ザ・グレート・展開予測ショー

遠い空の向こうに


投稿者名:青の旋律
投稿日時:(05/ 1/17)

白井総合病院。
現代医学に絶対の自信を持つこの病院は、日本でも珍しく霊能に関わる病気や
ケガに対して寛容で外来や入院患者が後を絶たない。
美神令子はその一室でベッドに横たわっていた。
その目は窓の外、よく晴れた空に向けられている。

静かな昼下がりであった。

「…………ぁ!!」

「………いで下さい!!」

「……んとにやめてください!!」

ナースたちの叫び声が山彦のように近づいてくる。
静かな昼下がりは終わりを告げようとしていた。
令子はため息を一つつくと、傍らにあった文庫本を手に取った。

引き戸が開いた。

「ただいまー! ブブッ!!」
「ただいまじゃないわ!! このロクでなしが!!!」

鼻面に文庫本がジャストミートして、男が膝から後ろに崩れ落ちる。
スーツ姿の男はまるで戦場から戻ったようにキズだらけだった。

「痛ったいな〜……って元気になったのか、令子!?」

鼻っ柱を押さえながら男は令子の様子を見て驚く。

「何言ってんのよ、私は元気に決まってんじゃない」

冷たく言い放つ令子に男は納得していない表情を浮かべる。

「腕を見せてくれ」
「何すんのよ!?」

パジャマの袖をまくり腕を露にする。そこにあるのは古い傷痕。
それを見て男は少し安堵の表情を浮かべるが、まだ心から納得してはいないようだった。

「何なのよ一体!?」
「コレなら……令子ぉおぉぉおお〜」

男は距離を置くと神業のように服を脱ぎ令子のいるベッドへダイブを敢行する。
ボタンもファスナーもすべて付いた服たちが空中に弧を描く。

「いい加減に……!」

令子の手の平に霊力の光が集中する。

「しなさいッ!!!」

放たれた霊波砲が男を壁ごと20mほど吹き飛ばす。
白い煙を上げながらこんがりと焼き上がった男はその時になってやっと安堵の微笑を浮かべた。

「良かった……」

令子は男のその表情を見て呆れつつも愛情に満ちた視線を送る。

「一体どうしたのよ」
「何って、君の病気を治しに行って来たんじゃないか」
「病気? 一体何の話よ」
「何だって……そうか、こっちではもう無かった事になってるんだな」

怪訝な顔の令子を尻目に男は一人納得して頷いた。

「あれ? じゃあ何で入院してるんだ?」

腕組みして頷いていた男が急に気づいて令子を見る。
令子は心底不審そうな顔で男を睨んだ。

「あんた、下の外来行って診てもらいなさいよ。明日予定日だってのにこれじゃ先が思いやられるわ」
「へ? 予定日?」

そう言われて男は令子を見回す。
上半身だけ起こされたベッドにもたれながら雑誌を読む令子の頬は幾分ふっくらしているが腕は相変わらず細く美しい。
しかし毛布に包まれた体のラインは括れがなくずいぶんと丸い……丸い、お腹。

「え〜っ!? 令子……妊娠、して、るんスか?」

動揺で語尾がおかしくなった男に令子の眉が片方上がる。

「当たり前じゃない。誰のせいだと思ってんのよ」
「へっ?……誰?」
「アンタだろうが!!」

雑誌を床に叩きつけて令子がベッドから跳ね起きた。

「アンタの子よ!! 横島忠夫!!」

その瞬間、男横島の頭に記憶の断片が飛び込んだ。
それは横島が令子を救おうと過去に飛び、クモの血清を投与した瞬間から始まった10年分の記憶。

「マジッスか!!? いや、知ってるけど! でも何で身に覚えがないんだろ!? っていや、覚えはあるんだ。
あるんだけど何か悔しいッ!! くそッ! きっと修正後の俺が体験したんだな!?
くそッ!! 自分だけイイ思いしやがってぇ〜!!」

病室の壁に頭を何度も打ちつける横島。
そんな横島を見て令子はお腹に語りかけた。

「楽しみね。あなたのお父さんとっても楽しい人よ」

お腹の中で赤ん坊がお腹を蹴る。
そして翌日、珠の様な女の赤ん坊が生まれた。
抜けるような青空の日の事であった。


――― 遠い空の向こうに ―――


       1         

美神令子除霊事務所。
令子は結婚した後も旧姓を名乗っている。
実力的にはとうの昔に横島に追い抜かれた令子だったが、仕事上の上司はあくまで令子であった。
シロとタマモが令子から仕事の説明を受けている。

「……というわけで、Gメンに参加した後はママか西条さんに聞いて」
「わかったでござる」
「了解」

シロとタマモが事務所を後にする。
何年経っても姿の変わらない二人だが、能力は年々高まる一方で今では単独、またはコンビでの仕事も任され始めていた。
今回は1日事務所が休みになるのと、二人の超感覚が必要になった都合上、Gメンに合流する事になったのだった。

静まり返った事務所を点検する。

「結界、事務所内、異常ありません、美神オーナー」

人工幽霊壱号が状況を報告する。

「ん、わかった」
「今日で5歳ですね。おめでとうございます」
「ありがと。留守番、頼むわね」
「行ってらっしゃい、美神オーナー」

コブラの横にある車に乗り込みエンジンをかける。
大人数も乗れるファミリー仕様の国産車だ。
駐車場を出ると生来の走り屋の血をたぎらせ一気に高速で走っていった。





元気っ子保育園。
それは都心から少し外れた郊外にあった。
歩道を横島とおキヌ、そして横島の前を女の子が走っていく。

「おはよう!!」
「おはよう!」

友達も登園してきたようで、互いに挨拶を交わしている。

「行こ!」
「うん!」

やがて女の子は横島たちの方を見て手を振った。

「パパー!先に行くよー!」

その元気な声に横島は手を振り返した。

「気をつけてな、蛍子!」

蛍子が友達と手をつないで保育園に入っていく。
横島とおキヌはゆっくりと歩いていった。

「あれから5年も経ったんですね」
「ああ、そうだね。全部含めると15年、かな」

生まれた赤ん坊は蛍子と名付けられ、両親と周囲の人々の愛情に包まれてすくすく育っていった。

「だんだん似てきましたね」
「ああ。もうそっくりだ」

黒髪のボブカット。一見優しげで、しかし強い意志を秘めた紫の瞳。
その姿は事情を知っている者なら誰でも人目で気がついた。
だがそれは暗黙の了解として、誰も殊更にその事に触れる事はなかった。
あくまで横島と令子の子どもとして、誰もが蛍子に愛情を注いでくれていた。

「おはよう、先生!」
「おはよう。蛍子ちゃん、香苗ちゃん」
「おはようございます、井東先生!」

玄関前では出迎えた保育士と子どもたちの声が響く。
園舎は少しくたびれた木造建築。
広い園庭にはまばらな遊具。
ここは都で定められた認可保育所ではない。
いわゆる認可外保育所だ。
しかし都内有数の自然豊かな環境を活かした外あそび中心の保育と、所得によって上下しない保育料に惹かれて
蛍子はこの保育園に預けられていた。

今日は蛍子の誕生日。
本当は特別な用があり出かけなければならない。
だが蛍子はどうしても保育園でのお誕生会に出たいと両親に打ち明けていた。
そのため横島はおキヌと二人で蛍子と登園し、令子も仕事が終わり次第駆けつけ、お誕生会に出席してから出発するという事になった。

「お誕生日おめでとう、蛍子ちゃん」
「うん! 蛍子、良太くんにカードもらうんだ!」
「何ィ!? 蛍子には指一本触れさせんぞ!!」
「横島さん、子どもですから……」
「蛍子ちゃんのお父さん、おはようございます」
「先生、おはようございます。いつもお世話になってます」

若い女の保育士は担任の井東先生だ。

「いえ〜。蛍子ちゃんはいつも元気でみんなを引っ張ってくれる、とてもステキなお姉さんなんですよ」
「いえいえ、これも先生のご指導の賜物と」
「……って言いながら何で手を握ってるんです?横島さん」
「あら? これはちょっとした手違い。なんつって」
「あはは……」

その時、ものすごい勢いのエンジン音が迫ってきた。
歩道ギリギリに幅寄せしてのブレーキング。
車は保育園の玄関数センチのところにピタリと止まった。
颯爽と降り立ったシックなスーツにサングラスの女性は……令子だった。

「間に合ったようね!!」
「令子ッ!! 危ないだろうが!!」
「そうですよ! 子どもだって歩いているんですから!」
「あはは……そうね。つい若い頃の癖が出ちゃったわ」
「いつの話だよ……」
「何か言った?」
「……いや、何でもないです」

井東保育士はそのやり取りを見て二人の力関係が分かった。
すぐさま他の園児を玄関に促していく。
夫婦間のモメゴトは子どもに見せるものではないのだ。

「さあ、みんな中に入るよー」
「は〜い」

子どもたちが玄関の中に入っていく。
玄関の外には横島一家とおキヌが残っていた。

「さて、とりあえず中に入ろうか」

横島が声をかける中、蛍子がふと空を見上げた。
自分を見ている人がいる。
なぜかそんな気がする。
さらに周りを見回すと、今まで以上に良く見える事に気がついた。
まるで双眼鏡を覗いているように、遠くの景色が鮮明に見える。
そして蛍子はビルの上から自分を見ている人影を見つけた。
それはゆっくりと口を動かして何かを言った。

「さようなら」

蛍子は一瞬寒気を感じて目をつぶった。







鈍い音がした。
目を開けた蛍子は自分の目の前に母親が立っているのに気づいた。
母親は先程蛍子が見ていた方向を睨んでいるようだった。
だが次の瞬間、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。

「令子ッ!!?」
「ママッ!?」
「美神さんッ!?」

受け止めた横島が令子を横たえる。
スーツから血は出ていない。
ジャケットをめくると、それはあった。
心の臓に一発、深くめり込んだ弾丸だった。
そして弾着点を中心に石化が始まった。
見る間に首から下が固まっていく。
おキヌがすぐさまヒーリングを施したが、わずかに石化が遅くなっただけだった。

「も、文珠を……!」

生成を焦る横島に令子はかろうじて動く手を添えた。

「それより……蛍子を」
「え?」
「狙われたのは……蛍子」
「何だってッ!?」

横島は傍らで泣いている蛍子を見つめた。
抱き寄せて背中をさする。

「大丈夫。ママは大丈夫だから」
「蛍子……大丈夫。だから逃げて」

そしてやっと文珠が一つ横島の手に現れる。

「出た!『護』!!」

文珠を園庭に放ると保育園全体が強力な結界で覆われる。
虹色に輝くシャボン玉のような膜を見て、園児たちが外へと出てきた。

「わ〜すご〜い!!」
「綺麗だね〜!!」

その一方で保育士たちが横島たちを見て絶句する。

「ど、どうしたんですかッ!?」
「狙撃だッ!! 危ないから入っていなさいッ!!」
「は、はいッ!!」

もの凄い剣幕の横島に圧倒され、保育士が逃げるように子どもを中へ引き入れていく。

「行って。蛍子を……」

令子の石化はすでに顔にまで達していた。

「ごめん、守ってやれなくて」
「大丈夫って言ってるじゃない……」
「でも……俺はお前に……」
「早く行けって言ってるのが分からないのッ!!!?」
「は、はいッ!!」

令子に一喝され、蛍子をラグビーボールのように抱えて走り出す。
横島たちが保育園から見えなくなると同時に、保育園に向けられていた視線の気配も消えた。

「やれやれ。厄介な事になりそうだわ」
「ずいぶん余裕ありそうですね、美神さん……」

ヒーリングを継続するおキヌが苦笑いを浮かべる。

「まあね。とりあえず致命傷ではなさそうだから」
「そんな!? だって心臓を直撃してるんですよ?」

そう言っておキヌがスーツの上着をめくると、確かに銃弾は心臓に突き刺さる形で止まっている。
しかしその銃弾の奥で微かに虹色の光が漏れていた。

「あれ? コレって……」

銃弾を触ると、銃弾は堰を切ったように崩れ、サラサラの砂になった。
奥から『護』の文珠が転がり出てきた。

「文珠じゃないですか! どうして?」
「いいじゃない。夫のものは妻のものって言うじゃない?」
「ヘソクリですか……美神さん」
「それより……おキヌちゃん」
「はい?」
「ヒーリング、続けてくれない?」
「あッ! すみません!」

あわててヒーリングを再開する。
危うく顔全体まで石化するところだったが石化のスピードが極端に落ちる。

「アイツ、相当の手練よ。『護』で致命傷は防げたけど石化が止まらないもの」
「という事は……」
「頑張って、おキヌちゃん」
「ひ〜ん、横島さん、何とかしてください〜!!」





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初めまして。青の旋律と申します。
「ストレンジャー・ザン・パラダイス!!」で彼が未来に帰った後という設定です。書き出した時に単行本が無かったので設定が違ってたらご指摘ください。



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