動くのを待ち続けていました。長い長い沈黙のあと、渋鯖さんは言葉を
選ぶように口を開きました。

「私は……自信がありません。小竜姫様は素晴らしい方だと思いますが、私程度の者がその
ような大それた関係を持ってもいいものかと」
「そんな……」
「そんなことは〜どうでもいいのよ幽一さん。問題は〜、幽一さんがどうしたいかって言う
ことよ〜。姉様のことが本当に好きなら〜、どうすれば良いか分かるでしょ〜?」
「……小竜姫様」
「は、はいっ!」

 心臓が破裂しそうです。目が回って景色が歪んでいるような気さえします。

「ひとつだけ答えてください」
「な、なんでしょう」
「貴女は私に何を望みますか?」

 彼がどうしてそのような質問をしたのかは分かりませんが、私はただ自分の気持ちに素直
に答えるのみです。

「貴方が貴方であり続けることを望みます」
「そうですか……よかった」

 その時、彼は初めて微笑んでくれました。万人ではなく、間違いなく私だけに向けられた
笑顔です。

「私も、同じ気持ちでした。私が美しいと思った貴女の心が、変わらず美しいままであって
ほしい。そう思いました。小竜姫様、私とお付き合いしていただけますか?」
「あ……はいっ!」
「ふたりともおめでと〜〜〜!」

 いつの間に準備したのか、熾恵さんがしゃんぱんを取り出し、封を切って祝福してくれま
した。その時はもう渋鯖さんの顔は元に戻っていましたが、あれは私の宝物です。誰にも渡
しません。




(後書き)
 まず、長々と間が空いたことをお詫びいたします。申し訳ありませんでした。もう話の内
容自体が二転三転し、何度一から書き直したか分かりません。非難ごーごーは覚悟しており
ますが、あくまでこのシリーズは冥子を中心としたラブコメもどきを目指しておりますので
(冥子がモテモテというわけではありません)、我慢してやってください。今回のふたりは
恋愛初心者カップルのラブ担当です(笑)。広い心で受け入れてくださると嬉しいです。

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